第31話 痛み
「出てこい役人ども!!」「このまま隠れて済まそうとじゃねえぞ!!」
外では相変わらず、町の住民たちが怒号をとばしている。
城の周辺は塀で囲まれちゃあいるが……まともな精神状態じゃないことを考えると、いつ無理やり乗り込んできたとしてもおかしくはねぇだろうな。
そして……。
「――金色の、彫像……? どこか女性を模しているようにも見えるが……」
「あれが、ヴァルハーレ……」
水面に映された月の光から、浮かび上がるように現れたその姿。
七大魔王『月姫ヴァルハーレ』……状況から考えて、恐らく間違いはねぇだろう。
「でも、う、動く様子が無いな……。じ、じっとしてるみたいだ……」
「どうするのおっちゃん? 今の内に攻撃した方がいい?」
「にゃーむでもでもー、エンデュケイトが動き出したのも、ナンパ男くん達が不用意に近づいた直後だったんだよねー」
「あぁ、となりゃあこっちから不用意に手を出すべきじゃあねぇだろうな。……役人らも、これ以上余計なことはしてくれんなよ?」
「……っ」
苦虫を噛み潰したような表情の役人共は置いとくとして……不用意に手を出すべきじゃあないのは確かだが、かといってこのままヴァルハーレが永久におとなしくしている、なんて都合の良いことはねぇはずだ。
せめて今の内に町のヤツらだけでも避難させておきたいが……。
もしフリゲイトの影響で感情的になってるんだとすれば、ただ説得したところで効果があるとも思えんか……。
さて――。
「――キャハハ! いーじゃんいーじゃーん! 計画はじゅんちょー、カワイくて優秀だなんて、アタシってばやっぱカンペキすぎちゃう~?」
「……!?」
あざけ笑うようなその声に視線を向ければ、いつのまにか部屋の入り口にハクと同じ歳ほどの一人の少女がいた。
まさかコイツは――!
「ジュ……ジュジュニャン貴様……!! これはどういうことだ!?」
役人の一人が詰め寄るように声を荒げる。
……『ジュジュニャン』と、確かにそう言ったな……!
ジョーダインが口にしていたフリゲイトの一人、やはり……!!
「えーどうゆうことっていわれても~、アタシ子供だからよくわかんな~い」
「よ、よくも白々しくそのようなことを……!! 貴様の言うようにすればこの国を、我々の手の内にできると――!!」
「……ほう、よもやそんな大それたことを考えておったとはのう」
「〰〰っ!! そ、そのお声は……!?」
少女の後ろから現れる一人の男。
……やっぱりそうか。
俺たちも予想はしていたが、仮にそうでなくても町のそこら中に映像電話を設置できて、なおかつそいつを秘密裏にやっちまえるような人物。
となりゃあ必然、答えは決まってくるってもんだぜ……!
「――よう、殿サマ。初対面の時とは随分と雰囲気が違って見えるじゃねぇか」
「にょほほ、おかげさまでな」
――ザンマ・ハロウド……!
他でもない、ミヤビのトップであるコイツこそが、この騒動の黒幕ってワケだ……!
「な、なぜ……なぜ殿のご意識が……!?」
「我々は確かにこの薬を用いて……まさか、この中に裏切り者が!?」
「キャハハ! おじさんたちってほんとーにバカだよね~? 『お殿様だけに作用する』なーんて、そんな都合の良いクスリがホントにあると思ってたワケ~?」
「な、なにを……!?」
「そーれ、『ただのお水』だって言ってんの! キャハハハ!! あーおっかしー!」
「な……!?」
……なるほどな、役人らがフリゲイトと関わりを持っていることは予想しちゃあいたが……なんてことはねぇ、まんまと利用されていただけってワケだ。
本人たちは殿サマの異変を利用しているつもりだったようだが、それさえもあっち側の掌の上だったってことだな。
となりゃあ、これから問い詰めるのはその目的だが……。
「み、水……!? しかし現に殿は、い、今までご乱心召されていたではないか!!」
「――にょほほ、悲願を果たすためならば、うつけを演じることなぞ造作もない。……笑い方は、少し癖になってしまったが……さて、もうこの変装魔法も必要あるまいな」
そう自嘲するよう、自分の顔に掌をあてる殿サマ。
すると……って、おいおいまてまて、どういうことだ……!?
「殿……!!? そ、そのお姿は……!」
「うえ!? だってお殿さまって、七十以上のおじいちゃんだったんでしょ!? でも……」
「どう見ても二十……いや、三十近くは若く見えるが、しかしこんな……!」
そうだ、とても七十すぎたじいさんとは思えねぇ。
俺も数日前に殿サマの顔を見ているが、まるで別人のように若返っている。
これもフリゲイトの干渉の力か……?
だとすれば――。
「――〰〰っ!!」
脳裏にとある可能性がよぎった瞬間、俺の体は思わず動きだし、そのまま殿サマの襟首に掴みかかっていた。
「おっちゃん!?」
「……おいジュジュニャンっつったな……! 『大陸の楔』の力……お前が使えるのは『呪術干渉』の力ってとこだろうよ……!!」
「! ……えー? オジサンがなに言ってるのかー、アタシわかんないなー?」
とぼけるように首を傾けるジュジュニャン。
まぁまともに答える応える気なんざ無いことはわかっていた。
だが……!
「なぁ殿様、アンタも身に染みて知ってんだろう? 呪法には代償が……『贄』ってモンが必要だ……! アンタはそれに何を払った……!!」
左目を生贄にした俺にはわかる……!
呪法による肉体の活性化……『呪術干渉』によってその性質を延長して、肉体的な若返りを果たしたってとこだろう。
そして……!!
「……ふむ、使える内臓は全て使ったが、それでも満足のいく成果は得られなんだのでな。足りぬ分は……その様子では其方も理解しておるのだろう?」
「てめぇ……!!」
襟首をつかむ手に力がこもる。
「呪法に必要な代償……特に生贄が必要なモンともなれば、自身の一部やそれ相応の代償が必要になってくるはずだ……! アンタは確か、『気に入った女を囲った別邸』を作らせたらしいじゃねぇか、なぁ!?」
町中に設置された看板も、ヴァルハーレの出現に使われた巨大な池のある庭も、無意味に作られたわけじゃあ無かった。
つまり……!
「じゃ、じゃあもしかして……」
「わかるか……!? こいつは赤ん坊を……血を分けた自分の子供を生贄にしやがったんだよ!!」
「――〰〰っ!?」
「……正確には赤子では無い。まだ生まれ落ちてすらおらぬ胎児を使ったのだ。無論、余も断腸の思いで――」
「何が断腸の思いだ、ふざけろよこの外道が!! 何のためにこんな……!!」
「――決まっておる……!! 一線を退いたとはいえ余はミヤビの王……であれば成すべきことはただ一つ……!! すべてはこの国の……このミヤビのためにだ!!」
「なっ……!?」
「……この国が王政を棄て、民による統治……民主政を根差そうとした矢先、その最たる要の民たちは、余になんと申してきたと思う? ……『我々には難しいことは良く分からないから、全てお任せします』……だ」
「……! そいつは……」
「無論それを悪とは言わぬ……代表者による民の意思の反映は、国を治める上では無くてはならぬものだっただろう。だが……それ甘んじることによって生まれる無関心は、やがて国をも腐らせゆく……!」
襟首をつかんだ俺の手首を、握り返すようにして続けていく。
「『自分には向かぬ』と上に立つこともせず、あげく自身の意思を預ける代表者すら、命を懸けて選ぶ者は皆無にほど近い……! 不服とあれば文句を吐き、かといって自ら政の柱となる労苦はおかさず……!!」
「……っ」
「不平と不満を口にしながら、自分ではない『誰か』が世界をより良くするべきだと、ただのうのうとあぐらをかいている……!! ……それが今の、ミヤビの民の現状である……!!」
「……そ、そうだ! そうだとも! い、イルヴィス殿、貴殿にもわかるでしょう!? この世には弱者であることを理由に、理不尽に多くを求める愚か者がのさばっていることを……!」
「そんな愚民どもに、我々はむしろ虐げられてきたと言っても過言では無い!! 少々多くいただいていた税の一部などは、むしろその正当な見返りとして……」
「――黙れぇいいっ!!!!!」
殿様の叫び声に、身をこわばらせる役人達。
「確かに、民は愚かしい所見に身をやつした……! だが……政を成す身の上であればそれでも……それでも尚として真摯に民と向かい合い、その意思を預かる者でなければならぬ……!! ――貴様らはそれを放棄したのだ!!」
「……っ、そ、それは……」
「それでも余は時間を与えた……。一度は欲に身を染めようとも、それでも自らの過ちを悔い改め……この国のために、民とともに再び奮起するならばあるいはと。……どうやらそれは無駄に終わってしまったようだがな、爺よ……」
「……! と、殿……、私、私めは……」
殿サマの言葉に、御家老さんはうつむいてしまう。
「そして余はやはり確信したのだ……! どれだけの営みを重ねようとも、民も、それを導く者も、真の意味で学ぶことは無いのだと! ――教訓が必要なのだ。自らの傷みでなければ、人の学びは誠の実感を伴わぬ……!!」
「痛みだと……!?」
「民が上を蔑ろにし、上の者もまた民を蔑ろにしていた結果、あの七大魔王『ヴァルハーレ』はここに降り立った。……やがてこの国は、あれの手によって蹂躙されることとなるだろう」
「えー? ちょーこわいじゃーん、キャハハハハ!」
「だが……! それでも余はミヤビの全ての民の、その強さを信じておる……!! どれほどの犠牲が出ようとも必ず……必ずその痛みを乗り越え、この国のために、皆で手を取り立ち上がることができるはずだと!!」
なるほどな……!
それがアンタの――。
「そしてそうなった時にこそ、余は民とともにあれを滅し、その力を手に入れるのだ……!! ヴァルハーレ……『七大魔王』と呼ばれるその力を――!!」
――!
まさか……殿サマも知ってんのか……!?
マッフィーノが口にしていた、七大魔王の『使役』の方法を……!!




