第29話 どういたしまして
じゃり、と、わざとらしく浅瀬の底を踏みしめたりなんかしてみる。
……おかげでどうやら、向こうも俺に気付いたようだな。
「『戦闘力解放』っと……よう、お揃いで。どうにもうちのがこの辺で落とし物をしちまったみたいでな? なにか知ってたら――」
と、言葉をつづける途中で戦闘態勢に入る大量の魔物達。
まぁ随分とせっかちなもんだねぇ、だが……!
「悪いが、先手はこっちから撃たせてもらうぜ……! ――爆ぜろ!! 『オーヴァクラック』!!」
バックステップで少し距離を取りながら、ナイフを振るう。
『傾向限界突破』で補足した、姿の見えない例の魔物数匹。
それとネックレスにご執心のマーメイドクイーンに向かって、数発のオーヴァクラックを叩き込むためだ。
流石にこの数を全部いっぺんにってのは難しいからな。
まずは厄介な奴らから先に始末したってワケだ。
当初の予定通り、その厄介な目標の討伐には成功した。
……が、これまた予想通り、討伐したマーメイドクイーンの手から離れたネックレス目がけて、周りの魔物が集まってくる。
「……させねぇよ! ハク!!」
「――はい!!」
俺の合図とともに、岩陰に隠れていたハクがネックレス周辺の魔物へ向けて数本の矢を放つ。
日々の努力の成果もあって、狙いはこれ以上無く正確だ。さて――。
「――ギシャシャシャシャ……!」
喉を鳴らすような声をあげながら、すんでのところで矢を躱していく魔物達。
威嚇……いや、明らかにこちらを馬鹿にしていると感じるのは、恐らく勘違いじゃあないだろう。
ギルマーマンはそうやって冒険者を挑発することで、冷静な判断力を失わせる性質があるからな。……割と良い性格をしてると思うぜホント。
そんな訳で、『地の利はこちらにある』と言わんばかりに挑発を続けてくる。
実際、ハクの放った矢はそのほとんどが魔物に当たることは無く、そのまま空を切っていった。
だが……!
「おいおい、良いのかよそ見なんかしててよ? そんなんだから、こんな単純な手にも引っかかっちまうんだぜ?」
「……? ――っ!!」
「っと、さすが目ざといねぇ。……知ってるか? あれ」
何かに気付いたように、一斉に焦る様子を見せる魔物達。
どうやら、俺達が仕掛けたそいつに気付いたようだ。
「――そいつはな、釣り針っつうんだよ。……ま、お前らみたいなお魚さんたちには天敵みたいなもんかね?」
ハクの放った矢の内の一本。
『少し針を落とした釣り針』をくくり付けてあるそれが、ネックレスのチェーン部分をひっかけながら飛んでいく。
……本当に、これでもかってぐらい単純な話だ。
どうしたって戦闘に巻き込んじまうっつーならよ、『巻き込まねぇような場所』まで運んでやればいい。
ハクはずっと、感覚系肉体強化の特訓を頑張ってるからな。
ネックレスを傷つけないよう、上手くやってくれると信じてたぜ……!
「しかしあれだな、つくづくゴミ拾いってのはしておくもんだねホント。『もう使えない』なんて思っていたもんが、どこでどう役に立つかってのは分からんもんだぜ?」
そんなことを考えている俺をよそに、我先にとネックレスを追っていく魔物達。……ま、いまさらもう遅いんじゃねぇかと思うがね?
なんせ矢の行先には……。
「――あ、『アルファスライム』……! 『オメガスライム』……!」
巨大な二体の鎧。
それが、魔物達の行く手に立ちふさがるように現れる。
「すご……こんなデカい鎧がほんとに動いてる……」
「へー、カッコイイじゃんネルネー?」
「えと、そ、そうかな……? も、魔物はわたし達が何とかする……。ふ、二人はそのネックレス持って少し離れててくれ……!」
ネックレスを回収したシズレッタたちは、すぐ近くの岩場へと身を隠す。これで向こうも予定通りってやつだ。
さて……。
「これでもう遠慮はいらねぇってヤツだ。――ガッツンガツンに暴れてやるから覚悟しておけよ……!!」
俺は再びナイフを構えながら、魔物達にそう宣言した。
……………………
…………
……
「……あら? あちらに見えるのは、イルヴィスさんたちではなくて?」
「あホントだ! おっちゃん、こっちこっちー! ……もー、おーそーいー!」
ぶんぶんと手を振りながら、唇を少しとがらせるトリア。
どうやら俺の予想した通り、こっちの四人はダンジョンの入口まで移動していてくれたみたいだな。
「悪かった悪かったって。こっちにもいろいろあったんだよ……って、なんだよトリア、随分とセクシーな格好してるじゃねぇか?」
「あ、これー? 途中でちょうどいいモンスターがいてさー! ほら、エテリナとクヨウもおんなじなんだよ! ねー?」
「わ、私のことはいいから……!! その……あ、あまり見るな……!」
トリアに貸してやった俺の上着を羽織りながら、真っ赤な顔でしゃがみ込むクヨウ。
……まぁ男の俺でも気持ちは分からんでもない。
『貝殻の水着』なんざ、それこそ小説の挿絵なんかでしか見たことがないって話だからな。
「にゃふふ……! ほらほらオジサンどーお? カゲキなウチらにー、のーさつされちゃうってカンジ?」
「ん? おーそりゃあもう大興奮だよ。……さ、クヨウも限界みたいだし、いったん外に出ようぜ?」
「にゃ!? ……むぅむぅー!! ぜんぜん心がこもってなーい!」
……
…………
……………………
「――ほら、この辺でもういいし。つか、別に送ってくれなくてもいいってのに……」
「そうそう、イルヴィスおじさまたち、こっち側だと遠回りでしょー?」
シズレッタとネーリャが泊まってる冒険者用の宿屋。
二人の言う通り、俺達はその近くまで見送りに来ていた。
「まぁそう言うなって。おっさんとしてはほれ、またナンパなんぞされちまってたら気が気でないって話なんでな?」
「はぁ!? な、なにそれキモ……キモいんですけど?」
「んー? シズレッタ照れてるー?」
「なっ!? て、照れてねぇし! テキトーなこと言うんじゃねぇっての!」
「はいはーいっと。ハクちゃんも、ネックレス取り返すの手伝ってくれてありがとね? それと……前はネルネのこと、……ハクちゃんの仲間のこと、悪く言っちゃってごめんね?」
「ネーリャさん……!」
ハクの頭を優しく撫でるネーリャ。
そして……。
「…………あ、あのさ、ネルネ……」
「ん……? えと……な、なんだシズレッタ……?」
「や、別に大したことじゃないんだけど、さ? ……今回もその、なんつーか………………あ、ありがとって、そんだけ……」
「……! う、ううん……ふふ、ど、どういたしまして……!」
相変わらずの、少しだけぎこちないやりとり。
だがそれは、確実に変わってきている。
――きっと、もう大丈夫だろう。
目の前の光景になんとなく、そんな確信めいたものを感じちまうのは……おっさんの気のせいじゃあ無いはずだ。
「ネックレス、大事だっつうならちゃんと管理しろよ? それと……今度オーリエに伝えてやってくれよ。『お前は不幸を運んでくる奴なんかじゃなかった』ってな」
「おっさん……うん、まかせろし! つーか、おっさんももっとおばーちゃんに顔出してやれっての!」
「わーってるって、……ま、そのうちな」
「――それじゃあイルヴィスさん、わたくしもここで失礼いたしますわ! 確か、お帰りは明日の夜の便でしたわよね? またご挨拶に伺いますの!」
ぺこりとお辞儀をしてから、俺達と別れるマッフィーノ。
相変わらずこう……元気さの中にも気品みたいなもんを感じたりするねホント。
「……あ」
「にゃ? どしたのネルネル?」
「こ、これ、ネーリャのだ……き、着替える時に、間違ってもってきちゃったのかな……」
バッグの中から小さなポーチを取り出すネルネ。
「っと、そうなのか? まぁなんだ、近いうちにまた顔を合わせる時もあるだろうし、そん時でもいいんじゃねぇの? ……ほれ、これからはもう変に遠慮することもねぇんだしな?」
「おっちゃん……。ふふ、うん、そ、そうだな……! い、色々あったけど……今はこうなれて、よ、良かったって思ってる……」
「そうかい? そいつは――」
「――おじさま!!」
不意に、大きな声をあげて俺を呼ぶハク。
これは……!
「どうしたハク……!? なにか、感じたのか……!?」
「は、はい……! えと……」
返事をしながら、近く建物の間……いわゆる路地裏とでも言えば良いのか。
とにかくその方向へと視線を移していく。
「あのあたりから感じるんです……! いつもの『ぞわぞわ』を……!」
「ぞわぞわ、というと……まさか――!?」
ハクの言葉に、はっと気づいた様子を見せるクヨウ。
おそらく、その考えで間違いはないだろう。
「――フリゲイト、だな……!」
……まさか、こんなところでもお目にかかれるとはね。




