第29話 億倍マシって話だよ
「……刀を狙いましたか。甘いですね、本当に」
「いいえ母上。母上ならばその意味に重きをおくと……そう、確信したうえでのことです」
「……! ふふ、そうですか……」
折れた刀を手に、自嘲気味に小さく笑うヒスイ。
刀は武士の魂……なんて言葉を、俺も聞いたことがあるからな。
つまりは、そういうことなんだろう。
「……『玄涜』が本来持つ、装着者の心を喰らう力……それを押さえつけようとする私に反発する形で、腕輪は砕けてしまったのでしょう。そして砕け散ったその破片が偶然……」
「クヨウの元へとんでった……ってか? それこそ天文学的な確立だと思うがね」
「……道具が意思を持つことなどありません。いいえ、あってはならないのです」
……あってはならない、か。
その言葉になんとなく、ヒスイの背景みたいなモンが見えてくるような気もするが……。
「――クヨウ。今この場にて、私はお前を勘当します。その代わり……私がもう、お前の生き方に干渉することはありません。……御屋形様にも、私からそう申し伝えますのでそのつもりで」
「……っ!? ヒスイさま!?」
「親子の縁を切るってのかよ……!? 流石にそれは……!」
「良いんだイルヴィス。……母上、今まで大変お世話になりました。……クレハ、母上を頼む」
「! クヨウさま……。……はい、おまかせください」
……………………
…………
……
――ザンマレジデンス第二十二階層
クレハとともにあの場を後にするヒスイを見送った後、俺たちは例の隠し部屋があるっつうセーフスポットまでやってきていた。
……いろいろと大変だったな、本当に。
「悪かったなクヨウ、俺が出しゃばっちまったせいであんな……」
「気にするな。私ももう16、冒険者として家を離れるには十分な年齢だ。……それに……むしろ嬉しかった。あの時……部外者ではないと、そう言ってくれて」
「……そうかい? そう言ってもらえると、おっさん少しは気が楽になるよ」
正直『だったらもう気にしないぜ!』とか思えるほど楽観的な性格じゃあないが……俺があんまり気にしすぎると、逆にクヨウに余計気を揉ませちまうかもしれんからな。
それならせめて、露骨に態度に出すようなマネはしねぇようにしとかねぇと……。
「にゃふふ! でもでもクーよんのママってば、ものすごーくカレツなヒトだったってカンジ?」
恐らくクヨウの心情も踏まえて、あえて明るくヒスイの話題をふるエテリナ。
……こういう部分には救われるね、ホント。
「ふふ、そう言ってくれるな。確かに以前から厳しい人だったのだが……数年前のある日からは、特にそれが顕著になってな」
「えっと……数年前に何かあったんですか?」
「あぁ。……父がな、亡くなったんだ。強い……とても強い人だったのだが、掟と、伝統と、しきたりの中では、どうやらそれも意味をなさなかったらしい」
「! ……そうか、なるほどな」
オウカに到着した時『話してなかったことがある』つってたのはそれか。
あん時はイヴェルトの登場でうやむやになっちまってたが……。
……思えば、数年前はあれだけ尊敬していた両親の話を、再会してからは一度も聞いたことが無かったな。
その辺りもまぁ、そういうことなんだろう。
「あ、あの、クヨウさんごめんなさい……! ハク知らずに……」
「あっと、良いんだ気にしないでくれ……! それより……すまないなイルヴィス。こうなってしまうと恐らく、事が終わってもオーヴァナイフの修理を家の者に頼むことはできないかもしれん……。いいや、恐らくというよりは……」
「それこそ気にすんなって。引き換えにあのままお前が実家に帰っちまうっつうなら、壊れたまんまのナイフで頑張るほうが億倍マシって話だよ」
「お、億? そ、そうか、そんなにか……。ふふっ」
「あ! ほらクヨウ、またおっちゃんに対してチョロい部分が出ちゃってるよ! おっちゃんってばいつ狼になるか分かんないんだから気をつけないと!」
「と、トリア……!? からかわないでくれ、もう……」
そうだぞトリア。
あとおっさんに対する不当な評価も即刻改めるべきだと思うね俺は。
「……」
「……? え、エテリナ……? どうかしたのか……?」
「にゃ? ……にゃふふ! んーん、なーんでも! ただウチってばちょーっとだけ気になることがあるんだよねー?」
「……っと、エテリナお前もか」
「気になること?」
「あぁ、少しな。しかしまぁあれだ、まずは……例の隠し部屋とやらを見つける方が先決だな……っと。――『戦闘力解放』」
戦闘力を勇者級まで解放し、傾向限界突破で強化した感覚を駆使して、隠し部屋とやらの位置を探る。
さて、なにが出るか……。
……………………
…………
……
「おお流石はイルヴィス殿! よくぞ無事に帰られましたな、ささ、どうぞこちらへこちらへ……」
――翌日の夜。
ダンジョンから戻ってきた俺たちは、再びあのご家老さんの元へとやってきていた。まぁ正確には、今この場にやってきているのは俺一人だが。
ご家老さんの他には……あの時、映像電話の周りにいた役人さん方も同席しているようだな。
「すいませんね皆さん方、こんな夜遅くの報告になっちまって……」
「いえいえいえ、どうかお気になさらず……!」
「そうですとも! 我々としても、殿の快然は急務ですからな。して……いかがなものでしたかな? 例の……」
「あーはい、情報通りに隠し部屋は見つけたんすけどね? 残念ながら殿様の現状に関係するような手がかりは何も……」
これは本当だ。
結局あの隠し部屋とやらにあったのは、一部屋分ほどの書斎の様なスペースと本棚……まぁその本棚も空っぽだったワケだが、その程度の物だった。
元からそうだったのか、あるいはどこかのタイミングでそうなったのかはまだ分からんが……現状、手がかりになるようなモンは何もなかったことになるな。
「そうですか……。しかし、そうなると妙ですな……ああと、すいませぬ! イルヴィス殿や皆様方をお疑いしている訳ではありませぬが……!」
「しかし、探索に向かった冒険者が戻ってこなかったのもまた事実でして……。我々としても、何か関わりがあるのではと考えていたのですが……」
「らしいっすね? なんでも調査に向かった冒険者は、ほぼ全員の行方が分からなくなっちまってるそうで……」
「はい……。我々もそれを不審に思い、こうしてイルヴィス殿にも調査をお願いさせていただいた次第なのですが……」
そう口にしながら、神妙な様子を見せる役人達。
まぁ無理もないか。向こうさんとしても思惑が外れちまったんだろうからな。
さて……。
「……そういうやご家老さん、殿様と……いや、上層部とフゥリーン家ってのは、確か繋がりがあるって話でしたよね?」
「え……? ええはい。ですので我々も、映像電話を通してとはいえ、殿の御前にイルヴィス殿をお通しした次第でして……」
まぁ言っちまえばコネのおかげだったってワケだ。
だが……。
「実はっすね、俺たちはダンジョンの中でとある人物に出会ったんすけど……それがまぁなんと、うちの仲間の身内だったんですよこれが。最初は偶然かとも思ったんですが、どうやらそうでもないらしくてね」
「ほほう、それは数奇な……」
「でーしょう? しかしそれならわざわざダンジョンの中で待ち伏せする必要なんざ皆無な訳で。となりゃあ……何か理由があったんじゃないかと思うワケでして」
「理由……ですか、ふむ……」
「そうなんすよ、あー例えば……」
……実際のとこ、ヒスイが本当にクヨウを説得するだけのつもりだったんなら、そいつは街中でも十分に可能だったはずだ。
仮に……たとえクヨウとの戦闘を想定していたのだとしても、それだって浅い階層で待ち伏せちまえば事足りちまう話だしな。
となると……ヒスイは『何らかの理由』があって、第二十二階層なんて物騒なとこまで潜っていたことになる。
つまり――。
「……そう例えば――。ご家老さん、あれは元々アンタ達の差し金だったんじゃあないか……なんて風にね?」
「……!」




