第30話 月の光の元へ
「あれは元々アンタ達の差し金だったんじゃあないか……なんて風にね?」
「……!」
一瞬、ピクリと眉を動かす目の前の老獪たち。
さて……。
「無事に帰ってこなかった冒険者たち……その真相はご家老さん、いや……ひょっとしてここに居る全員が、本当はよーく知ってるんじゃないですか?」
「……い、いえいえいえ、イルヴィス殿もお人が悪い……! 我々なぞにそのような……」
「これはあれですかな? 以前我々が演技とはいえ、イルヴィス殿に無礼を働いてしまった意趣返しというか……。いやはや、まいりましたなぁ、はっはっは……」
どうやらあくまでもシラを切るつもりのようだ。
……ま、想定内といったところか。
「そもそもなぜ我々がそんなことを……」
「そりゃあ決まってるさ。……利用してたんだろこの状況をよ? 律儀に殿様に尽くし、甲斐甲斐しく忠義をたててるように見せる裏側じゃあ、甘い汁をたらふく堪能していた……違うかい?」
不当な税の引き上げや不必要な設備への投資等々……。
その全部が全部という訳じゃないだろうが……おかしくなっちまった殿様に便乗して私腹を肥やしていたのは間違いないだろう。
王政の名残が強く、未だに殿様の影響が強いミヤビの特徴みたいなモンを、悪い意味でうまく利用してたってワケだな。
その証拠に、ここにいる役人共は町の住民とは違い……まぁ無意識だったんだろうが、『自分やこの国の未来』のことを憂いているような素振りは見せなかったからな。
当然だ。なんせ自分たち分の旨みはきっちり確保してるんだからよ。
んでもって……。
「少しでも真相に近づきそうなヤツが現れようもんなら、何かと理由をつけてダンジョンへと潜らせ、待機させていたソイツに、始末をつけさせる……臆病だが、合理的ともいえるな。……もちろん、褒められる手段とは思わんがね」
始末といっても、ともすりゃ殺しちまう必要すらない。
例えば……死なない程度に痛めつけてダンジョン内に放置でもしておけば、後は魔物なりトラップなりが始末をつけてくれるからな。
あとは教会復活で記憶を……ってなもんだ。
いや、そもそも……。
「お、お待ちくだされイルヴィス殿……! いくら我々とフゥリーン家につながりがあるからといってそんな……」
「そうですとも! 流石に無礼ではないですかな……!」
「おっと? 俺は一言だって『フゥリーン家の人間に会った』とは言ってないんすけどね? あくまでも、仲間の身内っつっただけで」
「……ぐ!? そ、それは話の流れでなんとなく……だいたい何を根拠にそんな絵空事を……!」
「根拠、ね……」
舌を湿らすために、用意されていた茶を少しすする。
……ここで毒でも入ってりゃむしろわかりやすかったんだが、流石にそこまで浅はかじゃあないか。
「その前に……手前味噌な話で悪いんですがね。一つの街を救った……なんて触れ込みのせいで、俺は飛行船に乗っただけで名前を呼ばれちまう程度には顔を知られちまってるんすよ」
……まぁあと眼帯のせいでもあるんだが、今そいつは置いとこう。
「そ、それがなにか……?」
「そんな人間が目の前に現れたとしたら……誰か一人ぐらいは言いそうなもんでしょう? ――『自分たちも助けてほしい』……なんて風にね」
「!」
そうだってのに、この町じゃあそんなことは一度もなかった。
恐らくは……俺たちが殿様の異変を知らなかったように、逆にこの国の住民も外の情報に触れる機会を制限されちまってるんだろう。
それも、無意識のうちにだ。
そしてそいつは多分、イヴェルトの『干渉』によって引き起こされている。
つまり――。
「つまりは不自然なほどに知らなかったのさ、この町の……いや、この国中の人間が俺のことをな。それなのに……アンタ達はどういう訳か、俺達のことを知っていたな?」
「な、何かと思えば……そんなものは偶然にすぎませぬ。我々もイルヴィス殿達のことは新聞などでお伺いをしていたのですが、余裕のない民たちにはそれができなかった……ただそれだけのことで――」
「――おっと、まーたボロをだしたぜ?」
「……は?」
「ご家老さん、アンタ初めにも殿様に言ってたよな? 『彼らが例の……』ってよ。……おかしいんだよ、なんせ――どこの新聞でも書かれているのは『一人の無名の冒険者が街を救った』って記事だけなんだからな!」
「――〰〰っ!!?」
「分かるかい……!? 俺達のパーティがエンデュケイトと戦ったなんてことは、どこにも書かれちゃいねぇのさ!!」
そうだ、知りようがねぇんだ……!!
偶然あの場に居合わせていたか……もしくは、『干渉の影響を受けない誰か』に、直接情報を提供でもしてもらわねぇ限りはな!!
「さぁ話してもらうぜ……!! アンタ達が誰と繋がっていて何をしてんのか……まるっと全部だ!!」
「ひ……! わ、我々は……な、なにも……!」
「――くくく……っ! 御家老様、これはもう、イルヴィス殿にはお話をしてしまった方が良いのではないですかな?」
……!
狼狽している役人どもの中で、妙に落ち着いている一人の男がそう発言する。
「し、しかしですぞ……!?」
「まぁまぁ、どうかここは私に。……イルヴィス殿、これが何かわかりますかな?」
そいつはそのまま、懐から小さな小瓶を取り出した。
中身はただの水のように見えるが……。
「これはね、原因ですよ。殿がおかしくなられた原因……それがこの薬です。ここに居る者は皆が持っていて、隙を見て殿のお食事に少しずつ……ね」
「……!」
「ですが不思議なことにね、これは殿だけに作用するのですよ……! たとえ他の誰が飲んだとしても……いいえ、これ自体をどれだけ調べようとも、マジックアイテムですらないただの水……この意味がお分かりですかな?」
「……証拠か」
「その通り! 証拠が無いのですよ……! 我々は殿の召されるお食事に、ほんの少しの水を混ぜ込んだにすぎませぬ。はて……? これでなぜ、責められましょうか……?」
なるほど、そうきたか。
だが……。
「……そうだな。確かにそれなら証拠らしい証拠は何もないんだろうよ。……その話が本当なら……な」
「ほう、では……心行くまで調べてみますかな?」
「いいや、その必要はねぇさ。そもそも……なぁご家老さん、俺がこの話を切り出したのは――」
「――おっちゃん!! た、大変だよっ!!」
「!? トリア!? 皆も……どうしたんだよいきなり……!?」
「そ、それが……!!」
……………………
…………
……
「出てこいクソ役人共!!」「こんな横暴許さねぇぞ!!」「奴らのせいでザンマ様も私たちも……!」「とっとと姿を見せやがれ!!」
トリア達に促され、屋敷の窓から外の様子を見下ろしてみたが、これは……。
「暴動……!? なんでこんな抜群のタイミングで……」
「にゃ……ウチらも聞いた話になっちゃうけど……。さっきまでのオジサンたちの会話、あれが全部、映像電話を通じて国中に筒抜けになっちゃったみたいで……」
「映像電話だと……!? 国中にって……そんなモンがどこに……」
「――肖像画だ。国中に立てられた『ザンマさまの肖像画の看板』……あれが全てただの看板ではなく……」
「映像電話だったってのかよ……!」
なるほどな、だとすればやはり――!
「お、おっちゃん……!」
「あぁ……! この騒動は想定外だが、どうやら読み自体は当たりだったみたいだ……!」
「な、なにを……!? 分かったぞイルヴィス・スコード!! この事態は貴様の仕業だな!! こんな、こんなやり方で……!」
「それに何の得があるんだっての。……分からねぇのか? もう一人いただろうが。俺たちのこと知っていて、御家老さんの言葉にも違和感を持たなかった人物がよ?」
「――っ!!? ま、まさか……この騒動の黒幕は――」
「――おじさまっ!! 町の……町の人たちの様子がおかしいです……!! こんな、こんなのって……!」
「……!?」
感覚系の肉体強化に長けるハクが、いち早くその異変に気付く。
これは……!?
「――奴らに裁きを!!」「悪に鉄槌を!!」「ザンマ様の苦しみと我々の傷みを思い知らせなければならない!!」「自らの首を差し出せ!!」「死をもって償え!!」「それができなければ我々の手で!」「そうだ我々の手で――!!!」
「「「―― 殺 せ !!!!」」」
「……ひ、ひぃ……っ!!」
その光景にがくがくと震えながら、腰を抜かす役人達。
「おいおい……! いくらなんでもこんな……!」
「にゃ……もしかして……! ――オジサン、この『お殿サマの真相が町の人たちに露見すること』自体が、新しい『フラグ』なんだったとしたら……」
……!?
この状態もイヴェルトの『干渉』によって引き起こされてるってのか!?
しかしなんだってこんな……。
「おじさま……! 大きな……ものすごく強い魔素の気配がします……!! これは……あの時と同じ……!?」
「あの時……まさか!?」
「――おっちゃんあれ! あのおっきな池のとこ!!」
トリアが指をさす方に視線を向けながら……俺は過去にあった、他愛もない出来事を思い出す。
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「あ、きれい! えっと、これって『蛍水』だよね?」
「お、知ってたか、まぁ有名だしな。そんでもって、こいつは昨日の夜にあらかじめ窓際に置いといて、もう月や星の光を『転写』してある状態だ」
蛍水は水面に映った光をそのまま蓄える習性がある。
月の光は特にマナとの相性が良いらしく、こうすることによってマナの通りが良くなるって話だ。
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「マナっていうのは良くも悪くも、ひ、人の『感情』の影響を受けやすいんだ……。げ、現にバフ系の魔法の中には、わざと『狂化』の異常状態を付与して、い、怒りの感情でステータスを底上げするものもある……」
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「……っ! そうか、そういうことかよ……!!」
これは……この状況こそが――!
――しゃらん、と、鈴の音のような音が響き渡る。
道楽で作られた……いや、恐らくはこれを見越して作られたであろう庭園の巨大な池に、映し出される満月の光。
……数年前から続く、殿様の異変。
そしてそこにつけこんでやりたい放題やってきた、上層部の闇。
そいつが露見した今、民衆の鬱憤は『干渉』の力によって激しい『憎悪』となり、今やこの国中に渦巻いてやがる。
そして――その『憎悪』は恐らく、マナを通してあの月の光の元へと集っていってるんだろう。
……『強欲』の化身であるエンデュケイトが『汚れた金』から生まれたように、ヤツはそこから生まれるってワケだ。
「あれってひょっとして……!」
「な、『七大魔王』……なのか……!?」
「にゃにゃにゃ……! 憎悪と月……全ての『ネイチャー属』の頂点にして、『憤怒』の化身……!」
「あぁ恐らくヤツが――!」
「七大魔王――月姫『ヴァルハーレ』……!!」




