第28話 認められずとも
「――なるほど。結局はクヨウに手を貸す理由のために、つらつらと理屈を並べていただけ、という訳ですか」
まるで取り繕うかのように徐々に冷静さを取り戻しながら、冷ややかな言葉を浴びせかけてくるヒスイ。
「かまいませんよ。片手だけと言わず、二人がかりでかかってきていただいても」
「お気持ちはありがたいがね、そういう意味じゃあねぇのさ、これがな」
そんなヒスイの提案をありがたーく辞退しつつ、俺は再びクヨウに声をかける。
「……クヨウ、俺はさっきも言ったように、この決着はお前自身の手でつけなきゃならんもんだと思ってる。……けどな、『一人で戦う』のと、『だれにも頼らない』ってのは……随分とほれ、違うもんだぜ?」
「……どういう……?」
「前にも言ったろうが。お前はもう少し、ワガママになってもいいってよ?」
デルフォレストで『夢幻の箱庭』を手に入れた後。
どうにかして特異点までたどり着かなけりゃならん状況で、『この身を呈してでも』とか言いだしたクヨウに向かって伝えた言葉だ。
「あの力……『鬼神装』だったな。あれをこれからも自己犠牲前提で使うっつうなら、そりゃあもう俺はすこぶる反対だ」
なんせ、『心を喰われてやがて死に至る』とかいう、ちょっとシャレにならん程度には物騒なキャッチフレーズがついて回る代物だぜ?
これまた以前にも話したが、『クヨウが犠牲になってくれたけど無事に助かったぜ!』……なんて思えるほど、おっさんは冷たい人間じゃないのよホント。
だが……!
「だがもしお前がその力を、前に進むために使うっつうんなら……そん時は協力は惜しまねぇ。……そのためにほれ、右手を出すって言ってんだぜ?」
「――! そうかイルヴィス……。……ふふ、なるほど、だから右手だけ、か。……そうだな、それなら私も少し、腹を決めねばならんようだ」
俺の意図を察したクヨウが、ぐぐっと体勢を立て直しながら、小さく笑みを浮かべる。
さて、となれば後必要なのは――。
「……最後の密談は終わりましたか? では――」
「――母上。確かにクヨウは未熟者で、母上から見れば出来の悪い娘なのでしょう。それはもう否定はいたしません、ですが……いいえ――」
ふぅ、と一息吐きながら、再びヒスイへと対峙するクヨウ。
そして……。
「――だからこそ! あらゆる物の力を借りてでも……母上! 今ここで貴方に勝利してみせます!! だから……!!」
クヨウがヒスイに向かって、勢いよく右手を突き出す。
……いいや違うな。恐らく正確には――!
「もしも……もしも本当に、お前にも意思のようなものがあると言うのならば……! ――私の元へ来い!! 『玄涜』!!」
クヨウがそう叫んだその瞬間――。
バキンと音を立てて、ヒスイの腕に巻き付いていた『玄涜』が、ひとりでに砕け散る。
「……なっ!? 鬼神装が……!?」
と同時に、同じく砕けるようにして消え去っていくヒスイの鬼神装。
そして腕輪の破片は再びスライムのように半液体状へと形を変え、そのまましゅるしゅるとクヨウの腕へと巻き付いていく。
「……すまないな、我々親子の手で翻弄させてしまって。だがどうやら私には、お前の力が必要なようだ。だから……」
「……っ!! まさか……選んだとでも言うのですか……!! 道具が……『玄涜』が、自らの主を――!」
「だからもう一度……私に力を貸してくれ!! ――『鬼神装……顕現』ッ!!!」
三度現れる、巨大な甲冑。
それをクヨウが身に纏い、『鬼神装』は再びクヨウの力となる。
「……っ! ……少々取り乱しましたが、それがどうしたと言うのです? 何度やっても同じこと、また先程のように――?」
そう言い終わる前に、頭に疑問符を浮かべるヒスイ。
まぁそれも無理もないだろう。
――なんせクヨウはヒスイの方へは目もくれず、そのまま俺の方へと向かってきてるんだからな!
「おじさま、クヨウさんが……」
「大丈夫だよハク。それに……さっきも言ったろう? ……俺が出すのは右手だけだってな」
ゆっくりと、しかし着実にこちらへと向かってくるクヨウ。
そんなクヨウに向かって俺は……。
――俺は右手でポンと、軽く頭を撫でてやった。
「……おっちゃん? えっと……あ! じゃあひょっとして、あの時……!」
「く、クヨウを鎮めるために、お、おっちゃんが撫でた場所っていうのは……!」
ま、そういうことだ。
デルフォレストでのあの時から、たまにこうして頭を撫でてやっているんだが……クヨウはどうにも恥ずかしがって、そいつを隠したがっているからな。
おかげで変な誤解もされちまって参ったねホント。
「……ァ、……ッ、――イル……ヴィス……! 私、ハ……!!」
「……あぁ、ちゃんと見てるからよ。……いけそうかい?」
「アァ……! カナラズ……必ズ、勝ッテ……。――必ず勝って、お前の元へと帰ってくる……!」
「! クーよん意識が……!!」
どうやら上手くいったようだ。
こうして頭を撫でてやってる時は、決まってこう……限界までリラックスしてるっつーか、ふにゃっとした雰囲気になるからなぁクヨウは。
『くすぐりスイッチ』が有効だとわかったあの時、『それならあのふにゃっとするアレも有効なんじゃねぇの?』とか思った俺は、すぐさまそれを実行に移した。
鬼神装の暴走とは真逆の状態……思惑通り上手く相殺してくれたらしく、あの時の俺はその一瞬の隙をつくことができたワケだ。
そして今も……いや、違うか。
これはあくまでもきっかけにすぎない。
ここまで意識をはっきりと保てているのはクヨウの――。
意気揚々と振り向き、そのままヒスイの方へ歩を進めていくクヨウ。
さぁて、ここからが見ものだね……!
「……鬼神装を抑え込みましたか、無駄なことを。力を抑え込んだ鬼神装を纏ったところで――」
「……母上、どうやらイルヴィスによると、クヨウはその……ちょ、チョロい娘なのだそうです。……それを認めるのは、いささか抵抗もあるのですが……」
「……? チョロ……?」
困惑するヒスイに向けて、クヨウは言葉を続けていく。
「どれだけ憤慨していても、どれだけ恨みがましく思っていても……イルヴィスのちょっとした一言だけで、なんとも丸め込まれてしまうのです。……ま、まぁ嫌な気分かと問われれば、そういう訳ではないのですが……」
……うーん、ちょっと人聞きが悪いなぁ。
これじゃあおっさん、女の子を言いくるめるのが得意な人でなしに聞こえるよ?
……誤解だから、トリアもネルネもそんな目を俺に向けてくるんじゃないよ。
かと言ってエテリナも、そんなニヨニヨした視線を送ってくるのはやめなさい。
「一体何の話を……」
「母上、私は『力を抑え込んでいる』わけではありません。たとえどれだけの狂気に苛まれようとも……イルヴィス、お前の言葉があれば、私はこの狂気の中でも自分を見失わずに戦える。だから――」
……振り向いたクヨウのその表情。
さっきまでとはうってかわって、自信に満ちたようなその表情に、俺はニヤリと頬をあげて返してやる。
「――だから……見ていてくれ!! 私の覚悟と、決意の力を!!」
そう叫びながら刀を抜くクヨウ。
その瞬間、『雪凪』が槍のように……いや、確かあれは薙刀っつうんだったか? ともかく伸びるようにして、その形を変えていく。
「……!? これは――!!」
「はあぁああぁああ!!」
薙刀の射程で一方的に間合いを詰め、再びいつもの刀での剣戟戦。
繰り出されるヒスイの反撃は、今度は短刀となった『雪凪』を駆使して器用にさばいていく。
「……っ!!」
状況に応じて様々な形となった『雪凪』が、クヨウの剣術とあわさって、余裕だったヒスイの表情を歪ませる。
……さっきの話が確かなら、それほどマナの多くないクヨウには『雪凪』をこれほど変化させることはできないはずだろう。
だが……!
「『鬼神装』……っ!! 大気からとりこんだマナによって、自らのマナの少なさを補い、『雪凪』の力を引き出している……!! ――ですが……!!」
「……!!」
クヨウの太刀筋を読み、効果的に一撃を繰り出すヒスイ。
それをバックステップで後ろに下がり、すんでのところでかわすクヨウ。
「甘いのですよお前は……! その立ち回りの未熟さ、身をもって思い知りなさい……! ――『雪那の太刀』!」
クヨウを超えるほどの剣速で、再び鬼神装に迫るヒスイの刃。
それがクヨウに届こうとしたその瞬間――。
――ばんっと弾けるようにして、床の畳が跳ね上がった。
「なっ!? 畳返し……!!?」
「申したはずです……! あらゆる物の力を借りて、母上、貴方に勝ってみせると!!」
あれは……ザンマレジデンス特有のトラップか!
さっきまで俺たちをすこぶる苦しめていたそいつを、クヨウはしたたかに利用したワケだな。
そして生まれるその一瞬の隙をつき、クヨウが再び強く踏み込む。
「……っ! この期に及んでまだ……! まだこのように、自分以外の力に頼るなどと……!!」
「――母上!! たとえ永久に貴方に認められずとも……!! 私は私のやり方で、クヨウ・フゥリーンとしての道を切り開いてみせます!! これが……!」
クヨウの決意に応えるように、『雪凪』がビキビキと音を立てて、その形を変えていく。
そして……やがて形作られたのはクヨウの身の丈以上もある巨大な刀身。
「これこそが私の……覚悟と決意の一撃です!! ――『雪鬼ッ!! 怒涛斬ッ!!!』」
振りかざした巨大な刀が、稲妻のごとき軌道を描く。
その太刀筋に巻き込まれるようにして、ヒスイの刀は砕け散っていった――。




