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88 ドラデモ的集中と深化について/ペンタゴンにおける軍略と報告

 死んでいく。戦えば戦うほどに、誰かが力尽きていく。

 でもまた会える。ワタシたちは、何度でも再会し、幾度でも共に戦える。



◆◆◆



 首を幾筋も汗が伝っていく。それがTシャツに吸われて、ポリエステルが肌に張り付いて、そこが冷えていく……それを頭の隅っこで妙に冷静に把握している。


 VRモニターに映る戦場は、地獄だ。


「ヒトの使徒めえ! お前さえ! お前さえいなければ!」


 ヴァンパイアが掴みかかってきたから、斬った。実際にはコントローラーのボタンを押しただけでも、腕にズシリと伝わってくる重さ。浴びた血のぬくみ。


「仇を! 『崩山』の旦那の仇討ちを! ここで!」

「食ってやる! お前を喰らって、俺の力にしてやるぞ!」


 伸びてくる腕という腕を、斬る。武器という武器を、斬る。だって回避する隙間もない。跳んで空の上からも、潜って地面の下からも、ヴァンパイアたちが血眼になって襲って来るんだから……全てを斬るしかないんだ。


 集中。操作に集中しろ。クールに、パーフェクトに十指を動かせ。


 大太刀を大振りしてジャンプ。対空の投げナイフを放ってから、槍を地面に突き刺して《火刃》を出力アップ。対地中攻撃。すぐ大太刀を拾って左右へ斬り返す。前を斬り上げ後ろへ斬り落とす。途切らせるな。攻撃を連鎖させろ。


 ヴァンパイアの足元から飛び出してくる影。黒狼。手斧で迎撃。キャインと鳴いたその首を、無数の足が踏み潰した。


 きな臭さ。やばい。三体の歩兵を召喚して身を隠す。直後に閃光。


 この密集した状況で《放雷》を使ったバカがいたみたいだ。重装備のヴァンパイアたちが感電して悲鳴を上げている。クロイちゃんにはダメージなし。


 盾にした歩兵はまだ動ける……確か開拓地でエルフに殺された三人……ごめん、踏み台になって。お、介助してくれるんだ? よっ、とっ、ほいさ! 数メートル級の大ジャンプだ! 三人は、群がってきた敵勢に呑み込まれてしまって。


 浮遊感。血の、臭いと味わいとべたつき。レーダマップも敵の赤で血塗れだ。


 この敵軍は強い。すごく強い。


 死なば諸共って勢いで突っ込んでくる集団がいて、冷静に陣形を組む集団がそれを掩護している。役割を分担している。前者はクロイちゃん狙いで、後者は召喚した英霊の軍勢を阻む。今もそれで孤立させられたけど。


 負けるものか。まだ呼べるぞ。来い、新鋭の五十騎。ここまで一緒に歩いてきて、ここで倒れてしまった君たちに、また休む間もなく戦ってもらうぞ。


 落下感。空中から見渡すと、戦況は台風のよう。


 クロイちゃんを中心に、英霊たちとヴァンパイアたちが渦を巻いている。その外側からイケメン騎士たちが食い込もうとしている。火魔法が連発されている。 


 勝つんだ。勝って魔神との決戦の地へ。


 着地は、生前はイケメン中弟の部下だった一騎の、鞍の上へ。


 さあ、源義経リスペクトだ。五十騎の間を跳び渡るように戦うぞ。跳んで斬って跳んで斬って。武器は双剣。強めに《火刃》を乗せているから、かすっただけで殺せる。そら、ヴァンパイアの老若男女が次々と灰になる。五十騎も減っていく。


「鬼め! 鬼めえ! ヒトの皮をかぶった化け物めえ!!」


 そう叫んだ、どこかアンゼさんと似た顔立ちの女ヴァンパイアを……斬った。


 痛いな、敵の恨みと憎しみを浴びるのは。哀しいな、仲間の熱い怒りと悲しみを背負うのは。あと喉が渇く。ひどく乾く。そのくせ涙は止まらないんだ。


 あうっ! うっわ、痛あ……?


 ダメージ? 誰かの投げたハンマーが、右手に当たった? なあにそれ。そんな攻撃聞いたことない。いや、ゲームじゃないんだから、そういうこともできるか。


 え? 手が痺れて……剣は落とさなかったけど……操作が。ボタンを押す指が。


 唸りを上げて迫る金棒。やばい。そんなの、当たったら死んじゃうって。避けなきゃ。あれ、どのボタンがなんだっけ。指も攣って……うわ、わわわ!


「く、ああああ!」


 防いだ!? うお、クロイちゃんが防御したんだ! 双剣をクロスさせて!


 でも吹き飛ばされた。そりゃそうだってくらいの一撃だった。双剣は折れて、腕にも胸にも強い痛み。耳には風を切る音。あと浮遊感。お空へホームランかよ。


 ん、あれは……騎兵の一隊が突っ込みすぎていないか? まさか、こっちへ来ようと無理をした? 挟み込まれて、駆けることもできなくなって、それでも周囲へ火魔法を放ち続けて……あいつ、イケメン末弟じゃないか!


 遠い。投げ槍なら。いや無理。一発じゃどうにもならない。レギオンは、でも、呼べない。ここで、こんな場所で、いつ目覚めるかもわからない気絶なんて。


 あ、馬から落とされた。あれはもう、助からない。


 死ぬ。またひとり死んでしまう。戦争だから。犠牲は付き物、だか、ら……。


「神よ、刃を! シラを護る者のように!」


 刃? クロイちゃん? ああ、そういう……なるほど! こういうことだな! 


 《小召喚アセプト白刃ブレード》! 《増強アグメント》!


 剣よ槍よ刀よ! 強者たちの遺志よ! 炎の中から乱れ立て! 斬り荒れろ!


 よし、やった! イケメン末弟の放火三昧が幸いした! 千本からの白刃が周囲を払ったぞ! 一撃して消えちゃったけど! そこへイケメン騎士の部隊がとんでもない勢いで突進してくる! よおしよし! それでこそイケメンってもんだ!


 で、クロイちゃん、着地! うっわ足と手が超痛いいいい! うひいいいい!


 でもやれる! ね! クロイちゃん!



◆◆◆



 啜る。もう味も何も感じやしない。カフェインを摂取できればそれでいい。


 最新の報告書……ポテトスターチは単独犯である可能性が高い、か。


 もはやバカバカしいと一蹴する気力もないぞ。それならそれで楽でいい。リストに挙がった容疑者を全て拘束してしまえ。戦時下であることを教育しろ。


「神よ。力と正義の神ペンドラゴンよ。使徒パルミラルがご報告奉ります」


 コマンダーか。相も変わらず慇懃なことだ。己の身分をよくわきまえている。


「メタニエル坊率いる六万が『骨砂の谷』に入り、『艶雷』が二十万でもってそれを囲いました……これはまず予定の通り」


 ふん。そちらでは順調な推移であっても、こちらまでそうとは思うなよ。


 お前たちの過ごす時間の流れはひどく不安定で、振り回されるのだ。幾日もスピーディーに進行するかと思えば、思わぬタイミングでリアルタイムに切り替わる。


「さても粘り強く抗戦しているようですな。坊の魔力を鑑みれば、まず十日はもちましょう。物見にしろ伝令にしろ不用意に運用するものですから、ややもすれば即滅の事態もあると危惧しておりましたが……あれで急場においては果断」


 ウォーターのパーソナリティなぞ知ったことではない。情報は性能だけでいい。いっそテキストで戦略的要点だけを知りたいものだ。映像は無駄が多い。


「予定外のこととしては、人間軍の動きです」


 ん? 亜人? 


「いかなる奇術奇策を用いたものか、難所を速やかに踏破し影屋城を容易く陥落させた模様です。『艶雷』が派遣するであろう討伐軍にも、あるいは善戦するやもしれません……火の支配者は中々に強力ということですかな」


 ポテトスターチめ、厄介な。偉大な力を手中にしているとはいえ、所詮、亜人の神など猿山のボスのようなもの。端の方で大人しくしていればいいものを。


「事と次第によっては、決戦の舞台に上がってきかねません。まかり間違えば『艶雷』の包囲へ風穴を開ける可能性も」


 シット! 身の程を知らない振る舞いとは、どうしてこうも腹立たしいのか。


 力とは権利である以上に義務だ。高等な知性と高潔な精神、高尚な倫理と高貴な組織でもって管理されなければならない。私利私欲に駆られるなどもっての外だ。コミュニストの暴走と破滅が歴史にそれを証明している。


 ポテトスターチ……栄養分……亜人共々、この異世界戦争の肥やしでしかないだろうに。日本が地理的にも経済的にも不沈の従僕であるようにして。


 知れ。人には器というものがあり、それを超えて立つ時、無様を晒すのだと。


「おお、神よ、御心を荒ぶらせたもうなかれ。我には秘術を成し遂げるための秘策あり。メタニエル坊がいかに奮闘しようとも、人間軍がいかに敢闘しようとも、今この時にヴァンパイア領奥地にいる限りは……全て我が掌の内」


 ふむ……コマンダーの所作は実に優雅だな。垂れた頭にすら気品がある。


「我が軍は万全の体制、最良の地点にて待機しております。これすなわちチェックメイトの一手前。既にして我が従僕にそれぞれ一万五千を預け進発させてもおりますれば……まずは人間族の砦、ですかな?」


 そうだな。それでいい。それでこそだ、コマンダー。


 それが正義というものだ。

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