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第18話 頑張ってきた印

「…………あートリア、今なんて?」


 唐突にトリアから放たれた一言に、一瞬脳がフリーズする。

 ……聞き間違いか? そうだよな、いくらトリアにポンコツ成分が多分に含まれているとはいえ、流石にこんな状況でこんな訳の分からんセリフを……。


「だからその……おっちゃんってばボクのこと好きなのかなって聞いてるの! ……もう! こんなこと何度も言わせないでよまったく……!」


「えぇ……?」


 聞き間違いじゃあ無かった。

 うっすら顔を赤らめてぷりぷりと憤慨するトリアの、そのあまりにも状況にそぐわない表情にことさら脳が困惑を加速させていく。


「い、いやそりゃお前……好きか嫌いかと聞かれりゃ好きに決まってるが……」


「もーそうやってはぐらかさないで! い、異性として……一人の女の子として好きかって聞いてるの!」


「いやまてまて!! なんだって急にそんな……!」


「ま、まつんだトリア……! ほ、ほら、おっちゃんも困っちゃってるから……」


 た、助かった……。

 トリアのおかしさに気付いたであろうネルネが助け舟を出してくれ――。


「……そ、それにひょっとしたら、お、おっちゃんはその……わ、わ、わたしのことが好きなのかもしれないし……」


「おいホントにどうしたんだよお前ら!!?」


 ――てなかった。

 というか……。

 

「トリアもネルネもイルヴィスのことを……? だが……くっ、二人には悪いが、イルヴィスはきっと婚約者である私を選んでしまうだろう……! 仕方がないこととはいえ、やはり胸が痛むな……」


「にゃふふ! ウチはオジサンが誰とイチャイチャしてても気にしないよー? ……もちろん、ウチもその中に入れてさえくれれば……ね?」


「え、え? え、えっと……は、ハクもです! ハクだっておじさまのことすごく……ものすごーく大好きですから!」


 ……なんだこの状況は。

 おかしいなんてもんじゃない、いくらなんでも異常すぎる。

 つまり――!



「――ギキャアァァアアァ!!」


「うおっと!! ……おいトリア! 聞きたいことがあるなら後からいくらでも答えてやる! 今は戦闘に集中して――!」


 トリア目がけて飛びかかってきたマディメアの攻撃を弾きながら、ひとまず言葉を濁してこの状況を乗り切ろうとする。

 というか、このままじゃあ下手をすれば全滅も――。


「おっちゃん……! えへへ、そんな風にごまかしたって、やっぱりボクのこと好きなんじゃん、もー……! 今だって、ちゃあんとボクのこと守ってくれたし……!」


「いやだから……」


「まったく、照れなくてもいいってばぁ……! ……ちゃんとわかってるから、ね? ほら、ちゅ~……!」


 は、話が通じねえぇぇえぇ!!


 目を閉じながら、まるで子供のままごとのように唇をつきだしてくるトリア。

 慣れないことをしているせいで絶妙に色気の足りてないその光景を前に、思わず後ずさると……。


「――おっちゃん……」


「ね、ネルネ……?」


「お、おっちゃん……なんで……! なんで、う、浮気(・・)はなんかするんだぁ……っ!!」


 えぇ……?

 いや浮気て、ついさっき『好きなのかもしれない』っつってたばかりろうが。

 この短時間でいつの間にそんな関係が進展して……。


「そ、そうだ……こうなったらもうずっと、す、スライムの中で過ごせば……スライムに包まれたまま、ふ、二人だけの愛の巣でずっと一緒に…………ふふ、おっちゃんが望むなら、え、えっちなことだって……ふふ、ふふふふ……!」


 いや怖い怖い怖い。

 それはもう愛の巣というより奇抜なオブジェか珍妙な標本に近いんだよ。


「にゃふふ……ねぇオジサン? ウチはね、ウチだけを見て、なんてめんどくさいこと言わないよ……? だから……誰のついでもいいから、ずっとウチのことも見捨てないでね……?」


 ……おおう、こっちはこっちで別の意味で病んでおられる……。

 普段のエテリナからは想像がつかんような、若干の闇の深さが垣間見えて――。


「うぅ~!! イルヴィスのばかぁ!! 他の女の子ばっかりかまって……! お嫁さんは……イルヴィスのお嫁さんは私なのにぃ!!」


 ……で、クヨウはこのありさまってワケか、はは……。


 ……いやもうメチャクチャだよ!!

 そんでもって……!

 

「――ギキャアァァアアッ!!」


「ああくそ! コイツはコイツでぜんっぜん手を休めてくれねぇしよぉ!!」


 マディメアの攻撃からトリア達を守りながら、つかず離れずの距離を保てるように立ち回る。


 ……あきらかに嫌味(・・)な攻撃の仕方だ。

 となると……間違いない、トリア達の様子がおかしいのは向こうさんの仕業っつうことか……!!


 どうりでみんな目が据わちまってるわけで…………ん?


「え、えと……ハクもおじさまのことはだいすきで……! でも、えと、その……」


 気のせいか……?

 いや違う、これは――。



「ハク、まさか……お前だけは『なんともない』のか!?」



 間違いない……!

 ハクはこの中で唯一……唯一目が据わっていない(・・・・・・・・・)からな!!


「えぇ!? な、なんともなくないです! おじさまからみたらハクはまだ子供かもしれませんけど、ちゃんとハクだっておじさまのこと……!!」


「あ、いやいや違うそうじゃあない! コイツらのこの状態は明らかにおかしい……サキュバスの『魅了』は男にしか効かねぇことを考えると、恐らくマディメアとは別の魔物(モンスター)が……っと!」


 相変わらずいやらしいマディメアの攻撃を防ぎつつ、ハクに状況の説明をする。


「別の魔物(モンスター)さん……!? じゃ、じゃあトリアさん達の様子がちょっとおかしいのも……」


「ああ、少なくとももう一体、トリア達に何かを仕掛けてきている魔物(モンスター)がいる筈だ……!」


 まぁ俺にはちょっとどころか途方もなくおかしいと感じるところだが、この状況をそう思えるあたりやはりハクは正常の様だ。


 だが……『混乱』や『幻覚』とも違う、こんな攻撃を仕掛けてくる魔物(モンスター)なんざ聞いたことがねぇ……!

 しかしこうなっている以上、どこかにその原因はいるはず……!


 それは間違いない、間違いないはずなんだが……!!


「くそ! さっきから『傾向限界突破』で探ってるってのに一向に見つからんぞ……!?」


 どうする……!? 先にマディメアに専念するか……!?

 だが――。


「もう、おっちゃんってばホントに素直じゃないんだからぁ……!」

「ふふ……す、スライムの中で永遠に……ずっと……ずっと一緒に……」

「ウチは一番じゃなくてもいい……たまに愛してくれればそれで……」

「ううぅ~! もー! お嫁さんである私の話を聞いているのかイルヴィス!」


 ……いや無防備すぎる!!

 仮にアレ(・・)を使ってマディメアに専念したとしても、どうしたって多少はコイツらから離れることになっちまう……!


 他に潜んでる魔物(モンスター)の数も種類も不明、おまけに俺の感覚にも引っかからないと来れば、いつコイツ達に襲いかかられてもおかしくは無い……!

 そうなればあっという間に総崩れだ……!


 かといって状態異常回復薬をつかったとしてもおそらくいたちごっこ(・・・・・・)、すぐにまた同じ状態にさせられちまうのなら、時間制限のあるこっちはいずれ詰んじまうだろう……!


 いっそのこと『好きだから今は戦え』だの、『あのマディメアと戦ってるヤツが好き』だの、勘違いしたセリフを吐いてみるか……!?

 

 ……いやいやヤケになるな俺……!

 むしろこの状態でむやみにけしかけるのはマズイ……下手をしなくても玉砕覚悟で捨て身の行動に移りかねんぞ……!


「くそ、せめて『遠距離攻撃(オーヴァクラック)』が使えりゃある程度解決するってのによ……!」


 ……落ち着け、無い物ねだりをしていても今が仕方ねぇ。

 やるべきなのは状況の整理、まず考えるのは……。


 ――そうだ。そもそもの話、ハクが平気(・・・・・)なのはどういうことだ? 

 単なる偶然か、いいやそれとも……!


「――ハク! 俺から離れずに自分の冒険者カードを確認できるか!?」


「え、は、はい!」


 マディメアの攻撃を防ぎながら、俺もハクが取り出した冒険者カードをちらりと覗き見る。

 すると……。


「あ……! これって……」

「こいつは……『魔素抵抗+150』か!!」


 一瞬見えたそのスキル。

 確か魔素による体への影響……たとえば今まさに仕掛けられてるであろうの状態異常や、レベル障害への抵抗力があがるパッシブスキルだ。


 だが普段のハクのカードにはこのスキルの記載は無かったはず……恐らくは『先祖返り』の時だけに発現するってことなんだろう……!

 コイツは普段からちゃんと確認をしておかなかった俺の失態だな……!


 だがつまり、今のハクはトリア達のような状態異常にかかることは無い……!

 それなら――!


「ハク! 魔物(モンスター)の探知能力に限れば俺よりもお前の方がずっと上だ! 他にいる筈の魔物(モンスター)の位置や数を特定できるか!?」


「え、えと……それが、さっきからやってるんですが何も感じないんです……! マディメアさんの他には何も……」


 ……!

 なるほど、いつかのテンタクルグリーディアように気配を消してんのか……!

 俺が見つけられねぇわけだぜ……!


「ど、どうしよう……! トリアさん達もおじさまもこのままじゃ……!! やっぱり……やっぱりせめてハクの恩恵(ギフト)が……ハクの恩恵ギフトがもっと強いものだったら――!」





「――……なぁハク、確かに新しいパッシブスキルのおかげでハクはおかしくならずに済んでいる。……だがな、そいつは偶然とかラッキーとか、そんな薄っぺらい(・・・・・)モンなんかじゃねぇ」


「え……?」


「パッシブスキルってのはな、自分が頑張ってきた印でもあるんだ。恐らくだが、先祖返り(その姿)でも感情的になりすぎちまわないよう……魔素の力に振り回されちまわないようハクが今まで頑張ってきたからこそ、そいつは発現したんだと思う」


「ハクの……頑張ってきたしるし……?」


 ふるふると揺れるようなハクの瞳を、まっすぐ見つめながら言葉を続けていく。


「ああそうだ。――だから(・・・)頼みたいんだ。たまたま無事だったからじゃあ無い、今まで頑張ってきたハクならできるはずだと……そう信じているからこそ、一緒に戦う仲間として……!」


「おじさま……」


 少しずつ、落ち着きを取り戻していくハク。

 そして……。


「ハク……ハクやってみます! ぜったいに、ぜったいに魔物(モンスター)さんを見つけ出して……おじさまと、トリアさん達とみんなで――オルハリコンを持って帰ってみせます!!」


「あぁ! 期待してるぜ!!」


 ――さぁ正念場だ!

 ハクは必ず伏兵を見つけ出してくれるはず……だったら俺も、その頑張りに応えねぇとな!

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