70 兵長は力闘する、大魔の足元で/ドラデモ的特典について
敵。強大な敵。全てを失いかねない危機。
今。今こそだ。神よ、ワタシの全てを用いて、どうか奇跡の力を。
◆◆◆
「へ、兵長! ザッカウ兵長! また、またデーモンが!」
「だからどうした! それが、救える民を救わん理由になるか!」
怒鳴って柱を押し退ける。砂まみれの子供を引っ張り出す。息も絶え絶えだが、出血はないな。足の骨がいかれちゃいるが、添木をすればいい。
「よし、小隊、移動するぞ!」
一個小隊五十卒で保護できる民は多くない。周囲の警戒、瓦礫の撤去、落下物の防御、負傷者の運搬、そしてヴァンパイアとの戦闘……手が足らん。
状況も悪い。広い王都を手分けして探索し、民を残らず救助したとしても、まとまって逃げるとなればヴァンパイアに狙われる。一骨でも民の中へ跳び込まれれば大惨事になる。デーモンの気まぐれひとつで皆殺しにされる恐れもある。
どこかで爆発音。火魔法によるものか。それともデーモンやヴァンパイアによる破壊か。どちらであれ、民を近づけるわけにはいかんものだ。
機会を待たなければ。脱出の好機を。
とりあえずの避難場所は、西門脇の大兵舎と、東門側の穀物倉庫。どちらも籠城に向く。マリウスの遊撃もある。十分に時間は稼げるだろう。
「う、うう……痛っ……痛い……」
「おお、頑張ったな。お前はよく頑張った」
「お母さん……お母さあん」
「……大丈夫。もう大丈夫だ。俺たちに任せておけ」
砂と灰とを踏んで大通りを行く。大概の小道は倒壊した家屋で分断されている。耳を澄ます。泣き声を、うめき声を、震える衣擦れすら聞き逃がすものかよ。
耳をつんざく雷鳴のごとき音。デーモンの吠え声。
鬱陶しい。邪魔だ。静かにしろ。
「兵長、敵です! 六骨! 前方から!」
ふん、数からして本隊からはぐれたヴァンパイアだな。血走った黄目、牙と涎。興奮している。人間を見れば襲ってくる。つくづく獰猛な連中だが。
「大盾、前へ! 受け止めろ!」
「おうさあ!!」
所詮は獣の猛り方。ならば壁を作れば阻めるのが道理。弱者を踏みつけることに慣れた貴様らは、決して戦士ではないのだ。
「うおおおおっ!」
そうだ。咆哮をぶつけろ。気迫で当たれ。
護るべき民がいる。命が砕けようと、お前たちの、戦士の盾が揺らぐものかよ。
「着火用意! ぶつけろ!」
動きの止まったそこへ、油袋を投げつける。当たって浴びせられてよし。外れて足元を濡らしてよし。すぐさま《発火》。特別な油でなくとも、魔法で着けた火には魔力が宿る。それがヴァンパイアには効く。
「狩るぞ! 続けえ!」
手斧を握り締めて、火中へ。暴れるヴァンパイアの首元へ叩き込む。二度三度と叩きつける。む、目に血飛沫が。
「ぐおっ!?」
腹に衝撃。膝蹴りか。身体が浮いた。首を半ばまで断たれていてなおこの怪力。生物としての体力の違いは歴然だが。
「おらあっ!」
食い込んだ斧を殴りつける。一発、二発、三発目で切断。
どうだ。一瞬とて怯むかよ。俺たちは火防歩兵。闘争と火炎の神からの加護を全身で受け止め、この戦いに臨んでいる。この身命には人間の存亡がかかっている。
「点呼! 手傷を負った者はいるか!」
軽傷は数多。利き腕をやられた者が二名か。奴らを相手に完勝はない。死に際まで暴れるからな。戦術で圧倒しても……戦死者一名出た。首を噛み砕かれた。
戦い果てた男を前に、寸時の黙祷。すぐに括目。デーモンの声が轟いている。
「お前らは運び手に回れ。戦える者と代わるんだ。紐で縛って背負えば……」
「兵長! 新手です!」
「ちいっ! 立て続けに!」
街路の先にヴァンパイアの一個戦隊、百骨余り。多すぎる。決断の時か。小隊の男たちを見る。誰もが決意の眼差し。首が縦に振られた。よし。民と負傷者を逃がすために、ここで。今この場所で。
「やるぞ! 闘志を燃やせ! クロイ様のもとで戦い続けるために!」
来る。人間を喰らうものどもが駆け来るぞ。下卑た笑みを浮かべて襲い来るぞ。
来い。俺のところに来い。存分に、人間の刃を喰らわせてやる。
む、地を揺らす響き。馬蹄の音。騎馬の震動。来た。辻向こうから擲弾騎兵が飛び出してきた。その数、五十騎。おお、中心にはマリウス。お前の率いる小隊か。敵後背から突撃の姿勢。中央突破の構え。
「左右に分かれろ! 道を開けて、防御姿勢!」
喊声を上げて突き刺さる騎馬突撃。速い。そして強烈だ。剣と槍ばかりか、火瘤弾と燃炎筒をも用いての猛攻。いともたやすく敵勢を切り裂き、駆け抜けていく。
ふ、マリウス。バカめ。すれ違い様に片目を閉じて挨拶など。
「横列! 大盾を並べろ! 火を投じろ! 燃やし、吠えたてろ!」
末尾の一騎を見届けて、道を塞ぐよう隊伍を組む。列の薄さは火炎で補う。兵気を盛んにして敵をひきつける。マリウスたちを追われては混戦になる。市街戦では騎馬は小回りがきかない。
だが、まあ、余計な気遣いだったか。早くも背後から熱い兵気。
「端に散れ!」
こうも速やかに再突撃してくるのだから、ウィロウ家の騎馬戦術には恐れ入る。刃を閃かせて襲いかかる殲滅の突進。決まったな。とどめを刺して回るくらいは俺たちにやらせてもらおうか。
「ザッカウ兵長」
「おう、マリウス。戦況はどうなってる」
汗を拭う。来援がなければ危うかった。民を救いつつ敵を討つための散開だが、武運を試すような作戦になっている。こんな戦いが方々で起きている。
「敵本隊をかなり削りましたが……またアレのお出ましですからね」
視線の先にはデーモン。どこからでも見上げられるが、あっちから見下ろしてくることはない。俺たちも、ヴァンパイアすらも、あれの眼中にはないのだろう。
「戦場は解れ乱れて散々です。それに、ヴァンパイアが異様に興奮していますね。狂乱と言ってもいいかもしれません。同士討ちすら起こったみたいで」
「血に酔ってのことか……いや、デーモンが在ることを喜んでか?」
「……あるいは哀しんでかもしれません。我、矮小なりと」
デーモン。暴力を体現する巨大な化物。
言われてみれば、なるほど、己の小ささを押し付けられるようではある。この手斧などあれにしてみれば虫の鎌でしかあるまいが。
「ふん。そうだとすれば、意気地のないことだ」
もとより人は無力。それを補う工夫と団結とをもって、人間は戦士となる。
そして、意志は天にも届く。
確かにデーモンは強大だ。しかし、その狂猛な顔面に絶え間なく飛来している炎があるぞ。恐らくは槍。クロイ様の投ずる特別な火魔法。刺さり、焼き、弾ける。
胸が空くようだ。
やれ。大いにやってくれ。その攻撃は俺たちの怒りそのものだ。ヴァンパイアもエルフも、デーモンもドラゴンも、魔神も龍神も……俺たちを惨めにする全てのものよ、思い知れ。
人間だぞ。人間がいるぞ。俺たちは堂々と生きていくぞ。
「はは、さすがはクロイ様。見てください。再びデーモンを誘い出しましたよ」
「……脱出の好機だ」
「ええ、きっと兄上たちも呼応してくれます」
「ここからは東門が近い。西門の方の指揮を頼む」
「了解です。ご武運を!」
「おう、お前も!」
走る。時を惜しんで先を急ぐ。
もう少しだ。俺の武運など拙いものだが、それでもこの作戦が終わるまでは尽きまい。たとえ尽きたとて、後に続く戦士たちがいる。死の先の戦場もある。
おお、冥利。俺は憂いなく戦えるぞ。
◆◆◆
クロイちゃん、怒りの投げ槍ラッシュ! へいへい! デーモンこっち来い!
卑怯とは言うまいね? 強敵へ超長距離からチクチクするのはマゾゲー攻略の鉄板戦術なのだよ。塵も積もればジャイアントキリング。これ常識。
うおう、城門投げてきたんですけど。ウケる。そんなの当たるわけない。チョコようかん号で余裕の平行移動。そしてビシバシと投げ槍喰らってどうぞ。なんか別ゲーの気分。たったひとりの陸戦兵でエイリアン侵略軍を撃退させる的な。
お、よーしよし、草原マップに誘い込みましたよ。地響きすんごいですけども。
ここって君の死地だぞ、デーモンさん。
真昼間の開けた場所だなんて、そんなの、スピードが活かせまくりですもん。
さあ! 残存魔力を全投入して《コール・エインヘリヤル》! よっしゃ、来い来い英霊! もっともっと! 目指せ一万兵力……は無理でも、気持ち的にはそれくらいな大軍で! あ、騎兵多めでよろしくお願いいたします!
そしてすかさず自動戦闘! 後は任せた! こんだけいれば翻弄できるでしょ!
んで、ハイヨーシルバー……じゃなくてチョコようかん号!
今のうちに、もう一匹を倒しにいくぞ! クロイちゃん!
魔力を一気に消耗して、そのせいで回復も碌にできなくなってて、馬を維持してそれにしがみつくのが精一杯で、戦う力なんてなくなっちゃったけど……でも。
起死回生の一手があるのですよ。
それはこれ……と言ってもお見せできませんけど……っていうかこの録画公開する日が来るのかどうかもあやしいですけども。
とにかく、これ! VRセット!
ピンときた方もいるんじゃないですかね。ええ、それです。だいたいのゲームに実装されてるアイツをば、ここで使ってやるのですよ。
いわゆるひとつの、VR接続特典ってやつをね!
ええと、コードを繋いで設定をいじって、バイザーのフィルムをはがしてっと。
実際、VRってアクションゲーム的にはあんまり普及してないじゃないですか。映像に酔うし、部屋の壁とか机とかにぶつかって怪我するし、そもそも攻略しにくいし。主な流通目的って、その……ぶっちゃけアダルトなあれやそれやでしょ?
それじゃあ、ゲーム制作会社的には憤懣やるかたなしですよねえ。ホント。色々と製作費使ってるんだし。ドラデモなんてこだわり強いから尚更でしょう。
だから、だいたいのゲームにはデフォでついてます。VR接続特典。
んで、ドラデモにおいては何かというと……攻略サイトの情報によると、体力魔力の全回復だそうです。うーん、地味。せめてエリクサーとかってアイテムの形にして、いつでも使えるようにしておいてくれたらいいのに。
まあ、そんなしょっぱさもあって、いもでんぷんてばずっとVR接続未体験だったんですよ。攻略ガチ勢じゃ珍しくもない話ですけども……おっしゃ、準備完了。
よーし、クロイちゃん、ちょっと視界にお邪魔するぞー。
ダイブ、イントゥー、ドラデモ世界!




