015 渡されたバトン
高層マンションの屋上で尻餅をついていると、隣から足音がした。
またエネミー!? とも思ったけど、現れたのはエネミーとは天と地ほどの差がある美麗さを誇る氷彗さんだった。頂点から降り注ぐ陽が、氷彗さんの水色ドレスを光り輝かせる。
「ひ、氷彗さん!? なぜ豊田に!?」
氷彗さんは名古屋の魔法少女センターで自習をしているはず。電車で1時間もかかるここに来るとは思っていなかった。
「エネミー警報。戦う魔法少女があなたしかいないんじゃないかと思って来たのよ」
あ、そうか。氷彗さんにもエネミー警報は届いているんだもんね。だからって飛んでくる!?
私の疑問なんてどうでもいいと蹴り飛ばすように、氷彗さんは人差し指をまっすぐ伸ばしてエネミーの死体を指さした。
「あれ、あなたがやったの?」
「は、はい。魔法を完成させて、倒しました!」
褒めてくれる……わけないよね。氷彗さんだもん。あまり期待しすぎるとそうじゃなかった時の喪失感が……
「……良くやったわね」
ポン、と氷彗さんは私の頭に手を置いて、小さく呟いた。聞き間違えかと思って、もう一度聞こうと振り返る。
「ひ、氷彗さん!」
すると氷彗さんはもう氷の表情に戻っていた。
「……学校が終わったら訓練室に来なさい。その伸びた鼻っ面をへし折ってあげるわ」
「は、はい……」
優しい! って思ったのに。結局冷たいままか〜。
氷彗さんはびっくりするくらい高く飛んで名古屋方面へと帰っていった。私は虚空に一礼して、学校へ戻った。
教室に入った瞬間、授業中であるはずなのにわあっ! と歓声があがった。なんだかお祭り騒ぎになっている。
「桜坂さん、エネミーを倒してくれたと聞きましたよ。ありがとうございます」
先生が深々と頭を下げてきた。あ、頭頂部ちょっとハゲてるんだ……とかはどうでもいいか。
「そ、そんな。魔法少女として当然のことを……」
「愛梨〜! 怪我ない? 大丈夫?」
先生の対応をしていたら忙しなく、今度は夏美が抱きついていた。スポーティで引き締まった体が密着し、それはもうフレッシュなシトラスの香りが鼻孔を突く。
「だ、大丈夫だよ。今回は無傷!」
「良かった〜。心配したんだぞ」
夏美はそう言いながらほっぺをスリスリとしてきた。レズビアンに目覚めたか? みたいなこと言ってたけど、自分の方が……なんて思ってしまう。
そこからは休み時間になるたびにクラスメイトからの質問責めにあい続けた。魔法少女ってこんなに人気だったっけ……なんか氷彗さんが高校に通わない理由、わかった気がする!
放課後、なんとか人混みをかいくぐって変身して、逃げるように名古屋へと走った。
行きとは景色が違うように見える。これがエネミーを一人で倒した後に見える景色なのかもね。まぁそんな調子に乗っていたら氷彗さんの言う通り鼻っ面を折られるんだろうけど。
魔法少女センターに隣接する寮の部屋に入ると、氷彗さんはもういなかった。きっと一人で訓練をしているんだろう。
「よし、行こう!」
私は強くなった。今なら氷彗さんに勝つとまでは言わなくても、一撃を与えるくらいならできるかもしれない。
希望を持って部屋を飛び出すと、ドアの先に一人、女性が立っていた。見覚えはありまくる。魔法少女になって1番メンタル面でお世話になっている中谷風香さんだ。
「聞いたわ、エネミーを倒したんですってね。おめでとう、愛梨ちゃん」
「あ、ありがとうございます!」
「今から氷彗ちゃんと訓練?」
「はい! 今日こそ一撃を与えて氷彗さんに認めてもらうつもりです!」
「そう。期待しているわ」
そういう風香さんはどこか元気がなさそうだ。幸ちゃんと喧嘩した……とは根拠はないけど違う気がする。
「風香さん!」
私の呼びかけに風香さんは肩を震わせた。
「私のこと、信じてみてください。氷彗さんのこと、好きになれましたから、絶対に魔法少女であり続けてみせます!」
「愛梨ちゃん……」
それでは、と言い残して訓練室へ走った。絶対にやってやるんだ、風香さんのためにも、なにより私自身のために!




