71 ドラデモ的異世界の生と死について
神が降りてきた。ワタシへ宿った。
ああ……怒れる闘志をそのままに……デ、アレカシ。
◆◆◆
草の甘い香り。髪を梳く強い風。馬の疾駆の音。頬に温かさ。喉に乾き。
んー……いつの間にか寝てた?
目を開ける。チョコレート色の肌と毛。馬の首元にうつ伏せてたのか。手綱じゃなしにたてがみをつかんでる。高速で流れる風景。緑の草原と青い空。富良野の爺ちゃんちを思い出すな。もうしばらく行ってない。お墓に手も合わせてない。
聞こえてくる喧騒。近づいてく。嫌だな。人混みは苦手なんだ。都会じゃ、誰も皆、いつもどこかへ移動中。端っこに避けてても所在なくて。気まずくて。
だから、仕事は好き。誰かの役に立ってる間は、そこに居場所があるもの。
ゲームも好き。自分が楽しむことだけ考えればいいから、すごく楽。
でも、どっちかだけじゃ辛いんだよね。居たたまれなくなる。都会の暮らしって寒いから、どっちもそろえた上で、おビール様が必要なんだよ。それでギリギリ。
あ、お酒はダメだった。ゲームを……ドラデモをバッチリ攻略しなきゃだから。
そう、そうだよ。ドラデモだよ。不思議で奇妙なDX。特別な攻略。
確か、今、すんごいピンチじゃなかったっけ?
「う、わ……うわわ!」
やばい。なんだこれ。なんだこの臨場感。めっちゃ乗馬してる。超ダッシュしてるんですけど。あわ、あわわ、馬具が、馬具が知ってるのと違うっ。鞍の震動で、ま、股が……うわあっ!? かかか身体! 身体が、なまらクロイちゃん!
う、嘘お……VRって凄おい……これもう、異次元というか異世界体験じゃん。
モチモチほっぺにサラサラヘアー。全部自分のものなんやー……って。
いやいやいや! ない! ないない! おかしいって! いくら超高級な研究開発用VRセットを使ったってさ、これはさすがに異常でしょ! こんなん、最新技術ってより、SFとかファンタジーとかでしょうよ!
うわ、地響き? これ、絶叫? 馬の駆ける先……あれは……あれは!
デーモン。
デーモンが……わやくちゃでかい怪獣が、後退した部隊の真っ只中で暴れてる。叩いたり、払ったり、踏んだりして……悲鳴が上がってる。たくさん。
人間が殺されてるんだ。たくさん。
「あ、ああ……あああああ……」
虐殺だ。あんなの、虐殺じゃないか。あってはならないことだ。人間が、ああもいい加減に扱われ、壊されちゃうなんて。
「やめ……やめて……」
ゲームなら、いい。ゲームなら、そんなの、数字が増えたり減ったりするだけ。操作キャラさえ無事ならどうとでもなるし……ゲームオーバーだって楽しめる。
でも変だ。何かがおかしいんだ。
「……やめ、ろ……」
胸の奥が熱い。熱い熱い熱いっ。辛くて、苦しくて、息もできない……訳がわからない……しょっぱい。ああ涙。頬を伝って唇へ、とめどなく、涙。
ダメだ。
理屈も納得も後でいい。とにかくもう、デーモン、お前のやってることはダメなんだ。許されない。許しようがない。許すわけにはいかない。
絶対に許さない。
「やめろって、言ってる!!」
込み上げる激情を、掲げた右手へと集めてつかんで燃やして狙い澄まして。
投げつけた。
炎の槍。一本だけじゃない。同時に十数本が飛んでく。ロケット弾の一斉射撃みたいな、赤く輝く真っ直線。デーモンの背と肩とで爆発が重なる。黒煙と咆哮。
痛いか? 痛いだろ? そうだよ、きっと皆も痛かったんだよ。
だから、まずは、お前を痛めつけるんだよ。
「んああああっ!」
投げる。斧を槍を剣を鎌を鉈を戟を矛を……ありとあらゆる刃物を投げまくる。ひとつ投げれば何十と同じものが後に続く。赤い刃が何百何千と飛んでいく。真っ直ぐに刺さってもいい。孤を描いて斬ってもいい。行け。そいつに激痛を与えろ。
ほら、チョコようかん号、もっと急いでくれ。速さが足りないぞ。マッハ出せ。無理? 気持ちの問題だよ。出るわけないよ。でも出してこうよ。熱くなれよ。
よし、その調子。もうすぐだ。でも、このままだと人を弾き飛ばしちゃうから。
ジャンプ、今!
うお、凄い風圧。Gもヤバかった。でも届くぞ。踏み台にして二段ジャンプなんてしないぞっていう。放物線を描いて煙の中へ。そら、デーモンの肩が見えたぞ。穏便な着地なんて無理だから、ここは発想の転換……馬キーック!
ダメージ微っ妙。でもいいの。こういうのは勢いが大事。
んで、危うい足場をちょちょいと寄れば、デーモンの首はすぐそこって寸法さ。どうもデーモンさん。クロイちゃんです。よくもやってくれやがりましたね死ね。
ぶっとい刺突剣を《アセプト・ブレード》……っていうか。
今どうやって操作してるんだろ。普通に思うさま戦えてるのが超絶摩訶不思議なんだけど……今はそういうの考えない方がいい気がするから……まずはブッコロ。
「んりゃあ!」
突き刺す! 刺してすぐさま魔力を流し込む! なあに、《火刃》のちょっとした応用さ。腸煮えたぎらせまくりな大熱量をドバーッと注入だ。
熱いだろ? 物凄く熱くて、燃えて焼かれて、堪らないだろ?
これって、きっと……何万人分もの復讐なんだぞ?
おおっと、巨体が倒れてく。足場が傾いてく。駆けろ、チョコようかん号。垂直落下じみたスタートをきって、徐々に傾斜が緩くなるコースをば駆け抜けるんだ。ふおおっ、下腹部がとんでもなくフワッとするうっ。歯食いしばって耐えるうっ。
着地! 見よ、チョコようかん号の華麗な蹄さばき……って、おわっ、地面が波打つ! 無茶苦茶な陥没と隆起! 《土壁》と《石盾》の融合、《地嵐》か!
ってことは、これも魔法なわけだから、《火刃》で斬る! うん、斬ればただの土に戻せる! で、でも……うわっ、うはっ……きりがない! 有効範囲の地面そのものをどうにかしなきゃ……うひっ、うほっ……《アセプト・ブレード》!
剣やら槍やら、あっちこっちに刺しまくりだ! 鎮まれってんだよう!
あ、チョコようかん号が岩石アッパーを被弾! ヒヒーンって超痛そう! 一旦消えとけ! くそ、渾身の《火刃》、炎の両刃剣で地面を突き刺す!
ふう、何とかなった。どってんこいた。
デーモンは……よかった倒せてた。最後に大魔法ぶちかますなんて、まったく、人騒がせなやつだよ。超ドキドキしたよ。これじゃアクションゲームってより体験型アトラクションじゃんか。
そもそもだいたい、この身体は―――。
「……クロイ、かい……?」
そうそう、なにがどうしたらこうなるのか、クロイちゃんなんだよ?
ケガとかしたらどうすんだ……って……。
「ああ……やっぱりあんたか。やっつけてくれたんだね……」
か細い声。知ってる声。振り向く。荷車だったものの残骸。それに寄りかかるようにして……血塗れの女の人。
「アンゼ……さん……」
「おや、初めて名前を呼ばれたね……声が震えて……あんたらしくもないさね」
いつもきっちり整ってた髪が、バラバラに乱れてる。脚が、変な方向に折れ曲がってる。木材か何かが、お腹に深々と刺さってる。
「……この気配は……まさか……神様かい?」
こっちを見てるようで見てない。目が、見えてない。
「ありがたいねえ……加護だけじゃなく、クロイに宿って、一緒に戦ってくれて」
真っ赤な血の色と、真っ青な顔の色。生命力が……HPが……数字としてもわかっちゃうそれが……もう……もう……。
「泣いて、くれるのかい? 怒るだけじゃなしに、悲しんでもくれるなんて……神様は……あたしたち人間の神様は……とてもとても人間らしいんだねえ」
触れた頬から、熱が滑り落ちてくよ。血が、流れ落ちてくんだよ。どうしようもないんだよ。止められないんだよ。
こんなの、ゲームなもんか。こんなの、ゲームでたまるか。
人間じゃないか。
この人は、ひとりの、尊い人間じゃないか。
「これを……」
最後の力を振り絞るようにして、懐から取り出されたもの……懐剣。
「あたしは、戦う力がないから……せめて、これを……どうか」
受け取るしか、ない。それしか、できることがないなんて。
「神様……どうか……あの子と、あの人と、あたしが生きた世界に……クロイやシラたちが生きていく、この世界に……」
手を握り返してくる力が萎えてく……命が消えてく……ああ……。
「どう、か……希望……を……アレ……カ……シ」
あ、ああ……ああああ……あああああああ! あああああああああ!!




