第16話 まったくもってその通りだ!
「いたたた……あれ? おっちゃんは?」
「……むぐむぐ」
「うひゃあっ!? むー……おっちゃんひょっとしてわざとやってない?」
「っぷは! ……いや悪かったとは思うが、んな器用な真似狙って出来ねぇって……」
再び船内に走った衝撃により、今回俺の顔に乗っていたのはどうやらトリアだったようだ。
……いやまぁ確かに、俺だって自分の身に起こったことじゃなけりゃあ、『こんなことある?』とか思わんでもないだろうが……。
「だっておっちゃん『戦闘力解放』も使えるし、こう……素早くすいーって滑り込むかんじで……」
「使わねーよんなことで」
いやホント、おっさんそっち方面の信用バキバキなのなんでなの……?
今に始まったことじゃねぇんだけどよ。
……しかしまぁなんだ、水を差されたおかげで頭が冷えたってのも確かだ。
とりあえず――。
……………………
…………
……
「……あ、おじさま! どうでしたか?」
「あぁ、どうやら思った通り、ダンジョンにぶつかっちまったらしい。飛行船の復旧には三日程かかるそうだ」
地上のあちこちにダンジョンがあるように、当然だが空の上にもいくつものダンジョンがある。
そういったダンジョンは一定箇所にとどまっちゃいないモンも多いってんで、飛行船がそいつにぶつかっちまうってのは何も珍しい話じゃないからな。
ま、そのへんは搭乗時の注意事項にもしっかりと明記されてるし、ここに居る全員が承知の上で利用しているってワケだ。
「そ、空の上の移動式ダンジョンっていうと、へ、ヘンリークラウドとかアルシェンブリンプとかが有名だけど……」
「いや、飛行船に常駐してる先見隊の話じゃ、そのどの特徴とも当てはまらないらしい。とはいえ、まったくの新種ってワケでもないらしいがね?」
「ていうことはひょっとして……未踏破ダンジョンってコト!?」
「ま、そういうことだな」
『不落の難題』の内、俺達が的を絞った……そうだな、例えば『ミストルノ手記帖原本』。
小説家のじいさんの勘によると、『原本』近づくには『写本』が必要不可欠で、そのうちの一冊は他ならぬじいさんの好意によって、今まさに俺達の手の中にある。
残りの二冊はどこぞの資産家が残した遺産の中に、んでもってもう二冊は、現在オークションにて絶賛高騰中だ。
……現状見つかっているのは計五冊。
もし他にも『写本』が存在するとしたら……未踏破のダンジョン、可能性はゼロじゃあないだろう。
いや、仮にそうじゃなくても――。
「確かに危険なうえ、『不落の難題』を追う上じゃあ回り道どころか無駄足になっちまうかもしれんが……。見逃せるか? この状況をよ」
「にゃふふ! だよねー!」
「まだ誰も解き明かしたことの無いダンジョン……! なんだかちょっとだけワクワクしますねおじさま!」
「あぁ、まったくもってその通りだ!」
どうやらうちの子も皆同じ気持ちのようだな。
とくりゃあ早速準備をして……っと?
「……どこへ行こうというのかねイルヴィス・スコード。吾としては、まだ話を終えたつもりは無いのだがな」
「随分しつこいねアンタもよ。いーや終わったね、少なくともこっちはそのつもりだ。……どんだけ金を積まれようが、俺からアイツらの手を離すつもりなんざ毛ほども無いんでね」
言いたいことは全て言ってやった……とは言えんが、こっちの意思は明確につきつけたつもりだ。
……これで『はいわかりました』って納得してくれりゃあいいんだがね。
と、そんなことを考えながら、俺達はその場を後にする。
「……良いのですか、先生」
「……いいや、良い筈があろう訳もない……! なんとしても彼女たちを……!」
「! ……」
……
…………
……………………
――雲型の未踏破ダンジョン、第五階層。
輝く雲に覆われた、大理石のように白い床や壁。
そして無数に並び立つ装飾の施された柱の数々が、なんとも神秘的な雰囲気を醸し出しているように感じるね。
ひとまずとして、呼吸や環境については問題無いようだ。
あのハーミナイトラグーンのように、一定条件を満たさないと探索もままならんダンジョンってのも少なくはないからな。
ひとまず第一階層の死角になりそうな場所でゲートを開き、いざという時の帰り道も確保しておいた。
あとは……。
「どうだハク? 変わりはねぇか?」
「えっと……はい、やっぱりここまで来ても、いつもの『ぞわぞわ』は感じないみたいです」
「じゃ、じゃあ、ひ、飛行船がダンジョンにぶつかっちゃったのは、本当に偶然だったてことかな……」
フリゲイトの仕業じゃあ無い、か。
ジョーダインの『ダンジョン干渉』も目の当たりにした今、おかげさまでいろいろと疑り深くならなきゃならんってのは、骨の折れる話だねホント。
「ま、どっちにしろ進まねぇことにはな」
「うむそうだな。未踏破であるという現状、確か階層図がある程度更新されているのは第八階層までとのことだったか?」
「そ、そこから先はまた、は、ハクの力が頼りになるな……」
「えへへ、はい! 任せてください!」
えへんといった様子で、小さく胸を張るハク。
本当に、もう立派な冒険者だね。
「でもさ、このダンジョンってたぶん、けっこう難易度たかいよね?」
「にゃふふ! まだ第五階層だっていうのに、もうランクA+の魔物が出現するぐらいだしねー?」
確かにそれはその通りだ。
俺もいざという時のために、いつでも『戦闘力解放』の準備をして……。
「……? どうかしたんですかおじさま?」
「いや、なんつーか……ここ最近感じてたことなんだけどよ、どうにも『戦闘力解放』のインターバルが少し短くなってきてる感じがするんだよなぁ。気のせいかとも思ってたんだが……」
元々は一時間前後ほどかかっていたはずなんだが、今は……細かく言えば45分ぐらいってところか?
まだしっかり計ったことは無いんで正確なことは言えんのだが……。
「ひょ、ひょっとして……ボイドシンドロームの影響が、う、薄くなってきてるのかな……? 時間経過によるものか、な、何か原因があってそうなったのかは分からないけど……」
「原因ねぇ……。最近遭遇した変わったことっつったら……。いや、いろいろと起こりすぎて的が絞れんな……」
以前……フリゲイトをまだハッカーと呼んでいた時の話だ。
シーレの言う『起こるべきでは無い事』の一つとして、俺のボイドシンドロームも候補に上がった時があった。
ふーむそう考えると……。
「ま、とりあえずそのへんを考えるのは後回しにして、今は探索に集中するか。せっかく他の冒険者もいないみたいなんだしよ」
未踏破のダンジョンに潜るには、普通ならそれ相応の準備が必要になるからな。
俺達には『夢幻の箱庭』もあるが、『背中の一坪』のような収納系のマジックアイテムを持ってないパーティにとっちゃ、なかなか踏み込めないってもんだろう。
「あのヴァレリアスってヒトのパーティも来てないみたいってカンジ? それにしても……にゃふふ! あの時のオジサンってば、ウチらには『落ち着けー』って言ってたくせに自分は熱くなっちゃってましたなー?」
「まったくだ。……これでは私達だけがつつかれたのは不平等というものだなイルヴィス?」
「ウチとしては不意打ちでつんつんされちゃうのもキライじゃないんだけどねー?」
「う……。いや悪かったって。こう……ついかっとなっちまったっつーか……」
いやまぁどこまでいっても言い訳にしかならんのだが……。
「えへへ! ほんとにもー、おっちゃんってばボク達のこと好きすぎない? ほらほら、今ならサービスでお姫様抱っこしてくれてもいいよ!」
「お前は自分の足で歩くのが億劫なだけだろうが、まったくよ……」
「えへへ、ハクもおじさまのことだい好きです! 本当はダンジョンでもいつもみたいに、おじさまと繋がったまま歩けたらいいんですけど……」
「手をね、手を繋いだままってことね」
流石にダンジョンじゃあちょっと危ないからね。
「にゃふふ……! ウチはオジサンが望むならー、ほんとーに繋がったまま街を歩いちゃってもいいんだけどなー? ……ちら?」
「エテリナ、お前はまーたそういうことをなぁ……」
「ウチは本気だもーん! ……でもでもー、あのヴァレリアスってヒトの前じゃ、いつもみたいに『ハクちーは俺のモノだ!』なーんてことも言えませぬなー?」
例の小説の影響の話ね。
まぁ確かにニュアンスが違うとはいえ、ヴァレリアスの前どころか、どこで口にしても問題発言っちゃあそうなんだが……。
「――やはり先生の言った通りです! 彼女たちを物扱いしていたのは貴方の方だったようですね!」
「……へ?」
……と、どこからともなくきこえてきた声に、俺達は後ろを振り向いた。




