番外編 ワールズレコード012:魔物《モンスター》素材
ゴージャスの押し売りのような夢から抜け出し、その抜け出し方でもさらに一悶着あった後、俺達はダンジョンから撤退するための準備を進めていた。
「……エテリナちょっと、ちょっと来なさい、ん?」
「にゃ? なになにオジサン?」
俺がおいでおいでと手招きすると、不用意にてててと近づいてくるエテリナ。
――今だ!!
「……にゃにゃーっ!? なにこれー!?」
そう叫ぶエテリナの体には、さっきまで本人がくるまれていた綿のようなモノが巻き付けられていた。……まぁやったのは俺なんだがな。
くすぐりスイッチを応用した俺の器用さならば造作もないことよ。
よく考えてみれば……というか、よく考えてみずとも、あの触手のような魔物の原因はだいたいコイツなんだ。
……なら少しぐらい仕返ししたところで、そうバチは当たらんはずだ。
「にゃーだ-!! コレあつくるしいー!! ぬぎたいー!!」
珍しくうろたえるエテリナに、少し気分がすっとする。
なんせコイツをくすぐったところで仕返しにもならんからなぁ……。
「ふふふ……効果はてきめんのようだな……! ……え? なんだ脱ぎたいって? しょうがねぇなぁ『何か一つ願いをかなえてやる』って言っちまったし叶えてやろうかね」
「うにゃあ!? オジサンそれずるいー!! 大人げないー!!」
ふはは、なんとでも言うがいい。
大人げなんてものは必要な時にだけ発揮すればいいのだよ!
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
ワールズレコード012:魔物素材
◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆
「……よーしクヨウ頼む」
「うむまかせろ。――はぁっ!!」
クヨウが勢いよく刀を振り下ろすと、レクイエムシープの角が根元から切り取られ、ずしんと地面へ落下する。
本体が大きいだけあって角も立派なもんだ。
レクイエムシープの角は蛇腹のような特殊な構造になっていて、普段は丸まっているが攻撃時には鋭く伸びる。
催眠魔法がきかない相手でも、コイツで貫かれりゃひとたまりもないだろう。
伸びきった状態の角はかさばる上、採取の難易度もぐんとあがるが……その分素材としては優秀らしく、丸まった状態よりも高く引き取ってもらえるそうだ。
「お、おっちゃん……こ、こっちも終わったぞ……」
並行して、ネルネには『クリーンスライム』による羊毛の洗浄を頼んでいた。
自浄魔法の応用で作られたコイツで、オーヴァクラックの傷から流れた血やその他の汚れなんかを落としてもらっていたワケだ。
ちなみにトリアとエテリナ、それにハクには出口を探してもらっている。
本来であればトラップで作られた空間には出口が無いことも少なくないが、モックソルジャーがここで装備品に文字を刻んでいた以上、どこかにつながる道があるはずだ。
魔素の流れを読めるハクなら、それを見つけられるかもしれん。
ハクが言ってた『もやもや』っつーのも、ここのトラップか、レクイエムシープの大きな魔素を感じ取ってのことだったんだろうしな。
さて、準備が出来た今、早速羊毛刈りといくべきところなのだろうが……俺は今もう一つ、別の素材が頭をちらついて仕方ない。
それは――。
「レクイエムシープの肉ってのはどんな味なのかね……?」
図鑑には食えると書いてあったが、味については明記されていなかった。
もちろん流通だってしてない訳じゃないだろうが……S+の食用素材、なかなかお目にかかれん上になんと言ってもお高価いからなぁ。
「おいイルヴィス……まさかお前、私とネルネを残したのはそれが目的か……?」
「……え? いやその……」
いくら魔物と戦闘はしていても、それの解体となると生々しいというか……ぶっちゃけまぁ結構なレベルでえぐいもんだ。
ホラー属が苦手なトリアは言わずもがな、ハクにもまだちょっと刺激が強すぎるし、意外と言うとアレだがエテリナのヤツも、『研究スイッチ』が入ってないときはダメらしい。
対して、刀で戦うクヨウにはそこそこ耐性があるようだし、ネルネなんかもう普通に平気な顔をしている。……が、決してそれで二人を残したワケじゃないぞ。
角の採取にも羊毛の採取にも、二人の力は必要だったのは確かだ。
……とはいえ、まったく期待していなかったと言えばそりゃ嘘になる――。
「『――なんてことは言えない』と、そんな顔をしているぞイルヴィス?」
「お、おっちゃんはこういうことになると、け、結構こだわるというか……。ちょ、ちょっと困ったさんになるからな……」
ぐへー!? 全部ばれてるー!?
いや流石に見透かされ過ぎだろ、どんだけ正直なんだおっさんの表情筋!
「いやなんつーかだな……そう! 今回は結局成果らしい成果も無かったろ? それにほれ、色々とその……見ちまったことは確かなんだし? そのお詫びも兼ねてせめて旨いもんでもってな? な? な?」
「む……。ま、まぁ、お前がそこまで言うのであれば私は……」
「お、そうか!? よーし、そうと決まれば善は急げってな! せっかくなら調理方法なんかも工夫して、色んな部位で食べ比べを……」
「――――いやいやいや、ふ、ふつうにだめだぞ、おっちゃん……」
「……え?」
ぴしゃりと投げかけられる言葉に、一瞬思考がフリーズする。
「く、クヨウもほら……き、気持ちはわかるけど、しっかりしないと……」
「……はっ!? ……うぅ、すまないネルネ、どうにも私はこう……イルヴィスが相手だとその……」
「だ、大丈夫だ、わかってるからな……? こ、困ったさんなのはおっちゃんだ……」
なんだかよくわからん内に悪者にされとる……。
いや、今はそれよりもだ。
「あ、あのネルネさん……? その、な、なんで駄目なんすかね……?」
「な、なんでって……お、おっちゃんもわかってるだろ……? 羊毛を刈るなら早くしないと、じ、時間が無くなっちゃうって……」
「う……まぁそいつはその……」
どういう原理なのか俺には良くわからんのだが、討伐された魔物は早ければ十数分、遅くとも一~二時間もしないうちに、ダンジョンへと吸収されてしまう。
そんなワケで素材の採取はそれまでに済ませなければならないのだ。
ランクS+の頑丈さを持つこの巨体を、専用の道具無しで正しく処理をするとなれば、それこそ足一本でもいっぱいいっぱいといったところだろう。
そうなれば毛刈りどころの話じゃなくなってくる。
もちろんそれは俺もわかっている、しかし、しかしだ……!
「け、けどほれ……S+の魔物の肉なんて、そんなに食べる機会も……」
「そ、それはもちろんわかるぞ……。わ、わたしだって、お、おっちゃんの料理は好きだし、せっかくならみんなで、い、いろいろ食べ比べもしてみたいって思うけど……」
ネルネは振り向くと、倒れているレクイエムシープへと視線を向ける。
「む、夢幻の箱庭も偽物だったからな……。も、もしこのまま、おっちゃんが次に住む部屋が見つからなかったら、く、クヨウ達みたいに冒険者用の宿を借りなきゃいけなくなるだろうし……」
「……私やエテリナと違って、イルヴィスの場合は一時的に家具や雑貨を置いておくような貸し倉庫なんかも必要になってくるだろうからな」
「だ、だったら少しでも素材を採取して、お、お金に換えとかないと……」
うぅ……なんつーか、しんどいほどに正論だ……。
踵の道標を買う時も、『こういうのは大人が出すもんなんだよ』なんてカッコつけちまったしなぁ……。
もちろん、肉や果実なんかの食材系の素材も換金の対象にはなるんだが……。
人の体に入る以上、そういった処理が100%問題なくできるヤツ、いわゆる『称号持ち』でないと引き取ってはもらえない。
となると必然、優先することは決まってくるわけで……。
「まぁそうだよなぁ……。ん、悪かったよ、ちゃんと今回は――」
「……だ、だからおっちゃん、今回採取するお肉は、さ、最小限にしよう……」
「…………え?」
都合のいい聞き間違いかと、思わず耳を疑ってしまう。
「ふふ……、な、なにもわたしだって、まったく採取するなと言ってるわけじゃない……。よ、羊毛を刈り終わる目処がついたら私も手伝うから、の、残った時間で少しは採取できるはずだ……」
「もしボイドシンドロームがこのまま治らなくても、私たちがもっと強くなれば共に深層へ向かうこともあるだろう。……『食べ比べ』をするのは、またその機会にだな」
「ネルネ……! クヨウ……!」
思わぬその言葉に鼻の奥がじんとしてしまう。
わがままを言っているのは俺のほうなのに、良い子たちだよまったく……!
「……そうだな! よし、そうと決まればとっとと毛刈りは終わらせちまおう!」
「ああ、頼りにしているぞ?」
「お、おいしいごはんも期待している……」
「おう、任せとけって! それじゃまずは……」
サクッと作業を終わらせて、できるだけ良い部分を採取しないとな!
どこの部位がいいかなぁ? 羊肉といったらやっぱり背中か腰あたりか……!
「……まったく、イルヴィスのああいうところは本当に子供みたいだな……。ふふ、私達より一回りは年上だと言うのに困ったやつだ」
「け、けど……おっちゃんのああいうところ、わ、わたしは嫌いじゃない……。く、クヨウもそうなんじゃないか……?」
「ま、まぁそれはその……わ、私のことは良いだろ!? ほ、ほら! 早く羊毛を刈り取ってしまうぞ! まったく、ネルネはまったく……!」
「んふ……そ、そうだな……!」




