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80 中弟は整列し堪忍する、エルフの使徒の微笑みを

 見ろ。ワタシを見ろ。

 皆の思いを集め燃やして、神の加護のもと、ワタシはオマエと相対している。



◆◆◆



 気を張れ。何ひとつ見逃すなよ、俺。オリジス・ウィロウ。


 今、フェリポ司祭はいないんだ。ザッカウ兵長を護衛にして、砦以南へ出発したばかりだ。東部諸侯との顔つなぎができるからってヒクリナ侍祭も同道した。物資と兵力をかき集めるために必要とはいえ……間が悪いなんてもんじゃない。


 パインも出られない。あいつには火防歩兵を指揮して民の避難を請け負ってもらわなきゃならない。砦に詳しいあいつにしかできない役割だ。


 オデッセンさんは魔法部隊だ。ぶつかるにしろ退くにしろ火魔法が要になる。地下牢のヴァンパイアへも対処してもらわないとまずい。


 だから、俺たちだ。俺たち兄弟が前面へ出張るんだ。


 この降って湧いたような難局を、破局の始まりになんてしないために。


「控えよ。これはメタニエル竜帥殿下直々のご視察であるぞ」


 そんな言葉と共にやって来たエルフ軍は、その数、ざっと一千二百葉。引き連れる眷属獣は風鷹のみで百羽くらい。今更驚くほどの軍勢ってわけじゃないが。


 とんでもないのが一葉いる。


 白大鹿の背に横座りしている、紫色の髪の雄エルフ。


「出迎えご苦労ですね。ヒトも馬も綺麗に整列して」


 あれが『水底』のメタニエル。かつて一葉きりで砦を全壊させたという無双の水魔法使い。それはつまり、ウィロウ家にとっては何代目かの棟梁の仇ってことだ。


「この巨大なアリ塚へ集まり住まうからには、自然、それ相応のしつけが行き届くということでしょうか。ヒトの生態とは面白いものです」


 それが笑顔で言うことか。こっちは門前に出た二百騎全員が下馬しているのに、『水底』は鹿から降りる素振りもない。


 周囲のエルフは……精鋭だな。


 全体としての陣形は組まなくとも、大小様々なまとまりに分かれているのが見て取れる。ゆるやかな隊伍。林のようなたたずまい。動けばきっと速い。空も飛ぶ。


 だが、あれは何だ? 『水底』のすぐ側、手の触れられるほどのところに控えている小さなエルフが二葉。シラよりは大きいというくらいの、双子のように顔立ちのそっくりなあいつらは……まさか……。


「砦に集いし軍団の長、アギアス・ウィロウと申す」


 面と向かうアギアス兄者は、剣こそ帯びているが馬から離れている。


 俺とマリウスとでそれぞれ百騎、いざとなれば左右から突撃して場をかき乱す。アギアス兄者の後退を支援する。壁上からは魔法部隊が支援してくれるはず。


「うん。ならばその方に尋ねましょう。ここより南に大量の()()()が出たというのは、本当の話ですか?」

「左様。山脈の西の方を掘り崩し、一万余が侵入し申した」

「それを君たちが狩り尽くしたというのも?」

「東の所領に焼きそびれた残余ありと案じてござる。また、砦には捕虜として四百二十六骨あり」

「風の噂にはデーモンまで出たとか」

「三体ほど。これらは全て討ち果たしてそうろう」

「笑止なことを」


 笑う。『水底』が笑う。面白い冗談を聞いたという態度だ。


「どれだけヒトが群れようとも、それは大魚を模す小魚の虚仮脅し。なけなしの魔力を寄せ集めても、それはカマキリの蛮勇鎌かあるいは亀の鳥見上げ。それがヒトという生き物でしょうに」


 ああ……エルフだな。これがエルフという種族だ。いかにもすぎて腹も立たちゃしない。


 人間が最後の力を振り絞ったこの軍団と、その拠り所である砦を目の前にしているのに、少しも気にしない。気にもならないんだ。きっとバカにしているつもりもないんだろうな。


「サチケルに甘やかされましたか? 彼女を多少とも手伝ったということで、気が大きくなったのでしょう? 『黄金』を討ったなどとうそぶくことにも飽いて、次はデーモンまでもと吹聴しようとする……ふふ……かわいらしいことです」 


 笑いたいのなら笑えばいい。見下すも見下げるも好きにすればいいさ。俺を、俺たちをちゃんと見ていないやつの言葉なんて、ただの雑音だ。


 だからさ……マリウス、落ち着け。頼むから懐の焼炎筒を撫でさするな。


「現在、我らはヴァンパイアに対抗すべく軍事同盟を結んでいる。誤った情報で貴軍を混乱させるつもりなどあろうはずもなし」

「ヒトの見聞きするあれこれが、どうして誤らずにいられるでしょう。万緑の彩りを見分けることもできない目と、千風の調べを聞き分けることもできない耳では、森羅万象から真も理も美も見定められやしません」


 困ったような微笑み。分別のつかない童へとやさしく諭すような、その口振り。エルフがエルフらしいという、ただそれだけのこと。


 そうわかっているのに……何だ? 何で俺は奥歯を噛み締めているんだ?


「エルフにはエルフの、人間には人間の、各々感得する世界があるものと存ずる」

「おや、達見にも聞こえますが」

「我らは種族が異なる。文化も違う。しかれども言葉が通じるのならば、互いに思いを巡らし、誤りを誤りのままに留めず、信を育むこともまた―――」


 笑い声。また『水底』が笑う。愉快げに。あごを上げてまで。


「なるほど、なるほど、そういうことですか」


 嬉しそうだ。楽しそうだ。『水底』は満面の笑みだ。


「その方らは、背伸びをしているのですね。健気にも一方の勢力たらんとしているのですね。ヒトでありながら、大陸を二分する大戦争へ割って入れるつもりで」


 素晴らしい意気込みではないですか、と続けた声にはわずかなあざけりも感じられない。それでいて真剣みの欠片もない。人間を重んじていない。


 下唇を噛む。


 どうにも聞き流せない。怒りはない。悔しいのとも違う。やるせなく、つらい。


 だってあんまりだ。戦って戦って戦い続けて、ついには国を崩されて、それでも決戦に挑まんとするこの期に及んで……人間がこんな風に笑われるなんて。


 ダメだろ、そんなのは。哀しすぎるだろ、そんなでは。


「事実、我らは最終戦争を戦っている。神の加護のもとに」


 アギアス兄者の声。力強く揺るぎのない響き。


「ほう、加護を主張しますか。竜帥、すなわち使徒である私の前で」

「真実、我らは神の加護を賜っている。刃の鋭さが、火の熱さが、その証左」

「そう信じたいのでしょうし、そう信じすぎたことで、その方らはヒトとしての身の程を忘れたのでしょうね」


 憐れむような言い草。そんなものは。


「信ずるところのものへ自らを投じて悔いもなし……それが 在ることと存ずる」


 そうさ。その通りだよ、アギアス兄者。


 俺たちは確かに神を感じ取っている。クロイ様を通じて言葉も聞いた。だから全てを懸けられる。うれいもひるみも思い切って、全力で戦えるんだ。


「我らは人間らしく誇らしくここに在る。それをわかれどもわからずとも、貴殿はエルフの耳目をもって見聞きすればよろしかろう。是非もない」


 大きいな。アギアス兄者の背中は、まるで軍人のよって立つ城塞だ。


 この人と共に戦い、この人と共に死ぬ……それを誇りと確信させてくれる。俺を勇敢な軍人でいさせてくれる。


「……ここより南の血吸いを、全て引き受けられますか?」


 静かな問い。遠目にも青い瞳がアギアス兄者へ向けられている。


「あれらは道なき道をも速く長く駆け、夜闇に乗じて襲い来る凶獣。ヒトの領域から回り込まれると困るのですよ。鳥獣の憩うエウロゴンドの地を、わずかにも侵させるわけにはいきませんから」


 エルフの使徒の『水底』は、そのためにここへ来たのか。俺たちの奮闘も努力もまるで期待しないで、砦以南が新たな戦場になると踏んで。


「国滅べども、この地は人間の郷土に変わりなし。人間が責任を持つべきところ。既にして各地へ動員をかけてもいる」

「ヒトの、名も知れない神に誓えますか?」

「人間の、火と刃と戦の神に誓う」


 俺だって誓える。当然だ。砦を護り砦以南を鎮めることは、エルフのためでもなんでもなく、民のためにこそ……人間が生き残るためにこそ必要なんだから。


「うん、いいですね。敬虔な態度ですね。とてもよくしつけられていると評せますものの……」


 急な悪寒。何だ。息を呑むほどの怖気。


「……あるじの方は、いつまでそこでそうしているのですか?」


 『水底』がゆらりと視線を向けた先は、砦の北門の上……クロイ様だ!


「カル、降ろしてやりなさい」

「は、はい!」


 返事をしたのは、小さなエルフの長髪の方。手には弓矢。おいまさか。いや、あれは打突矢か。先端が鏃じゃなく木瘤の矢。待て、それにしたって。


 射られた。矢が飛ぶ。風魔法を帯びた矢。鋭く甲高い飛翔音。


 それが割れた。乾いた音ひとつでそうなった。


 クロイ様が斬った。斬撃一閃、縦に、矢の先から尾羽までを真っ二つにした。


 剣じゃなくて、あれは……鉈か。軍用のものよりも小振りで粗末な一本。寒村で見かけるようなボロボロの小鉈。


 矢の残骸が落ちながら燃え消えていく。クロイ様の瞳が赤く輝いている。


「なるほど。風の魔法もろともに対象を断つ、それが君の火魔法ですか……ミリ」

「承知」


 またか。次は短髪の方。滑るように走り出した。手には大きな水筒? それともじょうろか? さっきまではなかった。どこから取り出した。水をまき散らしながら門へ。アギアス兄者には目もくれず、クロイ様へ向かって。


 阻むまでもなく、ミリと呼ばれた小エルフは止まった。


 一振りの剣が、門の前に突き立っている。クロイ様が投げ落としたそれが、赤く高熱を発している。門へまで届きそうだった水たまりを跡形もなく吹き飛ばして。


「水の魔法をも破りますか。なるほどなるほど、ヒトの神もそれなりの力を有しているようです。デーモンのこともあながち嘘偽りとは言い切れませんね」


 水筒ともじょうろとも言えない代物が、消えた。つまりは召喚術。やっぱりだ。あの双子は従僕なんだ。使徒に準じる、特別な魔法を使う者。


「うん、よろしいでしょう。十分に見通しが立ちましたよ」


 鷹揚おうように頷いて、『水底』はもう俺たちを見向きもしない。小エルフに用意させたそれは酒杯か。くつろぎすぎだろう。人間を舐めすぎだろう。


 それでも、友軍ではあるから。


 友軍なしにはヴァンパイアへ決戦を挑めないから。


 俺たちはエルフを歓待しなきゃならない。門を開いて迎え入れなきゃならない。わかっているだろ、マリウス。他の皆も堪忍してくれよな。


 クロイ様が我慢したんだ。俺たちが我慢しないわけにはいかないんだからさ。

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