第35話 自身の拠り所となる物を失ってでも
「――――彼女たちの力になりたいか?」
……!
不意に聞こえてきた声と同時に、軽くなっていく意識と体。
いや違う、こいつは……!?
「お、おっちゃん……? ……だ、大丈夫、また気を失っちゃっただけみたいだな……。と、とにかく、少しでも安全な場所へ、は、運ばないと……! んしょ……!」
ネルネによって運ばれていく俺の体を見下ろす俺。
……おいおいまてまて、まさかとは思うが――!
「案ずるな。その娘の言う通り、こうして貴方の意識だけを切り離しただけに過ぎぬ」
再び聞こえてくる凛とした声。
ひとまず死んじまった訳じゃないことに胸をなでおろしながら、声の方へと視線をむけてみる。
そこにいたのは……一人の女性。
仮面のような物をしていて顔は見えないが……なんだ? 何故か俺は、この人のことを知っているような……。
「さて、もう一度問おう。彼女たちの力になりたいか?」
「……っと、力になりたいかって……アンタ誰だ? いやそもそもこの状況は……」
「……このまま『七大魔王』と、そして『覇道の勇者』であるザンマ・ハロウドとの戦いを続けるのならば……彼女たちのいずれかは最悪、命を落とすことになるやもしれない」
「……!」
「だが私は……私ならば、貴方の力を制限している『枷』を取り払うことが可能だ。……確か、貴方たちは『ボイドシンドローム』と呼んでいたな」
「ボイドシンドロームを……!?」
ふと以前、ボイドシンドロームが『起こるべきでは無い出来事』に該当しているんじゃないかと話していたことを思いだす。
あん時は『これもフリゲイトの仕業なのか』なんてことも思っちゃいたが……。
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「――『ウルトラ相思相愛』、『アルティメット一致団結』、それと……多分オジサンの『スーパー大器晩成』も……」
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……ハクが戦女神サマの気配を感じ取れると判明した時、エテリナは確かにそう言っていた。
『スーパー大器晩成』と『ボイドシンドローム』。
そんでもってこの不可思議な状況から考えるに、まさか……。
「ひょっとしてアンタも、戦女神の一人……なのか……!?」
「……その質問には意味が無い。私が戦女神であろうとそうでなかろうと、貴方たちの現状を好転させることにはならないのだからな」
……そいつは確かにその通りだ。
目の前の女性のプライベートを詮索したところで、ヴァルハーレや殿サマが俺に忖度してくれるとは思えんしな。
色々と気になることはあるが、今はとりあえず……。
「……本当に、俺のボイドシンドロームを何とかできるのか?」
「可能だ。そしてそうなれば、力を発揮できる時間の制限も消失するだろう。……その力を持ってすれば、『七大魔王』と『覇道の勇者』の二つの脅威を退けることも不可能ではないかもしれん」
「だったら早速……!」
「だが……枷を取り払うには代償が必要なのだ」
「……! 代償、ね……」
やれやれ、つい最近も左目を無くしちまったばっかだってのによ。
……まぁいいさ、代償だろうがなんだろうが、あいつらの力になれるなら俺はそれで――!
「枷を取り払うその代償に……イルヴィス・スコード、貴方は恩恵を……『スーパー大器晩成』の力を、永久に失うことになるだろう」
「……!?」
『スーパー大器晩成』の力を失うだと……!?
そいつはつまり……!
「……なるほどな。もう二度と、あいつらとの冒険はできなくなっちまう……ってことか……」
俺の言葉に、そいつはゆっくりと頷く。
そして――。
「――さぁ、決めるのだイルヴィス・スコード……!! 自身の拠り所となる物を失ってでも、今、彼女たちを助ける道を選ぶのかを……!」
……自身の拠り所となる物を失ってでも、か……。
いや……そうだな、俺は……!
「……はっ、そんなもん決まってる……! 俺は――!!」
「――と、トリアぁあっ!!」
……!!
俺が返事をしようとしたまさにその瞬間。
俺の体を介抱してくれているネルネが、トリアに向かって叫び声をあげた。
「はぁ、はぁ……! ネルネ! どうしたの!?」
「き、『キラメテオバンキッシュ』だ……っ!! トリアのキラメテオバンキッシュなら表面だけじゃなくて……い、一番内側の着物を狙えるはず……っ!!」
「一番内側……!?」
「ヴぁ、ヴァルハーレの自爆攻撃……あ、あれはきっとマナや魔力によるダメージを、あの着物みたいなもので魔素に変換してから何倍にも増幅させてるんだ……!! それで、た、貯めこんだそれを一気に炸裂させている……!!」
……!
ネルネのヤツ……この状況でもずっとヴァルハーレのことを分析してたのか……!
「だ、だからこそ……爆発したのは『攻撃を受けていた表面だけ』だった……! そ、それなら――」
そうかなるほどな……!
あの規模の自爆攻撃にもかかわらず、その下の着物は爆発の衝撃に反応している様子は無かった……!
つまり、トリアのキラメテオバンキッシュで一番奥の着物だけを狙って自爆させ、その爆発を残りの着物で抑え込めば……!!
「自爆攻撃の被害を最小限に抑え込めるってこと……!? そうなっちゃえばもしかしたら本体への攻撃も……!! ――わかった! やってみるね!!」
ネルネの作戦を実行するため、無数のツタの攻撃をかいくぐりながら、トリアがヴァルハーレへ向かっていく。
「そうだ……わ、私は……このパーティの後衛なんだ……!! たとえスライムが使えなくても……お、おっちゃんの目が覚めるまでは、わ、わたしがみんなを支えてみせる……!!」
ネルネ……!
「――キャアアァアアァアァアアァ!!!!!」
「んぐぅ……!! ツタ相手にマナの無駄打ちはできない……!! 何とかして最小限の攻撃で着物までたどり着かないと……!!」
当たり前だが、言葉で言うほどそいつは簡単じゃあない。
それを裏付けるように、ツタの動きは激しさを増してトリアに――。
「――トリアさん!!」
トリアを狙ったツタの攻撃を、颯爽と駆けつけたハクが弾き返す。
あれは……!?
「ハク!? え!? その恰好って……!!」
「えへへ、はい……!!」
――な!? 先祖返り!?
……間違いない、ハクの姿は完全に先祖返りを起こしている。
しかし魔素のほぼないこの地上でどうやって……。
「詳しくは後でお話します! ハクが援護しますから、今はヴァルハーレに……!」
「! うんそうだね、わかった!!」
ハクの援護を受けて、トリアが再びヴァルハーレを目指す。
「トリニャー、ネルネル、ハクちー……! ……そうだ、ウチが使えるのは魔法だけじゃない……! ――さぁおしごとの時間だよ、ウチの天才的なずのーちゃん……!!」
トリア達に感化されるように、目を閉じ、集中して考えを巡らせるエテリナ。
「……! もしかして……!!」
そして何かを思いついたようにぱちっと目を見開くと、タンッ、タンッ軽やかに崩れた塀の元へ近づいていく。
「にゃふふ、お怒りの皆さんちゅーもーく! ……聞いたんでしょ? お殿サマが薬を盛られてたーってお話。にゃうーん、ほーんとにヒドイ話だよねー?」
崩れた塀の向こうには集まった住民たち。
相変わらず向こうの声は聞こえないが、確かこっちの声は聞こえるんだったな。
しかし何を……?
「それでー……。あの薬……あれを作ったのがウチだって言ったらー、みんなどーする?」
『―――!!』『――〰〰!!!』『……――っ!!』
「にゃっふっふ……! 声は聞こえないけどー、ウチのことも許せないーって感じですかなー? ――じゃあ特別大サービス! 今からこの邪魔な魔法を解いてあげませうー! じゃあいくよー、さーん……にーい……いーち……」
……!?
エテリナのヤツ、ほんとに一体何をしてんだ……!!?
このままじゃ――!
「――ゼロ!!」
カウントダウンの掛け声とともに、解除されるショータイムウインドウ。
そしてその瞬間、怒りに身を任せた町の住民が津波のように、エテリナに襲い掛かろうとなだれ込んでくる――。
――なんていうことは無かった。
「……!? どうなって……」
「……あれあれどうしたのー? ウチや役人さんたちのこと、殺しちゃうーってつもりじゃ無かったのかなー?」
「そ、そうだ! もちろんそのつもりで……!」「いや、確かにそのつもりだったんだが……」「でも……なぁ?」「あぁ……」
……どういうことだ?
町のヤツらは怒り狂うどころか、むしろ少し冷静さを取り戻しているような……。
これは一体……?
「にゃふふ、思った通り……! ――さてさて! 実はウチが薬を作ったっていうのは、みんなに冷静になってもらうためについた嘘だったんだー! もうしわけありませぬー」
ぺこりとお辞儀をするエテリナ。
「というわけでー……かいさーん!! あれをウチらが食い止めてる間にダッシュで避難してねー!」
「あ、ああ、そうだな……!」「そうだぜ! こんなところにいたらいつ巻き込まれちまうか……!!」「なんだか変な感じだけど、とにかく今は避難しないと……!」
エテリナの言葉に従い、蜘蛛の子を散らすように避難していく住民たち。
その理由は分からんがやはり冷静になっているようだ、これなら……!!
「にゃふふ、さーて! ここからはエテリナちゃんも援護に入っちゃうよー!! 『グローリーシージ』!! 『フレアゲイズ』!!」
制限のなくなったエテリナの魔法が、ヴァルハーレのツタや花びらに襲い掛かる。
そして……。
ああそうだ……ネルネと、ハクと、エテリナが示したその道を、トリアが駆け抜けていく。
その光景に俺は――!
「……届いた! 全っ力のぉー!!! ――『キ! ラ! メ! テ! オ! バンキッシュ!!!』」
「――悪いね。せっかくの申し出だが……今回は遠慮しておくよ」
その光景を見ながら、目の前の女性に改めてそう返事をする。
そうだ……ついさっきはネルネの叫び声で遮られちまったが……俺は元々、そう返事をするつもりだった。
「それは……力を失うのが惜しいから?」
「惜しい、か。……あぁそうだな、惜しくてたまらねぇさ。なんせこの力は、アイツらとの絆の一つでもあるからな」
この力があったからこそ、俺はアイツラと出会うことができた。
そしてその後も……だが――。
「だがな、そこじゃあねぇのさ重要なのは。……苦しさや傷みも、分かち合うと決めたんだ……これからも一緒に進むために。だから――俺はアイツらを信じるよ」
ホント、残念だね。
タダで枷を外せるってんなら、よろこんで飛びついたってのによ。
……ジエムと対峙した時、リフレクトペインとやらでぶっ倒れそうな俺をアイツらが信じてくれたように、俺もアイツらを信じている。
そうでなけりゃ、仲間だなんて言えるもんかよ……!
「……そうか。やはり貴方は、その道を進むのだな」
「? どういう……」
「……ふふ、いや。――さて、ならばせめて私は祈っているとしよう。貴方たちが無事、この窮地を乗り越えられることを」
「お、そいつはいい。俺は勝手にアンタを『女神サマなんじゃねぇの?』とか思ってるからな。祈ってもらえるっつうんなら、これほど心強いことも無いってもんだ。……念を入れて頼むぜ?」
「ふふ、あぁ善処しようとも。だから――」
「――だからがんばってね? イルヴィスく――……」




