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98 ドラデモ的援軍と接続と行軍歌について

 鼓動も。呼吸も。瞬きさえも。

 初めからそうだったように、今、ワタシは神とひとつに合わさっている。



◆◆◆



 大気に混じる魔力と瘴気。戦場の風。チョコようかん号の熱。胸の奥の火炎。


 クロイちゃんと重なるようにして征く、この異世界は。


 ゲームじゃなく、誰もが必死に生きている。誇らかに隊伍を組んで、真っ直ぐに進んでいる。疲れも痛みも堪えて、火色の旗を掲げている。陽光を一身に浴びて、武装を輝かせている。


 魔物は襲ってこない。この行軍を遮れない。道が開く。神話みたいに。


 ん……音がする。戦いの音。あの丘の向こうだ。爆発音。飛び散った炎の欠片を通じてチラッと見えたのは、イケメン兄弟の真ん中のやつ。槍を握って。


「オリジスへ助太刀を」


 指差した先へ、応と吠えてイケメン騎士が駆けていった。二百騎も続く。任せて安心の最強部隊だね。ああ、あっちにも誰かいる。怪我をしている。行って、美人侍祭。助けて、連れてきて。生きている誰ひとりだって見過ごさないで。


 見える。心を研ぎ澄ませれば見えるんだ。火の在るところのどこもかしこもが。


 ほら……目蓋の裏に映るこれは……影屋城かな?


 燃える街並み。鈍色の煙に塗りたくられた空を舞う、火の粉とエルフ。飛び交う矢と……なんか大きめの火瘤弾。うわ、えげつないな。空中で爆発して細かな鉄片を撒き散らしているんだ。そういう手榴弾あるよね。


「よし! 飛んでるやつはもういい! 各隊、城内へ後退だ!」


 あれは……なんたらパイン。顔は煤塗れ。背に肩に矢を受けていて、足も引きずっている。ボロボロじゃないか。


「さあ、諸君。覚悟はいいかな? この城を枕に……というか薪にして、皆で盛大に火祭をやるぞ。エルフの水に負けないよう心して燃えるように。あと主賓を招くのもお忘れなくだ。仕掛けの発動は、仮面のやつが広間まで来てから。いいね?」


 いいわけないね。全っ然ダメだね。


 君たちもそう思うだろ? うんうん、クロイちゃん抱っこレースのチャンピオンとしてしぶとく生き抜いてほしいよねえ……だから、助けてきてよ。


 篝火の中から、三百騎、飛び出して。駆け抜けて。敵を追い払って。


 空の敵には……うん、よろしく。火魔法の匠。たっくさんの《火線》を放って。そう、威嚇でいい。無理に焼き殺したりしなくてもいいよ。もう『絶界』はいないみたいだし、従僕の力も失われようとしているし。


「諸君、見せ場を奪うなんてひどいじゃないか……オデッセンさんまで」


 あーあー、なんたらパイン。笑顔で泣いちゃって。


 でもまだだよ? 城を囲う戦火の中からは、君の父親や弟、それにバンドカン軍将と砦の兵団の登場だ。想い合いって引力だからね。戦意が戦意を呼ぶ。


 この日この時限りの特別な炎が、今、世界中で燃え盛っているんだよ。


 だから、ほら、砦でも。


 空から陸から殺到するエルフ軍に、真正面からぶつかっていく人間軍……散々に射られても絶対に退かない戦い振りは、きっと戦えない人々を砦内に匿っているからなんだろうけど。マッチョな大男たちがそれをやると弁慶みたいだけどさ。


 立ち往生なんてさせないよ。援軍が行く。炎の中からそこへ行く。


 王旗を掲げて突撃するのは近衛騎士団。指揮は国王御自らだ。王太子や大司教までいるみたい。空中戦を仕掛けているのは、身軽なソードラビットたち。コンビを組んで、彼ら彼女らを空へ投げ飛ばしているのは……ザッカウ兵長たち。


「おお……デ・アレカシ……デ・アレカシ!」


 あ、司祭いた。なにげに王族のフェリポ。重武装だからフルアーマー雪だるまって感じ。ガン泣きだ。弁舌スキル持ちなのにしゃべれてないじゃないか。


「人間であることは……人間として生き、死ぬことは……かくも尊く……!」


 うん……そうだね。心からそう思うよ。


 ぼんやりと自分のためだけに暮らしていると、わからなかったことだ。だって生きている実感がなかった。死なんて空想的だった。大切なものを大切と気づけないまま、()()()退()()を持て余して、だらだらとゲームをしていた。


 だって、ゲームはわかりやすいから。原因と結果が明らかで、成功も失敗も目に見えていてさ。


 たくさん感動した。充実感があった。思うに、自分のためだけじゃなかったからのような気もする。ドラデモは特にそう。夢中になった。ムキになった。いつも操作キャラの幸せを願っていた。


 ゲーム実況者いもでんぷん、か。我ながらバカバカしい、道化も道化だけど。


 この戦いに……クロイちゃんたちの生存を賭けた戦いに、全てを費やせるなら。何もかもを投じて貢献できるなら。一緒に命懸けで戦えるなら。


 生まれてきて、よかった。だから、死んでもいいさ。


「神様……神様は、どうしてそんなにやさしいの?」


 シラちゃんの声。従僕ウィンドウが脳裏に浮かぶよ。荒野の岩陰で横たわって、すごく苦しそう。イケメン末弟は周囲の警戒に出ているみたいだし。


 介抱してあげて、アンゼさん。


「あ、おばさんだ。シラわかるよ。顔はよくわからなくても、感じるんだよ」


 人は、ひとりきりじゃ寂しいから。寄り添ってはじめて人間だから。


 祈りだって、誰かのために祈るからこそ生死を超える。


 そんな想いが結晶した力……遺志を継ぎ命を燃やすこの力は、きっと最後のチャンスなんだ。滅びに瀕したからこそ生じた奇跡だから……奇跡であるがゆえに。


 多分、これっきりだ。


 この戦いの後には、もう接続なんてできなくなる。


 そう悟らされたから、最後にして最高の接続環境を整えたんだ。工学研究施設の地下、世界でも有数のハイパーなVR装置を使っての接続だもの。邪魔されないよう扉は内側から溶接しといたし、警備関係もスペシャルなタブレットで工作済み。


 後はない。二度目もない。色々な意味で退路無しの背水の陣。


 なあ、ルーマニアン……さっきっからビシバシ視線を突き刺してくるお前。チャットを呼び掛けてこないで、魔力的な不思議感覚で煽ってきているわけだが。


 強いぞ?


 今、鬼神パワーはえらいことになっているぞ?


 人間は勿論として、どういうわけかエルフからも信仰値が流れ込んできているんだよね。信心というよりは、畏怖の類なのかもしれないけど。


 それだけの気迫が、人間の戦い振りから伝わったってことなのかな?


 ほら、あんな風にさ。


 丘を駆け来る、見るからに勇壮な騎馬の群れ。イケメン騎士が上手くやったようだね。誰も彼も傷だらけだけど、目に力がある。戦う気概が燃えている。


「オリジス以下百五十七騎! 御前に!」


 おお、元気だ。人相はすごいことになっているけど。目の周りといい頬といい落ちくぼんじゃって……激闘だったんだねえ。


「旗を掲げよ! 高く掲げよ! 誰しもの目に留まるように!」


 オリジスくんちのお兄ちゃん、アギアスさん、めっちゃたかぶってますなあ。この人、信仰値自体はさして高くないんだけどね。


「謳いましょう、わたしたちの神を! 歌いましょう、わたしたちの勇気を! 誰しもの耳に届くように!」


 美人が意気揚々と歌い出したら、そりゃ皆も景気よく声が出るよね。侍祭のヒクリナさん、なにげに傷ひとつ負ってない。体力やスタミナもすんごい。従僕パワーもあるしで、さりげに最強格なのかもしれない……!


 皆もそう思わない? え? ああ、確かに。この二人がトップに立つ新王国っていうのも素敵かもね。イケメン長兄、ナザリスさんは面白いことを言う。


 ねえ、クロイちゃん。


 戦後が、素晴らしいものになるといいね。


 魔神なルーマニアンをブッ飛ばして、大陸がバッチリ平和になって、人間もエルフもヴァンパイアも、他のレア種族も、皆が皆仲良く暮らせるといいねえ。戦略ゲーム的じゃなくて、シムでシティでピースフルな文明育成的にさ。


 たとえそれを確認できなくたって、そうなるって信じてさえいれば。


 戦える。


 絶対に勝ってやる。


 そこで待ってろ、ルーマニアン。真っ直ぐにそこへ征くから。

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