第13話 アタシのメイド力を持ってすれば
「――イルヴィス・スコードっと……必要な契約書はこれで全部かい?」
「はい一通りは。あとの細かいところはアタシが直接『職人ギルド』へ持っていて処理しておくっす」
サインした契約書を軽くまとめて、メイドさんへと手渡す。
ネルネの言った『もう来ていた相手』ってのは他でもない、これから部屋の管理をお願いしようと連絡をしていたあのメイドさんだ。
以前はマクラード家に仕えていたんだが……話によれば、もともとそろそろ辞め時だとは感じていたらしい。
だが少しでもマクラード家の内情を知ってる以上、簡単には辞めさせてもらえないっつーことで、さてどうしたもんかと悩んでいた……ところに、地下室から『例の資料』が見つかったからな。
そのマクラード家自体がこうなっちまった以上、その辺りのしがらみなんかもまとめて解消。
晴れてお役御免となり、俺たちの頼みを引き受けてくれたってワケだ。
ちなみに使用人達の間でも今回の事態は事前に根回しをしておいたらしく、積極的に悪事に加担していなかったような使用人たちなんかは、軽い聞き取り調査に協力するぐらいで済んだそうだ。
元々の優秀さもあって、全員その後の職探しなんかも問題なし。
むしろ以前メイドさんが言っていたとおり喜ぶ人も多かったってのがまた、マクラード家の暗い部分を現してるように思えるねホント。
……しかし本名までメイドール・ティックパッキーとはなぁ。
本人も『まさにメイドになるための名前みたいでしょう?』と得意気だったもんで、俺たちも今まで通りメイドさんと呼ばせてもらったりしている。
「それでは早速お仕事のお話を……と、いきたいところっすが、まずは……」
サインした諸々の書類に軽く目を通し、そいつを丁寧に鞄にしまうと……メイドさんはそのまますっと、クヨウの方へと向き直った。
「……クヨウ様、申し訳ございませんでした。アタシはあの家の……ケイン・マクラードのおかしさに気付いていて、それを止めることができなかったっす。……いいえ違うっすね、わが身の可愛さに止めようともしなかったんす。だから……」
「そ、そんな、いいんだ気にしないでくれ……! マクラード家に仕えている者がそうできる立場に居なかったことは重々承知している……!」
深々と頭を下げるメイドさんと、少し面喰った様子でそれをなだめるクヨウ。
……これは以前会った時にメイドさんに頼まれていたことだ。
首輪の被害者であるクヨウたちに、直接会って謝りたい……と。
「むしろ……むやみに行動していれば恐らく、メイドさんも我々と同じような目にあっていたことだろう。私としても、それは本意では無いよ」
「ですが……」
「もしそれでも罪悪感がぬぐえないというのであれば、これから仕事で返してくれればいい、それで私は十分だ。……アカリ達も、きっと同じことを言うに違いない」
「クヨウ様……はい、おまかせくださいっす!」
クヨウの言葉に、明るさを取り戻すメイドさん。
その光景に素直に良かったと感じているのは……どうやら俺だけじゃあ無いようだな。
「それでは改めまして……私、メイドール・ティックパッキーは現時刻をもって、ご主人様のメイドとなりました。誠心誠意お仕えをさせていただきますので、皆様何卒よろしくお願いいたします」
両手でスカートの裾を軽く持ち上げながら、ぺこりと頭を下げる。
流石、その仕草は様になっている……とは思うんだが――。
「あぁ、こちらこそよろしく頼むな。それと……その『ご主人様』ってのはやめてくれよ、どうにもくすぐったくてかなわん……。話し方も、普段通りでたのむ」
「そうっすか? まぁご主人様が望むのであれば口調は普段通りにさせてもらうっす。ですが……この呼び方は譲れませんね! アタシにもメイドとしてのプライドがあるっすから!」
ふんすと胸を張るメイドさん。
「主従関係の契約というならば、ある程度明確な線引きは必須……それがお金で雇われているというならば尚更っす! 緩めるところも絞めるところもきちっとしてこそプロってものっすからね!」
「……なるほど、さすがプロのメイドさんです。イルヴィスどの、ここはこちらが折れねば無粋というものですよ」
「しかしなぁ……いやそうだな、わかったよ」
確かに本業のメイドさんが言うならそうした方が良いんだろう。
ま、多少のくすぐったさには目をつむるとして……。
………………ん?
「……ってクレハ!? 話が済むまでは街を回っていてくれてかまわないと言っておいたではないか……!」
「申し訳ございませんクヨウさま。しかし……か弱い少女の一人歩きは危険がいっぱいですから、こっそりとこちらへ来てしまいました。てへぺろ」
相変わらず抑揚の薄いしゃべり方する、神出鬼没のニンジャ娘。
……しかしよく言うぜ、か弱いどころか『英雄級』の実力を持ってるってのによ。
まぁクレハをアンリアットに呼んだのは他でもない、折れちまったオーヴァナイフの件を頼もうとしていた俺自身なんだが。
もともとミヤビに出向いたのはそれが目的だったしな。
とはいえいくらゲートを経由するとはいっても、こっちの用事で呼び出しただけってのもあれだからな。
今は一時的にクヨウのところに身を寄せて、観光なんかを楽しんでいるらしい。
「あのご主人様、こちらの方は……?」
「おっと、これは申し遅れました。私はイルヴィスどののお妾さんであるクレハ・クノーと申します。もちろん、本妻はこちらのクヨウさまで……」
「うえぇっ!!? くくくクレハ!!? なな、なにを……!!?」
「なるほど……。小さなお子様どころかお妾さんまでいらっしゃるとは、やはりご主人様もやることはやってるってことっすねぇ」
「きゃうー!」
「いや妾も子供もいねぇから! クレハお前も! さらっと厄介な嘘をつくんじゃねぇよ!!」
「これは失敬。ついついあふれ出る茶目っ気を抑えきれず」
その茶目っ気でおっさんの信用的なアレはすぐガタ落ちになるんだよ……。
「ふふ、賑やかでいいっすねここは。さて、それじゃあお仕事内容の確認っすけど……ご主人様たちがいない間、この部屋を管理しておけばいいんすよね?」
「……と、あぁ、ある程度泊まり込みで、電話番なんかも頼みたいんだが……」
「もちろん、おまかせくださいっす! お高いお給料ももらってますし……あとはまぁただ留守番してるだけってのもメイドの名折れなんで、掃除なんかの雑用も任せてくれれば完ぺきにこなしてみせるっすよ」
「お、そいつはありがたいねぇ」
「ねぇねぇおっちゃん! それならダンジョンに行ってる間はハレのことも見てもらってたらどう? 流石につれていくわけにもいかないしさ!」
「きゃうー?」
「そりゃ助かるが……しかしなぁ、流石にそこまで頼むのも……」
「いえいえ問題ないっすよ。見たところ手のかからない子みたいですし……むしろアタシのメイド力を持ってすれば余裕の範疇っす」
マジか、ありがたすぎる。
……いやメイド力ってなに?
「それで、ここを離れて遠出のクエストでもするんすか? あ、そういえばまた口の堅さがどうのって話もしてたっすけど……」
「っと、そうだな……とりあえずま、説明するより見てもらった方が早いか」
「見る? 一体何を……?」
……………………
…………
……
「――ほへ~……ここが『夢幻の箱庭』っすかぁ……!」
メイドさんを夢幻の箱庭へ招待し、しばらくはここを拠点にしてあちこちを巡るつもりだという話もしておく。
そのあたりの事情は、電話ではまだ伝えてなかったからな。
「私も初めて招かれた時はとても驚嘆したものです。それはもう、思わず顔に出てしまうほどに」
「……いやあんま出て無かったと思うぞ」
「え」
「『不落の難題』……最近よく話題にはなってるっすけど、ハレちゃんといいこの場所といい、本当におとぎ話じゃなかったんすねぇ……。なんだか逆に現実感がなさすぎて、どう驚いていいのかも良く分かんなくなってるっすけど……」
まぁ気持ちは分かる。
というかハレのことに関して言えば、俺すらまだちょっと現実感ないみたいなとこあるからな。
「……あれ? あの、おじさま……」
「ん? どうしたハク?」
「それがえっと……なんだかハレちゃん、あっちの方が気になってるみたいで……」
あっちの方?
そっちにはたしか――。




