73 ドラデモ的異世界と神戦記について
暗闇へ落ちるようにして眠るその時に、わかる。感じる。
ワタシたちの祈りと願いが、魔力となって、神のいる場所へと伸びている様を。
◆◆◆
ドラゴンデーモンRPGは、マゾゲーだ。
だって努力が正しく報われない。生まれでほとんどが決まってて、あれこれ工夫したところで強さも豊かさもさして変わらない。最後は世界崩壊のバッドエンドしかないわけだし。
人間だけじゃない。エルフでもヴァンパイアでも同じこと。結局は脇役なんだ。
誰も主役になれやしない。オンリーワンを主張したってわびしい、世界にありきたりな雑草でしかない。
それが、自分みたいだなって思ったから、ドハマりした。
やり込んでやり込んで……ほんの少しでもマシな経過をたどったら、それで十分だった。幸も不幸も楽しめた。
ゲームだからだ。全部が全部、空想上のことだから、遊べたんだ。
<なるほど。その巨人があなたのスペチアレでした>
真っ暗になったVRモニターの端に、ライトイエローの文字列。
スペチアレ? スペシャルってことか?
身体がだるくって重くって動けないから、机を引っ掻くようにして手を進める。キーボードはどこだ。あった。JとFのキーは……これか。
Summon、Legion―――サモン・レギオン。
<なるほど。『我が名はレギオン。多数であるがゆえに』です。なるほど>
そう……この土壇場で、召喚魔法がまさかのコンプリートをしたけどさ。
<なるほどとか、ふざけるな>
第一段階《小召喚・白刃》。第二段階《召喚・英霊》。そして第三段階《大召喚・軍鬼》。鬼神のパワー的には、だいぶ無茶した形になるけどさ。
<ふざけるなよ、おまえ>
できる。できないわけないだろ。
<ふざけるな。ゲームのつもりか>
本物の命が掛かってるなら、本当に真剣に、本気で必死で、どんなこともできなきゃならない。できなきゃ……どうしようもないじゃないか。
<説明しろ。なんだよ、これは。なんなんだよ>
<わたしにとっては、異世界干渉による侵略と搾取のレボリューツィア>
<意味がわからない。なんだそれ>
<あなたにとっての意味をわたしは知らない>
吐き気。訳わかんないこと言いやがるけど、「異世界」って文字が意味するものを実感できちゃうから……込み上げる。
<おまえが寄越したVRセット、なんか仕込んであったのか>
<それで接続するやいなや、わたしとのコミュ回線がつながります>
<ちがう。変な装置とか、電子ドラッグみたいなやつとかで、幻覚を見せたり>
<『一切事象を非実在と見れば、見る者自身が非実在となる』。バカじゃないの>
小難しいこと言いやがって。でも、くそっ、わかっちゃうんだ。
残ってる。手には剣の重みが。鼻には戦場の臭いが。どこで感じ取ってるかも曖昧だけど、火の魔力の感触だって思い出せる。そしてなによりも。
まるで母親みたいだった女性の、最期のぬくもりが……この胸に在る。
託された願いが……祈りが……この心に刻まれてるんだよ。
<おまえ、魔神なんだな>
<はい。あなたは鬼神です>
吐いた。
めっちゃ嘔吐。すごい量。パソコンやらなんやらにかからないようにするのが精一杯だ。膝と椅子と床が汚れてく。涙が出る。
きつい。もうわかってたけど、言葉にされると……胃がひっくり返る。
<良かった。この場所はわたしの敗北でしたが、得ることがたくさんありました>
<たくさんが死んで、たくさんを殺して、なにが良かっただ>
<たくさんが良かった>
こいつ……こいつ!
<たとえば、ひとつ、わたしが獲得するための『火』が整いました>
火。クロイちゃんたちが力の拠り所にする、火。
総信仰値とか魔力値とか、そういうデータ上のものじゃない。本物なんだ。今だって腹の底で熱く燃えてるこいつは……生きて戦ってる人たちの意志と、死んでも戦い続ける人たちの遺志が集まったもの……命を束ねた、人間の炎。
<おまえ、わかってるのか。全部、現実なんだぞ>
尊いものなんだ。
遊び半分で、ふざけて、関わっていいもんじゃないんだ。真摯にだとか誠実にだとか、そういう態度もバカにしてる。ダメだ、そんなの。
いもでんぷんによるゲーム実況動画、だなんて……そんなのは、もう。
<たとえば、ひとつ、あなたが異なる世界で起きていることを理解しました>
<おまえ、わかってて、やってるのか>
異なる世界。クロイちゃんたちが生きる、もうひとつの世界。
ゲームじゃ、ない。
セーブもロードもない。やり直しのきかない実在する世界。異世界。人間もエルフもヴァンパイアも、ひとりひとりが、そこで本当に生きてる。
<ついに本当の戦いになります。それは最終戦争です。莫大な利益のある>
<いかれてるよ、おまえ。理解できない>
口の中の酸っぱいものを吐き捨てたいけど、できないから、よだれと一緒に垂れ流した。嫌な臭い。でも、意識を保つとっかかりにはなるから、嗅ぐ。
<違います。あなたこそ最も難解です。もっとも、バカである可能性も高い>
なんなんだ、こいつ。ルーマニアン。あおってきて。
<あなたのパーソナルコンピュータはガラクタだ。スペックの低い量産品です>
ふん。腹は立たないぞ。もう十分にむかついてるからな。
でも怖い。足元に大穴でも開いたみたいだ。
スペックがわかるってことは、やっぱり、不正な侵入ってやつをされてたんだ。録画した実況動画を盗み見されたり、住所を特定されたり。
<また、ドラゴンデーモンRPGは単なるゲームです。ウイルスは付加したが>
ウイルス。そうか、VRセットじゃなくてゲームの方に仕掛けが……って、え?
<わたしはこの異なる世界をモチーフにしてゲームを製作しましたが>
ドラデモを作った? このルーマニアンは、制作チームの人? そりゃ確かに、人間性の疑わしさは共通するかもだけど……そういえば、チャットログになんかあったような……。
<あなたのそれは違います。モードDX。わたしはそれを製作していない>
DX。デラックス版とは内容の違う、この、奇妙で不思議なドラデモ。
<それはおそらく特異な魔法。または奇跡>
奇跡はよくわからない。でも魔法ならわかる。知ってる。こっちの世界にはないけど、あっちの世界にはある。体験してる。
<あなたはゲームのつもりだよね。しかし異なる世界において本当の神です。わたしは予想します。あなたはおそらく現地の人間に求められた>
人間。あの大陸に暮らす人間は……悲惨だ。
エルフからは家畜のように見下され、家畜の餌にもされる。ヴァンパイアには食べ物のように見なされ、実際に食べられもする。どっちにも敵わなくて、どっちからも虐げられて、どうしようもないくらいに惨めで悲しくて。
守護神がいないから。
エルフやヴァンパイアみたく、加護をくれる守護神がいないから、弱くて。
だから自分たちの神を欲しがって……こうなったっていうのか? 魔法のようなドラデモDXで、いもでんぷんなんて実況者を、鬼神にしたっていうのかよ!
う、ぐ……吐かない……吐いてたまるか。そんな情けないこと、一度で十分だ。
<わたしはこれまで、異なる世界で不当な代理戦争を行っているつもりでしたが>
戦争。ゲームじゃない、本当の戦争。
<あなたが現れて、これは正当な戦争になりました>
逃げられない。逃げるわけにはいかない。だってもう、見て見ぬふりなんてできるわけない。見過ごせない。戦うしか、ない。
<とても望ましい。わたしはあなたと戦うことで、異なる世界と戦います>
やってやる。ずっと挑戦してきた人間救済ルート。つまりは、クロイちゃんたちが幸せになれる結末。龍神はともかくとして、魔神の撃破は絶対条件だ。
切り札は《サモン・レギオン》。
そしてそれを発動させるための鍵となるのが……VR接続。
おいそれとは使えないぞ。やってみて身に染みた。このやり方は普通じゃない。特典とかボーナスとかじゃなくて、火事場の馬鹿力とかリミッター解除とか、そういうものなんだ。強力な分だけ反動が大きい。クロイちゃんも気絶しちゃって。
でも。それでも。
<わたしたちは『いざ尋常に勝負』が可能です>
このふざけたルーマニアンを倒すんだ。
ゲームの攻略を通じて……鬼神として……クロイちゃんたちと共に戦うんだ。
<だからコンディションを整えなさい。また高級食材などを送ります>
うわ、あのステーキ肉もこいつだったのか。個人情報、筒抜けすぎる。
<その節はありがとうございました。でも、余計なお世話だ>
<どういたしました。しかしあなたは生活が下手です。栄養費を渡させたのに>
おい……栄養費って、おい、それってまさか。
<栄養費って、なんだ>
<日本円で適当額を得たはずです>
<あれは違う。あれは、会社からもらった>
<あなたは株式会社に所属します。そしてわたしは主要仮想通貨を支配します>
<うそだ>
<本当です。また、わたしはワールドワイドウェヴを支配します>
<うそだ>
<本当です。そしてあなたに関する情報を自動削除します。これは第三者による妨害を阻止する目的です。ライブ放送を見た感想は、バカじゃないの>
寒気がする。眩暈がする。吐き気も、また。
<戦争を邪魔する要素は排除しますから、あなたのプレイ環境は保守されます>
こいつは、異常だ。こいつは、なにか、とんでもない化物だ。異世界で魔神ってだけじゃなく、こっちの世界でも恐ろしすぎる。
「う、ふぐう……ううう……!」
歯を噛みしめる。声は漏れるけど、胃の中身の方は堪える。吐かないぞ。
鬼神なんだ。いもでんぷんだけど、鬼神なんだ。クロイちゃんたちが信じる、信じてくれる、鬼神なんだから……ここで、こんなやつ相手に、退いてたまるか!
<さあ、ジャガイモン。『いざ尋常に勝負』です>
震える指で、キーを押す。文字列を返す。
<おまえをたおす>
これでいい。これで。
今は、少し寝るけど……すぐに起きて、勝つ。絶対に勝つんだ……!




