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33.『独り身の老人』


「わしは商人の生まれでな。家業を継いで、必死に仕事しとった」


「はぁ」


 俺たちは今、明るい部屋でじじいの昔話を聞いていた。

 なんか、出発前に想像していた依頼と違う。


「いつしか、物を売るだけでなく自分で作るようになったのじゃ。生活の質を幾分か上げる画期的な道具は、そりゃもう飛ぶように売れたわい」


「…………興味無い」


「ちょっとルリさん、抑えて!」


 散々ビビらせられた後に、見知らぬじじいの武勇伝が待ち受けているとは思いもしなかっただろう。

 じじいは、声を高くして得意気に過去を語っている。


 色んな感情がごちゃ混ぜになった結果、ルリの表情が面白いことになっているのが見て取れた。


「そんなわしも、もう老いぼれじゃ。女房にも逃げられ、子供も孫も傍にはおらん。メイドすら愛想尽かして辞めていきよった」


「なんでそんなに人望ないんだ……」


「せめて、わしから離れていったことを後悔させちゃろうと、この屋敷を買うたわけじゃな」


 わけじゃな、とか言われてもな。

 まぁ確かに、一等地にこれだけの屋敷をかまえているという事実だけでも只者では無い証明になる。

 独り身になってしまって、残った巨万の富の使い道が見栄とは、悲しいものだが。


「しかしじゃ。如何せんこの屋敷は広すぎる。わしは見ての通り自分じゃ歩けん。溜め込んだ保存食を齧るだけの生活が続けば、そりゃガリガリにもなるじゃろ?」


「不健康ですね」


「自力じゃ便所に行くのも一苦労。掃除なんてもってのほかじゃ。おかげでこの屋敷のあちこちには、わしの糞尿が干からびておるわ」


「汚ったないなぁ!」


「……最悪」


 マジでこれを俺たちに聞かせて何がしたいんだよ!?

 ルリのドン引きの表情なんてレア――でもないな。

 なんか見覚えあるわ、その表情。


「そこで、今回ギルドに依頼したというわけじゃ」


 どう繋がってくるのか分からないが、そういえば依頼だったな。

 何をどうすれば依頼達成なのか、皆目見当もつかない。


「――冒険者諸君。君たちに、わしの身の回りの世話を頼みたい!」


「お断りします」


「やだ」


 その高い声をいっそう高くして、満を持して投げかけられた依頼内容。それを秒速で蹴る俺たち。


 老人は、信じられないものを見たように目を見開いている。信じてくれ――というか、現実を見てくれ。

 あのルリが即答するほど断固として拒否されているんだ。諦めてください。

 

「まさか、断られるとは……」


「むしろ快く引き受けてもらえるプランだったことに驚きですよ。新しくメイドでも雇えばいいじゃないですか」


「それがな、メイド業界でもわしの家だけは辞めとけって話が回ってるらしいんじゃよ。いくら金払いを良くしても、誰も来てくれん」


 何をしたんだよ。ていうか、メイド業界なんてものがあるのか。サバサバしてるんだな、最近のメイドって。


 ともかく、さすがにこれを引き受けるわけにはいかない。

 冒険者としての仕事もあるし、自分で言うのは何だけどS級が2人も離脱したら損失は計り知れないだろう。


 なにより、もしタマユラが帰ってきた時にこの仕事でもしてたら。


 「……ヒスイ。見知らぬじじいの介護しかできなくなってしまったんですね。失望しました」とか言われるかもしれないし。いや言わないと思うけど。


「そういうわけなので、すみませんが……他を当たってください」


「ちょっと待ちなさい。――この仕事の報酬が、月あたり金貨50枚だと言ったら?」


 そうやってニヒルな笑みを浮かべる老人に、


「すみませんが他を当たってください」


「……いらない」


 俺たちが返す言葉は変わらない。

 だって、普通に冒険者してたらそれくらい簡単に稼げるし……むしろ、S級を2人雇うには安すぎるなんてもんじゃない。もちろん、お金の問題でもない。


「なんじゃと……!? 金に飛びつかない冒険者などありえん……」


「そうやってナチュラルに人を見下すから奥さんにも出ていかれるんじゃないですかね」


「すまん……」


 あ、素直になった。

 シュンとしている老人を見るとほんの少しだけ心が痛むが、仕方ない。これは俺の仕事ではない。


「じゃあせめて、わしの作った魔道具でも買っていかんか? 処分と置き場に困っててな……」


 ほう。それは少し興味がある。

 門の鈴も面白い性能をしていたし、あのレベルなら日常生活が楽になったりするものもあるだろう。

 ルリも興味があるらしく、表情には好奇心が覗かせている。


「例えばこれ……『巨人の足音』と名付けたものじゃが」


「なんだこれ」


 真っ黒な立方体だ。

 そうとしか言えない何かが目の前に置かれる。


「例えば、この目盛りを1分後に設定するとじゃな」


「ふむふむ」


「……」


「……」


 沈黙が訪れる。

 なんだ、1分後がなんなんだ!?

 もしかしてこれ、1分後まで気まずい沈黙が続くやつか!?


 沈黙がいたたまれなくなってきたので、頭の中で数を数えることにした。1、2、3――、


 あれ、そろそろ1分が経つけど――、


「うお、びっくりした!」


 突如、目の前の立方体が爆音とともに壁に吹き飛んでいった。

 つまりこの謎の立方体は、時間通りに爆音とともに壁に激突する立方体だったというわけだ。意味がわからない。


「これはな、時間が来ると知らせてくれる魔道具じゃよ。設定した時間が来ると、中で小規模な爆発魔法が炸裂するんじゃ。それで、遅刻や寝坊がなくなるという――まぁ、壁に穴は開くがの……」


「いらないかな……」


「設定出来る時間は1時間後までなんじゃがの……」


「絶妙に使えないなぁ……」


 無駄発明だと切って捨てることはできるが、俺にはこんなもの作れない。

 いくつか見てみたらいい物があるんじゃないかな、きっと。


「これはの、暑い季節にぴったりの冷却装置じゃ」


「でっかい立方体だなぁ……」


 どう足掻いても立方体になってしまうのか。

 機能はともかく、デザインセンスはもうちょっと何とかなるんじゃないのか。

 この無機質な感じが、逆におしゃれという見方もあるけど。


「これを作動させると、氷魔法が発動して家を冷やしてくれるんじゃ。なかなか快適じゃぞ」


「便利だとは思うけど、氷魔法を乱用するちびっ子がここにいるんで……」


「ただ問題があっての。何故か部屋じゃなくて廊下だけ冷却するんじゃよ」


「なんで!? あ、さっき廊下が寒かったのってそいつのせいか!?」


 謎がひとつ解けた。

 廊下の室温が低かったことを、俺はルリの仕業だと思っていた。だけど正体は全く別のところからやってきた氷魔法。

 同じ氷魔法の仕業ということで、あながち間違いではなかったんだ。


「あと、際限ないからの。うっかりこれを作動させたまま寝てしまうと氷漬けになって死ぬ」


「危なすぎる」


「さあ、どれが欲しい?」


「どれもいらないです」



 というわけで、俺たちは屋敷を後にしようとしていた。

 老人には申し訳ないが、やはり俺らに出来ることはなかったのだ。


「たまに様子見に来ますけど、保存食ばっかりはやめてくださいね」


「そうじゃな……」


「…………じゃあ」


 七不思議とか言って、別に不思議もクソもなかった。

 ただの変わり者のじいさんが住んでる普通の屋敷だったわけだ。

 噂なんて、当てにならないもんだな。


「そういえば、あの鈴はどんな魔道具なんですか? あれだけ他のものに比べて実用的だったというか……」


「鈴?」


「ほら、門の……」


「…………ヒスイ。そ、そういえば」


 ルリが引きつった顔でこちらを見る。

 なんだろう、俺もなにか違和感がある。

 ルリに声をかけられるとほぼ同時に、俺もその考えに至った。


 そう、あの鈴から聞こえた声は――、


「…………低い声、だった」


 ぞくりと背筋を冷たいものが走る。

 今目の前にいる老人の声と、耳元で鳴る低い声がどうしても一致しない。

 ならばあの声の主は。

 門を開けて、俺たちを招こうとしたのは一体――。


「……すみません。先程の部屋が、一番奥の部屋で合ってますよね?」


「廊下から通じてるのはあの部屋が最後じゃな。あの部屋からさらに奥に行く扉はあるが、古い扉じゃ。建て付けも悪いし、わしは行ったことがないのう」


「絶対に開けないでください。――もしかしたら、独り身じゃないかもしれませんよ」


「――? どういうことじゃ」


 俺はこれ以上の詮索を辞めた。薮蛇だ。

 これまでその扉を開けたことがないなら、ぜひそのまま封印して貰おう。

 あと、あの鈴を鳴らすのはもうやめよう。


「では、俺たちは帰りますので……」


「…………か、かえりますので」


 こうして俺たちは、セドニーシティ七不思議のひとつを解明――することなく、闇に葬ったのだった。


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