第12話 ハレ
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「――それじゃあ本当にこの子があのヴァルハーレってこと? おっちゃんがどこかからさらってきたとかじゃなくて?」
「だーから、何度もそう言ってるだろうがよ……」
朝から部屋にやってきたトリア達に目かくれ幼女とベッドインを目撃され、いつものようにひと悶着あった後、やっとのことで誤解を解くことに成功する。
しかしまーた勘違いしておもくそ騒ぎ立てやがって……。
毎度のことながらなんでそんな信用無いんだおっさんは。特にそっち方面の。
「きゃうぅー?」
「うっにゃーん! しかしながら随分と可愛らしい姿になってしまいましたなー? つんつーん」
「きゃふふ! きゃっきゃっ!」
ふよふよと浮きながら首をかしげるヴァルハーレのその姿に、エテリナは特にご機嫌のようだ。
……ま、聞くところによるとアイツは俺たちと出会う前から『不落の難題』にご執心だったみたいだからな。
無理もないってもんだろう。
「こんな幼子にこう言うのもなんだが……ひとまず害は無いようだな。とはいえ元が七大魔王とあれば、気を抜かずに越したことは無いだろうが……」
「あ、赤ちゃんのようにも見えるけど、これからまだ成長したりするのかな……? し、使役っていうのもどういう意味で……」
「まぁまぁ、とりあえず先に朝飯にしようぜ? せっかく買ってきてもらったパンもあるし……あーココア、ココア、コーヒー、ココアと……ま、コイツにはホットミルクでも作ってやってみるか」
ちっこいお姫様のお守りはひとまず女性陣にまかせて、朝食の準備のためにキッチンへと足を運ぶ。
色々考えなけりゃいかんのは確かだろうが……クヨウの言うとおり、特に暴れまわるような素振りもねぇしな。
詳しく考えるのはハクが学校が帰ってきてからでも遅くは無いだろう。
「……しかし使役、ねぇ? マッフィーノは『七大魔王の力を~』みたいなことを言ってたが、あれが戦うってのか? 流石にあの状態のヴァルハーレを戦闘に連れ出すってのはどうにも――」
「きゃうー?」
「おわぁっと!? ……ってヴァルハーレ、お前いつの間に……」
水とミルクを温めている俺の目の前に、突如として現れるヴァルハーレ。
と同時に、向こうの部屋からどたどたと足音が聞こえてくる。
「お、おっちゃん大変だよ! ヴァルハーレがいきなり消えちゃって……って、なんだこっちにいたんだぁ。もう、びっくりさせないでよねおっちゃん!」
「んなこと言われてもこっちだってビビらされた側だっつーの。こう、突然目の前に現れて……」
「突然? にゃふーむ……ねぇオジサン、ちょっとこっちの部屋に来てもらえるー? あ、トリニャーたちはヴァルハーレを見ててあげてね?」
くいくいと手招きするエテリナにしたがって、俺は再びリビングに戻ってくる。
「それではこちらを扉で仕切りましてー……ねぇオジサン? 『ヴァルハーレ』って小さく口にしてみて?」
「小さく? あー……ヴァルハーレ?」
「きゃう!」
「うお!?」
俺が名前を口にした瞬間、再び目の前に現れるヴァルハーレ。
これは――。
……………………
…………
……
「ふむ……察するに、これも『使役』の一環ということなのだろうか? イルヴィス、お前が呼べばどこへでも現れるというような……」
「というか、この子の本体はたぶんオジサンの左目なんじゃないかなー? こっちはあくまでも、お外とのコミュニケーションをとるための『かりそめボディ』ってカンジ?」
なるほどな。
魔物の中には核みたいな器官を持ってる奴も多いが、それと似たようなモンってワケか。
「だがよ、『ヴァルハーレ』っつぅ単語を口にする度に唐突にお出ましになられちゃあかなわんぞ? 特に外では人の目もあるし……」
「し、資格のない人の魔物の意図的な使役は重罪だからな……。ひょ、ひょっとしたらまた捕まっちゃうかも……」
そうなんだよなぁ。
なんでおっさんにはこう、冤罪で捕まっちまうような事態が次々と降りかかってくるのかねぇ……。
しかしこうしてふわふわ浮いてるコイツを『いや普通の赤ん坊です!』っつーのは流石に無理があるというか……かといって意思の疎通ができる以上、名前を呼べないってのも不便な話で……。
「あ、じゃあさ! 別のちゃんとした呼び名をつけてあげればいいんじゃない? エテリナがいっつもみんなにつけてるみたいな!」
「にゃふ―! トリニャーないすアイデア!」
「呼び名? ……ふーむそうか、呼び名か……」
確かに、称号持ちの魔物テイマーだったりは、魔物に個体識別のための名前をつけたりもするらしいしな。
他にも魔王級……『ネームド』なんて例もある、悪い手段じゃあ無いか。
「よしそんじゃあ……いいか? 今日からお前の名前は、あー……そうだな、ヴァルハーレだから『ハレ』だ」
「……イルヴィス、いくらなんでも少し安直すぎではないか?」
「良いんだよ分かりやすくて。これは魔物としてのお前じゃなく、個人……と言って良いのかは分からんが、ともかくお前自身を指す呼び名だからな? これからは俺がそう呼んだとしても転移してくる必要はない、わかるか?」
「……きゃうー?」
「えーつまりだな、そのー……なんて説明すりゃいいんだ……?」
「にゃふふ! つまり、これから『ヴァルハーレ』って呼び方はー、オジサンが『今すぐそばに来てほしい!』って時にだけ使うってこと!」
「そう! まさにそういうことだ。それ以外の時はお前のことを『ハレ』って呼ぶが、そのときは転移してくるのは禁止だぞ? いいな?」
「きゃうきゃーう!」
「……これは、どちらなのだ?」
「な、なんとなく、『わかった』って言ってるような、き、気もするけど……」
ま、俺もそう言ってるようにみえるし、恐らく大丈夫だろう。
とはいえ『使役』っつう部分でいえばもう少し、いろいろと調べてみる必要はありそうだがな。
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――その後、学校を終えて帰ってきたハクにも諸々の事情を説明し、その日はつつがなく終わりをむかえた。
念のため、少し前にはメルディナッハのセンセーにも左目を見てもらったりしたが、目ん玉が金ぴかになっちまった以外、体にも特に変わった様子ははなさそうだ。
これで『左目がまた見えるようになったぞ!』……なんてことでも起きてりゃ便利だったんだがねぇホント。
頭にモンスターの骨を乗っけてたり、健康力がどうのとか言いながらしょっちゅう吐血を繰り返す変わりモンではあるが、その腕は俺も信用している。
そのセンセーが言うなら、他に影響は無いってのに間違いはないだろう。
となれば……当面気を遣わなけりゃならんのは、外でうっかり『ヴァルハーレ』と呼んじまわないようにするってことぐらいだな。
……まぁ早速もってそいつを忘れちまってて、この現状に至るワケだが。
「きゃうー?」
「よしよし……この子がお腹の中にいた時はすごく苦しくて、おじさまの前で吐いちゃったりもしましたけど……今はこうやって膝の上にいるんだから、なんだか不思議な感じですね?」
……うん、ヴァルハーレの一部を飲み込んだ時の話ね?
ミヤビでの戦闘でヴァルハーレの着物のような鎧の一部を飲み込んで、地上でも『先祖返り』をおこせた時の話ね?
確かに間違っちゃあいないんだが、いろいろと足りんせいで絶妙に誤解を生みかねんっつーか……。
「ふふっ、こうしているとすぐに二人目もほしくなっちゃいます……! まだまだみなさんみたいに上手にできませんけど……ハク、なるべく早く二人目もできるよう、たくさん頑張りますからね!」
冒険者としてね?
冒険者として、これからもがんばるぞって話ね?
……相変わらず意味深に聞こえるのは、俺の心が汚れているのせいなのか?
本当に、乗客が少なくて助かったぜ……。
……
…………
……………………
「ただいまーっと……」
「ただいまかえりましたー!」
「きゃうー!」
ハクと手を繋いでハレを抱っこしたまま、いつもの我が家に帰ってくる。
すると……。
「お、おかえりおっちゃん……。や、やっぱりハレもそっちに行ってたんだな、よかった……。それと……も、もう来てるぞ……」
「お、そうか。悪かったなぁ待たせちまったみたいで……」
リビングのソファに腰を下ろすその人物に向かって、俺は軽く詫びを入れる。
……しまったな、何か茶菓子になるようなもんでも駆ってくるべきだったか?
「いえいえ、お気になさらずっす。……こうして直接お会いするのは二ヶ月ぶりっすね、イルヴィスさん――」




