81 ドラデモ的イケメン空間と監視と警官について
神は北西を指差している。駆けろと。攻め征けと。
エルフの使徒を前にしても指先は揺らがない。神意は強く、明らかだ。
◆◆◆
おいおいおい。なんか『水底』とその従僕にケンカ売られたんですけどー?
さっきの矢、ただの《風矢》じゃない。ステータスを確かめるまでもなく知っている。あれは《アセプト・チャンター》……魔法を唱える小妖精を召喚し、矢に乗せていたんだ。着弾先で魔法を発動させるために。
矢の落ち方的に《浮遊》でもかけてくるつもりだったかな? 斬ったけどな!
もう一人の、水撒きダッシュした方は《アセプト・シューター》を使った。厄介なんだよね、それ。水鉄砲を召喚して、《湧水》で放水しまくって、《粘化》でそれを接着剤にする……かぶっても踏んでも無力化される。
縄張りよろしく濡らされたものは、全部吹き飛ばしてやったけどな!
まあ、一度くらいは見逃すよ。ミリカル兄弟。
別に殺されそうになったわけじゃないし、どっちも見た目小さいし、命令されてのことだろうしね。あと、公式サイトでも人気のあるキャラだし。
でもさあ、『水底』……お前はどうしてくれようか。お前も人気あるけどさ。
門の前へ落とした剣は、ミリカル兄の水魔法を破っただけじゃない。そのためだけにああも魔力は込めたりしない。本命はお前だ。お前のやつにも妨害入ったろ。お前が、地下へ密かに浸透させていた水魔法にさ。
あれだろ? 砦の水源にアクセスして「いつでもポイズン」とか「干殺し自由」とかしたかったんだろ? そういう実況動画、見たことあるんだよ。
舐めんな。させるかっての。
澄まし顔しているけど、お前、割とビビったろ。すぐに水を引いただけじゃなくて魔力増強の秘薬を飲んだもんな。それで、いつでも召喚魔法を使えるよう用心している……優男め。カッコつけちゃって。
ほら、剣は消したぞ。イケメン騎士に先導されて入ってくるがいい……って。
なんかネームドが美形ばっかじゃない? イケメン騎士の弟たちといいミリカル兄弟といいさ……こういう時は腹黒司祭が色々とバランスとるんじゃないのん?
ま、まあいいや。なんにせよだ。
もう日も暮れる。エルフの苦手な夜が来る。ヴァンパイアが来るかもだから篝火をたくさん焚かなきゃね。で、わかっているとは思うけど、砦内の火という火は支配下に置いているからな。変な真似したら逃げ場はないぞ。
そうさ、大人しく歓待されていろ。それで視察とやらを済ませて、帰れ。ヴァンパイアとの戦いに戻れ。最終戦争モードなんだから。
わかっているよな? お前たちエルフは、わかっているんだよな?
魔神が滅ぼさずにおいたのは、人間だけじゃない。エルフもなんだぞ。そりゃそうだろ。大陸を破壊できるやつを相手に、拮抗した戦力なんてありえない。凶暴強力なヴァンパイアも、魔神にとっては遊び道具でしかない。
この戦争は……異世界の人たちがどんどん死んでしまう本物の戦争は……空想じゃないのに、結局は遊戯にされている。
魔神め。ルーマニアンめ。
それが証拠に、ヴァンパイアにはわざとらしい弱点があるじゃないか。水魔法によって行動を制限され、火魔法によって痛撃を食らう仕様……これってエルフと人間の共闘をお薦めしているよな。露骨なまでにさ。
魔王プレイは舐めプレイ。ゲームならそうじゃないと困るんだけど、ゲームじゃないとなると……ムカつくよ。手のひらの上で踊るよりないなんて。
そんなわけだからさ、『水底』。お前マジで変な真似するなよな。
くれぐれもお行儀良くしていろよ。部下にも徹底させろ。粗相したやつは普通に焼く。本気だぞ……火を通して見ているぞ……あ、早くもバカやりやがった。
おい、中庭のエルフ。笑いながら、ソードラビットを一羽、射殺したな?
周りも笑ったな? ああ、そうか、鷹の餌を現地調達ってわけか?
まず弓を焼く。篝火から火の粉を飛ばして《発火》。驚いているところへダッシュとジャンプでクロイちゃんの到着だ。道開けろエルフ。そうだお前だよ下手人。お前に用があるんだよ。ステータス確認。風使いだから誤射じゃない。
「お待ちなさい、ヒトの使徒の君。何やら息巻いているようですが……」
へえ、『水底』が出て来たか。従僕も従えて万全の構え。つまりはこれもお前の指図ってことだな。さっきの今でこれとかすごい。すごくいい性格している。
だから、待ってやらないよ。微笑んだまま見ているといい。
ナイフを召喚、下手人の首……ではなく首元を薙いで首飾りを地へ落とす。幼生体時代に世話になった大樹の葉っぱは、エルフにとっては故郷の家族写真みたいなものだ。踏みも燃やしも、今はしないでおく。精々慌てふためけ。
そして、手首を返してナイフ投げ。ソードラビットの骸へ舞い降りてきた鷹へ、深く突き立てる。そのまま燃やす。二羽とも焦げて、高く高く煙となれ。
「……私、君を止めましたよね?」
なんだよ『水底』。眉根が寄っているぞ。ちゃんと笑いなよ。
「君、私の声が聞こえていましたよね?」
これはお前の軽挙が招いたことで、スマートに受け止めるべき警告だろ?
仕掛けてきておいて、まさか、仕返されないと考えていたわけじゃないよな? 敵であれ味方であれ、やったらやり返されるんだ。報復も報恩もそれで対等だ。
もしも理不尽だと思うのなら、お前は人間を見下しすぎている。
「口が利けないのですか? そればかりではありません。もう少し愛想を……?」
それともまさか……まさかまさか、人間領域への侵略なんて企んでいないよね?
そこまでのバカじゃあ、ないんだよね? ねえ、エルフ。ねえ、『水底』。
「これは……この熱さ……この濃き神気は……!」
オマエ。村を沈めたオマエを。
まだ……まだ今は、ブッコロさなくても、いいよねえ?
「……っ!?」
大丈夫。今の戦況なら大丈夫なはず。ドラデモにおいてエルフが「人間支配」を開始するのは、劣勢に立たされた時なんだから。
人間の支配なんて……派生イベントとしては定番だけど、させるわけがないし、したとしても破滅しかない。エルフだけじゃヴァンパイアに勝てない。よしんば勝利したとしても魔神に勝つ手段がない。ないない尽くしで意味がない。
竜神なんて、頼りにならない。だってお告げも呪詛も魔神には効かない。
実体のない存在じゃあ……敵わないんだよ。
対抗するためには、色んなものを呑み込んで、力を束ねないといけないんだよ。
「よろ……しい。よろしいでしょう」
ん? どうした、『水底』。顔面蒼白じゃないか。優男のくせして。
「神と近しすぎる使徒は、『絶界』の御老しかり、時として世界の理から外れてしまいます。ここはこちらが譲りましょう。氏族印への冒涜、風鷹を火葬する暴挙、どちらもヒトの蛮性として認め受けいれようではないですか」
おっとお? エルフが楽器も弓もしまうとか、なんだか皆して神妙な態度じゃないか。いいね。やればできるじゃん。どうせならゴミも拾おうね。そこ大事。
さあ、ほら、夕餉を食べよう。火を盛大にして。
エルフ、食糧を分けてもらうんだから、「ありがとう」と「いただきます」だ。皆、分ける方も「どうぞ」と「召し上がれ」だ。種族が違うんだから、ツンケンし合う同格じゃ居心地悪い。とりあえず形からでいいから、敬い合うんだよ。
平等なんだ。魔神を相手にしちゃ、人間もエルフも等しく弱小なんだから。大陸が破壊されたら、ヴァンパイアや魔物だって等しく滅びるんだから。
言い分なんて人の数だけあるだろうけど、全部、後回しにしておこうよ。
生きよう。そのために魔神を倒そう。そのために協力しよう。今は。
なんて。
重い。重いなあ。今更逃げだす気なんてないけど、命の責任がもの凄く重い。胃が痛い。そしてそんな胃をやさしく満たしてくれるのが……元凶であるルーマニアンからの差し入れなんだからなあ! まったくさあ!
なんでか今回は高級くだもの缶詰セット。白桃も黄桃も超うまいなー。
実際問題、あれじゃない? ピーポーだのウーウーだの激しめの方々がお前を逮捕すれば、それで全部解決するんじゃないの? ルーマニアン自首してどうぞ!
あ、いっそアメリカ軍が出張ってもいいね。いつも正義で常に最強のアーミー。嘘か真か旧露系テロ組織をミサイルぶっぱで撃滅したらしいし? すごい空母が北海に常駐しているんでしょ? 確かルーマニアってその辺だよね?
はあ……どっちの世界ものんびりのどかに平和だったらいいのに……ん、インターホンが鳴った。また宅配かな?
…………わ、はい。そうですひとり暮らしです。社宅契約の賃貸でして。
…………いえ、特には……ええ、はい、ありがとうございます。
制服警官だったもの。噂をすれば影ってやつだろうか。その敏腕ムーヴでルーマニアンを捕まえればいいと思います。ただの住居者名簿作りっぽかったけどもー。




