91 水底は認知する、人間の厳勇を/ドラデモ的咆哮について
神よ、神よ、力を。ワタシたちに力を。
命を燃やすことで得られる熱と光を、全て、敵を討つ力へ。
◆◆◆
皆が死んでいきますよ。遣る瀬無く、まるで泡沫のように。
「メタニエル様、どうか、どうか、死なないで」
カル。君はそう言い残して逝きましたね。何度となく雷に打たれても、決して飛ぶことをやめず、寄せ来る敵を射続けて……とうとう力尽きてしまって。
立派でしたよ。私の指示を最後の瞬間まで守り切りました。
ですから私も、君の指示を守り抜きたく思うのですが―――
「殿下、東が! 東側で堀が三層目まで破られました!」
「『電狼』です! 『電狼』のバリオクの旗が上がっています!」
「うわあ! 『重弾』もです! 従僕二石による集中攻撃が、あああ!?」
―――命を失っていきますよ。とめどなく、まるで旱魃のように。
五重の水堀で構築した《流界》へ更なる魔力を。ここぞと殺到する《砲雷》へは《滝壁》を維持しつつ東側へ百の《水蛇》を。おや、南側も危ういですね。毒池より水を吸い上げて十の《水球》を。おやおや、東側は止まりませんか。では……。
「メタニエル様! 東には自分が!」
ああ、ミリ。君も苦しいでしょうに。
カル亡き後の三日間、君は随分と無茶な突出を繰り返しましたね。それが敵を攪乱し、飛行戦隊の再編が叶ったのです。防衛線が再構築できたのです。
もう君は十二分に働いたというのに、私は君を休ませることもできません。
ん。北側から何かが飛来。五羽六羽の光る鳥。雷精鳥。『艶雷』の召喚獣。
ならばこちらも……お出でなさい、水霊鳥。応戦なさい。
電気をまとう猛禽類と、水を噴射して飛ぶ海中鳥の空中戦。速いばかりで優雅さの欠片もありません。カルの飛翔は可憐でしたね。
「皆の者、振り返ることなく務めを果たしなさい。大丈夫。私がいるのですから。私がいる限り、水は滔々と流れるのですから」
あと二日……いえ、この調子では半日が精一杯でしょうね。とうとう魔力が枯渇します。命を溶かして捻出してはいても、寿命が尽きればそれまでのこと。
「今しばらくの辛抱ですよ。大竜帥の軍団はきっと来ます。逆包囲できます」
もはやドラゴンを召喚するより他に、術なし。
十分量の水は召喚してありますし、ドラゴンへ支払う魔力も確保しています。
しかし『艶雷』もまた大召喚の使い手。ぶつけ合いになってしまっては、得られるものは戦場の混乱程度。それでは撤退できません。
隙があれば。隙さえあれば、戦場の一角をでも吹き飛ばして見せますのに。
……はて?
今、目の端に煌めいたものは……この熱さは?
西の方角。谷を囲う岩山の高きところ……あれは……白刃に日の光を受けて、ただならぬ神気を発するあの一騎は。
声。喊声とも怒声ともつかない大音声が、空を覆いますよ。何という声ですか。谷へ、戦場へ叩きつけられるようですよ。ああ、旗が掲げられました。その色は、燃えるような火の色。なるほどあれは。あの者たちは。
「あれがヒト……いいえ、人間と呼ぶのでしたか。サチケル」
一騎が来ますよ。瞬く間に増えて、燃える赤黒い波のようにして、血吸いの軍勢へ襲いかかりましたよ。何という衝撃ですか。ただのひと当たりで、包囲全体を揺さぶるなんて。
「人間の使徒……名前は何と言いましたか……」
彼女が斬り込みヒビを入れたそこのところへ、追撃とばかりにぶつかったもの。
人間の軍団。遠目にもわかる威勢。
その戦い振りたるや……火魔法が空に孤を描き、あるいは爆発を起こし、またあるいは火炎をまき散らしますよ。火中へ突進する者たちが槍を繰り、血吸いの戦列が崩れるや騎馬が突撃しますよ。まるで荒れ海を越えていく不沈の大船です。
彼女たちの狙いは『艶雷』ですね?
届くかもしれません。『艶雷』は軍略で戦う者。無駄を嫌います。私たちを攻囲する今、身辺の護衛に精鋭を配してはいないでしょう。従僕二石を東側へ回したことでもわかりますね。
それにしましても……人間とは……人間というものは。
掴みかかられ、腕を引き千切られても、残った腕が短剣を握りますよ。馬ごと引き倒され、血と砂に塗れても、敵諸共にと火魔法を放ちますよ。そして進みます。同胞の死にむしろ奮起させられるものか、固く隊伍を組んで、前へ前へと。
血吸いの暴力を撥ね除ける、あの凛々しい力は……何なのです?
エルフの優美とは異なる、あの猛々しい美は……何なのです?
「よおし! 『縛水』のミリ、このバリオクが討ち取ったぞ!」
ああ、ほら。これが。これが戦争。
働き者の少年が無残に殺されるなどという、起きてはならないことが起きてしまうのですよ。どこまでも理不尽で、度し難く醜いもののはずでしょうに。
「殿下! 東の堀が突破されました!」
「負傷者が! ああ! 動けない者たちが狙われています!」
「こちらへ来ます! 従僕二石の狙いは、かっ、げっ、がはあっ!?」
そら。これが戦場。恐怖が叫ばれ、凶暴もまた叫ばれるところですよ。生き死にの浅ましさが露わになるところのはずでしょうに。
「そこを動くな、『水底』のメタニエル! 『重弾』を知りて果てろ!」
飛来する重金属の礫へ《水射》。地から噴水のようにして。頭上を通り過ぎていく空裂の音。虚しい虚しい、危ないだけの音ですね。
「まさか! 《水盾》ならば貫通したものを、水圧で軌道を逸らすとは!」
声音に混じる歓喜。闘争を楽しむなどという汚らわしさも、見慣れてしまって。
「く、足が!? 水溜りに波紋……これも貴様の《流界》だというのか!」
動けない敵へと降り注ぐ《風矢》。飛行戦隊の者たちが矢へ込めた恨みと辛み。このおどろおどろしさにも慣れ親しんでしまって。
「下がれ! 『水底』は俺がやる!」
「バリオク! しかし!」
「本陣の様子がおかしい! お前の土魔法ならば防御を……うおっ!?」
ほうら、憎悪です。私の胸にもそれは淀んでいるのですよ。《水蛇》へそれを混ぜ込めば、そうら、大顎の《水和邇》ですよ。禍々しいでしょう。
なぜならば、戦争だからですよ。
戦いに汚れてしまえば、誰も皆、おぞましく成れ果てるものでしょうに。
「……クロイさん? 君たちはどうして、綺麗なままでいられるのですか?」
◆◆◆
薙ぎ払って斬り払ってチョコようかん号のダッシュ!
よし! 正面に『艶雷』を確認! ロザリンデ様!
この距離でもわかる超絶ダイナマイトボディとか、さすがは公式サイト人気投票第一位のセクシー番長だよね……君の兵隊をやるのはヴァンパイアキャラで遊ぶ時の鉄板ルートだし、ぶっちゃけファンなんだけどね?
今から斬りにいくよ。
この最終戦争を終わらせるために。この異世界を終わらせないために。
「影屋城へ退いていればいいものを! 存外に猪突無謀であるな! 『炎軍』!」
お叱りの声と共にファンネ……じゃなくて雷精鳥が来る! でも二発だけか。舐められているのか消耗しているのか。
レーザー的《電光》避けたっけ鞍からジャンプしてツバメ返し二連っと。撃墜。
ついでに《火刃》乗せ投げ槍を、よいさ! うん、《砲雷》で迎撃されるよね。ビーム砲みたいで怖っ。敵中突破じゃなかったらドカスカ撃ち込まれていたな。
「小癪な戦い方をするものだ! 痩せ腕にも骨といったところか!」
おっとレーダーに反応あり。高度差から察してあそこか。トゲトゲした塔の上。角度つけて《電光》なり《雷球》なりぶつけてくるつもりだな? やらせないさ。進路そのままに、あっちへこっちへ投げ槍! 魔法製の建造物なら崩せる!
あー、ドンガラガッシャンな破壊音に交じって、悲鳴。事故やテロのニュースでチラリと聞くだけだったこれを、モニター越しなのに肌身に感じるから。
吼えてくれ、クロイちゃん。魂を燃やして。
命は尊くて厳かで、誇らしくて、簡単に失われてはいけないものだ。それでも戦いを避けられないから、戦うことでしか未来をつかめないから、吼えるんだ。
さあ……征くぞ! 一緒に!
「う、あああああ! あああああああ!」
「ほう! 私を討てるつもりか! 来い!」
突き抜けた先に壁、壁、壁。土魔法部隊によるえげつない集団戦法。その後ろには雷魔法部隊がいる、レーダーの光点的に考えて。やるなロザリンデ様。
でも、突破するさ。
「あああああ……!」
勇猛果敢な三百騎を召喚、一丸となって駆ける。降りかかる《電光》はもう考慮しない。だってこの三百騎は護ってくれる。『黄金』が襲ってきたあの時も護りきってくれた。だから、攻撃に専念できるんだ。
特大の槍を召喚して、魔力を籠める……じっくりとたっぷりと……炎の力を。
「いじけた戦術を使う! そんなもので……!」
見損なうな! これは信頼と覚悟だ! 想いを託し託されているから、届く!
「うるあああああああっ!!」
激突と閃光と爆風と粉塵。なにも見えないモニターと、衝撃に痺れた両腕と、燃えるように熱い身体……わかる。わかるぞ。ロザリンデ様を討つ道は開けた。
行けるぞ、クロイちゃん……て…………え?
ええ? はあ?
なんでドアが開いた音が……え、え、なになに、なんで……警察の方々?
いや、今はちょっと……って、うわ!? 痛っ! なんでどうして! やめて! なにするんだ! 触るな! それに触るな! クロイちゃんが……戦争が!!




