85 ドラデモ的地球と異世界とライダーキックについて
ふとした時に、未知の味と匂いを感じる。心騒めかせる音を聞くことも。
あれはきっと別の世界の色々。ワタシと神は、混じりつつある。
◆◆◆
「前方! ゴブリン、五千強! 虎蜘蛛、サソリ蟻……無数! き、来ます!」
シャワーも浴びたし、たらふく食べたし、サイレンも聞こえないしで―――
「魔法斉射六連! オリジス、左翼より駆け抜けて、散らせ! マリウスは攪乱を主としての遊撃! 隠れヴァンパイアを見逃すな!」
―――ドラデモ日和じゃないか! あっはっは! ぶち上がれテンション!
「右方、山腹に黒旗を確認! ヴァンパイアです! 数、二千超!」
「本隊は高みの見物か……今はいい! 動きがあり次第報告せよ!」
よーしよし……大丈夫、できるできる、やれる、手汗拭いて息整えて……不肖、いもでんぷん、今なら戦闘でも訓練でも新記録出しちゃうぞいってなわけで!
「前方より、魔物、抜けてきまあす!」
「ヤシャンソンパイン! 槍衾を密に! ヒクリナ! ソードラビットと連携して混戦に備えよ! 魔法部隊は次の命令を待て!」
さあ、クロイちゃん! やあってやろうぜ!
「む!? 総指揮をヤシャンソンパインに! アギアス、出る!」
はいよう、チョコようかん号! 突っ走れ! 正面の敵は対処できているみたいだから、山の方だ! 逆「一の谷」的なクロイちゃん無双を……お? イケメン騎士も来るの? んじゃ、蹴散らす感じでやりますか!
召喚・英霊! 先鋒は燃える騎兵隊だ! 突っ込め!
小召喚・白刃! 次鋒がクロイちゃんという意外な采配!
斬り込んでザシュン! 斬り払ってバシュン! 最近のお気に入りはこの大太刀なんだぜっとドシュン! 一振りで何人も斬れる燃やせるやっつけられる!
斬る! 斬る! なんか涙出るけど……斬るったら斬るんだ!
そして、敵のど真ん中で燃える歩兵隊を召喚なのさ! これが中堅! 堅陣を組むから敵はビックリ! 四方八方へ槍を突き出すから、敵はドッキリ!
そこのところへ、そうら、副将たるイケメン騎士たちの登場だ! 相っ変わらず速いし強いし容赦ないなあ……なんか味方でもビビるんですけど。オオスズメバチの集団みたいで、めっちゃ鬼気迫るんですけど。
ま、まあいいや。残すところは大将戦ってことで……ああ、いたいた、あの巨漢がヴァンパイア隊のリーダーだな。いかにも腕力自慢って感じ。
「は、話が違うではないか! 使徒も、干上がってボロボロの状態だと……!」
ぬるい。金棒の技も雷魔法の力も、まるでなっちゃいない。歯ごたえなんて求めていないけど、お前、よくもそんなんでクロイちゃんたちの前に立ち塞がったよ。
斬り断ち割って、終了ー。ふーう。
残敵は、あれだ。任せた。抵抗すればやっつけて、降伏すれば捕まえて、いいようにやってください。よろしく。魔物の群れの方も、片が付いたっぽいしね。
野菜ドリンクをゴクゴクー。クランキーなチョコもガブリんちょ。
それにしても、だ。
砂漠を抜けたところで早々と襲撃を受けたとか、物凄く作為的なものを感じますなあ。なんか油断してたから一気に勝てたし、ここでこんだけ兵力潰したから影屋城攻略も簡単に済みそうだけども。もっけの幸いだけども。
クロイちゃんの温存が、鍵だからね。実際。
過度な接続を控えつつ進まないと。召喚魔法も要所を選んで使わないと。大召喚・軍鬼なんてもってのほかだね。クロイちゃん倒れちゃうし。
そんなわけで、観戦モード、オン。高速な明け暮れを眺めつつ小休止ー。
ふーむ……クロイちゃんたちも遠くまで来たもんだね。
北方開拓地を出発して、黄土新地を経由して、ヴァンパイア領の荒野を越えて砂漠も越えて、山地に入って、今しがた会敵して勝利して。
今度は森を延々と行軍だ。
曇り空の下、隊列を組み整然と進んでいく―――のを三十倍速で見ているけど。超高速軍隊行軍とかハイスピード競歩でなかなかにシュールだけど。
なんとも気分の悪くなる風景だなあ。
立ち枯れの木と、それに絡みつく極太の蔦草と、泡立つ池だの沼だのと、刺々しいスチールウールみたいな茂み……環境破壊ってやつを考えさせられるよ。ヨーロッパの方はひどいって聞くし。酸性雨被害。ドイツとかオーストリアとか。
それでも、まあ、東欧の辺りに比べればマシなのかな。旧ロシア軍と新NATO軍のガチバトルで焦土と化したもん。原子力兵器はいかんでしょ。うん……うん?
あ、そうか。それこそルーマニアが最悪にひどかったんだっけ。
魔神ストリゴアイカの中身の、ルーマニアンの……故郷かもしれないところ。
陸では原子力ロボット戦車が劣化ウラン砲弾を撃ち合うし、海では原子力ゴーレム駆逐艦が核魚雷をぶっ放し合うというスーパーロボット地獄絵図。カルパチア山脈の黒海側は、もう未来永劫に渡って人の住めない土地になっちゃったんだとか。
放射能汚染は恐ろしいね。異世界の方の瘴気汚染と似ているかもしれない。
あっちもこっちも、どこもかしこも大変だ……大変なんだけどさ。
正直なところ、東欧とか中東とか、世界地図のどの辺にあるのかも曖昧なのよ。学生の時分にはテストに出なかったし。会社的にも取引先ないしさ。
テロも起きない日本だからね。戦争なんてゲームみたいにしか聞こえてこない。
今こうして関わっている異世界戦争の方が、よっぽどリアルだ……ん?
なんだ? あの丘、今ちょっと、動いたぞ?
観戦モード、オフ。通常プレイ状態にして、レーダーマップ確認……うわ、やっぱりか。色的に考えて地下に反応あり。でかいぞ。でかくて長い。そのくせ力は弱々しい感じ。
「クロイ様、どうなさいましたか?」
馬を引いてくれていた美人侍祭へ合図して、列を離れる。動いた丘の上へ行く。ああ、これ、三十倍速でないと動いているってわからないのか。鉄の色の草も揺れていて紛らわしいし。
「これは……草に埋もれていますけど、人工物の痕跡がありますね。何かの遺構でしょうか」
馬から下りて、レーダーの指し示す中心へとテクテク移動。うーん匂う。魔力が匂うなあ。これは雷の魔力だ。純粋で強大な雷鳴の……残り香。そんな気がする。ね? するよね、クロイちゃん。
しかも、これは……このピリピリと刺さってくる感じは。
「おや、その遺物は? 随分と綺麗な六角形をしていますね」
「離れて」
うん。正解だ、クロイちゃん。ちょっとヤバいのを起こしたのかもしれない。
「ク、クロイ様!」
「ワタシが相手する」
それが一番だろうなあ。英霊を呼ぶ使徒であるクロイちゃんが、適任だ。
いる、というか、いた。現れた。仮面なライダーみたいなやつが、いつの間にか目の前に立っていた。濃い葉っぱの色をした装甲は、色々な昆虫のカッコよさを寄せ集めたみたいだ。電気が、全身をひっきりなしに明滅させている。複眼も光る。
でも生きちゃいない。お前、生きていた誰かの、残り香なんだ。
うん……来いよ。クロイちゃんウィズいもでんぷんが相手してやる。
「ジョワッ!」
って、いきなり跳び蹴りかい。バッタの脚力なのかもだけど、回避だ回避。そして長剣で攻撃、は、当たらないよね。ですよねー。左肘んところの大鎌、カマキリみたいだね、それ。ビュンビュン振り回してくるけど……。
「ミィン!?」
やっぱりね。右拳の爪が本命だよね。読んでたから短剣で防いだよ。そして流れるように反撃だ。うわ凄い。爪と鎌だけじゃなくて、膝には角で、頭には鋏かよ。全身運動な全力攻撃だね……こっちが押してるけどな! 双剣は得意だし!
「クアナ、クアナ」
なに言ってんのかさっぱりだけど、多分、試合終了的な内容かな。最後の一撃、ぶつかるはずがすり抜けちゃったしね。姿も薄れてきて……消えちゃった。
地面にポツリと残されたのは、手のひら大で六角形のなにがしか。
「それは何でしょうか。とても、とても神聖な気配を感じます」
アイテム名は『天震蝋の欠片』ときたか……ああ、なるほど。なるほどなあ。
ここはあれか。神殿とか祭壇とかがあった場所なんだ。
意味不明なまでにディープかつハイクオリティなドラデモの各種設定……それらはつまりこの実在する異世界の詳細なレポートでもあったんだろうけど……その中に失われた種族についての設定もあった。
雷を操るインセクター。
昆虫と人間を足して二で割ったような種族で、ヴァンパイアに滅ぼされるまでは高度な文明社会を築いていたんだとか。
だから、ここが。この丘が。かつて在った彼ら彼女らの中心地点。
ってことは……この下で眠っているわけだ。
雷にまつわる上位存在、インセクターを護る千本の腕の『ヘカトン』が。城だって巻きついて締め潰す、虫嫌いにとっては悪夢でしかない超巨大ムカデががが。
「クロイ……様?」
手袋型コントローラーをつけて、地面に触れる……うん。静かな鼓動を感じる。
歴史だ。ひとつの種族の歴史が、ここに埋まっている。
ひどい……ひどい話だなあ。ドラデモはひどい話なんだって、しみじみ思うよ。
雷のインセクターが実在したのなら、他もまたってことだもの。土のドワーフも水のマーマンも本来は大陸で暮らしていて……それぞれ、ヴァンパイアとエルフに滅ぼされたのかよ。秘宝を、魔法の力を奪われたのかよ。
本当に、本っ当に、どこもかしこも……!
「あ、熱い……これって……!」
考えないふりをやめて、少し関心を向けるだけで、わかる。地球もひどいって。土地や資源を巡る争い、宗教や民族にまつわる対立、恨みの連鎖……格差、差別、迫害、虐殺……正義不在の理不尽なエトセトラ。
ぶっちゃけ、世界ってクソゲーじみている。
大きな力を持ったメインプレイヤーたちが駆け引きしたりぶつかり合ったりするパワーゲームの過程で、虐げられたり殺されたりする人たちがいるんだ。注目されるならまだしも、割と興味も関心も払われないままにさ。
それが耐えられないなら。憤ろしいなら。
「……叫べばいい」
「え、わ、わかりました! ん、んなあああ! とりゃあああ!」
異世界における人間は……クロイちゃんたちは……代弁者なのかもしれない。種として滅びる瀬戸際のところで、ふざけるなって叫んでいるんだから。
「戦えばいい……思いきり」
「御心のままに! ええと、その、相手はさっきのがまた出るんです!?」
代行者でもある。死んでいった同族の遺志だけじゃなく、滅んでいった種族が得られなかった勝利を得ようと志して、戦っているんだから。
「行こう。一緒に」
「はい!」
六角形のアイテムを懐に入れて、馬に乗ろう。列に戻ろう。影屋城へ向かおう。
地面の下の気配を頼もしく感じつつ……先へ。もっと先へ。




