41.『なり損ない』
俺たちは門をぶち破り、戸を蹴飛ばし、無理矢理屋敷の中に入った。さながら強盗である。
「急げ――!」
目的地は、一番奥の部屋だ。
あの老人は足が不自由なので、もし襲われていたらもう――いや、最悪の想像は後だ。
俺は、勢いよくそのドアを開ける。
「――じじい!」
「誰がじじいじゃ。じじいじゃけどな」
「――は、生きてたか……」
「そろそろくたばるかもしれんがの」
そこには、数日前と何ら変わりない不健康そうな老人が待っていた。いや、待ってはないけど。
ここにモンスターがいないということは、報告に上がっていた三体で全てなのか。
そして、あの鈴が関係しているという推測も、間違いだったのだろうか。
とにかく、何事も無かったのならば幸いだ。
念の為、この老人を連れてギルドに帰ることにする。
■
ギルドは、騒然としていた。
いつもの活気溢れる騒がしさは失われ、代わりに絶望の悲鳴が全てを塗りつぶしていた。
逃げ惑う者、既に亡骸になった者、血を浴びて硬直する者。
考えうる最悪の阿鼻叫喚が、一面には広がっていたのだ。
その叫びの中心にいるのは、殲滅したはずの異形が一体。
冒険者とみられる3人組が必死に抑えようとしているそれが、この虐殺の凶徒であることに疑いようはなかった。
俺が相手にした奴より手足が短く、体は大きい。
余計に気持ち悪い造形に見えて、鳥肌が立ちそうになる。
「……なんで」
「もう一体、いたのか――?」
俺たちはひとまず老人を安全な位置まで避難させ、その化け物に向かった。
いわく付きの屋敷が続いて、今度は冒険者ギルド。
全くもって関連性が見えず、疑問が膨らむばかりだ。
しかし、今はそれよりも目の前の悪意を止めなくてはいけない。
俺は腰の剣を抜き、異形に振りかざす――。
「マ、ァア――!」
「――――それは」
聞き覚えのある言葉だ。言葉と表していいのかも分からないが。
少なくとも、第2区に現れた異形は別の言葉を発していたはず。
まさかこいつは――俺が、捕縛した奴なのか。
俺の頭に最悪すぎる考えがよぎるが、放たれた剣の勢いは止められなかった。
その一撃は簡単に異形の体を通り抜け、真っ二つになって倒れた。
「……マ、リ……ア……」
「なんなんだ、こいつは……」
断末魔が人の名前だなんて、馬鹿げている。
これじゃ、人間を模倣しているようにしか見えない。
モンスターなんてくくりで簡単に表現できないほど、おぞましい存在に感じた。
「……こんなの、ひどすぎる」
ルリは、その場に膝から崩れてしまった。
あちこちにボロ雑巾のように転がる亡骸の中には、見知った顔もあった。冒険者思いのギルド職員もいた。
これから出会い、笑い合える仲間になるかもしれなかった者たちが、いた。
これを引き起こしたのは、俺なのか。
■
「ギルドの機能は停止。死亡者は27名。被害は甚大だ。――全く、ふざけた事をしてくれるモンスターだよ」
ギルドマスターは、見たことも無い表情を浮かべて声を荒らげた。
俺は、ギルドマスターと目を合わせることが出来なかった。
あの異形がもし、俺が連れてきた個体だったら。
その被害を作ったのは、俺ということになる。
「ボクが近衛兵団本部に行ってる間にこんなことがあろうとは……腹立たしい。いいかい、これは間違いなく手引きしている黒幕がいる」
「……その話は私から。私はギルド研究室長、アルフィと申します。ヒスイ様、『白夜』様、お初にお目にかかります」
「……どうも」
白衣の所々を赤く染めた研究者が一歩前に出る。
やはりあれは、俺が連れてきた個体で間違いない。
「ヒスイ様のお手柄で、あのモンスター……仮称を【バリアント=ヒューマン】としましたが、その一体を解剖することができました」
何がお手柄だ。
死亡した27名のうち、およそ7、8割は俺のせいじゃないか。
こんな失態、到底許されるものじゃない。
「勘違いしないで欲しいんだけど、これはうちの管理体制が招いた事故だよ。折角ヒスイくんが繋いでくれた希望を、最悪の形で手放したんだ。責任は全てギルドにある。――キミもだよ、アルフィくん」
「――は、はい。大変申し訳……」
「謝罪とかいいから。早く状況を説明して」
ギルドマスターが鋭い目で研究者を捉える。
当然だが、ギルドマスターの怒りは想像を絶するほどだ。
今のこの場で絶対的な発言権を持っているのはギルドマスターその人だと、肌で理解した。
「は、はい。バリアント=ヒューマンの遺伝子を採取するために、対魔の布を取り……四肢が無かったので、腹部に簡単な拘束をしていたのみでした」
「え、対魔の布を外したんですか? 全部?」
「バカだよねぇ、本当に。嫌んなっちゃうよ」
遺伝子を採取するなら、対魔の布ごと腹部に穴を開けるとかすればいいはずなのに。
それでは、余力を振り絞って暴れられてもおかしくはない。
だけど、あの時はそんな余力さえも残していなかったとは思う。時間とともに回復したのか、なにか特殊な能力があるのか。それは、この後の話に出てくるのだろう。
「……それで。採取した遺伝子は、その……人間と同じ構造をしている部分がありました」
「……なんだって?」
モンスターの遺伝子が、人間と同じ?
そんなこと、ありえるのだろうか。
確かに、人のなり損ないような姿をしてはいたけど……本当に人なわけではあるまい。
あくまで人の真似事をする、異形の存在――、
『マ、ァア――!』
『背中には使い物にならなそうなほど小さな羽が、その下には不格好な尻尾が』
『たった今死んだと聞かされた男が、翼と尻尾を携えてそこに立っていた』
『……ェ、ルゥゥゥ―』
『魔王軍七星が一角! バエル様だ!』
『本当に身も心も魔物になってしまったんだな』
『……マ、リ……ア……』
「――ま、さか」
「――つまりこれは」
繋がる。驚くほど綺麗に、繋がってしまう。
かつて、魔王軍幹部の力を借りて魔物――モンスターにその姿を変えた男がいた。
その男の姿と件の異形を記憶の中で並べると、特徴はしっかりと一致している。
唯一違うところといえば、俺の記憶にある男はハッキリ人間の言葉を喋り、人としての形を保っていた。
羽も育ちきって、尻尾も立派だった。
今回の異形は、それと比べたらあまりにも不格好だ。
つまりあれは、人になり損ねたモンスターではなく、モンスターになり損ねた人間――。
「魔王軍七星、バエル――!」
「――これは、非道な人体実験だと言うことだ」
俺の叫びとギルドマスターの叫びが重なる。
それは偶然にも、同じ結論を出していた。




