筋肉夢想~華麗に躍り狂う筋肉達磨の無双譚~
「やあお嬢さん、“麗しの君”とお呼びしてもよろしいかな? 目も開けず心配してたのだぞ」
「いや自分の腕を見ろ!! マジで何してんのよ!!」
化け物に追われ、逃げ惑っていたパールの元に現れたのは騎士だった。
……ただし世間一般から想起されるありきたりなものではなく“筋肉達磨”とでも形容できるような風貌の。
「ふむ、麗しの君も魔物を倒したいと……ならば体を鍛えれば自衛もでき、美しい筋肉も得られ、一石二鳥だろう!!」
「アンタに聞いた私がバカだったわね、その頭には筋肉しか詰まってないのかしら? そこら辺の魔物は倒せる位に、私だって鍛えてるのよ。それじゃ限界があるから、他に魔法とかを教えてほしいって言ってるじゃない」
「……私は魔法など覚えていないが?」
「やっぱり筋肉バカじゃないの」
これは余りにも体を鍛えすぎて最強へと至った騎士(?)と、世界の真実を目の当たりにした少女の物語。
薄暗く見通しも良くない森の中。
片腕の動かない銀髪の少女は、行く宛もなく湿った地を蹴り走っていた。
その後ろでは巨大な口のある異形の化け物。それが恐怖を心の奥底から沸き起こす足跡、巨躯、唸り声を撒き散らし少女を付け回していた。
木々を噛み砕き、岩を丸ごと呑み、地を抉り喰らう姿は、この世界を消し去るまで止まらないようにさえ思えた。
「何でっ。なんで私がこんな目に遭うのよっ!!」
彼女の名はパール、名もないような辺境の村の生まれだ。
まだ成人一歩手前の彼女がこんな場所にいるのか。
有り体に言ってしまえば口減らしだ。
もともとパールの村には金がなかった。
そんな命を守る術なき人々の前に『化け物』が現れたらどうなるか。
ある者は泣きながら、ある者は惜しみながら、ある者はほくそ笑みながら、村を離れた。
ただ一人、パールを残して。
「お母さん、何で私を見捨てたの……? お父さん、私に何が足りなかったの……? 村長さん、私何かしたっけ……? ────」
虚ろな目をして、何で、何で、とパールは繰り返し呟く。
パールの足はもう感覚がない。なぜ逃げているかも分からない。息をするのも不規則になり死にかけている。
それでもまだパール諦めず必死に走っていた。
しかし一際大きな石に躓き、身体もろくに動かず顔からぬかるんだ地面に落ちる。
その時に─プツン─と何かが切れた音がした。
「は、はは、ははは!! 何かもう……どうでもいいや。助けなんて来やしないんだし。こんなときでも空は青いんだなぁ……」
仰向けになったパールは大の字になり狂ったように笑い出す。否、そもそも逃げているときに狂い、壊れていたのかもしれない。
パールの中では諦め、後悔、懺悔のような感情が渦巻いていた。
最後には普段と変わらない空を見て、奇しくも『安心』してしまった。
もしここで私が死んでも誰も困らない。時間は動くし世界も終わらない。強いて言うなら私のつまらない世界が終わるだけ。
目が自然と閉じる。
───
お──さん
──じょ──さん
痛みが来ない。それどころか誰かは知らないが、人の声が聞こえた……気がしたのだ。
現れた希望の光にパールは。
諦めてたくせに、すがろうとする自分に嫌気が差しながらも顔を上げた。
助けてくれたのはきっと、自分を守ってくれる王子さまのような人だと信じて。
「やあお嬢さん、“麗しの君”とお呼びしてもよろしいかな? 目も開けず心配してたのだぞ」
「いや自分の腕を見ろ!! マジで何してんのよ!!」
そこに居たのは王子さまどころか、腕を異形に噛みつかれたままパールに手を振ってくる筋肉達磨。
筋肉が時々痙攣するサマは、凛々しさなんて何処にもない。
その丸太のような腕は異形に噛みつかれている、が噛み千切られる前兆なんて見当たらず。
それどころか、謎の金属音が聞こえるなか筋肉達磨はこちらに腹立たしいほどの笑顔を向けてきた。パールは思わず顔が引き攣る。
「うわっ、うっわぁ……その笑顔向けないでくれる? 何で無事なの?」
「身を張って助けたのに流石に酷くないかな、麗しの君。私のガルァスハァートが傷付いてしまうだろう?」
「その滑舌ウザいわね。そんなに壊れやすいなら壊れたら良いんじゃないかしら? ああ、精神面だけじゃなくて物理面も削ぎ落とせばよっぽどマシになるんじゃない?」
「……思ったより毒舌で驚いているよ。時にして化け物よ、彼女が言うようにこの鍛え上げられた筋・肉・美!! を噛みきれるのならやってみるがいいさ!!」
ここまで会話してパールは気が付いた。
いつも通りの他愛ない話も出来ているし、私は安心しているのだと。
……かと言ってウザくて気持ち悪いのにも変わりないが。
だが仮にも危機を助けてくれたのはこの筋肉達磨。
彼がいなければ無かった命、もう一度預けてみるのもいいかもしれない。
「ねえ、この化け物が動き出したらどうにかできるの?」
「今は私を食べようとするのに必死で動いてないが、もし君が襲おうとするならばこれをどうにかしよう。しかし、そんなことはしたくないなあ。何故なら──」
結局化け物に喰われながらなので、格好はつかずシュールなまま。
しかし筋肉達磨はギザったらしいキメ顔で言い放った。
「私は無益な殺傷を好まないのだよ!!」
「要するに今は何もできないただのお人好しってことね」
「いや違うな。どんな生き物にも優しい紳士と言うことだな!!」
「何言っても無駄だコイツ」
パールは、呆れ果て途方にくれた。
せめて私が起きるまでには消えてくれるように、と願いながらもう一度横になる。
「私のことをお菓子か何かと思ってるのかなあ。さあ噛め噛め!! 私に宿る“歴戦の味”を噛み締めてくれ!!」
「一回その口を閉じてもらっても良いかしら?!」
しかし眠ることなく真っ先に文句を叫んだ。
何しろうるさいしキモい。無視出来るはずもない。
よくも悪くも存在感が強すぎるのだ。
今も「彼女は私が守る!!」やら「ムムッ、ここまで噛むとは……なるほど、君は私の筋肉の魅力に気付いた“大親友”だ!!」などと意味の分からないことを口走っている。
そして密かに「やっぱりコイツ嫌い。死ぬ気しないから、とりあえず後で殴ろう」と決心するのだった。
──▽▽──
空が白み始める。夜明けが近いらしい。
結局あの化け物は、変態達磨が小間切れに引き千切り討伐した。再生能力も異常に高く、何度足をもいでも生えてくるのは若干気色が悪かったため思い出したくもない。しかも突然回復が止まって、訳がわからなかった。
そして倒している間は終始悲しげで、どれだけお人好しなのだろう、と呆れるしかない。
現在は魔法の鞄に化け物の遺骸を全て放り込み、森を降りていた。
「そういえばどうしてこんな辺境の森に?」
「なに、つい数刻前に我が騎士団に『この世の物とは思えない生き物がいた』と通達があったのだよ。そこで実力のあるこの私が派遣されたという訳だ!!」
「へえそうなの。あといちいち鼻につく動きするの止めてくれないかしら?」
「私はありのままの私を表現しているだけなのだよ!! ハッハッハ!!」
「調子狂うなぁ……」
「ときに麗しの君、名は何という? 私は、誇り高き西方聖騎士団副団長 アイザック・ゴルディアスだ。アイザックと呼んでくれたまえ!」
「……私はパールよ。宜しくしたくないわね、変態達磨とは」
「良いではないか、宜しく頼むぞ!」
「話聞いてたのかしら?」
二人は恐らく町に続くであろう、ほぼ未整備の道路を進んでいた。もはや獣道と言っても過言ではない。
まだ軽く混乱している頭で歩きながら、彼女はこれからどうするかを考えていた。
旧居は当然却下。まだ他にも化け物がいる可能性を捨てきれない。
このまま近くの町に立ち寄るか。最も常識的かつありふれた名案だが、しかしそれも却下。なぜならパールは無一文だ。加えてそこまで歩ける体力を持ち合わせていない。
なら横の筋肉達磨に頼るか。『数刻前に』と言っていたわけで家も近そうであり、そもそも現状頼れるのはコイツだけだ。一人で問題を打破出来ない以上、不本意だが手伝ってもらう他ない。
そしてパールは決断してからは速かった。
「ねえ、私さっきので家も仕事も……何もかも失ったの。面目ないのだけれど、落ち着くまで世話になっても良いかしら」
「始めからそのつもりだがそれがどうしたんだ?」
しかし返答も速かった。もはや当然であるかのように聞き返され、初めは渋るだろうと踏んでいたパールはたじろぐ。
「え、えぇ……張本人に確認も取らずに勝手に決めてたわけ?」
「もちろんだ!! ダメならまた他の方法を考えれば良いだけの話だろう?」
「あなたは楽観的で人生がさぞ楽しいでしょうね。筋肉の塊にしか見えないからその頭も脳筋なのかと思ってたけど違ったわ、ただすっからかんなだけかしらね」
「やはり私はそう見えるのか?!」
帰ってきたのは、悲しげな雰囲気……なんてものは微塵も醸し出さずむしろ体全体から溢れ出る幸せそうな雰囲気。
……具体的には筋肉が喜びによって微妙に振動し、思いに耽ったような恍惚とした表情。
あるいはいたいけな美少女なら体を震わせ喜びに打ちひしがれているようで、傍から見ればご褒美となったかもしれない。だがこの筋肉達磨は男だ。男のそんな様子など、ただただ気持ち悪いの一言に尽きる。
もちろんパールは一歩離れ、うわぁ……と呟く。
一テンポ遅れて彼はパールに向き直り、自慢話をするかのように意気揚々と語り始める。
「部下たちにもよく言われるのだよ、空洞のように色々な知識を吸収する化け物とな!! やはり物分かりが良い私の頭脳は隠し通せるものではないのだろう!!」
「違う、そうじゃない。色々突っ込みどころが多すぎるわよ」
恐らく彼の部下は皮肉として言ったに違いない。パールだってそうだった。
しかしそれも理解されてこそだ。理解さえされていないなら意味がない。
やはりバカと天才は紙一重なのかもしれない、とこれからの面倒事に頭を抱えるのだった。





