第30話 強欲
一度宿屋へ戻り、装備を整えてから再びその場所へとやって来る。
路地裏を抜けたその先は、ほんの少しだけ開けた場所になっていた。
「行き止まり……? いや、これは……」
壁の一角に向かい、手を伸ばしてみる。
すると……まるですり抜けるように、腕が壁へと飲み込まれていく。
どうやら別の空間へと繋がっているようだ。
つまり――。
「――ここか、ハク?」
「はい、間違いないです。この場所のどこか……ううん、この場所自体から、フリゲイトのぞわぞわを感じます……!」
この場所自体から、か。
そいつはまた……いや、いまさらだな。
「けどさおっちゃん、ここって……」
「う、うん……。ひょっとして、だ、ダンジョンなのかな……?」
「えと、魔素の流れ的にはそうみたいですけど……。地上とダンジョンでは、感じ方が全然違いますから……」
「そうか、ハクが言うのであれば間違いはないのだろうな」
「にゃふふ、しかしそうなりますとー、ここの異質さは尚更否めないってカンジ?」
エテリナの言う通りだ。
ダンジョンっつっても、あるのはだだっ広い部屋が一つだけで、俺達が入ってきた入口以外に道のようなもんも見当たらない。
そんでもってあとは……。
「この得体の知れん、大量の黒いコインやら紙の束やらだな」
部屋中のあちこちに無造作に積み上げられてるそれら。
それがことさら、この場所の異様さに拍車をかけている。
ひとまず警戒しながら、その中の一枚を手にとって明かりに透かしてみる。
ふーむ……なんとなくうっすらと、見覚えがあるような模様が見えるな。
………………いやまてまてまて……!!
見覚えがあるっつーかこいつは……!?
「――まさかこれ全部、紙幣や硬貨……金なのかよ!?」
思わず驚愕の声ってのが喉から飛び出てきちまう。
「うえぇ!? そ、そうなの? えっと……うわほんとだ!? よく見たらいつも使ってるお金の模様が見える!」
「こ、こっちもそうだ……! ま、真っ黒になっちゃってわかりにくいけど、ぜ、全部本物の硬貨みたいだ……!」
どうやら、俺の目がおかしいってワケじゃあ無いようだな……。
ネルネの言うとおり軒並み真っ黒になっちまっているが、恐らく間違いはないだろう。
これが噂に聞く『汚れた金』……不正な流れで特殊なインクが滲みだしてるって状態なのか?
しかしなんつーか……。
「おいおいおいおい……いくら使えなくなってるとはいえ、とんでもない金額だろこれ……!?」
「にゃふふ……ちょっと考えなくても数十億、ううん、数百億なんて単位じゃ足りなさそうってカンジ?」
改めて部屋中を見回してみるが……いやおっさん目眩起こしそうよコレ?
普通の人間じゃあ一生かかってもお目にかかれない金額だろ……。
「ひょっとしてここは、こんな風に汚れてしまったお金の保管場とか廃棄場とか、そういう場所なんでしょうか……?」
「ふーむどうだかねぇ。そんなもんがリーズシャリオに有るなんて話、少なくとも俺は聞いたことはねぇが――」
――そこまで口にしたところで、ふとあることを思いだす。
例の地下室にあった資料の、衛兵や役人なんかに流されていた賄賂の記録。
それによると、ケインのヤツはそういったもんは全て、直接現金でやりとりを行っていたようだった。
確かにその方が、間にアイテムなんかの購入や換金を挟まない分、足はつきにくくなるだろう。
だがそもそもの話、見ての通り使えなくなっちまうってんなら意味が無い。
が……例えばそう、例えばの話だ。
賄賂として流されたその『汚れた金』自体を、『商品として』買い取るヤツなんかがいるとしたらどうだ?
仮にそういうヤツがいて、賄賂を受け取る側がその存在を知っていたとすれば……。
足のつきにくい現金でのやり取り、十分にメリットはあるだろう。
そして……もしこの場所がそいつと何か関係あるとするならば、ここにある黒い金は全て、何か目的があって集められたってことになる。
……よほどの『汚れた金コレクター』でもない限りはな。
だとすれば、そいつは一体――。
「――っ!? イルヴィス!! なにか様子がおかしいぞ!?」
考え事をしている俺の頭に、クヨウの声が突き刺さる。
気付いてみれば……手にしていた紙幣がざわざわと動き始めている……?
いや、手元の紙幣だけじゃねぇ……! どうやら部屋全体に乱雑に置かれた紙幣や硬貨の全部が、同じように動き出しているようだ。
こいつは……!?
「――おっちゃん!!」
瞬間、バサバサジャラジャラと音をたてて、一斉に動き出す紙幣や硬貨。
まるで小さな竜巻でも起きているかと錯覚するような光景に、一瞬怯んじまうが……。
……いや違う――!
目を凝らして見れば、動いているのは滲んでいるインクの方で、金はそれに引っ張られているだけなのか……!?
まずいなこいつは……!
なにがまずいって、何が起きているか見当もつかんってのが一番まずい……!
「ともかくいったん離れるぞ! 入り口へ走れ!!」
……
…………
……………………
「はぁ、はぁ……!! 全員、いるな……!?」
「けほ……うんおっちゃん、けど……」
「……あぁそうだな、わかってる。……ほらネルネ、お前もこっちおいで」
「ぐしゅ……! で、でもおっちゃん……! わ、わたしの……ぐしっ……わたしのせいで……! うあああぁあん……!!」
「ネルネさん……ぐすっ、ごめんなさい……ハクが、あんなところに何か感じるなんて言わなければ……! うぅう……!」
「……っ、よーしよし、大丈夫だ、大丈夫だからな? ……お前達のせいなんかじゃねぇよ、むしろあれは俺が……」
腕の中で、泣き声を上げるネルネとハク。
あんなことがあったんだ、そいつも無理はないだろう。
俺も……いや、俺が狼狽えてどうする、今は少し切り替えねぇと……。
「しかし……クソ、一体なんだってんだよあれは……!」
あれから数十分。
ダンジョン……と、呼んでいいのかはまだ分からんが、ともかくそこから脱出した俺達は、紆余曲折の末、少し離れたこの場所までやってきていた。
途中、周りにも声をかけながら来たからな。
辺りには同じように、逃げて来た奴らで溢れかえっている。
この辺りは小高い崖のようになっていて、普段は景色を楽しめたりする観光スポットになっているらしい。
……今はそいつが仇となり、余計に不安を煽る光景を見せつけてくる。
恐らくこうしている間にも、あのインクは徐々に紙幣や硬貨から染みだしてきているのだろう。
……まるで、インク自体が意思を持っているかのようにだ。
染みだしてきたそいつは少しずつその体積すらも増していき、ダンジョンから這い出てきた今も尚、増殖を繰り返している。
そして――。
「……必然、ここも時期に安全とは言えぬようになるだろうな」
「うにゃにゃ……。あれがここまでやって来るのも、時間の問題かもってカンジ?」
……エテリナの言うあれ。
俺達の眼前、増殖を繰り返すインクの中心。
――そこには、街の一角を覆い尽くしてうごめく、巨大な一体の化け物の姿があった。
「――イルヴィスさん!!」
「マッフィーノか!? ……よかった、お前も無事だったんだな……」
「えぇ……ですが――」
俺達と合流し、一瞬安堵の表情を見せたマッフィーノだが、すぐにあの化け物に向けて、真剣なまなざしを向け始める。
まるでタールのように黒く、どろどろとしたその化け物へと。
戦慄……いや、少し違うか?
これは――。
「マッフィーノ、ひょっとして……あれがなんなのか知ってるのか?」
なんとなく、本当になんとなくそう感じた俺は、素直にその疑問をぶつけてみた。……どうやらその顔を見るに、間違っちゃいないようだな。
「はい……! イルヴィスさんも……いいえ、他の皆さんも、話を聞いたことぐらいはあるでしょう」
マッフィーノは小さく目を伏せると、再び真剣な目を俺に向けてくる。
「――あれこそがわたくしの、冒険者としての目的の一つ。パラダイム属の頂点にして『強欲』の化身……」
パラダイム属の……頂点……?
……まさか――!?
「七大魔王のその一席。――邪君『エンデュケイト』ですわ」




