78 ドラデモ的決意と宣戦と最善と迷惑について
神の息づかいが聞こえている。
煮えたぎるものを抑え込んだようにして震える、吸うと吐くとが。
◆◆◆
モニターで地図ウィンドウを見つつの、手袋型コントローラーによる地図作製。
大変……割と手間……医療特番で見た遠隔ロボット手術っぽい……!
でもやってやったぜ。見たかルーマニアンめ。まさかルール違反だのチートだのとは言うまいね。使えるものは自重なしに全部使うし、できることもやれることも全力全開で攻略するぞ。
だって本気だ。勝たなきゃなんだ。
目指すとか挑戦とかじゃなくて、人間救済ルートを達成するんだ。絶対に。
さーて、少し深く入って操作した分だけ、観戦モードでクールダウンしなきゃ。飲み食いもしとこう。首と手の柔軟もグリグリ。ふーい。
うん。丁度いいから宣言しておこうかな。
やあやあ、我こそは、鬼神いもでんぷんだぞっと。
ルーマニアン、お前に対して言っているんだぞ? どのタイミングで盗み見するのかはわからないけれど、必ず、お前はこの実況動画データを見るんだろ?
まったく、もう気分じゃないのに、ゲーム実況を戦いの絶対条件になんてしやがって……なにが「あなたがあなたの給料のために働く。これはビジネスです」だ。いつの間にやら我が社の筆頭株主様め。逆に色々と諦めがついたっつーの。
具体的に思い知らされたよ、ルーマニアン。お前が超世界級の大犯罪者だって。
会社だけじゃない。警察にも助けてもらえない。ネットもダメだし、友人や家族なんてもってのほか。誰も頼れやしない……信じてももらえないだろうし。
怖い怖いあー怖い。個人情報を把握されていて、勤め先の株式すらも掌握されているとか超怖い。胃袋をつかまれるなんてもう誤差みたいなもんだし。あ、カニ鍋セットご馳走様でした。まんじゅう怖い的に次は寿司が怖い。
ま、こっちの情報だけ筒抜けになるなんて超アンフェアでしかないけどさ。
この戦いには影響しない。
お前はきっと、この動画から得た情報を活用しない。
尋常がどうのって言葉を信じたわけじゃないし、プレゼントでほだされたわけでもない。かといって、お前には情報を活かせないだとかバカにしてもいない。
逆だ。真逆だよ。
お前の方が、こっちを心底からバカにしているんだ。
なんたってお前は魔神様だ。バカらしくなるくらいに圧倒的強者で、アホかってくらいに理不尽存在の、魔神ストリゴアイカ。普通に無敵。
その気になれば、すぐにもお前は勝てる。大笑いしながら大陸を破壊できる。『黄金』と『崩山』を倒したって、デーモンキルをしまくったって、魔神パワー的には微々たる影響しかない。数字でも感覚でもそうとわかる。わかってしまう。
そのくせ……いや、そうだからこそ、お前は動かないんだよな。
大陸マップを見れば一目瞭然だ。不思議なシグナルは帝都で点滅中。
あれだ。王道RPGにおける魔王みたいだ。勇者が城へやって来るのをのんびり待っている。効率無視で勝利度外視。自軍の損耗を気にもしないでさ。
最近のゲームだと魔王にも同情すべき事情があったりするけれど……バカバカしいや。ドラデモはそういうんじゃない。人間を取り巻く非情な現実は、お前にお涙頂戴のエピソードがあったとしても、それで一件落着するほどヌルくない。
今に……見ろ。
せいぜい、そのまま人間をバカにしているといいさ。悪の親玉を気取って、舐めプレイに興じていればいいさ。すぐにお前の所へまでたどり着いてやるからな。
この、ゲームのようでゲームじゃない勝負は……本物の異世界戦争は。
お前を打ち負かすことで終わる。それ以外の終わりは、あっちゃいけないんだ。報いを受けさせなきゃダメなんだ。償いをしなきゃダメなんだ。
だから……今日もベストを尽くす。
ダンスだ。
砦までの道中もやった。もちろん砦でもやる。ほら、皆集まれー。兵士だけじゃなくて全員だよ全員。老いも若きも男も女もウサギも馬も。
能力値と! 総信仰値を! どっちもガンガン上昇させるんだよお!
腹黒司祭、楽隊の指揮は任せたぞ! イケメン騎士、精鋭兵士すなわちダンスインストラクターを適切に配置せよ! シラちゃんは魔術師を捕まえておいて! あ、お年寄りは椅子に座りながらでいいからね! 子どもはウサギと一緒に!
皆、お立ち台の上のクロイちゃんが見えるかな? はい、最初のポーズ!
レッツ、ダンシング!
もっと! もっとリズミカルに! 腕は蛇のようにカンフーっぽく! 首は歌舞いて! もっと目力出して! 腰はセクシー! そうナイスセクシー! 足は横綱の土俵入りで! 踏み締めて! 堂々と優雅に! ウインク忘れないで!
くっ、イケメン騎士め、いつもお前だけはなんか世界観が違う! ほどばしる灼熱のリズム……これが音楽性の違いというものか! ま、負けられない!
ん? なんか妙に上手いやつがいる……ほほう、赤髪長髪でたわわな美人さん。ヒクリナ……ズビズバン? へー、ズビズバンっていえばあれじゃん。剣闘奴隷から成り上がった名物脳筋領主の苗字じゃん。東海岸の蛮族。娘だったりして。
へえ、侍祭なんだあ……って、うわ、信仰値高っ! シラちゃんに迫る勢い! 歩兵適性も凄っ! これは戦力になる……ちょうど枠ひとつあるし……よおし!
シラちゃんに続いての、二人目の従僕認定! ポチッとな!
おおー、やっぱりいいなあ。即座に召喚魔法をゲットしたよ。《アセプト・アイドル》。アイドルってなんじゃらほい。芸能的意味なのか待機状態のことなのか。
美人侍祭は踊って、踊って、踊りまくっていて……なんか出した!
ウサギを召喚? 赤い毛皮で、ソードラビットより一回り小さくて、フワフワと浮きながらメラメラと燃えているウサギ……火の妖精だ! 初めて見た!
もう一匹出た。合わせて二匹。あ、二羽って数えるのが正しいんだっけ。面白い召喚したもんだね。美人侍祭の動きに合わせてフラフラユラユラ、幻想的なダンスになっているよ。巫女さんの舞いっぽい。
ああ、そういう意味のアイドルなのかもしれない。宗教的な偶像。侍祭だし。
とにかくよし!
能力値上げダンスをコンプリートしたところで、会いに行こう。詳しく見よう。皆して道を開けてくれるし、テクテクと接近だ。ちょっとその火ウサギ見せてー。
ふむ。大人しくてカワイイ。触っても火傷しないけど、これ多分、クロイちゃんだからだろうなあ。ヴァンパイアには強力に特効を発揮しそうだ。ふむふむ。召喚者の意思を察して迎撃するのが基本で、応用としては火魔法を幾つか使えると。
便利っちゃ便利だけど、移動速度を考えると歩兵限定だなあ……ふうむ……む?
なんか、美人侍祭がひざまずいているんですけど。キラッキラした目でダックダクに涙流しながら。わ、周りもか。そして祈り。ギュンギュンと高まる総信仰値。
うん。わかっているさ。
クロイちゃんを通じて、皆の思いが伝わってくる。信仰値っていう数字だけのことじゃないんだ。あぶられるような熱が……心火の熱量が……胸を沸き立たせる。
受け止めるし、全力を尽くす。当然だ。我こそは鬼神いもでんぷんなんだから。
絶望的な戦いではあるさ。
魔神パワーに比べたら、鬼神パワーなんて盛大に力不足だし……ルーマニアンのスーパーワールドクラスの犯罪力に比べたら、いもでんぷんとか無力で無害で無防備な被雇用者でしかないんだから。
それでも、戦う。戦ってみせる。
消し飛ばされたお婆さんが、水に沈められた村の皆が、魔物に喰われた開拓地の人々が、エルフやヴァンパイアに討たれた兵士たちが……デーモンに殺されたアンゼさんが……教えてくれている。命を懸けることの意味を。戦うことの意義を。
もうなにも見過ごしになんてしない。ひとつもやり過ごしたりなんてしないぞ。
唾を呑んだら、痛いくらいに喉が鳴った。悪寒も感じているけれど。
ルーマニアン。絶対にお前を……ああもう外がうるさいなあ! ここ最近、緊急車両の出動多すぎ! あとヘリコプターも飛びすぎ! なんなのさ、もう!




