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69 魔術師は奮闘する、火を束ねて/ドラデモ的クソゲーについて

 鬼神が猛り立って、人間が勇み立って、火炎が燃え立つ。

 いかなる敵にも怯むものか。一歩たりとて退くものか。絶対に負けるものか。



◆◆◆



「見たか! 見たかコノヤロウ! デーモンが何だってんだバカヤロウ!」


 たまげた。オデッセンさんはたまげたとも。とんでもねえ魔法もあったもんだ。


 赤熱するどころか、輝いて飛翔する火炎の大槍……名付けるなら《赤光しゃっこう》とでもいったところか……刺さって燃やして大爆発するとはえげつねえ。攻城兵器だってそこまで派手な破壊力はねえだろうぜ。


「よっしゃ、ボウボウ燃えてるあん畜生に、三発目、ぶちかましてやんぞ!」


 クロイ。人間を守護する鬼神の使徒のクロイ。


 お前さんは、いつだって無茶で無謀な戦いをしてきたもんだが。


 デーモンなんていうこの世の終わりみてえな化物がいて、王都王城を無茶苦茶にしてくれやがっても、お前さんは欠片も絶望しやしねえ。真正面から挑みかかる。


 俺たちもさ。俺たちだってやってやる。


 人間はもう理不尽を容れねえ。殴り返さずにはおかねえ。死んでも諦めねえぞ。


「……今だ! ぶっ放せ!」


 一千本の《火線》を操って、螺旋状に絞って、空へ。頭がどうにかなっちまいそうな作業だが、なあに、やらねばならねば為せば成るだ。こちとら燃焼魔法の第一人者だぞコノヤロウバカヤロウ。鼻血止まんねえけど……当たれ、オラッ!


 よし、よおし、いよいよ大炎上じゃねえか。擲弾騎兵の《爆炎》も直撃して、デーモンめ、尻餅つきやがった。燃えて、のた打ち回って……絶叫を上げて。


 ふっざけんな。


 デカいからって、大げさに叫ぶんじゃねえ。世界に轟かせようとすんじゃねえ。


 テメエが王都をぶっ壊した時、どんだけの叫びが上がってたと思う。誰に聞かれることもねえ、その声のひとつひとつが、テメエを許しちゃおかねえんだ。


「炭杖を換えろ! 魔力を馴染ませろ!」


 人間は、いつからかもわからねえくらいに昔も昔から、ずっと叫んできたんだ。泣いて泣き叫んで、死んで死にまくってきた。それが人間だった。


 やられっ放しでたまるかってんだ、コンチクショウ。


「魔力の出し惜しみなんて、すんな! 気合で捻り出せ! そんで捻じ込め!」


 これからは、そんな風に惨めじゃなくなるために。


 シラみてえなガキんちょが、戦わず、のほほんと暮らせる世界にするために。


 死ね。死んじまえ。俺たちにぶっ倒されちまえ。こいつは積年のしっぺ返しだ。恨むなら、最終戦争なんて馬鹿げたことをおっぱじめたテメエの主を怨みやがれ。


 杖に血。手の皮が擦り切れてたか。口ん中にも血。歯を噛みしめすぎたか。


 頭痛と吐き気。寒気と眩暈。明らかに魔力を使い過ぎてる。世界が赤く染まって見えるぜ。けどよ、こんなもん、腹の底から湧き上がる熱がありゃ屁でもねえ。


 うお、今の《焼薙》はあいつだな。アギアス・ウィロウ。もはや開拓軍尉代行って肩書じゃ役不足となった男。デーモンの腱をぶった斬るとは大したもんだがよ、危ねえっての。クロイはもちろん、お前さんだって死なせちゃなんねえ人間だ。


 ほら、合図をくれよ。俺たちの火炎を差配してくれ。


 お前さんたちみたいにゃ戦えねえが、俺たちだって……よし、合図来た!


「おっしゃあ! 放てえっ!」


 四発目の《火線》。千本あるはずの数が足らねえ。太さも熱もそろっちゃねえ。そりゃそうか。体力も魔力も、人それぞれだからな。意志を支えるものだって……抱えてきた怒りや悲しみだって……ひとりひとり違って当たり前だ。


 でもよ、夢は一緒だ。クロイっていう希望を共に仰いでもいる。


 ひょろい一本だって置いてかねえ。陽炎みてえな熱の一片も無駄にゃしねえぞ。俺がまとめる。届ける。火炎の螺旋に巻き込んで、強く鋭く絞り込んで、空へ。


 行け。ひっ飛べ。俺たちの火。千人分の想いを熱量にした火。


 あそこだ。迷わず飛んでいけ。黒髪のクロイがいるところだぞ。あいつが見据える先に敵がいる。俺たちが、人間が、どんな犠牲を払ったって倒すべき敵が。


 込み上げる咳。血の、鉄寂びた味。邪魔くせえ。何クソだぜ。


 よし。当たった。浴びせてやった。


「へ……へへ……やってやったぞ、バッキャロウ」

「ああ。見事にやってのけたな、オデッセンさん」


 パイン。何だ。いつの間に側にいたんだ。わざわざ馬から降りてまで。


「座ろう。少し休んだ方がいい」

「バカ言え、まだデーモンが……」

「倒したさ。魔法の火なんだ。ああなったらもう焼き尽くすだけだろ」


 うわ、肩を押すな。痛え。尻を打ったじゃねえか。立とうにも、クソ、膝がプルプルしやがる。手も震える。


「休んどきなって。もう三男坊お得意の《爆炎》も必要ない。クロイ様も次男殿も距離を取って警戒するだけ。放っておけばデーモンが焼き上がるって寸法さ」


 油断すんな、と言う必要はねえか。軽口を叩くわりにゃ、パインめ、少しも笑っちゃいねえ。そうだ。それでいい。


 まだだ。戦いはまだ決着してねえんだ。


「いやはや、オデッセンさんは歴史に名を刻んだな。王国史上初のデーモンキル。とどめの一撃は魔法部隊のものだから」

「クロイの魔法だろ、致命傷になったのは……ゴホッ、ゲホッ」

「……代償を払ったんだ。戦果を誇ってくれよ」

「へっ、こんなもん鼻血だぜ」


 まだ敵がいる。デーモンを倒したって、王都にゃ一千骨からの黄目がいる。


 聞こえてくる喊声と、立ち昇る埃と煙。市街戦になってるんだろうな。擲弾騎兵にとっちゃやりにくい戦場だ。火防歩兵も民の救出に手一杯だろうし。


「ゴホッ……王都に入った連中、誰も出てこないな」

「大丈夫さ。ザッカウ殿は苦境慣れした前線指揮官だし、末っ子君はどんな状況でも器用に立ち回る将校だ。いい人選だったよ。困難なれども達成してのけるだろ」


 楽観的な物言いとは裏腹に、パインめ、苦い顔じゃねえか。


「……『崩山』の動き次第だけどね」


 それだ。デーモンなんて想定外の化物が出てきたから忘れちゃいたが、王城にゃ黄目の使徒がいるはずなんだ。もしも戦いに出張ってきてんのなら、そうとわかりそうなもんだが。


「でも、まあ……それよりもさ?」


 ゴクリと、ひどく大きく唾を呑む音。恐怖か緊張か。まったくこの男らしくもねえことだが……笑えねえ。何だ。何だってんだ。俺も唾を呑んじまったぞ。


「魔術師の見解ってやつを聞きたいんだけど……この妙な気配って、何?」


 気配。そうだ、何なんだよ、この凶悪極まりねえ剣呑さは。


 デーモンが焼け滅んでいくってのに、晴れるどころか、いや増しに増していくじゃねえか。苦しい。嵐と嵐の狭間に立たされたみてえな息苦しさだ。気を張ってねえと漏らしちまいそうなほどの、こいつは……この恐るべき気配は。


「まさかとは思ってたんだけどさ……もしかして、王城には……」


 轟音。また王城から。嘘だろ。また、また、巨大な翼。コウモリのような飛膜。もう一体いるってのか。おいおいおい、更に一体。二体目に引き続き三体目とか。あと何体いるってんだ。一体全体、何が起きてるってんだ。


 おい、おい、神さんよ! 人間を守護してる、神さんよ!


 俺に……俺たち人間に、クロイに、どうしろってんだよお!!



◆◆◆



 え……あれって、その……え? え、嘘でしょ?


<あなたの操作する『激情』は非情に強いので、わたしの『高慢』を失いました>


 デーモンもう二匹とか、無理ゲーでしょ。ドラデモにしたって頭おかしいでしょうよ。ないよ。ないない。絶対におかしいってば。


<たぶん『貪欲』では勝てない。だからそれを素材でデーモンを召喚をしました>


 あ、これってつまりイベント? 魔神様ワッハッハとは別のタイプの強制バッドエンドみたいな? クソゲー過ぎて鼻血が出そうなんですけど?


<一体は『激情』へ向かいます。もう一体は『秘宝』探しへ出かけます>


 おっとデーモン、一匹はクロイちゃんの方へ来ましたね。もう一匹は飛び立ちましたよ? ここ飛び越えてどこ行くの? 


<ところで『希望とは未来に対してつく嘘である』です>


 あ、ははは……ドン引きますわ……飛んでったデーモンの降りたとこって、レーダー的に考えて、そこ後方部隊のとこじゃね? 肥満司祭とかいるとこじゃね?


<そして『生存とは不条理なものへの努力である』です>


 うわ、飛ばなかった方のデーモンの投石ならぬ投城壁。うっは、おいおい、火魔法隊に直撃してね? レア部隊壊滅なんじゃね?


<ジャガイモン。あなたが、わたしの侵略への対抗であり逆襲なら>


 いや、あはは、これだからドラデモ制作チームは……ははは……。


<この世界に希望された本当の神なら>


 こんな、クソゲーでマゾゲーで無理ゲーなグロゲー……こんなのは……ダメだ。ふざけてる。こんなのは、こんな終わり方はダメだ。絶対にダメだから。


<さあ、どうにかしなさい?>


 黙ってろ、ルーマニアン。


 剣を持て、クロイちゃん。


 最後まで……違う、ここで最後にしないために……やるぞ。


 だって、希望はあるって、言ったんだ。開拓地の皆に、自分の口で、そう宣言したんだから……あったかいうどんの味を、今、思い出せるから……やってやる!


 やってやるぞクロイちゃん! デーモンなんてぶっ倒してやる!


 何体だって……は、その、無理なんで……こ、この二体までにしといてよね!

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