第15話 むしろガンガン言ってやればいい
色とりどりのスライムが、体中にまとわりついてくる。
……相変わらず、お世辞にも良い感触とはいえんなホント。……だが!
「す、すご……、あのおっさんめちゃくちゃじゃん……」
おかげで動きは好調だ!
水路内の壁床天井、あらゆる場所を足場にしながらテンタクルグリーデアの触手どもを剪定してやる。
「――見えた!」
テンタクル系の上位魔物は大量の触手の集合体だ。
捕食なんかも、触手をさながら毛糸玉のように対象に絡ませて行うんだが……それでも集合体の根元みたいな部分は存在する。
――今まさに、その根元部分が露出した。
中に人が捕らわれてるせいで思いっきりぶった切っちまえない上、恐ろしい勢いで再生していくコイツを黙らせるには、そこを狙う必要があるからな。
標的を見定めてマナを込め、思い切りにナイフを振りぬく。
……が、突然がくんと身体固定され、刃先は何もない空間を滑っていった。
どうやら触手に体を掴まれたようだ。
「か、空振り……!? そんな……」
「――う、ううん、大丈夫だ……、お、おっちゃんなら……!」
「ま、そういうことだ。――爆ぜろ!! 『オーヴァクラック』!!!」
……………………
…………
……
根元を失い、活動を停止したテンタクルグリーデアの触手から、飲み込まれているであろう冒険者たちを助け出していく。
……まぁ絡めとられてるっつった方がいいのかもしれんがね。
「さて、あらかた救出し終えたみたいだな。……しかし改めて考えてもランクSSとはなぁ。ちょっと結構な事件よコレ?」
恐らくはコイツが、今回のダンジョンアウトのエリアボスで間違いないだろう。
つーか、SSの上っつったらもうSS+か魔王級ぐらいだぜ?
流石にそれはもうイレギュラーがどうのってレベルじゃなくなってくるからなぁ……。
……探知魔法にも、ハクの能力にも引っかからなかったこの魔物。
もしかするとコイツも――。
「お、おっちゃん……。こ、こっちの処置も、ひ、一通り終わったぞ……」
「お、そうか。全員気絶してて重傷者なんかも少なくないが……何とかみんな一命をとりとめてるみたいだな」
テンタクル系の魔物は獲物の養分を生きたまま吸い取るらしい。こう言っちゃあアレだが、そのおかげってことなのかね。
「……ほらお前らも、いつまでもぶすっとふてくされてねぇで、ネルネに言うことがあるんじゃねぇのか?」
怪我人の処置を任せたネルネを遠目に、元パーティの……何が気に入らんのか不機嫌な二人に声をかける。
ネルネがいなかったら、コイツらも同じ目にあっていた……どころか、俺も間に合わなかっただろうからな。
探知魔法も通用しないあの魔物が、例えばそのままダンジョンに帰って行ったりでもしてたら……そこで気絶しているヤツらもコイツらも、今頃まだ触手のゆりかごの中だ。
「うわ……こんな時に説教とか老害じゃん。……ていうか、別に頼んでねーし」
「そうそう、どーせ死んでもいつかは復活できたんだしねー?」
コイツら……。
『ありがとう』だとか『ごめんなさい』だとか、そういうことちゃんと言えねぇとろくな大人にならんもんよ?
悲しいことに、おっさんそういうヤツら結構知ってるからね。
……ま、いいさ。別に俺としちゃ、コイツらがこの先どういう道を辿ろうが知ったことじゃあ無いんだしな。
『――それともどこかで改心して、今とは違う、まったく別の道を歩んでいたりしたんだろうか』
……無い、はずなんだがなぁ。
「そうかい。ま、どうせ俺も、本気で今すぐお前らが考えを改めるなんざ思ってねぇさ。……けどな、お前らが他人を見下してヒソヒソやってる間にも、ネルネは自分の道を貫いてきた」
座ったままふてくされる二人に目線を合わせるために、俺もその場に座り込む。
「はっきり言や、アイツはお前らなんかよりもずっと強い、単に『力』がって意味じゃないぜ? ……お前らが感じてた優越感なんてのは、所詮その程度のもんだ」
「……」
「『助けてなんて頼んでない』っつったな。そうやって言い訳しながら、認めたくないもんを認めない人間の行き着く先が悪いもんばかりかと聞かれりゃあ……これが全部が全部そうじゃなかったりもする。現実ってのはそんなもんさ」
「……だったら――」
「だが、いつかホントに道を踏み外した時、自分を省みるどころか後悔すらできねぇような人間になっちまったら……。きっと、取り返しがつかなくなっちまうと、俺は思うがね」
……誰かさんのように、なんてことは言わんがな。
「……いかんねどうにも、歳をとると説教臭くて。言いたいことは好き勝手に言わせてもらったからよ。あとは、好きにするといい」
俺は軽く辺りの様子を見てくるよ、なんて言い残しながら、その場を後にする。
すると……。
「…………あのさ、ネルネ。その……すこし、いいか……?」
背中から聞こえてくる、そんな声が耳に残った。
「そんじゃあ俺は……ハーフエールをグラスで、ガングリッドお前は?」
「オレは昼には飲まん……というかイルヴィス、お前も昼から飲んでいるのは珍しいみたいだが……」
「それが最近そうでもないのさ。はい、イルヴィスはハーフエールと……ガングリッドはミルクで良かったかい?」
少し前までは、色々と余裕がなかったからなぁ。
……いや、これもあんまり褒められたモンじゃないのは分かってんのよ? しかしなんつーか……ねぇ?
「おい聞いたか? ザーネドさんの話!」
「あぁ! なんでもエリアボスクラスを容易くを退治したとか……」
「ヒーローなんて大げさなもんかと思ったが、なかなかやるもんじゃねぇか!」
「もう帰っちまったってのが惜しいねぇ。たしか所属地は……」
そこらから聞こえてくるそんな話題。
結局あの後、その辺のことはなんかそんな感じに収束していった。
持ち上げられたザーネド本人も、一瞬、渋い? つーのか、まぁそんな感じの顔をしていたんだが……。
『いいえ、私一人の力ではありません! これもすべて皆さんの……ここに居る全員の力があったからこそです!』
……みたいな、まさにいかにもなセリフで場を盛り上げていた。
いやホント、どっちなんだろうなアレもうわからん……。
とりあえず俺がネルネの元に向かった後も、トリア達は特に何かを言われたり、されたりしたワケじゃあないらしい。
そこはホント、裏切ってくれなくてホッとしている。
「……いいのか、本当のことを言わなくて」
「うーむ、正直俺としちゃあ微妙なとこでなぁ。変に気を張らなくていいってのは楽なんだが……しかし悪すぎる評判ってのもアレっつーか……」
どうしたもんかねホント。
いや都合のいいことを言ってるのは分かっちゃいるんだがね。
なんつーかこう……『いい感じ』の落としどころみたいなのが欲しいところだ。
せめて、ホームレスにならなくても済む程度にはなぁ……。
「そういやガングリッド、お前とシーレの方には大した奴はいなかったんだろ? どうしたんだよその顔の痣」
「……ム? まぁ少し油断してな」
「おいおい『深紅の戦刃』ともあろうお方が迂闊な話だねまったく。……そうだ、ネルネに頼んでやろうか?」
「……ムゥ!? か、彼女の能力は評価しているが……あれで顔を覆われるというのはなんというか……」
「遠慮すんなって、ひょっとしたら癖になるなんてことも――」
「――あの、イルヴィスさん、ですよね?」
ぐだぐだと実りの無い会話をしていると、ふと名前を呼ぶ声が聞こえてくる。
振り向いてみれば、そこには一人の少女が立っていた。……見覚えがあるような、無いような……?
「えっと……?」
「あの……覚えてませんか? 私……」
俺の反応から察してくれたのか、首元を少しずらしてみせる少女。
そこには首の回りをぐるりと一周するような痣があり……。
「あ、あん時の! いや随分顔色が良くなってたんですっかり……」
ケインに首輪をつけられていた少女の一人……あの悪趣味な食事会の場で、特に体調を崩してふらついていた少女だ。
「ふふ、おかげさまで。あれからは実家の方へ戻ってまして……今日はこっちの祖母に顔を出しに来てたんです。それで、改めてお礼をと……」
そんなかしこまらなくてもいいってのに、律儀な子だねホント。
そのまま少し会話を続けていると、『俺が住む部屋を探している』、という話になっていった。
「あの、それでしたら! 実は祖母がアンリアットで冒険者用のお部屋を貸出してるんですけど……私の方から話してみましょうか?」
「うえ!? そいつは確かにありがたいが……こんな急な話で大丈夫?」
「はい! ちょうど祖母が『残念だけど、もうすぐ一部屋空きが出そうだ』って言ってたんです! お礼代わり、と言うわけでは無いんですけど……」
「……ん?」
「あ、でもそんなに広い部屋じゃないらしいので、皆さんで住むというのであれば……」
「あー違う違う、住むのはおっさんひとりだからね。そいつは問題ないんだが……」
「それならよかったです! あんまり建物は新しくないですけど、冒険者ギルドからもそれほど遠くなくて、そういう部分は便利だって言われてるみたいですよ?」
「んん……?」
「ここから東の……赤い屋根のところってわかります? そこのえっと……おばあちゃんが言ってたのは、たしか二階の部屋だったかな……?」
「んんんんん……?」
ここから東、そう遠くない赤い屋根の建物の、二階の部屋――。
「…………今そこ住んでんのたぶん俺だわ……」
「え……? ……ええっ!?」
「それじゃあおっちゃんのホームレス回避を祝しまして……かんぱーい!」
その後、あの子が首輪事件のことを交えて、祖母である大家さんを説得してくれたことにより、何とかこの部屋を出ていかずに済むことになった。
「はいおじさま? お酒の飲みすぎはダメなので、ハクがジュースを注いであげますからねー?」
「ほっほ、うむうむ、健康に気を使うのはよいことじゃからな?」
「お前……。そんならお前のグラスにも注いでやるよ。なーハクー?」
「はい! まかせてください!」
「あ、これ!! ワシはいいんじゃワシは!!」
シーレのヤツも顔を出し、ウリメイラやフー、ガングリッドも夜に来るっつってたが……防音魔法のおかげで騒音なんかは置いといても、これ部屋の床抜けちゃわない? だいじょぶ?
「しかし……、悪い評判ばかりかとも思えば、きちんと見てくれている人もいるということだな」
「にゃふふ、やっぱり大事なのは日ごろの行いですなー?」
「その恰好のお前が言っても説得力がなぁ……」
事情を知った大家さんからは、こっちが恐縮になるくらいに礼を言われた。
もともと、悪い人なんかじゃないからな。周りの評判どうのってのも、他の住民のことを考えてのことだったし……。
俺が突然の退去勧告に素直に応じたのだって、それが理由だったりする。
「でもさぁ、よく考えたら『おっちゃん実は強いんだぞー』って言って、最初からばばっとやっつけちゃった方が良かったんじゃない? そしたらボクたちももっと楽ができたし……」
「おい、最後ぽろっと本音でてんぞ」
まぁ、迷惑をかけたって言う部分に関しては言い訳もできんが……。
「ほっほ、なんじゃイルヴィス? 本人たちには言っておらんかったのか?」
「なっ!? おいシーレ……! それはその、なんつーかだな……」
「にゃふふー? 何か隠し事があるようですなー? ほらほらオジサン、はくじょーしたまえよう!」
くそう、食いつかれたか。
仕方がない、うまいことはぐらかして……。
「そりゃ冒険者にとって、うかつに手の内を晒しちまうのは危険だろ? ザーネドのヤツも、心底信用できるっつったら嘘になっちまうし……後々それで、お前達も危険に巻き込むことになるかもしれん。だから――」
「ほっほ、『チャネリングチャット』……! こしょこしょこしょ……」
「うぉーい!? そういうのに魔法とか使うの、どうかと思うよ俺はね!?」
チャネリングチャットを使って、恐らく全員に耳打ちをするシーレ。
俺がなるべく力を隠しておきたかった一番の理由。
そいつは端的に言っちまえば……まぁ俺のわがままだ。
俺のこの力は、なるべくならコイツらとの冒険と……今まで俺を支えてくれた人達を優先して使ってやりたかった。……たとえ器が小さいと言われようがな。
もちろん、今回みたいな緊急事態はまた別だが。
……力を持っているヤツは、どうしたってしがらみみたいなもんにとらわれちまうからなぁ。
あの場に集まったパーティリーダー28人、口外はしないように頼んでおいたが……まぁ人の噂にフタができるってんなら、そもそも苦労はしてないって話だ。
「えーなになにそれじゃあボクたちのためってコトー? ……んふふ~おっちゃんも素直じゃないんだからー!」
わかりやすくにやにやしながら、腕に絡みついてくるトリア。
「あーもうこうなると思ったんだよちくしょう! ちょっと台所でつまみでも作ってくるよまったく……」
冷蔵庫を確認し、簡単なつまみの準備にとりかかる。
……しまったチーズが無いな。あとで来る奴らにたのんでおくか。
そんなことを考えていると、ネルネがちょこちょことやって来た。
「お、おっちゃん……な、何か手伝うか……? といっても、りょ、料理とかはあんまりなんにもできないかもだけど……」
「はは、そんなら気持ちだけもらっとくよ。……それより、なんか話があるんじゃないのか?」
俺の言葉になんでわかったの、みたいな顔をするネルネ。
気持ちは分かるよ? どうやら俺もそんな感じらしいしな。
「……あのあと少し、シズレッタたち……あ、元パーティのあの子たちな……? それで、少し話をしたんだが……。なんというか……あ、ありがとうとごめんを、す、すごく遠回しに言われたっていうか……」
「あー……、目に浮かぶわなんとなく」
「ふふ、だ、だろう……? それと、少し怒られた……。き、キモチワルイって言ってもへらへらオドオドして、そ、そういうところがキライだったって……」
えぇ……?
逆ギレっつーか、あのタイミングでそれ言っちゃうか……。
「アイツらなぁ……。だいたい嫌いだからっつって、ああいう態度をとっていい免罪符にはならんだろうに……」
「うん……だ、だからわたしも言ったんだ。そ、そういう風に、お、横柄な態度をとるところとかが、わ、わたしも苦手だったって……。そ、そしたらなんとなく……あの、あんまり良い子じゃないかもしれないけど……」
「……すっきりしたか?」
「! ……うん、や、やっぱりそういうの、せ、性格が悪いかな……?」
「んなことねぇさ。むしろガンガン言ってやればいい」
そう言いながら、頭を撫でてやる。
「えへへ、よ、よかった……。あ、あの時……お、おっちゃんが胸を張れって言ってくれたから、ちゃ、ちゃんといろんなことに向き合えた……。ま、街のみんなはザーネドさんがって言うけど、わ、わたしにとってのヒーローはやっぱり……」
……どうにも、むずがゆいねまったく。
嫌なわけじゃあ、もちろんないがな。
「だ、だから……おっちゃんに、と、特別なスライムを作ろうと思うんだ……!」
「………………ん?」
そんな中、唐突に繰り出されたその言葉に、一瞬思考がフリーズする。
「お、おっちゃんのスライムマン……や、やっぱりすっごく素敵だった……! お、おっちゃんが背中を押してくれたわたしの力で、こ、今度はおっちゃんが勇者になる手助けを……!」
……おっと首を絞めてんのは自分の手かなこれ?
いや悪いことじゃないんだよ? むしろ良いことなんだが……。
「いやほらあれよ……? あの……おっさんもう歳だからね? ガタも来てるし、あんまり張り切らなくていいっつーか、その、あれだ……」
「…………勇者になるには遅すぎる」




