40.『呪いの鈴』
凄惨な光景だ。
一丸となって戦ったはずのB級冒険者たちは、たった2人を除いて命を失っていた。
相当な無念だったことだろう。
誰が悪いわけでもない。だからこそ、不憫だ。
「……ヒスイ、すまねぇ。俺じゃ勝てなかった」
「……無理もないよ。明らかにB級の仕事じゃない。下手したら、俺らS級が出るべき案件だ」
「すまねぇ、すまねぇ……」
年甲斐もなく、大粒の涙を零す屈強な男。
どれだけの恐怖を味わったことだろう。
目の前で容易く蹂躙されていく命を見て、何を思っただろう。
「俺ばっかりが生き残っちまった……一番ビビって、腰抜かしてた俺が……勇敢に戦った戦士たちは、みんな死んじまったのによぉ……」
「お前は悪くないよ。辛いだろうけど、ギルドに報告を頼む。一人で行けるか? 俺はもう一体のところに行く」
「あぁ、一人で大丈夫だ……もう一体だと……? こんなのが、街中に! もう一体出たっていうのかよぉ!?」
実際はもう一体どころか二体出たのだが、そんなこと伝えても仕方がない。
この男には、もう何も気にせず日常に帰って欲しい。
もちろん、それが難しいだろうことはわかっている。
だけど、そうじゃなきゃあまりにも可哀想だ。
一生引きずるほどの、酷いトラウマが植え付けられただろうから。
「大丈夫だ。俺が行く」
「――ヒスイ、本当にS級だったんだなぁ……」
「おい、どういう意味だよ」
「頼む。俺と、死んだ冒険者のために、一発かましてきてくれ」
任せろ。
といってもまぁ、第6区には彼女がいるから大丈夫だろうけど。
■
「――【氷輪】」
「ォリ、ァア――」
ずっと、違和感がある。
私がこの場に辿り着いてからしばらく経つが、このモンスターは死んでいない。
それに関しては、私が殺さないように手加減をしてるからではあるのだけど。
研究材料が必要だろうし、命を奪わずに無力化できればと思ったから。
だからこうして、氷魔法で少しずつ衰弱させているんだけど――なんか、最初よりも効きづらくなっている気がする。
魔法耐性を得たのか、回復魔法を常時展開しているのか。からくりはよくわからないけれど、現にこうやって少しずつ魔法の威力を強めていっても、このモンスターは死なない。
「…………おかしい」
最初は、この威力の魔法を耐えられるようには見えなかった。
今の【氷輪】の一撃は、A級モンスター程度であれば容易く氷漬けにする威力のはず。
なのにこうしてピンピンしているのは、どう考えてもおかしいのだ。
だって、最初の印象では間違いなくこいつはA級モンスターだったから。
「ォリ、ァア――!」
「きゃっ――、【氷輪】」
ついには反撃の余裕まで出てきている。
私にダメージはほぼないが、少なくとも反撃を許すほど生温い威力の魔法を使っているつもりは全くない。
明らかに魔法の効果が鈍ってきているし、心なしか体も大きくなっているような――。
「ォリ、ァア――!」
「――ッ」
魔法を振り払って前に歩みだすモンスター。
決まりだ、これは――、
「……成長している」
モンスターの生態など知ったこっちゃないが、ここまで異常なペースで力量が縮まるなんて。
ヒスイですらもうちょっと段階を踏んで強くなるというのに。
それにしても、まずい。
際限なく成長を続けるのだとしたら、衰弱させて無力化なんて言っている場合ではなくなった。
「……仕方ない。――【氷晶六華】」
捕獲よりも街の安全が優先だと考え、そのモンスターを幾千の氷刃で葬った。
少し本気を出せば驚異となるほどのモンスターでは無いが、違和感は拭えなかった。
――あのまま成長を続けていたら、どこまで強くなっていたんだろう。
「おーい、大丈夫か?」
「……ヒスイ」
そこで、第4区を片付けたであろうヒスイが合流した。
右腕が乾いた血で赤黒く染まっているのは、恐らくこのモンスターの体液だろう。
「終わったみたいだな。とりあえず、報告しにギルドへ戻ろうか」
「……ちょっと待って」
なんとなく戦場と化して荒れ果てた民家を眺めていると、見覚えのあるものを見つけた。見つけてしまった。
――私とヒスイは、それを見つけて震えることになる。
この民家は、なかなか立派なものだ。
屋敷とまでは行かなくとも、ヒスイと私の家と同じくらいは広い。
庭もそこそこの面積があり、それを守る門も付いている。
その門に、小さな銀色の鈴が備え付けられていた。
涼しげな音を鳴らす、あの鈴が。
■
「これ、は……」
間違いない。あの車椅子の老人の屋敷にあったものと同じだ。
呪いの鈴が、見知らぬ民家にもぶら下がっている。
音を鳴らす者を待って、ひっそりと。
見知らぬ、と言ったが。
なんとなく、この家に既視感を覚えた。
第4区と同じだ。
来たことは無いのに、どこかでこの家を知っている。
それも、かなり最近の記憶のような気がする。
思い出せ、思い出せ。
そう、あれは――、
「――家を買う時に勧められた、屋敷」
「……あ」
そうだ。
『セドニーシティ七不思議』に数えられている家の見本が、こんな絵だった。
あの男に見せられた家だ。古くて、買い手がつかない家。そんな紹介をされていたのが、確かこの家だ。
『セドニーシティ七不思議』と、この騒動は関係している――?
そこまで考えるのは早計だが、因果関係を調べる必要はありそうだ。
「……ねぇ。あのおじいさん、大丈夫かな」
「――そうだ! もしあの鈴がモンスターを誘き寄せているなら、危ないのはあのじいさんじゃないか!」
考えてる場合ではない。
俺たちは、呪いの家に急いだ。




