超有名な邪悪なる魔剣と有名になれない少女の話
人々に恐れられその名を伝説として語り継がれたい魔王の娘、エマ・ベルナールと、その昔魔王が世界に災いを振りまいた時に魔王が使っていた魔剣ダインスレイフ。
エマはこの世で最も恐ろしい魔王を目指して魔剣ダインスレイフを振るうが、悪名が広まるのは魔剣の事ばかり。
「魔剣に呪われた亡国の姫君……必ず救って見せる!」
「だから、違うんだってぇ! 私を! 私を恐れて! 慄いて!」
エマを救いたい勇者たちと、知らないうちに悪名が増えていく魔剣、世界を征服したいエマのすれ違いバトル!
はたしてエマは最悪の魔王になることが出来るのか? 剣と少女による人気争奪ファンタジー!
エマ・ベルナールという少女は廃城の広間に打ち捨てられたとても大きな剣を見て言った。
「やっと……見つけた!」
エマがそれに駆け寄るとその剣がおおよそ自分の背丈ほどの大きさがある事が分かる。エマはそれを大事そうに抱えた。
エマが幼い身でありながら危険を犯してこの廃城へ乗り込んだのには理由がある。
それは、自分が新たな魔王となり、人々の伝説にその名を刻む為だ。
残念なことにかつての魔王の姿をエマは物語の中でしか知らない。覚えていないのだ。
エマがまだ生まれたばかりの頃に魔王は自分の娘であるエマを残し、勇者に敗北した。
「お父様! 私はようやく貴方の野望を継ぐことが出来ます!」
「そりゃーよかったな、でもあんたにゃ無理だお嬢さん」
エマは耳を疑った。
「け……剣がしゃべったぁぁぁ!?」
突然の事に驚いてつい剣から手放してしまう。しまった、とエマが思った時にはガランガランと音をたてて剣がまた地面に倒れていた。
「おい、10年ぶりに起こしてもらえたと思ったのにまた地べたに寝かせるとか勘弁してくれよ」
地面に伏せた剣は困惑したような声を発する。
エマは一瞬躊躇したが、覚悟を決めてもう一度剣を持ち、問いかけた。
「魔剣ダインスレイフ……あなたしゃべれるの!?」
「おう、しゃべれるぜ、デカくなったなぁ嬢ちゃん、前見た時はゴブリンよりも小さかった」
「そりゃ10年経ったもの!」
「お前の親父が死んでから、もう二度と起こされねぇと思ってたが、まさかお前が生き延びているとはな」
「色々あったわ……でもそれはもう良いの、ねぇ、私を魔王にしてくれない? 貴方の力なら……」
「残念だがそりゃ無理だ」
「なんで……!」
「だって俺、別に特別な力があるわけじゃないもん、ただ言葉が話せて、なんか黒っぽいオーラが纏える、それだけ」
「それだけ? お父様の魔剣なのに?」
「それだけだよ。お前の親父はカッコつけたがりでな、そういうのが好きなんだ」
エマは父親の趣味を知りたくはなかった。
「なんてこと……」
剣を支える手が振るえる。
やっと見つけ出せたのに、こんなにも追い求めていたのに、導いて貰えると思っていたのに、自分は間違っていたのか? そんな疑問が心の中を埋め尽くしていく。
「あのな嬢ちゃん、所詮俺は道具だ、道具は魔物を魔王にはしない」
剣は無機質な声をエマにぶつける。
「魔王は道具によって選ばれるのではない、自らの力で魔王になるのだ」
「自分の力で……魔王に……なる……」
エマは剣のいう言葉を租借するように繰り返した。
「そもそもどうして、魔王なんかになりたいんだ?」
剣はわかっていた。いくら、魔王の娘といえども、生まれたばかりの幼い体で一人で生きていけるほどこの世界は甘くはない。ところが、エマは綺麗なワンピースの上に簡易的な装甲を装備しており、顔色を見る限り健康状態も悪くない。おまけに魔剣と話をすることも出来る。
きちんとした所で教育を受けて、大切に育てられてきた証拠だ。
「私は……語り継がれたいの」
「それだったら、他にいくらでも方法はあるだろう」
「違う」
「それに、お前をここまで育ててくれたやつもいるんだろ、良いじゃねぇか、魔王が打たれて人と魔族の戦争は終わった、お前は人として生きていく道だってあるはずだ」
剣の言い分は概ね正しい。エマは見かけは普通の少女だ。少し魔王の面影はあるが、魔王の顔など詳しく知っているやつがどれだけいるか分からないから普通気が付かない。
だが、剣の言葉をエマは首を横に振って否定した。
「違うの! お願い、全部話すから、私の話を聞いて!」
そういうとエマは剣に自らの過去について話し始めた。
「ここから2時間ほどいった先に村があるの、私はそこで拾われた」
「私はまだ小さかったし、姿も他の人間と見分けがつかなかった。だから何も知らない村のおばあちゃんが私を育ててくれたの」
「お父様の魔法で遠くに飛ばされて、傍から見たら捨てられているのと変わらない状態の私をなんで拾ったのか、不思議がって聞いたらおばあちゃん、『昔見た娘にそっくりだった』って言ってた」
エマは肩をすくめて言う。
「本当かどうかは分からない……私はそれ以上詮索しなかったから」
剣は相槌代わりに「そうか」、とだけ言った。
「ともかく、私は親切なおばあちゃんのお陰で無事ここまで育ったの」
「ふーん、じゃあ良いじゃねぇか、そのおばあちゃんに親孝行でもしてやんな」
「でも私気が付いたの、私は人じゃなくって、魔王の娘だったって」
「どうして?」
「お父様と一緒にいた時の記憶はおぼろげで、はっきりとは覚えていなかったから、私、お父様が魔王だってこと全然知らなかったの」
「でもある時、村に吟遊詩人がやってきて、勇者伝説のお話を聞かせてくれたの、その話と言ったら……!」
先ほどまでの元気の無さはどこへやら、勇者伝説の話しに入った途端エマは目を輝かせて饒舌に話し出した。
「魔王が色んな災いを世界中にばらまいて、世界は大混乱! 魔王は次々と人族達の国を滅ぼした!」
「そして勇者と名乗る青年が魔王を討つための旅に出るの、現れる魔王の刺客たちとの激戦! そうして少しずつ力をつけていって、最後には魔王を打ち倒すの!」
「すごかった! 村の子たちはみんな勇者様カッコイイっていってた」
「でも違う! 私は魔王に憧れた」
「魔王は沢山の魔族を従えていて、世界中の人々から恐れられていて、世界を支配するに足る力を持っていた! 勇者達はその仲間たちと一致団結しなければ魔王単身に勝つことすらできなかった! だから、私は魔王が好き! 魔王の方がカッコイイ!」
「だけど、他のみんなはそんなのおかしいって言うの、魔王は悪者だからカッコよくなんてないって、不思議だった、どうして私の中にこんなにも勇者を憎いと思う気持ちがあるんだろうって、なんでみんなと違うんだろうって」
「ずっと調べてた、そしてようやく見つけた」
「私の背中に刻まれた魔力紋、それは魔王の直属の血を持つものにのみ現れる特別な物だって事にね、私は間違いなく魔王の娘だった」
確かに、魔王の血を引く者は、魔法を使う際にその背に不死鳥の紋様が現れる。しかし、腑に落ちない、魔王の血族だからといって魔王になる必要などないはずだ。
「そこまでわかっているなら、尚更じゃないか、今すぐ村に戻って……」
「ううん、私は人族を支配したい!」
「お父様みたいに沢山の配下を連れまわしたい!」
「この世に災いをまき散らしたい!」
「そうして、私はお父様よりもすごい魔王になって人々の歴史に最悪の魔王として名を語り継がせるの!」
「どうしてそこまで悪に拘るんだ? 良いじゃないか別に悪さしなくたって名を残すだけなら英雄になるとか、すごい吟遊詩人になるとか、そういうのじゃだめなのか?」
「わかってないわねぇ……」
「そっちの方がカッコイイじゃない!」
そう言われて剣は昔、魔王がよく言っていた事を思い出した。
――なぁダインスレイフ、俺の事どう見える? カッコイイか?――
剣は決まってこう答えていた。
「ダッセェよバーカ」
「なによ! 貴方までそんなこと言わなくったって良いじゃない!……でも、決めた」
「なにをだ?」
「決まってるでしょ、私は私の力で魔王になる! 私が世界を支配するの! だからまず、貴方を私が支配してあげる!」
「はっ! ダッセェな! まぁいいさ、好きにしろよ、俺は道具だ、使いたいように使えば良い」
「わかったわ」
エマはひょいとその大剣を持ち上げて背中に背負う。それを見た剣は驚いた。その小さな体で軽々と自分を持ち上げられるとは思っていなかったからだ。
「お前、結構力あるんだな」
「何よ、これくらい普通でしょ」
「……やっぱあんた魔王に似てるよ」
エマは目を輝かせて頷いた。
「それじゃ、行くわよ」
「どこへ?」
「手始めに先ずは私の村から滅ぼそうかなって」
「マジか……うおっ!?」
剣の返事を待たずにエマは駆け出した。ドラゴンが飛ぶより早い、物凄いスピードで景色が後ろに飛んでいく。
「いや、早ぇよ!?」
剣はエマの身体能力が異常なほどに高い事に気が付いた。流石は魔王の血を引いているだけのことはあるらしい。
「そう? 確かに、村の子たちの中では一番足が早いし、村で唯一熊を素手で殺したことがあるけど、別に何も言われなかったし、エマちゃんはすごいねってみんな褒めてくれたわよ?」
「村の懐が広すぎる!」
そんなような事を話しているうちに村に着いた。
「先ずは民家を破壊するわよ!」
早速エマは大剣を大きく振り上げる。大剣は黒いオーラを纏った。
「せい!」
エマの一振りによる衝撃は凄まじく、一撃で民家を粉々にした。
「な、なんだ!? 何が起きた! え……あんたばあさんとこの……?」
中にいた村の男性とその家族は夕食を取っていたらしい。エマの放った一撃は民家を粉砕したが、かろうじて中の人は無事だったようだ。
「ふっふっふ~! 恐れ慄きなさい! 私は今日からこの村を支配してやるの!」
「な、な……」
男は空いた口が塞がらない。どう見ても異様な光景で頭が理解を拒んでいたが、男にとって良く見知った少女が、禍々しいオーラを放つ大剣を持って勝ち誇ったような無邪気な笑みを浮かべているのだけはわかった。
「なんて……なんて恐ろしい魔剣なんだ……!」
「……へ?」





