不死宮さんはむっちゃ死ぬ
不死宮さんは不死身である。死んでもすぐに生き返る。でも、マンボウかってくらいに死にやすかった。
死んでから生き返るまで約20分。その間、不死宮さんを見守る不死宮さん係。それが俺だった。
「少女漫画好きなのに、最後まで読めないの……。ドキドキしすぎて死んじゃうから……」
ある日、不死宮さんにすぐ死なないように手伝ってほしいと頼まれる。
「ど、どきどきに慣れたら、きっと大丈夫!」
なんて言ってるけどむっちゃ死ぬ。壁ドンのドキッじゃなくてドンッて衝撃で死ぬくらいにすぐ死ぬ。
でも不死宮さんはへこたれない。少女漫画が読みたいから。
平凡な男子高校生と不死身の不死宮さんが、少女漫画を読むためにひたすら挑戦する。で、結果死ぬ。
これはそんなお話。
俺は平凡だった。
容姿も、能力も、家柄も。なんてことないただの高校生。
昼休みが終わった五限目、眠くなりそうな世界史の授業は、温かさもあってのんびりとした空間で。少し見渡せば、ちらほらと伏せている生徒が見える。
その光景はどこまでも平凡で、日常だった。
だからだろうか。隣の席の彼女のことが、こんなに気になるのは。
彼女はうつらうつらと舟をこいでいた。かくん、となるたびにボブが揺れる。時折かすかに目を開いてはまた寝てしまうのを、俺はぼーっと見ていた。
好き……とはまた違うと思う。ただ俺とは違って特別な彼女ことが知りたかった。
「じゃあ次は──」
先生が名簿に目を通す。教室を見渡し──俺の隣の席に目を向け、その名前を呼ぶ。
「不死宮!!」
「──ッッ!!!」
ビクンと不死宮さんは跳ね起きた。眼を大きく見開いて勢いよく顔を上げたかと思うと、また伏せてしまう。
「不死宮さん?」
呼びかけても反応がない。教室が少しざわついた。
彼女のもとに行き、少し息を吐きだしてから、彼女の首の付け根あたりに指を触れさせた。
……なるほど。
俺は立ち上がり、様子をうかがっていた先生に向かって、告げる。
「先生、不死宮さんがまた死にました」
途端、さらに教室がざわついた。「また?」「今度はなんだー?」とやかましいクラスメイトを先生は沈めると、小さくため息。
「またか……」
「またですね」
「今回はなんでだと思う?」
「んー……急に名前呼ばれてびっくりしたとかじゃないです?」
「相変わらずだな。……あー」
先生はバツが悪そうに頭をガシガシかきむしる。
「じゃあ奥村また頼んでもいいか」
「はーい」
入学してからもう三ヶ月さすがにもう慣れてきた。
よしと意気込んで不死宮さんを抱きかかえる。
「ひゅーかっこいいぞー奥村」
「うっさい」
からかってくる友達を適当にあしらいながら教室を出た。それは世界が切り替わったように静かな廊下だった。俺は不死宮さんを抱えたまま保健室に向かった。
不死宮さんは不死身である。
死んだとしても二、三十分あれば何事もなかったみたいに起き上がる。その代わり、マンボウかってくらいに死にやすかった。マンボウの虚弱伝説はデマらしいけど。
タンスの角に小指をぶつけて死亡。
持久走で疲れて死亡。
曲がり角で人とぶつかりそうになり、びっくりして死亡。
笑いすぎて死亡。
死なないようにと気負いすぎて死亡。
嘘みたいな死亡エピソードには事欠かなかった。
そんな不死宮さんだから、普通に学校でも死ぬ。それはいい、ほっとけば生き返るから。でも教室に死体を放置するのはどうなんだってことになった。そこで死んだ不死宮さんをいったん保健室に運び、生き返るまで待つ係として指名されたのが、隣の席の俺だった。
俺は特に文句もなく受け入れた。平凡な俺が、ちょっと変わった日常を過ごせるかもと思ったから。
腕の中で眠ったように死んでいる彼女はかなり軽い。不死宮さんには悪いけど、少し変わったこの日常は結構気に入っているのだ。
俺は少し軽い足取りで保健室に向かった。
◆
「ぜぇ…ぜぇ…失礼、します。いつものでーす」
足で保健室の扉を開ける。毎日のように来てるからもはや顔なじみだ。
軽いとはいえ人。しかも死んでるから余計に重い。いつも通り保健室に着くころには息も絶え絶え汗だくだった。
「……っと、誰もいないのか」
そう口にしても答える声はない。ベッドもすべて空で本当に誰もいないらしい。
そのまま、不死宮さんの定位置となった、一番入口から離れたベッドに向かう。そっと彼女を下した。
「ふぅ……」
体から少し力が抜けた。机から椅子を引っ張り出して、眠る彼女の横に移動し、息を整える。
表情はまさに寝顔。しかし胸はかすかにも動かない。
彼女が目覚めたのは、それから十五分くらいたったころだった。
「ん……」
不死宮さんの瞳がゆっくり開く。普通に目を覚ました時みたいに体を起こすと、ぼーっと空を見つめていた。この三か月彼女を見てきたけど、どうやら寝起き──というか死に起き? はかなり悪いらしい。
「おはよう、不死宮さん」
「──ッッ!?!?」
声をかければ不死宮さんは面白いくらいに体を跳ねさせた。
「お、おおおおおおおお奥村くん……!?」
「ん、おはよう」
「えっと、もしかしてまた……!? じゃなくて、その、おはよう、ございます……」
しぼむようにそういうと、彼女はススス……と俺から距離を取った。
……毎回だけど、ちょっと傷つくなあ。
「ご、ごめんなさい……また」
「いいよいいよ、授業もさぼれるし」
別に不良を気取るわけじゃないけど、授業は楽しいものでもない。先生にもこの時間授業から離れることになるから、言ってくれればいくらでも対応するといわれている。
本当に迷惑なんて思っていなかった。
でも不死宮さんは、うつむいたままさらに眉をハの字にする。
「でもこの前だって、カラムーチョに挑戦したら思ったより辛くて死んじゃったし……!」
「何度聞いても死因がダサすぎる……」
「うぅ……」
顔を真っ赤にして彼女はさらにうつむいた。
いつも死んでるからか、不死宮さんはいつもこんな感じだった。
自分のことは俺にはあまり話してくれない。というか、基本誰に対してもこんな感じだ。おどおどして、自信なさげで。
まあ元々の顔の良さもあり、庇護欲が湧くとかで一部の男子には人気みたいだけど。
俺が不死宮さん担当みたいになっているからか、彼女は俺に対して申し訳なさそうというか、一歩引いたような態度だった。
でも、俺は不死宮さんのことを知りたいんだ。だから今日こそは!
「でも珍しいね、不死宮さんが授業中に居眠りなんて」
なんか今不死宮さんがビクッてした気がしたけど……気のせいだよな?
「なんで今日あんな眠そうだったの?」
「え!?」
なぜか不死宮さんはびっくりしたみたいな顔をしていた。「うぅ……」と視線をさまよわせた後、覚悟を決めたようにぼそりと口にする。
「その……少女漫画を、読んでて……」
「夜更かし?」
「そ、そうです……」
あまりにも普通で、つい笑ってしまった。そんな俺を見て、不死宮さんはさらに顔を赤くする。
「ごめんごめん。でもわかるよ、俺も漫画よく読むし。少女漫画も妹に借りてたまに読むけど、面白いやつ多いよね」
「ど、どんなの読むの!?」
「え、えっと──」
な、なんかすごいテンションだな……。普段の不死宮さんとは違う勢いに戸惑いながら、頭に浮かんだ漫画のタイトルをいくつか挙げた。
「い、いいよね、あれ! 主人公もかわいいし、何よりヒーローがほんとにかっこよくて! 五巻の告白シーンも──あ」
まくしたてる勢いだった不死宮さんははっとした顔をして、そのまま話すのをやめてしまった。恥ずかしそうに顔を下に向けて、でもちらちらと俺の様子をうかがっている。
別に恥ずかしがらなくてもいいのに。好きなものが一緒だとわかってテンション上がるのもわかるし。
「お、奥村くん、漫画、好きなの?」
すると彼女は、横目で僕の様子をうかがいながらそんなことを聞いてきた。
「まあ、そうだね、人並みには」
「……なら、頼みが、あるの」
彼女はちらちらと俺を見ていたけど、意を決した様子で僕に向き直り。
「すぐ死んじゃうから、その、すぐに死ななくなるように、手伝ってくれないかな……」
そういって、まっすぐ俺の目を見ていた。
正直、十分理解できる頼み事だった。死にたくないなんて当たり前だし、正直こんなにしょっちゅう死んでたら日常生活にだって支障があると思う。
でも不死宮さんはずっとその体質と付き合ってきたはずで。
なら、なんで今? そう考えたとき、ふと一つの可能性に行き当たった。
「俺は別に迷惑とかは思ってないよ」
ずっと彼女は気にしていたみたいだった。自分が俺の迷惑になっていないか。でも本当に俺は迷惑なんて思っていない。自分が平凡だからこそ、特別な不死宮さんのことを知りたいんだから。
「先生に言えばいろいろしてくれるらしいし。何なら授業を抜けさせて助かってるし」
「あ、それじゃなくて」
「それじゃない」
「はっ……! ち、違うの! それも、だけど!」
わたわたと彼女は慌てた様子だった。うん、訂正しないでね、余計に恥ずかしいから。
「少女漫画を、その、読めるようになりたくて……最後まで」
そう彼女に言われ、首をかしげてしまった。
「ドキドキするシーンになると、死んじゃうの……。ドキドキしすぎて。だから! 最後まで読みたいの!」
「別に死んでもしばらくすれば生き返るんだから、時間かければ読めそうだけど」
「一気に読みたいの!!」
「そ、そっか……」
あの不死宮さんにそんなに言われたら何も言えなくなってしまう。
「わかった。俺でよければ協力する」
「あ、ありがとう!!」
不死宮さんは感極まった、といった感じでぐっと俺に近づくと、俺の手を両手で固く握った。
「あ……手」
「え? ──ッッ!?!?」
その瞬間、ボンッ! と爆発したみたいに不死宮さんの顔が一気に赤くなり。
「きゅぅ……」
「あ、また死んだ」
教室に帰るにはまだ時間がかかりそうだった。





