第1話 違うだろ?
エンフォーレリアの事件から数日後。
「……ネルネちょっと、ちょっとほれ、ちょっとこっちおいで? な?」
相変わらずいつも通り、俺の部屋には全員が集まっている。
ってなワケで、俺はソファーに大きく陣取りながら、ネルネに向かってくいくいと手招きをしてやった。
「? え、えと……ど、どうしたんだおっちゃん……?」
「まぁまぁまぁまぁ、いいからいいから、ほれここ、ここに座ると良いぞ?」
膝の上をポンポンと叩いてネルネを呼び寄せる。
「ふえ……!? で、でも……」
「あ! おっちゃん何いちゃいちゃしようとしてるの! えっち! えーっち!!」
ええい、エッチエッチ言うんじゃないよ。
俺はトリアを上手いことあしらいながら、改めてネルネを呼び寄せる。
「あ、あの……お、おっちゃん……? こ、これはいったい……? ちょ、ちょっとその、は、はずかしいというか……。あ、べ、別にいやなわけじゃ、その、ないけど……」
膝の上にちょこんと座りながら、真っ赤な顔でおずおずとたずねてくるネルネ。
「まぁまぁまぁまぁ。……よーしネルネ? 今から少しの間だけ、自分を卑下するっつーか、そんな感じのネガティブ発言は禁止だぞ? もしそいつを破れば、ちょっとした罰ゲームがあるからな?」
「え……? ば、罰ゲーム……?」
「ああ、もしそいつを破ったら……」
「や、やぶったら……?」
「…………お前の頭皮の匂いを、これでもかってぐらいに嗅ぎたおす」
「あわわわわわわわわわわわわ……!!」
……
…………
……………………
「……っ!? 本当なのかイルヴィス……!?」
「えと、じゃあおっちゃんの左目は……」
「あぁ、今は全く見えないってワケじゃないが……多分、近いうちにはな? ……っと、先に言っておくが、そう悲観してくれるなよ? そういうつもりで話したんじゃねえんだからよ」
「でも……でもおじさま……」
「大丈夫だって、な? よーしよし……」
心配そうに見上げてくるハクの頭を撫でてやる。
頼むからそんな顔してくれるなって、むしろおっさんとしちゃあ、その方がまいっちまうって話だ。
「にゃむぅ……なるほどなるほど、『定着』がおきちゃったんだねぇ?」
「えと、定着……ですか?」
エテリナの言葉に、小さく首をかしげるハク。
「定着っつーのは……そうだな、ほれ、俺の顔や……腕なんかにも傷痕があるだろ? こいつは昔、回復用の魔法薬なんかをケチってできたもんでな?」
クソザコだった俺にとっちゃ、回復薬も安くはない出費だったからなぁ。
なるべく節約を心掛けた結果、こうなっちまったワケだが……。
「イルヴィスのように『傷』が『傷痕』になってしまうと、普通の回復魔法などでは治せなくなってしまうのだ。『傷痕がある状態が正常』だと、体が認識してしまう事が原因らしい」
「それが『定着』……」
「へー、ボクも『おっちゃんの傷が治らないの不思議だなー』って思ってたんだけど……そういうことだったんだねぇ」
……いやなんでお前までそっち側にいんの?
お前のそういうとこ、ホントに冒険者としてアレだぞ? 今さらだけどよ。
「んでんでー、マナ、魔力、魔素なんかを含んだ攻撃なんかでダメージを受けちゃうとー、ほんとーにごくごく稀に、特殊な形で定着が起きちゃったりするんだよねー? 原因なんかは、詳しく解明されてないんだけど……」
「特殊な定着?」
「にゃ、たとえばー……毒なんかを受けちゃった冒険者の体に一部に、解毒後にも影響が残っちゃったりね?」
「……! じゃあひょっとして……!」
「あぁ、どうやらあん時に刺された毒の影響が、左目だけに残って悪さをしちまってるらしい」
不幸中の幸いとでも言えば良いのか、影響があるのは左目だけみたいだがね。
「ど、毒……。じゃ、じゃあやっぱりわたしのせいだ……。わたしがもっとうまく、ま、マーブルスライムで解毒できてれば……」
「あ」
「あ」
「…………え?」
何かに気付いたようなトリア達と、それを見てぽかんとするネルネ。
……そんなネルネの細い腰をがっしりとつかみながら、耳元で囁いてやる。
「……ネルネ? 俺はちゃあんと言ったよな? 少しの間、ネガティブ発言は禁止だぞーって、ん?」
「……はわ!? お、おっちゃん……? そ、その、い、今のは……」
膝の上のネルネがはっとした様子で、もぞもぞと身をよじる。
……逃がさんよ? 残念ながらね?
「うんうん、わかってるわかってる。わかっちゃいるが……さて、罰ゲームといこうか……!」
「あわわわわわわわわわわわわ……!!」
「――うぅ……! こ、こんな……こんなはずかしめ……こんなはずかしめぇ……」
髪に顔をうずめてしばらく嗅ぎたおしてやった後。
ぱたぱたと膝の上から逃げ出したネルネは、そのまま真っ赤な顔で布団にくるまってしまった。
「おっちゃんセクハラー! えっちえーっち!」
「にゃふふ! セクハラセクハラー!」
「あの、おじさまが望むならハクは……その、恥ずかしい部分に顔をうずめられても……」
いや、頭皮ね? 頭皮のことね?
そりゃ女の子からしたら嗅がれるのは恥ずかしい部分だろうからね?
つーかトリアもエテリナも、膝の上や首元やらに絡みつきながら言うセリフじゃねぇだろうに。
……とはいえだ。
「ふはは! なに、今回に限っては否定もせんさ、なんとでも言えい!」
まぁ正直、ガッツリ言い訳もできん行為だったからなぁ。
けどあれよ?
お外なんかでそうやって言い回ったりすんのは勘弁してねホント。
……特にハクのその表現、おっさんたぶん一発でお縄だからね?
「開き直るんじゃない、まったくお前と言うヤツは……。まぁその意図が分からんわけでは無いが……」
「い、意図……?」
クヨウの言葉に、毛布からひょっこり顔を出すネルネ。
「大方、私たちが必要以上に気に病まぬようにと、そういったところだ。そうだろう、イルヴィス?」
「……ま、特殊な定着なんてもんは、どう足掻こうが起こるときは起きちまうもんだからな。そんなワケでネルネ、お前が気に病む必要はないって話だ。もちろん、ここに居る全員もな」
そう、こんなのは特別珍しいことじゃあ無い。
冒険者の中には、膝に一発攻撃をもらっただけで引退を余儀なくされた、なんてヤツもいるらしいからな。
「別によ、原因がどうだの、誰それのせいだのなんだのと、そんなことを言いてぇワケじゃねえのさ俺は。ただほれ、『心配させないように隠しておく』っつーのは……なんだ、もう違うだろ?」
「あ……、う、うん……」
「だからちゃんと、お前達には話しときたかったんだよ。……それにま、たとえ左目が見えなくなっちまってもやりようはある。無かったとしても……まぁ見つけるさ、なんとでもな?」
「おっちゃん……。う、うん、そうか……。じゃあわたしも、が、頑張っておっちゃんを支えるから……」
「かわいくて強ーいボクらもついてるしね! ……あ、でもでもその分、普段は甘やかしてくれなきゃダメだよ? もちろん今まで以上に!」
「……今この瞬間も、人の膝に寝転んでガッツリくつろいどる癖に、よくこれ以上とか言えるなお前は。……ま、そんなワケで、とりあえずこの話はここまでだ。こっからは今後の話を……」
「……む? しかしイルヴィス、そろそろ時間なのではないか?」
「っと、もうそんなか」
クヨウに指摘されて時計を確認する。
確かに、そろそろ約束の時間みたいだな。
「そんで……どうする? お前らも一緒にっつーなら俺から……」
「にゃふふ! お誘いはとーっても嬉しいけどー、今日は遠慮しとこっかなってカンジ?」
「はい! 今日はみなさんだけで、ゆっくりお話をしてきてください!」
「そうかい? そんじゃあ……気を使わせちまって悪いね」
「気にするな。……まぁどうしてもというのであれば、また埋め合わせをしてくれても構わんがな?」
「ふ、ふふ……。そ、そうだ、せ、せっかくなら、四日後の『誕生祭』にも、さ、誘ってみたらどうだ……?」
「あ、それいいね! 人数が多い方が楽しいだろうし……ね、おっちゃん!」




