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97 絶界は対決し驚愕する、魔神の魔神たる力に

 時が来た。決戦の時が。

 神とワタシと炎とが、今、ひとつになって―――宿敵の気配を捉えている。



◆◆◆



 絶景かな。


 山も谷も凍りついた白銀の世界……弱きものも細かなものも、傷も汚れも歪みも過ちも、全てが氷雪に覆われたこの眺望。この清澄。


「だいたいにして、この世には余計なものが多過ぎると思わないか?」


 冬竜王を従える今、その思いは強まるばかり。確信めいてすらいる。


 もはやエルフもヴァンパイアもない。どちらも取るに足らない。並みのドラゴンもデーモンも同様だ。騒々しいだけで小手調べにもならなかったではないか。 


「まあ、余計なものの極みである貴様には、わからない心情か。貴様が世界の外側から押し入ってきてよりの三百年……まるで氷河期の終わりを思い出させるようなやかましき日々……忍耐というものを試されたぞ」


 視線に魔力を籠めて、睨みつける。異物を。現代の邪悪を。


 魔神ストリゴアイカ。


 闇夜の退廃を体現するかのような、その忌々しい風貌……おぞましい神気を垂れ流しにして、巨大ゴーレムの肩にふんぞり返ったまま、腕組みを解きもしない。


「……あ、そう」


 何だ、そのいい加減な態度は。適当な言動は。


「どうした。日差しに目の眩んだモグラのようではないか。インセクター族を手ずから虐殺していた頃の血気はどこへやった? デーモンを出し尽くし乾いたか?」

「……ああ、あった。そんなことも」

「ドワーフ族の要塞を攻め立てていた頃の、あの凶相はどこへやった。高笑いのひとつもしてみたらどうだ? 神を騙る愚者に相応しい滑稽さを晒してみろ」

「滑稽ねえ……」


 ため息。こいつ。世界間の()()()()から推し量って、こいつもペンドラゴン同様の小娘だろうに。


「竜神は死んだぞ。俺が殺した。次は貴様の番ということだ」

「生きているよ」

「……何?」

「ステルスドローンで確認した。うら若き車椅子の乙女が、あらまビックリ、萎れた老婆となって緊急搬送されていったよ」


 生きているだと? まさか……いや、異世界の用語はわからないが、致命的な状況へ追い込んだことは確かだ。奪取した力がそれを証明している。


「スペック足らずで無理矢理接続していたからねえ……誤差が生じて当前なのさ。それがたまたまセーフティのように作用しただけ。幸か不幸かは知らないけど」


 また、ため息。多弁になってもなお不可解な態度だ。何を考えている。どうして戦わない。なぜ、俺を見ようとしないのだ。魔神。


「……わたし、鏡を見るのが嫌いでさ」


 鏡。何だ。何の話だ。


「このアバターやヴァンパイアを製造する時にもさ、超頑張って、鏡に映らないって性質を再現したんだ。そんな無駄機能にキャパ費やさなきゃ、目からビームくらいは標準搭載させられたのにさ」


 一種族の創造……許し難くも物凄まじい理を語るか、魔神。


「それなのに……なんだ、おまえ。『堕落』。不愉快なやつだなあ」


 う、お……!? その目。その眼光。その、感触をさえ伴うほどの、殺意!


「ご苦労な過去を持っている風で? それを誰かに理解させるでもなく陰謀に勤しんで? 怨恨が原動力のくせに美意識にこだわって? 全てを利用して? 力に酔い痴れていて? 諦観と絶望を抱えていて? 実は宿敵とこそ語り合いたくて?」


 ひときわ大きなため息。肺腑の中身を全て吐き出したかのような。


「おまえ、わたしかよ。醜悪すぎて反吐が出る」


 く、言葉が出ない。息が、苦しい。


「ガッカリだよ。まったくエルフにはガッカリだ。単純なインセクターや頑固なドワーフと違って、思慮深いと思っていたのに。だから新たな種族を作るところから始めたのに。拙速に君たちを支配したアメリカを浅慮と嗤っていたのに」


 これが、このとてつもなさが、魔神か。魔神の力なのか。


「エルフの歴史、文化、伝統……異世界の叡智により討ち滅ぼされるのなら良かった。わたしのひとりよがりが文明に敗北するのなら、それで良かったのに……!」


 大気が帯電して……白銀の世界がひび割れていく!


「おまえ、なんでひとりきりでそこにいる! こんな決戦があるか! 鏡に向かって拳を上げているみたいで……滑稽だ! 惨めだ!」


 谷が、谷を囲う山々が、波打つ! 隆起と陥没を繰り返して、唸る! 何という魔力だ! 何という……何という…………止まった?


 魔神の、顔。俺を小馬鹿にした、その表情。


「そら、かかってこい。興醒めエルフ。遊んでやるよ」


 ふざ、ける、な。


「冬竜王! 吹雪を放て!!」


 凍れ、魔神。水と風の複合する竜幻の技の前に、為す術もなく凍ってしまえ。貴様は異物だ。邪物だ。この世界に在ってはならない汚わいなのだ。


 どうだ。天地の区別なく白色に染まる極寒の……何いっ!?


「アーク・プラズマ加熱、と言ってもわからないだろうねえ。電磁波を用いたプラズマフィールド、いわゆるバリアーだよ。わたしに冷気と衝撃波は通じない」


 無傷……身じろぎひとつした様子がないだと?


 物理的な壁ではない以上、雷魔法なのか。ならば物理的に攻撃するまでだ。回避する暇はおろか隙間も与えん。


「来い、氷霊ども!」


 霊妙の氷柱を呼ぶ。滞空させる。十や二十では済まさん。魔力に任せて数千と召喚だ。それぞれも舟のように大きいぞ。


「やれ!」


 およそ数万にも及ぶ《氷杭》の乱射だ。防げまい。いや、不細工なゴーレムを盾にするかもしれないな。


「行けえ!」


 氷霊を突進させる。数千の、魔力を帯びた体当たりだ。いかなる金属であっても防ぎきれるものではない。肉体など粉微塵だろうが、さらに……。


「叩き潰せ! 冬竜王!」


 美しくも刺々しい、氷鱗の尾による一撃だ。大罪を罰するに相応し……い……。


 なぜ、尾が、宙を舞う?


 なぜ、地響きを立てて、それが落ちる? 冬竜王が苦痛を叫ぶ?


「うっるさいなあ。バカスカ撃ち込んできた挙句にギャアギャアと」


 嘘だ。


 嘘だろう?


「いくら魔力入りだって、所詮は氷だよ? プラズマフィールドで加熱されるから硬度が下がるし、先端なんてお察しの柔らかさ。そんなもの何千万発来ようがロボちゃんの重複合装甲を貫通できないっての」


 耳鳴りがする。白霧を蹴散らして現れた、長大なものが高音を発している。あれが尾を断ったのか。


「ん? ああ、これは高周波震動剣。押し付けるだけで何でも切断しちゃう武器なのさ。ロボちゃん、装甲が重くて腕の動き鈍いからねえ」


 身体が震える。悪夢のような姿のゴーレムが、何か、内部の光る筒状のものを俺へ向けている。


「これがね、メインウェポンの電磁加速砲レールガン。強いぞお。強すぎて撃つの躊躇われるレベルだよ。でも発射」


 轟音。何かが冬竜王の脚を貫いて、粉砕して、背後でも轟音を生じさせた。顎から首を動かして、身をひねって、背後を見た。谷の東端に土煙が立っている。


「んー、扱いづらい武器だねえ。新NATO軍め、よくもまあ、こんなものを地上施設へ撃ち込んでくれたよ。まったく」


 魔神。既にして俺を見ようともしない、魔神。


 異世界から来た化物が、何らかの異世界の秘術をもって、驕り高ぶり俺を捨て置いている……見下しきっている。


「ク、ククク……」

「んん? 楽しくなってきたかい?」


 腹がひきつり喉が鳴る。痙攣する手を押さえるその手も痙攣している。


「わかる、わかるなー。憎悪と絶望って、度を過ぎると笑えるんだよね。わたしもケラケラ笑ったっけ」


 ふざけた話だ。冬竜王が手も足も出ないなど、これはふざけた話なのだから。


「クハハ……借り物の力の分際で……」

「ああ、自嘲? 年寄りがそれ始めると長いんだよねえ」

「精霊の力なしに魔法は成立しない! 貴様は! 雷と土とを操る貴様は! どれほどの威力を見せつけようとも賊でしかないのだ!!」


 飛べ、冬竜王。消え去る前に為すべきことを為せ。


「ここからならば届くぞ! 貴様の宮殿へ! 貴様が不当に支配する秘宝へ! 裁きの氷塊を叩きつけてくれるわ!」


 ありったけの魔力を込めて、今、放つ《氷竜咆哮》。収束された氷嵐の激流。


 どうだ。並みのドラゴンでなし、冬竜王のそれであるからには神威の一撃だぞ。いかなる建造物であれ耐えられまい。秘宝さえ台無しにしてしまえば……。


「ふうん? そういうことするんだ。ま、わたしも『始源灰』狙ったけど」


 この痛みは、何だ。激痛だ。まるで体中を刺されたような……何だ、これらは。俺の全身に突き刺さっている長釘は、いったい、何なのだ。


「わたし、艦砲射撃とか長距離砲撃とかにトラウマあるからね。宮殿、今のくらいじゃ壊れやしないよ。無駄だったね。そしてもう死ね。ちなみにそれは、ロボちゃんの対人射撃武器、電磁投射銃コイルガンなのだ。フーハハー」


 死ぬ。この俺が死ぬというのか。


「……借り物、ね。知っているさ。この力を奪うために、わたしは来たんだから」


 嘘だ。こんなことは、嘘に、決まって……い、る…………。


「そんなわたしを止められるかな? ねえ、宿敵のきみ……ジャガイモン」

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