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38.『異形』


「や、久しぶり。ヒスイくんと――『白夜』ちゃん、かな。そっちは初めましてだね」


「…………どうも」


 俺たちはギルドマスターの部屋に通された。

 ここに来るのは、俺にS級昇格の話を振ってくれた時以来だ。

 ルリはここにくるのは初めてらしく、珍しく緊張しているようだ。


「いやぁ、ヒスイくん。いい働きっぷりらしいじゃない。キミをS級に推薦してよかったよ。おかげでボクの評価もうなぎ登りさ」


「ギルドマスターが他人からの評価を気にするもんなんですか?」


「そりゃあ、冒険者ギルドなんてのは弱小組織……とまでは言わないけど、この街で一番偉いのは貴族で、その下に近衛兵団。さらにその下にあるのが冒険者ギルドだからね。ボク、意外と肩身が狭いのよ」


 あれ。ということは、実質的にこの街のトップはアベンということになるのか。

 実際に政治を行っているのは貴族になるんだろうけど、街に何かあった時に矢面に立って責任を取らされるのは彼。可哀想だけど、それが仕事だ。


「そんなことより、ヒスイくん。結論から言うと、今回の騒ぎは魔王軍との関連は不明だ。ただし、これは勘なんだけど……クロだと思うよ、ボクは」


 勘か。うーん、根拠は乏しいが信じてもいいのだろうか。

 ギルドマスターがそう言うならそうなのか?

 まぁいい、それは後でわかる事だ。


「ところで、騒ぎの経緯を聞いてもいいですか? 俺たち、ざっくりとしか聞いてなくて」


「あ、そうだったの? まず、居住第2区でモンスターが発生したんだ。ここね、ここ」


 ギルドマスターはそう言いながら、街の地図に指をさす。

 その辺りは民家が立ち並ぶ場所なので、もしかしたら被害が出ているかもしれない。


「この屋敷の壁をぶち破ってモンスターが出てきたらしいのよ。ここには最近越してきた中年男性がいたんだけど、安否は不明。というか、行方不明なのよね。まぁモンスターが家の中から出てきたのなら、残念だけど……」


 既に腹の中、と考えるしかない。

 モンスターの中には人間を捕食するものもいるし、行方不明ということはそういうことなのだろう。


 問題は、そのモンスターがどこから現れたかだ。


「壁をぶち破って出てきた形跡はあるんだけど、入った形跡がないのよ、不思議なことに。壁に空いた穴はひとつだけなの」


「モンスターが外から侵入してきたのなら、穴は最低でもふたつないとおかしい、ということですね」


「ご丁寧に玄関をノックして侵入したわけじゃなければね」


 そんな知能があるなら壁をぶち破る必要は無い。


 つまり、こういうことだ。

 モンスターは何らかの手段で屋内に突如出現。

 家主を食い荒らし、壁をぶち破って逃走を図った。


 あるいは、その場所で生まれ育った可能性――。


「やっぱり、俺も現場に行った方が――」


「――失礼します! 居住第4区と第6区で同時にモンスターが出現! 至急、冒険者の手配を!」


「なんだって!?」


 重い扉を力いっぱい開けて叫んだのは、顔を青くした近衛兵だ。

 着込んだ甲冑には赤色が飛んでおり、命からがら助けを求めて飛び込んできたことが見て取れる。


「――ヒスイくん、『白夜』ちゃん」


「わかってます。俺は第4区に行く。ルリは第6区に向かってくれ」


「……わかった」


 俺は近衛兵にポーションを投げ、急いで現場へ向かった。



 逃げ惑う群衆の波に逆らって進むと、やがて人っ子一人いない道に抜けた。

 ギルドマスターから受け取った地図を見るに、この辺りの屋敷が目的地になっている。


「屋敷……あれか?」


 こじんまりとしたボロ屋の群れの中に、ひとつだけ大きくて高い屋根を見つける。

 俺はそこに目掛けて全速力で走――ってしまうと道が破壊されてしまうので、なるべく早く向かった。


「ここは……」


 来たことは無いのになんとなく見覚えのある屋敷だ。

 例の老人の呪いの屋敷とも違う。

 こんな屋敷に足を運ぶ用事もない。


 なのに、薄ぼんやりと浮かぶ既視感の正体。

 それに気付く前に、目の前の異変に気付いた。


「壁が、ぶち破られてる……」


 聞いてた通り、壁に穴が空いている。

 ということは、ここに出現したモンスターも第2区に現れたものと同種ということか。

 断定するのは早いが、少なくとも戦闘力は同じくらいだろう。推定A級モンスターといったところか。


「マ……ァ……」


「――」


 声が聞こえた。

 声と呼んでいいのか分からないほどにドス黒い音だ。


 屋敷の庭から、呻くような音が聞こえたのだ。

 モンスターに襲われて怪我を負った男性の声――というには、おぞましすぎる音が。


 俺は、屋敷の庭へと侵入する。

 音の出処を探りながら、ゆっくりと。


「ア…………マ……ァ……」


 茂みになっている庭をかき分け、進む。

 少しずつ、ゆっくりと。


「――マァ、アァ!!」


「――」


 それは突如として、茂みから現れた。

 異形だ。そう表現するしかない物体が、そこにはいた。


 ピンクの肉の塊に、空洞のような目と口が空いている。

 背中には使い物にならなそうなほど小さな羽が、その下には不格好な尻尾が。


 背丈は150センチほどしかなく、背中は丸まっているため余計に小さく見える。


 これが件のモンスターなのか。

 まるで、人の出来損ないのような――否、人には羽も尻尾も無い。人になり損ねた、モンスターのようだ。


 恐ろしく不気味なそれが、俺を捉えていた。


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