第32話 無慈悲なまでに
――バキンと、アルファスライムに大きなひびが入る。
いや、アルファスライムだけじゃあない……この短時間の戦闘で、オメガスライムもあちこちボロボロになってるようだ。
おいおいレガリア級の代物だぞ……!?
魔王級にすら傷もつけられなかったってのに、それをこうも簡単にかよ……!
「ネルネもういい!! お前も――!!」
「だ、だめだ……!! い、今ここでこの魔物を外に出したら、き、きっと大変なことになる……!! だから、す、少しでも時間を……!!」
……っ、確かにそいつはその通りだが、かといってこのままじゃあネルネ自身も……!!
むしろそれどころか……いや、弱音を履いてる場合かよ!!
とにかく攻撃を捌きながら、奴の動きを体で覚える……!!
こいつの特性や行動のクセなんかを見つけ出し、傾向限界突破や肉体強化の構成をすり合わせて――!!
「――――……」
……っ!?
なんだ……? アイツ、何か妙な動きを……。
「――!! 床か!!?」
ヤツの足元……いや正確に言えば足はねぇんだが、ともかくその辺りの石畳にひびが入っている。
少しずつ広がり続けるドロドロのせいで今まで気付かなかったが……傾向限界突破で集中して探ってみれば、どうやら石畳どころか地面をえぐりぬいているようだ。
「足元から穴でも掘って外へ逃げるつもりか……!? ……いや違う、こいつは――!?」
ドロドロの中にうっすら見える、足元を崩して飲み込んだであろう瓦礫の山。
そいつが徐々にヤツの体の中を移動しながら、背中の触手の内の三本の、その先へと集まっていく。
まるで……!
「はっ……! まるで鉄球のようだ、とでも言ってやればいいのかね……! 逃げるどころかやる気満々じゃねぇか……!! ……ぐぅ!!?」
〰〰っ!! ただ瓦礫を固めただけの攻撃でこの威力かよ!?
振り下ろされたドロドロと瓦礫の塊を、何とかナイフで受け流す……というか、もう弾くことすらままならん……!!
質量に魔素をアホ程重ねただけの単純な攻撃。
だが単純な分そいつが強力であればあるほど、こっちもとれる手段が限られる……!
どうにかして――!
「おっちゃん……!! うぐっ!!?」
「ネルネ!? クソっ……!!」
スライムを操るネルネの消耗も激しいか……!!
正直俺も、時間やマナに余裕があるとは言い難い……!!
触手だけでも手いっぱいだったってのに、ここにきてこの殺意まみれの、文字通り物騒な隠し玉。
随分と、もったいぶった話だぜホントによ……!!
「……っ!! だ、だめだ……!! こ、このままじゃアルファスライムが……!! お、オメガスライムももう――!!」
「――――……」
まるでネルネの言葉に反応するかのように、二体の鎧を襲う攻撃がまたひときわと激しくなる。
びしりびしりと、鎧に入ったひびが広がっていき……。
「あ、あ……!! ご、ごめんおっちゃん……!! もう……もうもたない――!!」
――ごがしゃあああぁあんっ!!!
……と、耳をつんざく音とともに、砕けてしまう鎧たち。
まずい……!! となると次の標的は……!!
「ネルネっ!! 今そっちに――、……っ!?」
攻撃をかいくぐりながら、なんとかネルネの元に駆けつけようとした瞬間、足元に絡みつくような感触にそれを邪魔される。
おそらくあの触手、もしくはドロドロに足を取られちまったんだろう……!
瞬時にそう判断し、がくんと倒れ込みそうになる体勢を整えなおす。
「っ……!! イチかバチか……!!」
とにかく渾身のバッシュクラックを叩き込む!!
それで抜け出せるかどうかは分からんが、どっちにしろこのままじゃあ二人ともアウトだ!
……いざとなったら自分の足を切り飛ばす……!!
後先なんてもんを考えるのはその後で――!!
「――……ど、どこ行くんすかイルヴィスさん……!!」
――一瞬、思いがけずに停止する思考。
振り下ろそうとしていたナイフを、この状態で止められたのは奇跡だった。
……なんてそんな考えが、どこか他人事のように頭に浮かんで消えていく。
そして……。
「い、イルヴィスさんさ……あいつの攻撃を防げるほど強いんだろ……!!? だったらこういう時……ち、力のない俺を優先的に守るのが筋ってもんじゃないんすか!?」
……俺の足に絡みついてきたモノ。
それは触手でも、ドロドロでもなかった。
ただひたすらに、怯えとエゴイズムを表情に張り付けただけの……ただの人間。
……ただの、人間だ。
「あの時……あの時まだ弱かったあんたを善意で雇ってあげたじゃないっすか!!? 今し、してくださいよ!! その時の恩返しをさぁ!!」
――こいつはいったい、こんな状況で何を言ってるんだ……?
脳が混乱する。判断が鈍る。思考が……。
……っ!! 落ち着け……! 切り替えろ……!!
俺はすぐに絡みついてきた男を振りほどこうとするが、男も俺を逃がすまいと、必死にマナを腕に集中して縋りついてくる。
討伐よりも制圧の方が難しい。
いつかのエータ達の時もそんなことを考えていたが……まさかこんな場所で再び思い知ることになるとは考えもしなかった。
そしてやっとの思いでそいつを振り切った時……。
俺が見たのは――。
「――……あーあ。間違って持ってきちゃったポーチ、取り換えに来ただけだったんだけどなー」
「ほんとさぁ、ついてないっつーか……。――ほら、そんな顔しないでってば。ネルネも、オッサンもさ……?」
俺が、この場で最後に見た光景は――。
「あ、あ……!! ――し、シズレッタっ!!! ネーリャぁっ!!!」
悲痛に響く、ネルネの叫び声。
そして……恐らくはネルネを庇い、そのまま無慈悲なまでにドロドロに飲み込まれていく二人の姿だった――。




