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41.『なり損ない』


 俺たちは門をぶち破り、戸を蹴飛ばし、無理矢理屋敷の中に入った。さながら強盗である。


「急げ――!」


 目的地は、一番奥の部屋だ。

 あの老人は足が不自由なので、もし襲われていたらもう――いや、最悪の想像は後だ。

 俺は、勢いよくそのドアを開ける。


「――じじい!」


「誰がじじいじゃ。じじいじゃけどな」


「――は、生きてたか……」


「そろそろくたばるかもしれんがの」


 そこには、数日前と何ら変わりない不健康そうな老人が待っていた。いや、待ってはないけど。

 ここにモンスターがいないということは、報告に上がっていた三体で全てなのか。


 そして、あの鈴が関係しているという推測も、間違いだったのだろうか。


 とにかく、何事も無かったのならば幸いだ。

 念の為、この老人を連れてギルドに帰ることにする。



 ギルドは、騒然としていた。

 いつもの活気溢れる騒がしさは失われ、代わりに絶望の悲鳴が全てを塗りつぶしていた。


 逃げ惑う者、既に亡骸になった者、血を浴びて硬直する者。

 考えうる最悪の阿鼻叫喚が、一面には広がっていたのだ。


 その叫びの中心にいるのは、殲滅したはずの異形が一体。

 冒険者とみられる3人組が必死に抑えようとしているそれが、この虐殺の凶徒であることに疑いようはなかった。


 俺が相手にした奴より手足が短く、体は大きい。

 余計に気持ち悪い造形に見えて、鳥肌が立ちそうになる。


「……なんで」


「もう一体、いたのか――?」


 俺たちはひとまず老人を安全な位置まで避難させ、その化け物に向かった。

 いわく付きの屋敷が続いて、今度は冒険者ギルド。

 全くもって関連性が見えず、疑問が膨らむばかりだ。


 しかし、今はそれよりも目の前の悪意を止めなくてはいけない。

 俺は腰の剣を抜き、異形に振りかざす――。


「マ、ァア――!」


「――――それは」


 聞き覚えのある言葉だ。言葉と表していいのかも分からないが。

 少なくとも、第2区に現れた異形は別の言葉を発していたはず。


 まさかこいつは――俺が、捕縛した奴なのか。

 俺の頭に最悪すぎる考えがよぎるが、放たれた剣の勢いは止められなかった。

 その一撃は簡単に異形の体を通り抜け、真っ二つになって倒れた。


「……マ、リ……ア……」


「なんなんだ、こいつは……」


 断末魔が人の名前だなんて、馬鹿げている。

 これじゃ、人間を模倣しているようにしか見えない。

 モンスターなんてくくりで簡単に表現できないほど、おぞましい存在に感じた。


「……こんなの、ひどすぎる」


 ルリは、その場に膝から崩れてしまった。

 あちこちにボロ雑巾のように転がる亡骸の中には、見知った顔もあった。冒険者思いのギルド職員もいた。

 これから出会い、笑い合える仲間になるかもしれなかった者たちが、いた。

 

 これを引き起こしたのは、俺なのか。



「ギルドの機能は停止。死亡者は27名。被害は甚大だ。――全く、ふざけた事をしてくれるモンスターだよ」


 ギルドマスターは、見たことも無い表情を浮かべて声を荒らげた。

 俺は、ギルドマスターと目を合わせることが出来なかった。


 あの異形がもし、俺が連れてきた個体だったら。

 その被害を作ったのは、俺ということになる。


「ボクが近衛兵団本部に行ってる間にこんなことがあろうとは……腹立たしい。いいかい、これは間違いなく手引きしている黒幕がいる」


「……その話は私から。私はギルド研究室長、アルフィと申します。ヒスイ様、『白夜』様、お初にお目にかかります」


「……どうも」


 白衣の所々を赤く染めた研究者が一歩前に出る。

 やはりあれは、俺が連れてきた個体で間違いない。


「ヒスイ様のお手柄で、あのモンスター……仮称を【バリアント=ヒューマン】としましたが、その一体を解剖することができました」


 何がお手柄だ。

 死亡した27名のうち、およそ7、8割は俺のせいじゃないか。

 こんな失態、到底許されるものじゃない。


「勘違いしないで欲しいんだけど、これはうちの管理体制が招いた事故だよ。折角ヒスイくんが繋いでくれた希望を、最悪の形で手放したんだ。責任は全てギルドにある。――キミもだよ、アルフィくん」


「――は、はい。大変申し訳……」


「謝罪とかいいから。早く状況を説明して」


 ギルドマスターが鋭い目で研究者を捉える。

 当然だが、ギルドマスターの怒りは想像を絶するほどだ。

 今のこの場で絶対的な発言権を持っているのはギルドマスターその人だと、肌で理解した。


「は、はい。バリアント=ヒューマンの遺伝子を採取するために、対魔の布を取り……四肢が無かったので、腹部に簡単な拘束をしていたのみでした」


「え、対魔の布を外したんですか? 全部?」


「バカだよねぇ、本当に。嫌んなっちゃうよ」


 遺伝子を採取するなら、対魔の布ごと腹部に穴を開けるとかすればいいはずなのに。

 それでは、余力を振り絞って暴れられてもおかしくはない。


 だけど、あの時はそんな余力さえも残していなかったとは思う。時間とともに回復したのか、なにか特殊な能力があるのか。それは、この後の話に出てくるのだろう。


「……それで。採取した遺伝子は、その……人間と同じ構造をしている部分がありました」


「……なんだって?」


 モンスターの遺伝子が、人間と同じ?

 そんなこと、ありえるのだろうか。


 確かに、人のなり損ないような姿をしてはいたけど……本当に人なわけではあるまい。

 あくまで人の真似事をする、異形の存在――、


『マ、ァア――!』


『背中には使い物にならなそうなほど小さな羽が、その下には不格好な尻尾が』


『たった今死んだと聞かされた男が、翼と尻尾を携えてそこに立っていた』


『……ェ、ルゥゥゥ―』


『魔王軍七星が一角! バエル様だ!』


『本当に身も心も魔物になってしまったんだな』




『……マ、リ……ア……』



「――ま、さか」


「――つまりこれは」


 繋がる。驚くほど綺麗に、繋がってしまう。

 かつて、魔王軍幹部の力を借りて魔物――モンスターにその姿を変えた男がいた。

 その男の姿と件の異形を記憶の中で並べると、特徴はしっかりと一致している。


 唯一違うところといえば、俺の記憶にある男はハッキリ人間の言葉を喋り、人としての形を保っていた。

 羽も育ちきって、尻尾も立派だった。

 今回の異形は、それと比べたらあまりにも不格好だ。


 つまりあれは、人になり損ねたモンスターではなく、モンスターになり損ねた人間――。


「魔王軍七星、バエル――!」


「――これは、非道な人体実験だと言うことだ」


 俺の叫びとギルドマスターの叫びが重なる。

 それは偶然にも、同じ結論を出していた。


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[一言]  ゴクり……
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