第31話 どこまでやれるもんかね……!!
――数十分前。
「おじさま、今のは一体……」
「……頼りねぇ話になっちまうが、正直俺には見当もつかん……。しかし……」
リーズシャリオで遭遇した、一部屋だけの奇妙なダンジョン。
大量の『汚れた金』が保管されていたその場所から、俺達は全員抜け出していた。
だが……。
「イルヴィス……! どうやらまだ終わりでは無いようだぞ……!」
「!? ……くそ! またダンジョンアウトかよ!?」
突如として暴れ出した紙幣や硬貨たち……正確には、そいつを引っ張っていた塗料のようなモノ。
どうやらそいつが、ドロドロとタールのように姿を変えながら、少しずつダンジョンから染みだしてきているみたいだ。
……最近、こういうイレギュラーとの遭遇率高すぎるんじゃねぇの?
ロクでもない噂はともかくとして、実際の日頃の行いにゃあそれほど自身が無ぇワケでもないつもりなんだがね……!
「ねぇハク、アレも魔物なの……? それとも……」
「いえその……確かに『ぞわぞわ』は感じるんですけど、それほど強くはないんです……。むしろそれ以上にもやもやの……魔素の気配のほうがすごくて……! 本当に、今まで感じたことの無いくらいの……!」
……!
どういうことだ……!?
ハクが魔素の気配を感じとってるっつうことは、あのドロドロが魔物であることは間違いだろう。
正直、見たことも聞いたことも無いってのは不穏なんて話じゃねぇが、ハクの力に疑いを持つ余地なんてのは、少なくとも俺の中には無ぇからな。
だがあの魔王級……リバントンミュージアムでのアカシックピクチャーと戦った時、ハクはもっと強くぞわぞわを感じていた。
それこそ、顔色が悪くなっちまうほどにだ。
確かに今も強い魔素の気配に気圧されちゃいるが……あの時のようにふらつくような様子は無い。
こいつはいったい……!?
――いや、そうか……!
そうやあん時もハクは、ぞわぞわで苦しそうにしていたのは最初だけで、その後は戦闘による疲弊の方が大きかったように見えた。
あのアカシックピチャー、ギルドに討伐の報告が上がったっつうことは恐らく、残されていた魔素の痕跡なんかを地図士が見つけたりしたんだろう。
地図士の中には戦闘を避けるため、魔素の流れを読める亜人なんかを同行させる奴も多いって話だからな。
つまりあの魔王級は以前から存在を確認されていて、だからこそ『ネームド』としてギルドに登録されていたってことになる。
そして恐らく、そいつ自体はごく自然に生まれた魔物ってことだ。
フリゲイトとは関係なく、な。
となると……あの時ハクが感じたぞわぞわはあくまでも、『あの魔王級を浅層まで引き上げるためのモノ』だったんじゃねぇか?
こいつも推測にはなっちまうが……エテリナの言っていた『ダンジョンへの干渉』といったところか。
っつーと……。
「おいおいマジか……じゃあこのドロドロはあの魔王級よりも素でヤバい存在ってことになるのかね……!」
それも見たところ、頭にとびきりなんて言葉を付けても足りないぐらいにだ。
んでもってそのドロドロは、今もなお徐々にダンジョンから染みだしてきているときている。
さて……。
「『戦闘力解放』……! 全員構えろ! ちょっとばかり一筋縄ってワケにゃいかねぇ相手みたいだ……! ひとまず隙をついてこの場所から――」
「……うっわ!? なーんか妙な音聞こえると思ったら……変な魔物いるみたいじゃん!」
――ふと、そんな風に背中から聞こえてくる男の声。
警戒を緩めず確かめてみれば……。
「ってあれ? ……はぁ~、んだよまたイルヴィスさんっすか。なにしてんすかこんなとこで……」
さっきシズレッタたちをナンパしていたアイツらか……!?
どうやらそのうちの二人が、あのドロドロから聞こえる音につられてこの場所へやってきたみたいだ。
……しかも女連れかよ、仮にも冒険者を名乗るならもっと警戒を――いや、今はそんなことはどうだっていい。
とにかく――。
「……落胆してるとこ悪いけどよ、見えてるだろあの魔物。……回れ右だ、その子たちを連れてすぐに逃げろ……!」
「逃げろって……ぶはは!! いやいや、大げさ~! こんな結界内で発生した魔物とかたいした奴じゃないでしょ! ……あ、なになに? その子らの前でまーたかっこつけちゃってる感じっすか~?」
トリア達に気付いた男の一人が、にやにやと意地の悪い笑顔をむけてくる。
街なんかに張られている結界が外からの魔物や魔素の侵入をほぼ100%遮断するのは確かだ。
普段なら、コイツの言ってることも間違っちゃいないんだが――。
「ねぇ誰ー? 知り合いの人?」
「あー……、さっき女の子の前だからカッコつけてイキってたおっさんいたよーって話したじゃん? アレアレ」
「あーこのひとなんだー!! えーなんかイメージ違くないー?」
「あ、わかるー! もっとキモイおっさんかと思ってたー、あはは!!」
ええい、こっちの気も知らず呑気のおしゃべりなんぞしよって……!
状況がわかってねぇのかコイツらは……!!
「とりあえずま……あの魔物をサクッと倒しちゃいますか。ほら、仮にも冒険者を名乗ってる以上、こういうのは疎かにしたくないしさ」
「……っ! おい聞いてなかったのか!? ここは危ねぇからさっとと――!!」
「いやもうほんとそういうのいいから、ほらどいたどいた。こっちは万年荷物持ちだったオッサンと違って、ちゃんと頭を使って鍛えてるんでね。はぁ……アンタも冒険者ならこういう時、変に狼狽えたりすんなってのに……」
「つか、あの場だってあえて引いてあげたんすよ俺ら。なんでか分かります? ……ま、わかんないかなー、そういうのって同じレベルの相手じゃないと伝わんないとこありますからねー?」
連れ添いの少女らを入口の方へ退避させながら、のそのそ歩いてくる二人の男。
クソ……!!
「さて、と……やっちゃいますか! ま、恥をかかせてくれた相手でも救っちゃうあたり、俺らも相当お人好しで――」
――――ごがんッ!!
「………………え?」
瞬間、ナンパ男の内の一人が恐ろしい勢いで壁に叩き付けられる。
「あ……ぁ……ぅ……」
「……う、うわああぁあああぁ!!!???」
ずしゃりと倒れ込むそいつを見て、叫び声をあげるもう一人の男。
息は……かろうじてあるか……!? だが……!
「おいおい嘘だろ……!? こっちはハナから勇者級……出し惜しみなんざしてねぇんだぞ……!?」
気を取られていたとはいえ、反応ができなかった。
……どうやら悪い予想が当たっちまっていたらしい。嬉しいかと聞かれりゃあ、全力で首を横に振りつくしてやるところだがな……!!
「にゃ……!? これは……!?」
そんな中で驚くエテリナの……いや、俺達全員の視線の先。
――例のドロドロの中心部がまとまるように盛りあがっている。
まるでそう……一体の魔物を形作るようにだ。
さらにその背中から、ドロドロの一部が触手のように伸びていて……。
「――っ!? こんのっ!!」
ガキンと鈍い音を立てながら、今度はこっちへ飛んできた触手をナイフで弾く。
いや……むしろ『傾向限界突破』に加え、渾身のマナと力を込めても、弾くのが精いっぱいだったと言うべきかね……!
コイツは――……!!
「――きゃあああああああっ!!?」
〰〰っ!? 今度はなんだ!?
俺は叫び声とともに、吹き飛ばされた方の男へ再び視線を送る。
すると……。
「おいおいおいおい……! 勘弁してくれってホントによ……!!」
……ごぷんと不快な音を立ながら、いつの間にかそこまで延びていたドロドロによって飲み込まれていく男の姿。
俺の中の冒険者の勘とでもいうべきもんが、ガンガンに警鐘を鳴らしている。
当初の予定通り、体勢を保ちつつ逃げるべき――なんだが……!
「……クソっ、いつからこんなお人好しになっちまったのかね俺はよ……! ――トリア!! ハク!! 女の子らを連れて逃げろ!! 俺は飲み込まれちまったアイツを何とかする!!」
「! わかった!! いこ、ハク!!」
「は、はい!!」
「にゃにゃにゃ……ウチとクーよんはトリニャーたちのサポートをってカンジかな……!!」
「お、おっちゃん……!! そ、それじゃあわたしは……!!」
「ああ、頼む!!」
お互いの意図を即座に読み取りながら、それぞれが体勢を整える。
頼もしい限りだよホント……!
俺は背中の一坪のダイアルを操作し、腰の取り出し口から目的の物をつかみ取ると、そいつをネルネの方に放り投げた。
俺の手から離れた光の球のようなものが、弾けるようにして巨大な姿へと変わっていく。
そして……。
「――ア、『アルファスライム』……!! 『オメガスライム』……!!」
ネルネの袖からあふれ出したスライムと合流すると、そのままトリア達全員を守るように陣取る二体の鎧。
ここが袋小路のようになっていたのが幸いした……!
たとえ攻撃速度に反応できなくとも、出入り口は一ヶ所……とにかくそこを塞いじまえばひとまず、このドロドロが外へ出ちまうのを防げるはずだ……!
「こ、ここはわたしが抑える……!! と、トリア達は早く外へ……!!」
「でもネルネ……!」
「俺も残る!! だから行け!! 崖の方へ行けば少しは時間が稼げるはずだ!!」
本来なら港の方へと言いたいところだが……もしコイツがこのまま増え続けたとして、海を背にして定期船が使えないなんてことになりゃ完全に袋の鼠だ、逃げ場が無い。
対してあの場所なら、観光スポットになっているだけに繋がっている道も多く、見晴らしも良い。
……考えたくはねぇが、何かあった時の警戒には持って来いだろう。
昨日の観光スポット巡りが、こんな形で役に立つとはね……!
「……っ、わかった。私達は一足先に、外の人にも声をかけながらそちらに逃げる!! だからイルヴィス、ネルネ! 必ず……!!」
「あぁ、わかってるよ……!!」
離れていくアイツらを背中で見送りながら、再び気合を入れ直す。
「さて……得体の知れん化け物相手に、どこまでやれるもんかね……!!」
随分おそくなってしまいましたが、
しばらくはまたちまちま投稿していきます!




