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90 ドラデモ的神託について/影魔は急ぐ、魔城の宮殿へ

 薪をくべてくべて、積み上がるほどにくべて―――生きる。

 燃え上がる炎を浴びて、火を吸って火を吐いて―――死ぬ。



◆◆◆



 誰か、死んだ。


 涙が溢れる。ディスプレイが見えにくいったらない。身体が熱くて痛い。ああ、今、また誰かが。涙が止まらないや。だってドンドン死んでいく。それがわかる。傷つきもする。イケメン末弟は負傷リタイヤしちゃって、きっともう戦えない。


 戦争だ。この世界はそればっかりだ。


 今だって、ほら。


 高台に伏せて眺めやる決戦地は、水と雷のスペクタクルだ。『水底』と『艶雷』の魔法がぶつかり合って、バシャバシャバリバリ、凄いことになっている。能力的な相性は五分五分。どちらも譲らない。


「おいおい、とんでもねえな……夜明け前からドンパチ轟いてたのはこれかよ」


 魔術師が言うから、頷いた。伝わらないけどね。クロイちゃんは動かさないし。


「攻囲戦ですね。受け手には水堀があるだけ幕舎のひとつもなく、却って寄せ手の側に石の塔楼が建ち並ぶ陣構え……戦の主導権はヴァンパイアにあります」


 美人侍祭は戦争ガチ勢だったんだね。本当にあの名物領主の娘かもしれない。


「エルフ、切っ掛けひとつで一気に崩れそうだ。兵力差を跳ね返そうって戦意はいいが、兵気が放散してしまって中央が虚ろだぜ。飛行者が補っているにしてもさ」


 イケメン真ん中の言っていることが意味不明。彼にはなにが見えているのか。


 いもでんぷんのドライアイ気味のまなこには、ド派手な攻防の陰で死んでいく命が映っているよ。ヴァンパイアは灰になるから、死体として残るのはエルフだけ。あと獣たち。皆して、必死な様子で、バタバタと死んでいく。


「戦いの趨勢は明白。エルフ主力軍の到着なくば、今晩にも殲滅が始まるだろう」


 イケメン騎士の声は重々しい。たくさんの命を扱うに相応しい響きだ。


「我らの戦力は一千七百騎、一千五百卒、四百杖、五百羽……小勢でしかない。ターミカ参軍の同志団もここにはいない。かかる十万二十万の激突へ加勢したとて、衆寡敵せず、何もできないのかもしれないが―――」


 膝立ちになって、クロイちゃんへ向かって。


「―――闘うために、我らは来たのだ。回天の志を胸に」


 そう、宣言するんだね。熱く戦意をたぎらせて。


「倒すべき敵の主力軍がいる……挑まずに何とする。肩を並べるべき友軍が危機にある……援けずに何とする。帝都魔城をあの山向こうに捉えて、この決戦の地で、ともがらと身を寄せ合い無力を嘆くなど……みじめというより他に、何と言うのか」


 うん。知っていたよ。諦めるわけがないって、わかっていたよ。だってクロイちゃんは叫び続けてきたもの。村が沈んだあの夜から、ずっとずっと。


「クロイよ。我らと神との間に立つ、火眼炭髪の使徒よ。今こそ神託を。我らを護り導きたもう神の意思や……いかに」


 イケメン騎士が、魔術師が、イケメン真ん中が、美人侍祭が、ひざまずいて待つ。後ろを振り返れば、三千六百人と五百羽だって、同じようにして待っている。


 返事をする前に広域マップを再確認……魔神のシグナルは不動のものとしても。


 なんでだ。どうして『絶界』のシグナルまで動かない。すぐそばまで来ているじゃないか。そこでも戦闘中? もしくは、なにかのトラブル?


 それとも、まさか……そこでそうやって待つことが、作戦だとでも?


 ふざけるなよ。


 味方を、仲間を……誰かの死を見過ごしてしまって、勝てるわけがないだろ。


 魔神と戦うんだぞ。大陸を物理的にぶっ壊せるようなやつへ挑むんだぞ。散っていくたくさんの命……そのひとつひとつを想って、力を貸してもらって、一緒に戦わなきゃいけないんだよ! わかれよ、それくらいのことは!


「……ワタシたちは、命の炎と共に、闘っている」


 手袋型コントローラー、装着。ギュッと拳を握る。痛い。この痛みだって望むところだ。当然なんだ。命を懸けて戦うんだから。


「拳を握れ。痛いくらいに。そこへ神意が宿る」


 ゆっくりと腕を振りかぶって、ピッと指差す。『艶雷』はあそこだ。遠距離型のあいつへ格闘戦を仕掛けるんだ。デーモンを召喚する前に倒す。召喚されたらデーモンも倒す。それで『水底』の召喚が活きる。ドラゴンなら劣勢を覆せる。


「使徒を倒す。デーモンが現れても、倒す。ワタシたちならば倒せる」


 いそいそと手袋型コントローラーを外して……操作ミス怖いからね……手汗拭いて、キーボードの位置直して、コントローラー握って……よし! クロイちゃん!


「ん……征く」


 出ろ、チョコようかん号! 馬上、大太刀を素振り! さあ、イケメン騎士! 


「デ、アレカシ! 神託は下された! 我らの誇りを掲げよ! 火炎の軍旗を! そして奮え! いざや猛り立て! 全軍をもって鋒矢の陣を敷く!」


 喊声を背に、クロイちゃん、出撃だ! 


 崖を一気に駆け降りて、フルスピードのままに召喚コール英霊エインヘリヤル! 来い来い騎兵たち! フォロミー! 高速度高機動高火力で斬り込むぞ!


 大太刀を構えて……狙いをつけて……よいしょおっ!!


 すぐさま左右へ斬り払い! これがボタン入力の絶妙! それを連続させて!


 討つ! 斬り殺す! 灰を浴びる! これは戦争だから! 勝たないとなにもかも失ってしまうから! 痛くても痛くても……絶対に負けられないんだ!!



◆◆◆



「あの人間族ヒュームたちを信じとるんか?」


 何でそんなことを聞いてくるのだろうね、このドワーフの爺様は。


「どうなんじゃ? のう、ターミカちゃん」


 黙ればいいのに。荒ぶる禍牛まがうしが牽く荷車さ。悪路をものともしないのはいいけれど、ひどく揺れる。舌を噛んでしまうよ。


「そら、信じてるだろ。さもなきゃ俺らも谷で戦ってるさ」


 お前もか、獣人のおっさん。この移動中しか休めないのだから、酒でも飲んで寝ていればいいものを。


「まあ、そうじゃなあ。谷いの戦に魔神を引きずり出せんかったら、儂ら、何もできんと死ぬだけじゃもんの」

「嫌だねえ。無駄な人生が無駄死にで終わるっつうのは、つまんねえよな」

「端っこの方で生きてきたんじゃ。最期くらいは、意地を見せたいのう」

「意地。それな。ターミカちゃんも中々のもんだが、ニンゲンたちも相当だぜ」


 うるさいなあ、本当に。腕の立つ者を選んだ結果がこれなのだから嫌になる。


「ニンゲンよりも『絶界』のクソ爺が気掛かりだわ。あたしはね」


 ダークエルフの貴女が言うと聞き捨てにできないな。私の懸念もそこにあるし。


「あいつは大凍結時代より前から生きている化け物。秘術、秘法、秘儀、秘宝……この世の全てを知っていて、異常なほどに計算高く、誰よりも気が長いの」


 聞くからに性格が悪そうだね。気が長いというところさえ陰険な印象だよ。


 『絶界』……『絶界』か。大陸最強の単体『黄金』と戦っても負けず、大陸最強の軍団を率いる『艶雷』と戦っても負けない老エルフ。ヴァンパイアの台頭により始まった三百年戦争を常に最前線で戦い続ける者。うん。化け物じみている。


「そんなあいつが戦局を動かした……それはつまり、勝機があるってことよね? 竜神もそれを許可したのだろうし……一体全体、何をするつもりなのかしら」


 普通に考えたら、『絶界』が負けるというただのそれだけだね。竜神なんていうあやふやな存在を基準にして魔神を捉えたなら、無残な結末しか訪れない。


 魔神はいる。神聖ローランギア帝国皇帝として確かに存在する。


 ドラゴンもデーモンも指先ひとつで屠る魔力には、正攻法なんて通じない。


「いかにもあれ、拙者らは宮殿へ潜入する。もはや死合うのみにござる」


 半蟲人インセクトハーフは言動がいちいち物騒だね。姿も物々しいし。


 でも、正解だ。その通りだよ。


「……人間もエルフも、勝たなくていいんだ。激しく戦ってくれさえすれば、それで魔神をおびき出せる。人間の神にはそれだけの凄みがあるからね」


 突き放した物言いのつもりだ。魔神を倒すため、私は、利用できるものを利用し尽くす女なのだから。同志団の仲間だって……例外じゃないのだから。


 そういう意味でならば、信じているのかもしれない。


 人間が最も強いと、最も利用できると、確信しているのかもしれない。


「三柱の神が集まるあの谷は、きっと酷いことになるよ。傲慢な哄笑が雷を呼び、狡猾な冷笑が嵐を招いて……でも、それでもさ?」


 あの少女。夜闇よりも暗い黒髪と、朝焼け夕焼けよりも燃える赤瞳の、クロイ。


「心を打つ最たるものは、純真な咆哮なんだ」


 だから赤ん坊は叫ぶ。火の着いたように泣き叫んで、世界へ我を通す。ねえ、クロイ。君にはそういうところがあるよ。少し『黄金』に似ている気もする。


「魔神にとどめを刺すのは、きっと、人間の使徒じゃないかな」


 心のままに戦うといい。信じているよ。

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