第40話 わたしがそうなりたいんだ……!
「げほ、ごほ……!! 〰〰っはぁ、はぁ……っ!!!」
「シズレッタ……! よ、よかった……本当に……!」
「ね、ネルネ……? 〰〰……っ!? うえっげほ……っ! な、なにこれ……マジでどうなってんの……? あ、頭がぐらぐらして、気分がわるくて……」
……
…………
……………………
「――はいネーリャさん、お水のおかわりです! ……もう大丈夫ですか?」
「うん、ありがとーハクちゃん! おかげでやーっとアタシも落ち着いてきたしー」
蘇生屋によって甦った二人も、大分落ち着いてきたみたいだな。
二人だけじゃあない、エンデュケイトに飲み込まれちまった全員が、こうして無事に蘇生の処置を施してもらえているようだ。
ここにはいないが、どうやらマッフィーノが手配してくれたらしい。……つくづく頭が上がらん話だねホント。
「二人とももう大丈夫って感じかな? でもボク、蘇生する瞬間って初めて見たけど……あんなに苦しそうなものなんだねぇ」
「まぁ一度『終わった』体と魂を、再び甦らせるってんだ。どうしたって揺り戻しみたいなもんは出ちまうんだろう」
おまけに蘇生したばっかの時は記憶が曖昧で、余計にこう……『え、なにこれ』感に拍車がかかるんだよなぁ。
俺も一度覚えがある……ん?
「……っと、どうしたよシズレッタ? おっさんの顔をそんなに見つめてよ」
「はぁ!? べ、別に見つめてなんか……」
「……イルヴィスおじさまのそのおめめー、どうしたのって聞きたいんだってー」
「ちょネーリャ!? アンタまた……!」
あぁ、なるほど……つっても、正直若干の予測はついていたが。
まぁうちにはネルネがいるからな。
ヒールスライムも魔法薬も使わず、ただ包帯を巻いている状態ってのは、どうしたってこう……不自然に見えちまうんだろう。
……見えちまうっつーか、実際無くなっちまってるからなぁ左目。
わざわざ包帯で隠してるのもそのためだしよ。
センセーの呪法のおかげで痛みはそれほどでもなかったのが救いだねホント。
……と。
「いやほれ、今回の戦闘は随分と激しくてな? その拍子にこう……ぽろっと落っことしちまったんだよ、どっかに。いやー参ったねホント」
どうせ隠していても、いつかは勘付かれちまうんだ。
それならなるべく気負わねぇようにと、そんな風に答えておく。
だが……。
「……っ。……なんか、なんかムカつく。そーやってはぐらかされるのって」
……!
ぷいと、目をそらして唇をとがらせるシズレッタが、不満そうにそうこぼす。
これは……。
「……はぁ。ごめん、助けてもらったのにこんな……」
「いや……悪かったのは俺の方だな、すまん。……確かに、左目は今回の後遺症ってヤツだ。んで……恐らくもう元には戻らん」
「……!! ……それってさ、その、やっぱりアタシ達のせいっつーか……」
「いいや、そいつは違う。……これは間違いなく、俺自身の意思でこうなったのさ、誰のせいでもなく、な。……だからよ、あんま気にしてくれるなよ?」
「でも……」
「ま、どうしてもっていうなら……そうだな、お前たちのせいじゃあなくて、お前たちのためだって思っててくれよ。そのほうがほれ……ちょっとカッコイイだろ?」
「……っぷ、なにそれ? まったく……」
「でもまぁ悪い気分はしないかなー? ……んふふ、いつかちゃーんとお礼するからねーイルヴィスおじさま?」
「そうかい? そんなら今度――」
「――ただいま順次、蘇生後の状態確認を行っていまーす! 蘇生が終了した被害者の方々は、気分が落ち着き次第向こうの施設に集まってくださーい!」
そんな話をしていると、アナウンスを繰り返しながら歩いてくる女性の声が聞こえて来た。
蘇生士の話によりゃあ、今回はアルティラ達の時ように『蘇生を阻害する』ようなもんは見当たらなかった無かったみたいだが……まぁ念のためってやつなんだろう。
「だとよ。ほれ、いこうぜ?」
「いいって、ついてこなくて。……ホントにもう、大丈夫だからさ」
「っと、そうか?」
少しはにかむ様に返事をしながら立ち上がるシズレッタ。
すると……。
「し、シズレッタ……ネーリャ……! そ、その……今回は、ご、ごめん……。わ、わたしのせいで、こんな風になっちゃって……」
「……ネルネ、あたしは――」
「そ、それと……! それとあの時は……わ、わたしのことを庇ってくれて、その――あ、ありがとう……!」
「――! ……ふふ、いーし別に。つーかむしろ、最終的には助けてもらったのってこっちじゃん?」
「だよねー? だからさ、アンリアットに戻ったらお互いの奢りでおいしいものでも食べに行っちゃうー? ……また、今日みたいに一緒にさ?」
「……! う、うん……! また、い、一緒に……!」
そんな短いやりとりだけを残し、二人は施設の方へ歩いていく。
……いや、そんな短いやりとりだからこそ――。
「……しかしまぁなんだ、密度の濃い一日だったもんだねホント」
「えと、朝は海へ行きましたし、お昼はダンジョンに行きましたし……」
「にゃふー! それからそれから、街の危機まで救ってしまいましたからなー?」
いやホント、なかなかないぜ?
こんなスペクタクルなバカンスなんてもんはよ。
あれからしばらくして……辺りはすっかり夜更けも良いとこだ。
あの後……『核』を砕かれたエンデュケイトは、すぐにその活動を停止した。
そっからはまぁ、ダンジョン外で討伐された普通の魔物と同じように、しゅうしゅうと魔素に還りながら浄化されていったってワケだ。
おかげでどうやら、あのドロドロは一滴たりとも残りはしなかったんだが……。
「……だからって、街への爪痕も消えるわけじゃあねぇからなぁ」
つい、そんな言葉をこぼしてしまう。
エンデュケイトに飲み込まれていた部分……より正確には、ヤツが通り過ぎた部分も含めて、街は見る影もなくボロボロだ。
あちこちに積み重なった瓦礫の山。
当然そいつと同じだけ、地面も、建物も、それ以外も……。
「――おじさん!!」
……と、不意に聞こえてくる子供の声。
あれは……避難場所で泣いていたあの少年か!
「よぉ! ……どうだ? 母さんたちは見つかったか?」
「うん! さっき生き返って、今向こうで診てもらってる! あ、そうだえっと……ありがとうございました!」
思いだしたように姿勢を整えて、ぺこりとお辞儀をする少年。
うんうん、どこぞのナンパ野郎よりはホントに立派なもんだぜ?
「なぁなぁ、おじさんって冒険者なんだよな! ひょっとして『勇者』なの!?」
「ん? いや、俺は勇者じゃあねぇが……」
「なんだそっかぁ……。でも……おれもおじさんみたいな冒険者になるよ! そんでいつかすっごく強くなって……勇者になってみんなを守るんだ!」
……!
「……そうかい、そいつは今から楽しみだ! そんじゃあいつか、一緒に冒険できる時がくるかもな?」
「うん、へへ……! それじゃ、おれもう行くから! また今度ね!」
「おう、またな」
ぶんぶんと手を振りながら走っていく少年。
おっさんとしちゃあ、ついつい『転ぶなよ』なんて、そんなお節介なことを思っちまうね。
「……えへへ! 勇者だってさ! ねーおっちゃん?」
「トリアお前、茶化すなってのに……」
「ふふ、いいじゃないか。どちらにせよ、どうせここまでの事態を収めたとあっては、名が知れるのは免れんというものだぞ?」
「まぁそいつはなぁ……」
俺としちゃあ懸念材料の一つだったりするワケで。
どうしたもんかねぇホント。
「えっと……じゃあおじさまも『勇者候補』になっちゃうかもしれませんね? えへへ、そうなったらハク、とってもうれしいです!」
「にゃふふ! それどころかぴょーんって飛ばして勇者になっちゃったりしちゃうかもー? オジサンもこれを機に、お腹を決めちゃってはいかがですかなー?」
「いや、つってもあれだぜ? 今回の一番の功労者はほれ、俺じゃあ無くてネルネだろ? それで担ぎ上げられるってのはおこがましいっつーか……」
ブレイブスライム:ΑΩ。
実際俺がエンデュケイトと渡り合えたのは、そいつのおかげだからな。
ひいてはネルネの――。
「――う、ううん……。そ、そんなことはないぞ……」
そんな俺の考えを見透かすように、ネルネが小さく首を振る。
「わ、わたしはやっぱり、ひ、一人じゃ戦えないんだ……。……あ! ひ、悲観とかをしてるわけじゃないぞ……? でも……あ、アルファスライムとオメガスライムだって、ちょ、長時間の戦闘や連戦には、む、向いてないからな……」
そしてそのままてくてくと、俺の前までやって来た。
「でも……だ、だからこそ、もしわたしの力でおっちゃんが勇者になるなら、そ、それはすごく嬉しいっていうか……。――ううん、わたしがそうなりたいんだ……! おっちゃんの、勇者の後押しに……! だ、だめかな……?」
上目づかいで小さく首をかしげながら、それでもはっきりと自分の意思を主張するネルネ。
その言葉を聞いて俺は――。
「……? お、おっちゃん……? ど、どうしたんだ……?」
「……ん? いやほれ、せっかく頑張ってくれたネルネにそう言われちゃあよ、ちょーっと考えてみたりもしたんだが……やっぱまだもう少し考えは変わらんみてぇだわ」
「む、むぅ……」
「そんな顔すんなって、これでも気持ちは嬉しく思ってるんだぜ? ……けどほれ、俺だっていつも言ってんだろ? どうしたって歳にゃあ勝てねぇもんなんだよ。だから……」
むくれるネルネの頭を、軽くポンと撫でてやる。
そして俺は……頭の中で、ある光景を思い出していた。
エンデュケイトに遭遇してしばらく後……避難所でのことだ。
あの時はネルネも、ハクも、泣きながらも責めていたのは『自分自身』だった。
そう……俺と違ってな。
……そうだ。
シズレッタとネーリャがエンデュケイトに飲み込まれちまったのを見た瞬間……俺は間違いなくこう思ったんだ。
『足元に絡みつくこの男さえいなかったら』、と――。
……いろいろと見てきちまったからなぁホント、人の良い部分も、それこそ悪い部分も含めてよ。
ま、この歳でまったくそいつに染まらないほど、純粋じゃあいられねぇわな。
『自分よりもこいつらを勇者にしたい』……実際それは心の底からの本心で、今でもそいつは変わらない。
だがそれでも、『一緒に勇者を目指す』とは思わなかったってのは……。
……なんてことは無ぇ、俺はどこか、自分でも分っていたのかもしれん。
自分がもう、コイツらとは違うんだってことをよ。
だから――。
「だからよ、やっぱり俺はもう……――勇者になるには遅すぎる」




