016 雪溶けの日
「……来たわね」
私が訓練室に入ると、氷彗さんは自主練の手を止め、私の方を向いて目を細めた。
「氷彗さん……今日で終わらせます! 認めてもらいますから!」
私は不敬にも氷彗さんを指さし、そう宣言してみせた。氷彗さんは私の言葉に眉を顰め、訝しげな表情だ。
「ずいぶんな自信ね。エネミーを一体倒したからといって、よくそこまで鼻を伸ばせるものだわ」
「エネミーを倒したことなんて関係ありません。私は私のために、氷彗さんに認められます!」
私はマギア・ムーンに力を込め、袴姿の魔法少女衣装に変身した。
氷彗さんは氷の剣を生成して握り、私に切先を向ける。
「……行くわよ」
「どうぞ」
数瞬後、氷彗さんは床を蹴って加速。私の方へまっすぐと向かって来た。
まず大前提として、氷彗さんには勝てない。あまりに強さのレベルが違いすぎて、今の段階で勝てるわけがないんだ。ただ今回の勝利条件は勝つことではなく、一撃を与えること。それだけなら十分可能性はあると私はみている。
横に振われた剣に腹を裂かれ、ホログラムのように点滅する。やっぱり気持ちの良いものではないけど、痛みも実害もないのなら気にすることはないと言い聞かせる。
一度距離を取った氷彗さん。やるならここだ!
私は右腕に魔力を集中させて、5本指に流し込む。これを桜の花びらに形成させれば、魔法の完成だ。
桃色に輝く桜の花びらを見ても、氷彗さんは眉ひとつ動かすことはなかった。
「……それがあなたの魔法ね」
「はい。これで氷彗さんに一撃を与えます!」
強く宣言した私の言葉に対しては眉を顰める。魔法より言葉の方が嫌なんだ……。
一応警戒してか、氷彗さんは動こうとはしない。その間に私はもう一度腕に魔力を込めた。
……膠着するなら時間を浪費するだけだ。撃とう!
「『桜花一閃』」
5枚の花びらから一斉に桃色のビームが発射される。それが途中で合流して1本のビームになって、高威力の魔法になった。
氷彗さんは前回、私の魔法を凍らせた。でも今回はそんな余裕がないのか、はたまた気まぐれかはわからないけど避けてみせた。
「直線的な攻撃ね。それで私に当たると思っているの?」
「思っていませんよ」
「…………」
私は氷彗さんの問いに即答した。
「ならなぜ……」
「1発目では、ですけどね」
「えっ……」
結論から言うと、氷彗さんの背中から桃色のビームが突き刺さり、お腹の側へと貫通していった。当然、氷彗さんのお腹はホログラムのように点滅する。
氷彗さんは細めていた目を見開き、心底驚いた表情だ。
「な、なぜ……」
「後ろ、見てみてください」
氷彗さんの後ろにあるのは桃色に輝く桜の花びら。そう、私の『桜花一閃』の発射装置だ。
私は氷彗さんに向けて1発目の『桜花一閃』を撃った時、こっそりもう一度腕に魔力を貯めて花びらを二枚重ねにしていた。そして避けられること前提で撃ち、背後にビームに乗って移動した花びらからもう1発を撃ったってわけ。
これが氷彗さんのいうまっすぐさと、夏美のいう、捻くれってやつを掛け合わせたやつだね。
「んん……やったぁ!」
理屈はどうであれ、とりあえずこれで氷彗さんに一撃を与えられた! 魔法少女を辞めなくて済むんだ!
「愛梨ちゃん!」
訓練室の端から声がして、駆け寄ってくる足音まで聞こえて来た。声と足音の主は風香さんだ。その目には涙が少し蓄えられている。
「風香さん、私やりました! これで氷彗さんと姉妹です!」
「うんうん、よくやったわね、愛梨ちゃん」
風香さんは私の頭を撫でてくれた。うっかり氷彗さんを差し置いてお姉さまと呼んでしまいそうだ。
「姉妹でいられる……? ……ッ! 桜坂愛梨! あなたは一体姉妹システムにどんな幻想を抱いているの! あなたは私との姉妹関係に憧れているんじゃない、姉妹システムそのものに憧れている! 私である必要なんてないじゃない!」
氷彗さんは珍しく、感情を全面に出して叫んだ。
「確かに最初は姉妹システムそのものに憧れていました。でも今は違います。厳しいけどアドバイスをくれる、こっそり魔法少女の力の良い使い方を教えてくれる、猫が好きで、ちょっと抜けてるところもあって、ちゃんと褒めてくれる。そんな氷彗さんが好きで、そんな氷彗さんの妹でありたいんです」
「桜坂……愛梨……」
「ともかく! 一撃与えたのでこれで私は氷彗さんの妹です! もう氷彗さんにはとやかく言う資格はありません!」
私は舌をベッと出して氷彗さんに向けた。すると風香さんが横でふふっと柔らかく笑う。
「……氷彗ちゃん、いい妹を持ったわね」
その瞬間、物理的に聞こえたわけではないけれど、氷彗さんの心の氷がほんの少し溶けた、そんな音がした気がした。
◆
夜。私、中谷風香は妹の幸を連れて食堂へやって来た。良いことがあった日にはいつもの山菜定食ではなく、自分へのご褒美として揚げ物の定食を頼む。良いことが免罪符になってくれる気がするのよね。
うどん定食を持った幸を連れて、机に座ると、向かい側に二人が座ってきたのを感じた。
顔を上げると、思わず瞳から涙がこぼれ落ちてきた。
「向かい側いいですか、風香さん!」
「……失礼します、中谷先輩」
そこにいたのは中華セットを持った愛梨ちゃんと、ざる蕎麦をトレーに乗せた氷彗ちゃんだった。
「氷彗さんとご飯、嬉しいな〜♪」
「……あんまり騒ぐんじゃないわよ。……愛梨」
2人の姿は、どこからどう見ても姉妹そのものだった。




