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94 魔術師は誓願し発動する、命の火の大魔法を

 身体が動かない。驚きはない。ついに、と思うだけ。

 それでも、心の火は燃えている。皆の炎もまた。神よ。ワタシはまだ戦える。



◆◆◆



 痛え……痛えなあチクショウ。戦争ってやつは痛えことばっかりだぜオイ。


 へっ、あれがドラゴンね。これまたとんでもねえ化け物だ。さしもの黄目どもだってお目目釘づけってなもんだし、『艶雷』も手ずから相手せにゃなるめえよ。


 つまりは、今この瞬間が、値千金ってえことだ! なあ、三男!


「オデッセンさん! 敵陣を強襲してクロイ様たちと合流する! いいな!」

「おうよ! まさにそう考えてたぜ! 初っ端のぶちかましは任せろや!」


 こちとら既に準備万端だ。『艶雷』の雷も今だけは来ねえ。ここしか、ねえ!


「《火線》一斉射……放てやあ!」


 万余の敵に三百足らずの火魔法なんてちっぽけだが、なあに、束ねりゃいい。


 しかも……ああクソ頭が痛えったら……炎を、捩じる! 熱く尖らせて、螺旋状にする! どうだ! 黄目の力任せ数任せな渦なんざ、貫かずにおくかってんだ!


「おっしゃあ! 行け、オリジス! ここは俺に任せとけ!」

「……応! 全騎、火魔法使用自由! この一突で必ず届くぞ! 吶喊!!」


 へっ、心根も行動も真っ直ぐな奴だぜ。頼むぞ。ドッカンドッカン《爆炎》をぶちかましちまえ。ここで届かねえとどうしようもねえんだからよ。


 そうさ、たとえ俺たちを護るものが炎の壁だけになったって。


「杖組、合図するまで魔力溜めとけ! 油組、やるぞオラア!」


 俺たちも護られるばっかじゃねえ。役割分担は済んでる。剣も槍も使えねえが。


「来るぞ! 触媒を惜しむな! 一骨だって通すんじゃねえ!」


 跳び込んできた黄目に走り寄って、焼炎筒ひと振り、《焼薙》! 鎧を着込んでようが、息を吸うからには穴があるだろ! そっから火が通る! 灰になってろ!


 うお、もう一骨! 牙剥いた顔面に木屑撒いて、《猛炎》! 怯んだところへ、炭杖突きつけて《火線》だ! どうだコノヤロウ! 通さねえっつったら通さねえんだよバカヤロウ!


「ゲホッ、ゴホッ!」


 情けねえ。怒鳴りつけてえってのに、口から出るのは咳だの血だのばっかりだ。外套が赤くてよかったぜ。紅華屋も、見越して仕立てた訳じゃあるめえが。


 ちっ、また来る! も一発《焼薙》だオリャア! 燃えろお!


「ぐ、おっ」


 石のつぶてをもらっちまったか。こりゃ鎖骨逝ったな……おお痛え。つまりは、まだ大丈夫ってこった。痛む内はここにいられる。俺は戦える。


「杖組い! 《火線》乱射だ! 四方八方に放ちまくれや!」


 ああ、チクショウ、まだか。クロイはまだ脱出できねえか。黄目の動きがえらく鬱陶しくなってきやがった。炎の壁だってもうもたねえ。そん時は……うおっ!?


 この揺れ。この気配。この、身の毛のよだつ大声は。


 デーモン! デーモンも出やがった! そりゃそうだって話だぜ! 『艶雷』が召喚しただけあって電気をまとうのか。おお、電撃。ドラゴンからは水流。恐ろしい攻防もあったもんだがよ……俺たちにとっちゃ第二の好機だろ。


「……へへっ、やっぱりな」


 そうら、最強の騎馬隊が駆け回る。とんでもねえ速度で敵を刈る。さすがだぜ、ウィロウ家次男。アギアス・ウィロウ。誰もが気の散った隙を逃がしゃしねえ。


「オデッセン! 部隊の状況は!」

「限界、だ。ボチボチやるか……ゲホッ、グホッ……ドカンともうひと働き、か」


 触媒はある。死んじまったやつのものを回収してっから、足りる。だが体力と魔力はそうもいかねえ。立ってられねえやつも出てきてる。


「全軍、集結せよ! ここだ! 我が剣の在るところへ!」


 号令したきり離れねえ。俺が動かなくていいようにってか。けっ、情けねえがありがてえや。ならせめて背筋を伸ばして待つとするかね。なんとなく悟っちまったしな……座ったら最後、もう立ち上がれねえってよ。


「オデッセンさん! 待たせた!」


 おう、三男。兜も顔も煤まみれにして、男前だぜオイ。やってくれたな。見事に奥まで届いて、きっちりバッチリ戻ってきてくれてよ。


 そして……ああ、ああ、クロイ……盾で運ばれるその寝姿……痛々しいったら。


 神気も魔力も感じられねえ今、つくづくと実感するぜ。お前さんはただのひとりの娘っ子だ。クソ真面目に頑張りすぎちまってる小娘だ。


 細い首から垂れる、魔物の牙の首飾り。開拓地の穀物蔵が思い出されるぜ。


 あの日から、ずっとずっと、お前さんは戦い続けてきたんだよな。


 ったく、チクショウめ……幸せになってもらいてえなあ……!


「……オデッセンさん? おい、それって……!」


 咳は我慢できても、血を飲み戻すのは難儀でな。ま、察してくれや。赤外套で拭っときゃバレやしねえし……来るべき時が来たってだけの話だからな。


「全軍、聞け! 我らはこれより撤退する! 然るべき場所へ布陣、あるいは影屋城にまで後退する! これは敗走ではない! 再起するための軍事行動だ!」


 そうさ。俺たちはまだ敗けてねえ。勝ててもいねえが、望みも絶えてねえ。


「ヒクリナ! 方陣を組んで歩兵を動く城塞とせよ! オリジス! 騎兵は機動をもって防御と為す! 駆け回り、討ち崩し、敵を方陣へ寄せ付けるな!」


 クロイがいる。クロイさえ生きててくれりゃ、希望はつながる。俺たちが死に果てたって、他の誰かがまた集まるだろうさ。


「魔法部隊は方陣の内にて待機! 適宜、周辺敵へ火魔法を! 『艶雷』は警戒するに及ばん! あれは我が隊で対処する!」


 軍団が作れなくても、いいんだ。少数でいいんだ。そん時は、俺たちが多数になって舞い戻るからよ。クロイに全てを託しちまうが、クロイをひとりにはしねえ。


「全軍、進めえ!」


 おう。進むとも。誰かの手も借りねえ。ちいとばかし荷馬の鞍をつかみはするけどよ、ほれ、もう片方の手にはちゃんと炭杖を握ってる。俺は戦えるんだ。


「火防歩兵全隊、拳を握れ! わたしたちは城塞! 希望を守護奉る城塞! 勇気を咆哮せよ! 威風堂々たれ! 人間らしく誇らしく!」


 しかし、まったく、歩きにくいところだよな。サラサラしてて滑ったり、ゴツゴツしてて蹴っつまずいたり……こんな道ばっかりを歩いてきた気がするぜ。


 てめえひとりのためなら、とっととそこらで寝そべっちまうんだが……へへへ。


「全隊、槍揃え! オデッセンさん……魔法部隊! 敵の跳躍に注意! 対空!」


 悪かねえや。こいつらと一緒なら。人間の、ちょいと素敵な未来のためならな。


 開拓地へ追いやられてからこっち、なんだかんだと振り回されっぱなしだったけどよ……変な踊りで迫られたり、変な踊りさせられたり……楽しかったぜ。


 それ、《火線》だ。ほれ、もう一発。踊りで高まった火力だぞ。くはは。


「突けええっ! 突いて、進め! 進めえええっ!!」


 上等だ。俺にしちゃ、すこぶる上等に生きられたから……そろそろ終いだな。


 峡谷。ここだ。ここがいい。


 よっこいせっと。ああ楽だ。尻から溶けちまいそうだぜ。ほら、俺に構わず行ってくれ。オデッセンさんはいい歳なんだから、ひと休みするのは仕方ねえのよ。


「あなたの献身に、神の祝福を……デ・アレカシ!」


 おう、美人のくせに脳ミソまで筋肉みてえな侍祭。クロイを頼んだぜ? あと、シラのこともな。なんだって使徒と従僕は女ばっかりかねえ。


「オデッセンさん……また、次の戦列で!」


 おう、三男。何気に儚いところがあっから言っとくぞ。真似すんなよ? お前の兄も弟も、そのつもりなくお前に甘えてやがるからなあ。


「……さらばだ」


 おう、アギアス・ウィロウ。俺を巻き込んでくれた二人の内の片方。もう片方にもよろしくな。回天の成ること……信じてるぜ。


 さあて、と。


 懐から取り出したるは、とっておき中のとっておき……高潔な魂の粉……火塩。こいつを触媒にすりゃ大々爆発だ。こんな渓谷なんざ封鎖してお釣りが来る。


 結局、制御ができなかったってことだが……考えてみれば当たり前なのかもな。命ってのは尊いもんだ。魔術師の小手先でいじれるもんじゃねえ。研究書に書きつけときゃよかったな……パインあたりが勝手しねえうちに。ちょいと後悔だ。やらかす前に兵長が叱ってくれりゃいいんだが。


「おい、そこのニンゲン! お前は火魔法を指揮していた個体だな!」


 ん……こりゃいいや。呆けてる間に囲まれてやがる。しかも、そこの黄目、従僕じゃねえか。俺にゃ魔力でわかんだよ。


「ニンゲン風情があれだけの魔法を使う奇妙……あのバリオクが高速戦で敗れるという奇怪……全く意味不明だ。その秘密を言え。言わねば四肢をもいでいく」


 よお、神さん。人間の神さんよう。


 いつかの祈りは届いてるか? 誓いの方は、ずっと胸に刻んでるんだぜ?


 どうか……どうか、クロイを犠牲にしないでくれ。


 そのためになら、クロイがちゃんと幸せになれるためになら、俺の命なんざ惜しくもねえ。糧にでも薪にでもしてくれ。できれば不死にしてくれ。最後の最後まで戦い続けるからよ……なあ、頼むよ。


 あんただけなんだ。


 あんただけが、クロイを救えるんだ。


 祈って、願いを託して、ぶちかますぜ……火魔法……《紅蓮ぐれん》!!

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― 新着の感想 ―
[一言] 一番大好きなオデッセンさんが 泣きすぎて苦しいです
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