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77 神官は合議し睥睨する、戦乱の大陸の詳細を

 心静かに。鼓動を重ねるようにして。

 神に身を委ねよう。ワタシを捧げよう。



◆◆◆



 足下を冷気が這っていきますよ。


 砦の会議室は広く、鎧戸を閉めきったとて風は入りますし、暖炉に火も入っていません。大机の上のろうそくが、熱も発さず、ただゆらゆらとするばかりです。


「どうにも浮かない顔をしてるなあ、お歴々。腹でも下したみたいじゃないか」


 なあフェリポ君、ではないですよ。我が朋友。大げさな身振り手振りで。


「特に誰がとは言わないけどさ。まあ、とりわけひどいのはウィロウ家の君らだ。随分と顔色が悪いじゃないか。ああ、別にヒクリナさんが気に病むことじゃない。誰かと死に別れて悔いを残すなんてのは、どこまでも自己責任でしかないのさ」


 ヒクリナ侍祭から伝えられた、ウィロウ家当主と嫡男の遺志。その悲壮。覚悟はしていたでしょうが、ウィロウ卿たち兄弟の心中は察するに余りあるというもの。


 僕とて、堪りませんよ。


 大司教猊下は……俗物に迎合して生臭く成り果てたと思っていた師は、真実、信仰の道に殉じていたのですね。父もまたしかり。国王として大衆の汚わいの一切合切を引き受けていたのですね。あるいは暗愚を演じるまでして。


 そして、二人とも炎の中に没してしまったのですから。


 僕はもう、二人と言葉を交わせません。忸怩たる思いを胸に、その志を引き継ぐことしかできません。それがつまりは、僕の負った新たな責務なのですね。


「それじゃ、不肖このヤシャンソンパイン・メロ暫定伯爵から意見するぞ」


 君もまた抱えたものがあるでしょうに……道化を買って出るそのたくましさ。


 ため息ひとつ吐くのもわざとらしく、さて、何を言うのやら。


「改めて言うまでもないことだけど、私たちは魔神を倒す。倒さなきゃならない。最終戦争宣言がその最たる理由だな。ヴァンパイア以外の種族を皆殺しにしようというんだから、倒す他にどうしようもないんだ」


 しかも、と続けて。


「時間はかけられないぞ。短期決戦をねらう。安全地帯がなくなった現状、時が経てば経つほどに私たちは追い詰まる……次の冬も越せずにお終いだろうさ」


 我が朋友におかれましては、さらりと言い切りましたね。それはつまり人間の種としての最期を見切ったわけですが。


「戦略的に考えると、私たち、実は大負けしてるからなあ」


 むべなるかな。ああ、むべなるかな。


 もはや王城は崩れ国体は消え失せて、一砦に続々と避難民が集まるばかり。凍えて身を寄せる民に産業はなく、慣れない幕舎暮らしでは身が休まるはずもなし。


 そして砦の備蓄にも限界があります。砦以北の生産もまた同様。さりとて砦以南の復興には多年を要することが必定。広くヴァンパイアに蹂躙されたばかりか瘴気まで流入していますからね。早晩、魔物の跳梁するところとなるでしょう。


 確かに、我々は王城での戦いに勝利しました。デーモンをさえ打倒して。


 しかし、日常を粉々に打ち砕かれてしまって、もう立ち戻りようもないのです。


「そんなわけで、エルフをせっつく必要がある。やっこさんは何百年と戦い続けてきたわけで、守勢に偏ってるというか、どうにもこうにも攻勢下手だからさ」


 寿命の違いかなあ、という言にはおおむね賛成できますね。数百年の長きを生きられる者の目には、四季の巡りのひとつや二つなど、軽薄なものなのでしょう。


 エルフ。


 僕たち人間とは常識の異なる種族。龍神の加護を受ける、耳長きエウロゴンド共和国の者。大陸東方を支配し、水と風の魔法によりヴァンパイアと対抗する勢力。


 人間を家畜のようなものと見下し、時に眷属獣の餌にもする……一方の怨敵。


「……ようは、耳長どもを当てにして戦うってのか?」

「おいおいオデッセンさん。何を今更だ。王都行きの進軍は、『万鐘』が北方開拓地の防衛を請け負ってくれたからこそのものだったじゃないか」

「そりゃあ、そうかもしんねえが……いつ裏切られるかわかったもんじゃねえぞ」

「現実として、戦い方を選べる状況にないのさ。それに―――」


 肩をすくめて、苦い笑みを浮かべて、彼は言う。


「―――信用できないなりに、せめて上手く利用し合わないとダメなんだよ。さもないと、最悪の場合、東西どちらからも攻め込まれかねないぜ」


 恐ろしい未来予測ですね。


 もしもそうなったなら、兵力の少ない我々の抵抗などは風雨の中の灯火のごときもの。散々に翻弄されて、人間は刈り取り自由にされるでしょう。


 しかして、そうさせないためにこそ、この舌はあるのです。


「エルフとの交渉が、我々の死命を決するやもしれませんね」

「おっと我が友。悔やみ終えたのか?」

「職業柄、悔い改める作法には長じているのですよ」

「ははは、違いない。汝、元気一杯に()()()()であれかし」

「君には負けますよ……さて、僕もエルフとの共闘を前提した短期決戦を支持したく思います。それを可能たらしめる状況にあるからこそです」

「状況ったって……やばいだけじゃねえのか?」

「人間滅亡の危機ではありますが、依然として魔神討伐の好機でもありますよ」


 大机に地図を広げましょう。北を上にすると逆三角形のような形をしていて、人間世界など南端の狭隘地であると見せつけられるところの、大陸地図を。


「中央平原より南下してきていたヴァンパイアの軍勢三万ですが、先に届いた報告によれば、エルフ派遣軍により撃退されました……開拓地よりも北、林の散在するこの辺りにおいてですね。『艶雷』の姿も確認されたようです」


 黒い大駒を配置し、それを北西へとずらします。


「この一事をもって、我々はエルフへある程度の信を置く……そういう体裁を取ることができます。開拓地を護っていただいたと歓待してもいいでしょう」

「歓待って、あんた……」

「必要とあらば頭も下げますし、おもねりもします。させられるよりも先にしてしまうことが肝要なのです。それが外交の機先。それに……」


 白い大駒を二つ、北方開拓地の位置へ並べます。


「『万鐘』と『水底』。エルフの使徒三葉の内の二葉がここにいるのです。これはすなわち、交渉次第でエルフ軍の過半以上へ影響できるということを意味します。何としてもヴァンパイアへの積極攻勢を引き出さねばなりません」


 言いつつ、三つ目の青い大駒を北に。エルフとヴァンパイアの主戦場たる中央平原に置きましょう。


 そして、黒い大駒を二つ、北方開拓地の位置と王城の位置とで倒して。


 たったひとつの赤い大駒をば、砦の位置に。


「見ての通り、白黒赤は三対一対一。使徒を単位として俯瞰すれば、エルフは圧倒的な優勢です。他の誰でもなく我々人間の戦果によって、というところを慎重かつ大胆に交渉材料としなければなりませんが……しかし」


 最後に、駒でもない黒い石を手に取って、ヴァンパイア領の中央へ。 


「ヴァンパイアにはこれがあります。現人神として神聖ローランギア帝国を統べる存在……すなわち魔神ストリゴアイカ」


 そう、ヴァンパイアの神は実存するのです。


 肉体をもって常に存在するのです。恐るべきことに。


 それがためにヴァンパイアは台頭したのだと……それがために他種族を滅ぼし続けたのだと、聖典にも明記されています。


「共通する敵が強大無比である限り、我々とエルフとは互いに他を利用できます。逃げ場なき最終戦争宣言の過激さが、我々の共闘を可能たらしめていて……今こそが魔神討伐の絶好の機会であることは、この配置を見るだけで明らかなのですよ」


 攻めることしか知らないヴァンパイアは、このところ兵を失い続けています。


 北方開拓地への『黄金』の強攻強襲、王都王城への『崩山』の奇策奇襲、そして三万をもってする『艶雷』の迂回襲撃……それら全てが失敗したのですから。

 

「……浸透襲撃か」


 さすがはウィロウ卿。眼光の向けられる先は、禍々しく黒光りする石。


「はい。我々は国を失いましたが、ヴァンパイアの戦力を大いに削りもしました。小さく勝って大きく負けつつはありますが、まだ勝つ目がある……とでも言いましょうか。それがゆえの短期決戦。少なくとも、座しては滅びを待つばかりです」


 戦局はエルフの有利。それをもってヴァンパイアへと圧力を及ぼし、生じる隙を見逃さずに衝いて、帝都を攻める……つまりは浸透襲撃ですね。


「擲弾騎兵二千五百騎、火防歩兵三千卒、魔法部隊は……司魔殿」

「……五百杖ってとこだ」

「合わせて六千。それが遠征に出せる兵力だ」


 淡々と言いますね、ウィロウ卿。


 六千。荷駄隊を数に入れていないとしても、わずかに六千。幾万のヴァンパイアがひしめくとも知れない敵領へ攻め入るというのに。


「決戦兵力としてはいかにも心許ないが、民の守護と兵站とを考慮すればこの数字になる。ただし全てが精鋭であり……決死の勇者となるだろう」


 決死。さもあれ、魔神を討つための戦いです。どうして生還を期待できましょう。


 されどどうしてエルフに任せられましょうか。大軍を擁しながらも、ただの一骨とて使徒を討てていないエルフなぞに。


「さって、そうと決まれば、あとは地形の情報なんだよな」


 ヤシャンソンパイン君はいかにも面倒という風に言いましたが、極めて重要な問題ですね。速やかな行軍のためにはつまびらかな地図が必須です。それがあればこそ、我々は開拓地から王都へと高速で移動できたのです。


「斥候偵察の役割というよりは、僕の課題でしょうね。エルフは我々よりもヴァンパイア領に詳しいはずです。共闘に必要であると主張するつもりですが……」

「対価は重くなる、か」


 ウィロウ卿、眉根を寄せてしまいましたね。ため息もあちらこちらから。


「ええ。言うまでもなく地図とは大なる軍事機密。しかも間違ったものをつかまされでもしたら、それだけで作戦が崩……壊…………え?」


 クロイ様、どうしたのですか?


 静かに僕たちの会議を見守っていたあなたは、今、にわかに強烈な神気を放ちはじめて……筆を握るのですか。地図へ何を書き加えるつもりですか。


 これは……おお……この有り様は。


 山林が。丘が。川が。水場が。道が。町が。城が。


 見る間に地図が詳細になっていきますよ。ヴァンパイア領ばかりかエルフ領までもが、まるで天の高みから地を見下ろすかのように描き記されていって。


 僕らの目の前には、古今見たこともないほどの細かさの、大陸地図が。


「魔神を倒す」


 告げられた言葉。一言のそれが、雷鳴のように響き渡りますよ。


 デ、アレカシ。


 畏れ多くも、神意、お示し下されまして。


 僕たちの戦いは最終局面へと入っていくのですね。種としての力を振り絞って。

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