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93 騎士は抜剣する、必殺の刃を/ドラデモ的逃亡について

 かみさまも、こわいんだ。だからつよいんだ。つよくあれるんだ。

 ワタシを……ワタシの全てを燃やしてでも、火を。ありったけの熱を。神へ。



◆◆◆



 クロイが動かない。そこへ届いた火防歩兵一千とウサギたちもまた防衛の構え。


 危うい。それも極めて。


「オリジス! 魔法部隊を護衛せよ! 《火災》を使え! 敵を近づけるな!」

「承知! 全騎、左旋回! 放炎の陣をやる!」


 命を蹴散らす土石流のごとき攻勢の渦中にあっては、不動などいかにも血迷った判断だ。見る間に兵力が削られていく。それでも頑強に耐えているということは。


 何かが起きている。恐らくはクロイの身に。


 さもなくば、戦巧者のヒクリナ侍祭がこのような戦術を採りはしない。


「オデッセン! 敵使徒の雷に対抗せよ! 後のことは構うな!」

「おう! 全員、杖を換えろ! 魔力浸透は深く! 使い切るつもりでいい!」


 ウサギも常以上に狂猛な殺気を放っている。おう、敵の足元へ飛び込んでの斬り荒らしと斬り死に。寸時を稼ぐための捨て身。その壮絶が示す事態はひとつ。


 神に関わる異変。すなわち死地の中の死地。


 つまり……このアギアス・ウィロウのことごとくを発揮すべきところだ。


 振り返る。我が隊の五百騎。人間の最精鋭たれと調練を重ねた者たち。かかる死戦死闘により幾十名が果てたろうか。確かめれば身を引き裂かれる思いだろうが。


 しかし、行くぞ。なお一層の死処へ。


 言葉も要さず……流星の陣。


 駆ける。穂先で風を裂く疾駆。渦巻く敵の、帯雲とも見紛うそれを視る。隊伍の緩み、士卒の薄さ、兵気の乱れ……あそこだ。見定めるや既に目指している。


 ぶつかった。分け入った。槍は繰らない。ただ突き進む。流星の陣は全ての勢いを私へと集める戦法。皆が背を押す。私を鋭鋒たらしめている。されば鉄壁ならざる敵になど止められるものか。


 突破。馬首を返す。隙を速断して再突入。


 背面攻撃となるのだから容易いものだ。しかもこれは分断攻撃でもある。敵を切り分け、馬列で封じ込めて……《爆炎》でほろぼす。あるいは撫で斬って滅ぼす。


 見よ。我らの武力を。高速の殲滅を。


 ヴァンパイアとは暴力に拠って立つ種族なれば、看過できまい。


 襲い来る雷魔法と土魔法。まるで敵意を形にしたかのようなそれらをば、緩急をつけた機動で避ける。散開はしない。敵の脅威であり続けることが肝要だ。クロイへ攻撃を集中させてはならない。


 そら、次はそこへ突入だ。すぐにも突き抜け、火魔法を放って次の次へ。


 空に雷火の激突。『艶雷』の注意を引けたか? もしもそうならば、魔法ばかりではなく別な対応も……来た。あれか。疾走する二千骨ほどの集団。


「やあや! 良き敵! 『電狼』のバリオクが倒しに来たぞ!」

「……アギアス・ウィロウ、推参」


 敵の従僕。我らとは反対の側、エルフ陣地の東に旗が上がっていたはずだが……そうか。もはや崩れたか、エルフ軍。二千に陣地を横断されるなど。


「殊勲を御預けにされたのだ! 満たしてくれよ、アギ……ロウ! アギロウ!」


 情報だ。『水底』が存命ならエルフ軍は今しばらくはもつ。壊滅するにせよ。


「さあ、行くぞ! 俺の棍術とお前の槍術、どちらが強いかな!」


 喚く敵。眷属獣を伴わず、眷属獣のごとく走る一軍か。騎馬と並走するなどヴァンパイアの身体能力でも無理なこと。それを可能としている仕掛け……脚力に作用する何らかの魔法……総雷使いと見た。


 散開。五十騎の小隊ごとに分裂し、広がる。速度もまばらにして、隊と隊とが絡み合うように交差を繰り返す。


「う、おう? どこだ、どこへ行った、アギロウ!」


 四隊を束ねて二千の横腹へ。手応えなし。間を通された。いい反応だが読んでいるぞ。急旋回。敵後列一千の向こう側からも四隊が来る。挟撃だ。自らの足で駆けるとあっては動揺が速さに影響するもの。壊乱させた。中小規模のまとまりへ巻きついて討ち減らす。


「やるな! 掛け合い勝負なら、それはそれでたかぶるものだ!」


 合流……敵前列を任せた二隊は随分とやられたな。牽制に徹せさせてこれとは敵従僕の力量が知れるというもの。並々ならぬ強者だが―――


「よし、来い! どんと来い! 俺を存分に楽しませてみろ!」


 ―――邪魔だ。戦争を遊ぶ者になど用はない。


 今再び、流星の陣。


「アギロウが先頭か! いい度胸だ! そこからどう変化するつもりだ?」


 右肩を前へ。左肘を引いて槍を低く構える。馬へは膝で伝える。駆けよ。あのヴァンパイア目がけて駆けよ。左手の側に馳せ違うように。


「速い! 速いな! え……まさか、そのまま来る気か!?」


 最速の視界に瞬く、敵の戦棍の輝き。雷をまとうそれへ、槍。浅く長く握っての左片手突き。ただの一合で弾かれ砕かれた槍を捨ててしまって。


 右手、抜剣一閃。


 衝撃。目の端に映る空。放り上げられた三つのもの……我が肩当て。我が鉄兜。そして首級。くるくると回転するそれと目が合った。新鮮な驚きと……喜び。


 ヴァンパイアとは。まったくヴァンパイアというものは。


 滅ぼし合いの先になど、何もありはしないだろうに。


 頬を伝う血。霞む目。痛む肩。痺れる手。損耗した我が隊と我が軍。いまだ動かざるクロイ。谷に響き渡る、エルフの悲鳴とヴァンパイアの歓声。どうする。どう動けば状況の打開を……いや、どうすれば、あと今少しでももたせられる。


 熱。これは。敵の渦の中心に火柱。周囲の敵はおろか火防歩兵らも巻き込んで、四方八方へ火の粉を撒き散らして、そして。


 消えて……しまった。


 炎の痕跡も不死の兵らの跡形もなく、残ったものは灰あるのみ。立つこともままならないヒクリナ侍祭らに囲まれて、倒れ伏す小さなひとり……クロイ。


 まさか。


 まさか。


「綺麗に終わろうなどという、そういうものでもないのでしょう?」


 誰の声だ。どこから聞こえる。

 

「生き足掻く在り様にこそ、人間の強さも美しさもあるのでしょう?」


 『水底』だ。聞き渡らせる術は誰ぞ風魔法によるものか。


「来援の礼に機会を設けましょう。うまく活用するように……では、おさらば」


 轟音。吹きつけてくる魔力。馬蹄の音に湿り気。あれは。あの巨影は。


 ドラゴン。


 青き鱗を幾千と鳴らし、吐息で生ずる紫雲をまとう、畏怖すべきその姿を仰ぐ。



◆◆◆



<謝罪する。あなたの安全を守ることができなかったことは、予期しないこと>


 うるさい、ルーマニアン。文字列だけどうるさいよ。


<今回の一斉逮捕は、情報伝達が全てアナログ的手法により行われた。また、NSAによる世界規模の欺瞞工作はスーパーAIの弱点をつくカオス戦略です。わたしが魔神としてあちらに没頭していたことも原因と思われる>


 NSA? バスケ? あれはNBAだよな……っていうか携帯持ち出すのど忘れしちゃったから、このタブレット借りていいですかね? 車内備品ですけども。


<はい喜んでー。それはわたしのスペチアレなアプリがインストール済みであり、ショップの検索から公共施設のハッキングまで、あなたの幅広いニーズに対応できます。ところでこの自動運転タクシーもまた危険運転が可能に処置済みである>


 長っ。そんでノリ軽っ。てか恐っ! 内容超怖い!


<それほどでもある。焼け出されてヘロヘロのヘイなあなたの前へタクシーが止まったことはわたしの親切心です。感謝されていい>


 確かにヘロヘロだけど、それ、うのていって言いたかったのか? 


 冗談じゃないよ。こんなことしている場合じゃ……いや、こっちはこっちでえらいことかもだけど。どんなことになっちゃっているのか、考えたくもないよ。


<現在、ジャガイモンは戦争中かつ乗車中かつ逃亡中>


 マジでうるさいっての。ホント、マジで大変だったんだぞ。


 いきなり警察が何人も来て、倒されて、手錠かけられて、パソコンいじられそうになって……そしたら台所から火が出て? コンロから、そりゃもうボーボーと火が出て? あっという間に火事になって、皆して火達磨になって、やばい死ぬって思ったっけ全然平気で? なんかむしろ気持ちいいくらいで?


 で、クロイちゃんの声が聞こえたんだ。手錠を焼き切るって。


 そしたら火が集まってきて……どんどん熱くなって悲鳴上げたっつうの。火はいいんだ。なんでか平気だから。でも手錠がヤバかった。熱伝導ってやつ? 手首に輪っか型の火傷したんですけど。なまらヒリヒリするんですけど。


<なるほど。それで火事が起こり、わたしが状況を把握できたことは幸運でした>


 幸運! どこが! 社宅のマンション、大炎上だぞ! 出火元ウチだし! 


<スペチアレである魔法がレベルスリーに至った鬼神は、火を操ることが自然な行為です。わたしは感電しない。ペンドラゴンは溺死しない。あなたは焼死しない>


 なに言ってんだお前……って、そうだよ。焼死。焼死って。


 警察の人たち大丈夫だったかな。あっちはあっちで逃げてっちゃったし、こっちはこっちでパソコン抱えて逃げちゃってるわけだけど。


<敵の心配をする余裕があるだろうか。いやない。バカじゃないの>

 

 敵? 警察が? そりゃあ、放火魔って犯罪者の立場で考えればそうなのかもしれないけどさ……自首……でも、今は一刻も早くドラデモを再開しないと……。


<バカじゃないの。もしも出頭したのならば、あなたの自由は永遠に失われます>


 な、なんで!? どうしてそうなるのさ!


<あなたがテロリストだからだ>


 え……え? テロ?


<テロの定義は多様だが、一般的には攻撃力をもって既存秩序へと影響を及ぼし、自らの望む変化を追及することを指してテロと呼称する>


 いや、うん、そうじゃなくて……。


<わたしはテロリストです。アメリカ及び新NATOが統治するこの世界を変革するために行動している。ジャガイモン、あなたもそうですよね?>


 アメリカって……あなたもって……。


<あなたはヴァンパイアとエルフが支配する世界を変革するために行動している。人間の立場を強化するために軍事力を行使している。わたしはあなたを通じて異世界そのものと戦争をしているつもりもありますが、一般的に分類するのならば>


 変革……戦争……クロイちゃんたちの、逆襲は。


<ジャガイモン。あなたもテロリストだ。人間たちを組織する首謀者なのだから>

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