第35話 たったそれだけの差が
「……この辺りが限界かね」
「うむ……これ以上は流石に、避難している一般人も巻き込んでしまう可能性があるだろうな」
ゆっくりと崖の方へ近づいてくるエンデュケイトを前にしつつ、俺達は避難場所から少し離れた場所へ陣取っていた。
あれから二時間ほど……まぁ概ね予定通りといったところか。
いくら他人より大事なもんがあるとはいえ、犠牲もなにも考えずになりふり構わず……ってわけにもいかんからな。
ネルネとエテリナの二人は作業に集中させるため、作戦会議中に開いたゲートで夢幻の箱庭へと送ってある。
その間もエンデュケイトは移動しながら徐々に広がっていき、今や直径にして……目測にはなっちまうが、300メートルぐらいか。
ちょっと有名な闘技場程度でも、優に飲み込んじまえるほどの大きさだぜホント。
……あの時、俺がネルネと例のナンパ男を連れて逃げ切ることができたのは、恐らく増殖を優先していたからなんだろう。
つまり次に戦闘に入れば……決着がつくのは俺達がエンデュケイトを倒した時か、もしくはその逆か……。
……ま、賭けとは言っても後者になってやるつもりはさらさらないがね。
「――ねぇおじさま? 半年って……短いように思えてとっても長いんですね」
「ん? ……あぁ、そうだなぁ」
どこか遠い目をするような、憂いを帯びた表情を見せるハク。
「ハク……本当のことを言うと、初めてセイヴさまの復活のお話を聞いた時『それぐらいで済むならよかった』とも思ったんです。そのまま生き返れずに死んじゃうよりはって……」
「あ、ボクもボクも。……勇者検定の第一次試験の日まではねー? おっちゃん?」
「……悪かったってあん時はよ」
半年か。俺とトリアが初めて会ったのは、確か3月の中頃だった。
となると……いや、こっちは勝つ気でいるんだ、今は考えるだけ無駄ってヤツだな、うん。
「……シズレッタもネーリャも、こう言ってはなんだが、初めて会った時はあまり良い印象を持たなかったものだがな」
「ま、そのへんは本人たちも今は自覚しているみたいだぜ?」
「でも……ネーリャさん、さっきは撫でてくれたんです。前はネルネさんのこと、悪く言ってゴメンねって……」
「……うん、そうだったね」
「もし半年の記憶をなくしちゃったら、そのネーリャさんとはもう会えなくなっちゃうんですよね……? ハク、そんなの嫌です……!」
「あぁ……そいつは俺も一緒だよ」
だから――。
「――『戦闘力解放』! ……そんじゃあ三人とも、手筈通りに頼むぜ!」
「うむ、承知した……! 皆も油断せぬようにな!」
「うん! まっかせて!!」
「ハクも……! ハクもがんばりますから!!」
……巻いた尻尾はそのまんまじゃあ、どうにも格好がつかねぇってもんだ。
最終的には逃げるしかなかったが……あのたった数分の戦闘でも、きっちり考察してやれば見えてくるもんだって少なくはねぇ。
まず一つ……ヤツは『こっちを攻撃してくるドロドロ』と『飲み込もうとしてくるドロドロ』とで、役割を分担しているってことだ。
あの時俺達を攻撃してきたのはあくまでも中心部……。
急激な成長期真っ最中のそいつは、今じゃその辺の家よりもでかくなっちまってるが……ともかく魔物のような形をしたその一部分だけだった。
あの触手も、瓦礫を使ったお手製の鉄球も、足元で徐々に広がっていたドロドロから直接生えてくることは無かったからな。
つまり攻撃の方向はある程度絞れると考えていいだろう。
……パラダイム属の頂点ともなれば、あくまでもある程度、だがな。
そして二つ目……こっちが特に重要だ。
さっきネルネ達にも話したが、エンデュケイトの目的が『殺す』ことじゃなく『飲みこむ』ことだってのはまず間違いないだろう。
手前味噌な話になっちまうが、勇者級の力でさえ弾くのがやっとの力をもった相手だ。
普通の冒険者なら、まず間違いなく抜け出すことはできんだろうね。
……だがそれならそれで、わざわざ触手なんぞ使って獲物を弱らせずとも、直接相手をドロドロで飲み込んじまえばいいって話にもなってくる。
というか実際、ネルネを庇って不意打ち気味に飛び出したであろうシズレッタとネーリャはそうなっているからな。
となると……恐らくは単なる好き嫌い。
『飲み込めない』ワケじゃないんだろうが……トリアで言うところのピーマンのように、『活発なまま』のマナを嫌ってるってところか。
つまり――!
「――思った通り、すぐに飲み込まれちまうってことは無いみたいだな!!」
足元にマナを集中させて、地面や建物を覆っているドロドロの上を駆け抜ける。
立ち止まりさえしなければ、このままあの巨大な化物のところまで近づいていけるはずだ。
俺は所々に露出した建物の一部なんかを羽休めにしながら、ある程度まで距離を詰める。
すると……。
「はっ……!! 劇的な再会……を彩る歓迎にしちゃあ、いささか物騒に感じちまうところだね……!!」
まだそこそこの距離があるうちから、巨大な体から生えた触手……いやもう触手っつーレベルの太さじゃない気もするが、そいつがうねりをあげながら次々と襲い掛かってきた。
だが……こっちとしちゃあむしろ望むべくってもんだぜ!
エンデュケイト三つ目の特徴――ヤツは逃げる俺達を追うことよりも、『増殖する』ことを優先しちゃいたが……それでも最初は、俺達を飲み込むことの方を優先していた。
つまりアイツの優先順位は、目の前にある分かりやすいモンから順に高くなるんだろう。
『強欲』の化身……獲物の好き嫌いもあわせて、相応しいっちゃあ相応しい特徴なのかもな。
現に避難場所へと向かう足……やっぱり足はねぇんだが、そいつを今は止めてるようだ。
これであとは、ネルネとエテリナの作業が終わるまで時間を稼げれば……!!
「――ぐうぅっ!!!?」
――襲い掛かってくる怒涛の衝撃。
一本一本を受け流すのにも、勇者級の力が必須になってくる……!
とはいえ勇者級の力をフルで使えるのは五分が限界……それじゃあ時間稼ぎとしちゃあ少し物足りんところだ……!!
「……っぶはっ、よーし落ち着け……集中しろ……!!」
リミッターを上級程度にまで抑え、『攻撃を捌く瞬間』のみ爆発的に引き上げる……!!
少し前……それこそアカシックピクチャーと戦った後から考えちゃいたんだ、こういう使い方ができないもんかってのはな……!
ぶっつけ本番にしちゃあ何とかうまくいっているみたいだが――。
「攻撃は捨てて防戦一方……それでも稼げるのは、あと20分ってところかね……!!」
……だがたったそれだけの差が、勝敗を分けることもあるはずだ……!!
だったら――!!
……
…………
……………………
限界ギリギリで、エンデュケイトの攻撃を捌き続ける。
もう残された時間も多くはない……!!
まだか……!?
いや、必ず――!!
「ネルネ!!」
「ネルネさん!!」
――!! きたか!!
遠目に見える、バラバラになったはずの二体の鎧を引き連れたネルネの姿。
そこに向かって、一目散に走り出す。
「後退する!! 少しの間頼むぞ!!」
「――あぁ! 任せておけ!!」
入れ替わるように、ドロドロの外で身をひそめていたクヨウが前へ躍り出る。
広範囲戦闘区域における回避への専念……クヨウの恩恵『脱兎のごとく!』は、こういう場面との相性が抜群に良い。
そこにアイツの動体視力を合わせれば、適切な距離を保てさえすれば攻撃をかわし続けることは不可能じゃあないだろう。
……それでも七大魔王相手ともなれば、持って二、三分ってところか……!!
いや、今はアイツを信じるしかない……!!
「トリアとハクもこっちを頼む!! ――エテリナは?」
同じく身をひそめていた二人に合図を送りながら、ネルネの元へと駆けつける。
ハクの感知能力で周囲を警戒してもらい、いざとなったらトリアにハクを抱えて逃げてもらうって寸法だ。
「ま、まだ少しやることがあるみたいで、む、向こうに残ってる……!」
「そうか……! とりあえずは――!」
自分を急かすように背中の一坪をおろしながら片膝をつく。
そこへあらかじめの打ち合わせ通り、抱き着くような形で背中に覆いかぶさってくるネルネ。
「……え、エテリナも手伝ってくれたおかげで、じゅ、術式なんかには問題はないはず……。あ、あとは……、あとは、わ、わたし次第……」
背中から、ネルネの鼓動が伝わってくる。
……いや、伝わってくるのは鼓動だけじゃない、か。
首元へ回された細い腕。
そこへ俺も掌を重ねてやる……その震えを少しでも止められるように。
「……大丈夫だ。言ったろ、俺達はもっと強くなれるってよ? ――いけるか、ネルネ?」
「……! ――うん……大丈夫だ、できる……! お、思いだすんだ……あの時の……あの感覚を……!」
ネルネは一度大きく呼吸を整えると、右腕を前へ掲げながら再び口を開く。
「と、とりもどすんだ、ぜ、絶対……!! シズレッタも、ネーリャも……!! だから……!! ――『アルファスライム』……!!! 『オメガスライム』……!!!」
ネルネのスペルに呼応するように、二体の鎧が肩を並べる。
そして――。
「…………『ミックス』――!!!」




