83 ペンタゴンにおける作戦と睡眠/ドラデモ的行軍と就寝について
進もう。軍馬を揃えて、槍を並べて……敵地を破るために。
征こう。戦旗を掲げて、火を抱えて……悪神を討つために。
◆◆◆
深煎りしすぎたコーヒーの、炭のような苦み。眠気をクリアーにするえぐみ。
「神よ。我らを御教え導きたもう、力と正義の神ペンドラゴンよ……」
この電脳対策室で寝泊まりするようになって、もうどれくらいが経ったろうか。モニターで眺める暮れ明けでは計れない。異世界の時の流れは気まぐれで、むしろ幻惑されるばかり。
「使徒パルミラルがご報告奉ります。まずはご懸念の―――」
激務だが、世界秩序のための崇高な任務だ。失敗は許されない。
コミュニストというコミュニストを叩き潰し、テロリストというテロリストをしらみ潰しにした今、この任務こそが最も重要なのだから。
「―――以上の情報から鑑みますに、人間族に神の加護があることは確実です。その支配精霊は火。古大陸の昔から彼らの好むところのものですな。神宿の使徒も強力そのもので、討つには相応の被害を覚悟する必要があるかと」
ふむ。幾つかの固有名詞に変換ミスがあるものの、エルフ語翻訳システムは順調そのものだ。接続は極めて安定している。
「ただし火の秘宝の在処は見当がつきましたので、次善策を採る分には何の問題もありません。既に仕込みも済んでいます」
干渉震によるノイズもかつてないほどに軽微だ。ふふ、『コマンダー』はこういう声をしていたのだな。なかなかにダンディではないか。
「先の人間領における会談にしても、誤算はメタニエル坊の恰好がつかなかったくらいのもので、おおむね想定通りの結論となりました。我が軍と人間軍は敵地にて別行動をとります」
『コマンダー』、か。耳の長い老軍人……いや、神の前に畏まっている様は威風に欠けるから老執事と表現した方がしっくりくる。軍帽軍服でなしに長帽長衣でも着込ませれば、まさにファンタジー世界の魔法使いといったところだが。
「先攻はメタニエル坊の六万。人間領を経由して北西方向へと侵攻、敵大規模拠点『夜伽藍』を制圧して敵主力部隊への補給を断ちます。後備はサチケル嬢の一万五千。それらを助攻として我が十五万は西進、敵主力部隊を押し込みます」
語る言葉に『コマンダー』の『コマンダー』たる所以がある。合衆国の最新にして最高のタクティクスを学習させた効果が出ているな。
「人間軍は人間領最西部より北上させます。一応の攻撃目標として敵中規模拠点『影屋城』を指定してありますが、まあ、攻略は難しいでしょう。あの辺りは行軍困難な土地ですし、そも人間軍には地形情報すらありませんから」
亜人軍の用い方も上手い。独立遊撃の態で囮の役割を担わせている。助攻のための助攻といったところか。狡猾で効果的だ。
「彼らは壊滅し、我が軍は『火の力』を得ることとなるでしょう……活用については戦争終了後となりましょうが」
ほう。さすがに戦争の流れを見通しているな。その通りだ。
「いずれにせよ決戦地は『骨砂の谷』で変わりません。秘術秘策は我にあり。支払うべきものを支払い、得るべきものを得て……大陸はまた平らかなる調和にまどろむのです」
うむ。戦力配置図を見る限り、これという問題は見当たらない。エレクトロニクスのない未開な世界ではあるが、飛行観測と風霊通信を駆使すれば勝利の絵図面を描くことはできる。
それでも留意すべきデータ上の諸々を、神託という形で提供して……と。よし。これでしばらくの間は指揮を委任できる。ベッドで眠ることが……む?
端末へのメッセージ……ああ、そちらの捜査報告か。旧共産圏の方ではなく。
日本。先進国でありながらもどこか秘境めいた島国。
政府や企業、研究機関などの組織的犯罪ではないとは判明している。彼らは国際経済に対して勤勉であり、世界秩序に対して誠実であり、合衆国に対して従順だ。つまりは反社会的な集団が潜んでいるということ。
その看板役とおぼしき者……ニックネーム『ポテトスターチ』め。
聞けば愉快犯の可能性すらあるというお前たちを、我らは決して許しはしない。いかなる手段でもって異世界介入を行っているやもわからないが、そんなものは逮捕した後に調べればいい。手段が目的よりも重んじられることなどないのだから。
そう、世界の平和と秩序を目的とするならば、手段を選ぶ必要などあるものか。
いっそのこと、それらしい地域を絨毯爆撃でもしてしまえば……!
待て。いけない。思考がよくない方向へ傾いている気がする。睡眠不足のためだろうか。頭痛と吐き気もひどい。ベッドまでは移動できそうもない。
ここで寝よう。いつものヨガ用マットと寝袋で、とにかくも寝てしまおう。
ああ……足が痛い。痛むはずもないというのに。胸もうずく。まぶたの裏が明滅する。コミュニストめ。テロリストめ。悪の奴ばらめ。
起きた時には全てが終わっていればいい。ヴァンパイアを支配する者たちも、亜人を扇動する者たちも、その罪を裁かれろ。あるいはエルフによる大陸征服が成し遂げられろ。どちらの世界もあるべき正しさに立ち戻れ。
しかしながら、人任せにできない状況なのだから、勝たねば。
代わりなき役割を担ったからには、ベストを尽くさねば。
◆◆◆
よーし、コンビニへの買い出し、無事に終ー了ー。
食べ物も飲み物もカゴ単位だったから、かなりの不審者だったけども。レジの兄ちゃん「マジかよ」って顔してたし。でも台車貸してくれたし。ありがたやー。
さて、と。首は洗い終わっているか、ルーマニアン。
こちとら、遂にヴァンパイア領へと攻め込んでいるぞ。
クロイちゃんたちの行列が、皆して外套をかぶって、灰色の荒野を進んでいく。砂礫と砂埃と砂塵。寒風に赤い軍旗がバタバタ鳴る。荷車の車輪がギシギシ軋む。
おしゃべりのひとつもない、耐えるような歩み方だけど……力強い。
誰もの目に火が灯っている。頭巾の奥から、世界を睨みつけている。
陣容としては、騎兵が半数近くの六千兵力。それにソードラビットが一千ほど。歩兵に輜重隊を兼ねさせてもこれが最大限の数。水場を把握しているし超有能な現地ガイドを雇ってもいるけど、距離がある上に環境えげつないし……なによりも。
この攻撃は「死なば諸共」でも「滅びの美学」でもないからね。
倒して帰って平和に暮らす―――それが勝利であるべきだから。
だから、ちゃんと帰る場所の防御も考えてあるんだ。北方開拓地と砦にそれぞれ兵力を残してきている。人員だってそうさ。例えば腹黒司祭を開拓地へ残した。内政屋で外交官な神官のベストポジションって、どう考えても最前線じゃないし。
実際問題、後方でのエルフとの交渉って超大事。補給的にも連携的にも、退路の確保的にも。ヴァンパイア領で孤立するなんてとんでもないことだ。
さても、ドラデモにおける行軍とは、それすなわち旅ゲーなわけだけども。
寝る! いもでんぷんは、敢えて寝るぞお!
しかも、観戦モードの高速時間経過でだ! 不安定だけどもなるべくハイスピードを維持してなのだ! ふうははあ!
いや、だって、魔神の城までの行程って何か月もかかるんだもの。道中での戦闘とか停滞とかも考えると、長引きこそすれ早まりはしないだろうし……下手すれば半年以上とか……とにかくも長丁場は確定しているわけで。
お気楽にゲームをしていた頃なら、ここぞとばかりに制作チームをけなしたよ。
でも、全てを知った今は……時間がかかって当然だと思う。
大変でいいんだ。それが命の重さだ。クロイちゃんたちの生きる世界は、決して、軽々しいものであっちゃいけないんだ。
でも、でもね、何か月もの間モニターを眺め続けるっていうのは、無理なんだ。現実的じゃない。集中力の問題もあるし、モニターの前に座っているための生活基盤が心許ないよ。鬼神なんて名乗っても、しがない一市民でしかないもの。
できることとできないことの分別をつけて……寝られる時に寝ておかないと。
そんなわけだから、クロイちゃん、なんかあったら起こしてね。君の声だけピンポイントで音量上げといたからさ……ふわーあ……よろしくう。
「……おやすみなさい」
うん、おやすみ……また、君にとっての何日か何週間か後でね。




