42.『S級の使命』
状況を整理する必要がある。
まず、出没した三体のモンスターは、いずれも居住区の民家に現れた。
そのうちの一体は、屋内から出てきた形跡はあるものの、侵入した形跡はない。
もう一体は、民家の庭で発見。
こちらも、屋内から壁を破壊した形跡があった。
最後の一体は直接見ていないが、恐らく同様の状況だったのではないかと思う。
このことから、バリアント=ヒューマンは家屋の内側から出現したものと考えられる。
「そういえば、この3軒に空き家はありませんでしたか?」
「そこまではわからないけど……どうだろう。誰か住んでたんじゃないかな」
うち2軒は、俺が家を買いに行った時に空き家として紹介された覚えがある。
少なくとも、あの時点では誰も住んでいなかったのではないかと思うが。
話を戻そう。
第2区に現れた最初の一体は、家の壁を破壊して外に出た。
その際、家主の中年男性が行方不明になっている。
遺体も見つかっておらず、俺はこれを『モンスターに捕食された』と解釈したわけだ。
「だけど、150センチメートルほどの体躯で、成人男性を丸呑みできるとは考えにくい」
「もし食い荒らされていたとしても、残骸が必ず残っているはず、だよね」
俺の考えにギルドマスターが同調する。
ならば、その男性はどこへ消えてしまったのか。
なぜ、バリアント=ヒューマンは家の内側から現れたのか。
「――失礼します。調査の報告を」
そこに、ギルド諜報部の者が割って入った。
相変わらず音もなくいきなり目の前に現れるな。
「どうだった?」
「……第2区の行方不明者。死に別れた配偶者は、シェルという名の女性でした」
『……ェ、ルゥゥゥ―』
「――決まりだね」
■
足に力も入らず、頭も回らない。
ひとまずはギルドの立て直しと犠牲者の身元の確認のため、俺とルリは待機することになった。
すぐにまた次の騒ぎが起きる可能性を考え、俺たちはギルドの宿舎にいる。
やはり、アレは人間だったのだ。
俺たちと同じで――人生があって、家族がいて、喜び、悲しみ、生きて。
人としての尊厳も、造形すらも醜く踏みにじられた者の命を、俺は奪ってしまったのだ。
第2区のアレに、拳を突き立てた感触はまだ残っている。
温かくて柔らかい肉に、ズブズブと拳がめり込む感触は、確かにここにある。
「――ぉえ」
「……ヒスイ」
アレは、人間だった。
姿かたちは変えられても、人間だった。
昨日まで当たり前の日常をおくっていた、ただの人間だった。
「……ぅ、おぇ」
「――ヒスイ!」
パチン、と乾いた音が鳴る。
黒い感情に飲み込まれていた俺の意識は、一瞬にして現実に戻る。
ルリの両手が、俺の頬と頬を挟んでいた。
今の耳を劈く音の正体が俺の両頬を勢いよく叩くルリの可愛らしい両手だと気付いてから、両頬が途端にジンジンと熱を持った。
「……お前、もうちょっと優しく」
「ヒスイ。あれはモンスターだった。27人も殺した、凶悪なモンスター。間違っても人間なんかじゃない」
確かに、それはそうだ。
あの場であのモンスターを倒さなければ、もっと大きな被害が出ていたはずだ。それはわかっている。
だけど、モンスターに変えられた人間の思いは。
為す術なく討伐対象に選ばれてしまった、なんの罪もない人間の思いは、どうなる。
せめて俺くらいは、その命を奪った責任を負うべきではないのか。
せめて俺くらいは、ずっと心に刻み込むべきなのではないのか。
間違ったことは、言っていないはずだ。
「間違ってる。ヒスイは、優しすぎる。甘すぎるって言ってもいい。その優しさに救われた私が言うのもおかしいかも知れないけど……そんなの、ヒスイが可哀想」
ルリは、真っ向から俺の考えを否定した。
間違ってると、そう言った。
なぜだ? どこが間違ってると言うんだ。
失われた27人の命も、モンスターに変えられた人の思いも、全部全部受け止めなくてはいけないだろう。
俺がもっと早く動けば結果は変わっていたかもしれない。
捕縛するなんて甘いこと言ってないで、一撃で倒して次の現場に急げば助かった命もあったかもしれない。
『セドニーシティ七不思議』の謎を放置せずに向き合えばこんな惨状はなかったかもしれない。
S級とはそういうことだ。全てを受け止めなくてはならない。
希望なのだ、S級というものは。
取りこぼす命などあってはいけないし、人々を当たり前に救わなくてはいけない。
タマユラだって、この街でそうしてきたはずだ。
S級の重荷を、『剣聖』の重圧を、たった一人で背負って生きてきたんだ。
俺が出来なくて、どうする。
「……ヒスイは、できる限りのことをした。精一杯走り回って、この結果がある。目の前の結果に向き合わずに現実逃避を続けている方がS級として頼りない。私はヒスイより先輩だよ」
「――でも、タマユラは」
「『剣聖』がなんだっていうの!? 『剣聖』に出来て、ヒスイに出来ないこともある! 自分がどれだけ優秀だと思ってるのかは知らないけど、この世界はヒスイひとりで回るほど簡単にできてない!」
――そんなこと、思ってない。
俺さえいれば世界は回るなんて、そんな自惚れを持っているわけではない。
でも、今回のことは何とかなったんじゃないのか。
俺さえしっかりしていれば、俺がもっと頑張れば――、
「言っとくけど私、ヒスイに頼ろうなんて思ってないから。さっきだって、困ったらヒスイに助けて貰おうなんて考えながら第6区に行ったわけじゃない。何のためにS級が何人もいるの? ――なんのために私たちはパーティを組んだの!?」
「――そんなこと言ったって」
「『剣聖』は凄いよ。S級冒険者と近衛兵団長を兼任するなんて、私にはとてもできない。ヒスイにもできない。だけど、ヒスイにはヒスイにしか出来ないことがある! ヒスイが精一杯頑張った結果がこれなら、誰も文句なんて言わない!」
確かに、言われなかった。
冒険者ギルドでの虐殺。これの引き金になったのは俺が連れてきた個体だ。
だけど、ギルドマスターは俺を責めなかった。
第2区でのB級冒険者の虐殺。俺がもっと早く辿り着いていれば被害を抑えられたはずなのに、生き残った男には責められなかった。
俺の心には、こんなにも鋭い棘として刺さっているのに。
「――なんでだ」
「……ヒスイが必死に走り回ってるのを知ってるからだよ。モンスターに変えられた人は――可哀想だけど、もうどうすることも出来ない。私たちがやるべきことは、被害を抑えることだけだった」
「……でも、抑えられなかった」
「あの場では、あれが最小限だった。過去に戻ってやり直すことなんて出来ないんだよ。過去を振り返って立ち止まるのがS級じゃない。これからを考えるのが、S級の使命」
これから。
俺は、どうする。どうしたい。どうするべきなんだ。
心は疲弊し切っているが、ひとつだけ確かなものがあるとすれば。
「――俺は、魔王軍七星バエルを倒す」
それだけは、俺がやらなければならない。




