66 ドラデモ的チャットについて/軍官は目撃する、滅びの象徴を
ワタシたちの戦いとは別のところで。見えないだけで。
神々の戦いもまた、起きている。それがわかる。
◆◆◆
チャット! 推定ルーマニアンから、まさかのチャット申請!
ダメでしょ。ボイスチャットならまだしも、重要な戦争イベント中に文字チャットなんて、そんなのドラデモに対して不誠実だと思います。だって手の指は十本しかないもの。マルチタスクはクオリティダウンの要因になるし。
<はじめまして。いもでんぷんと申します>
でも挨拶しちゃう……! これが常識……! 日本人のマナー……!
<どちら様でしょうか。当方へ電子メールや郵便物を送られた方なのでしょうか>
たとえ相手が自動翻訳っぽくても、こっちは敬語で。不審者っぽくても丁寧に。それが社会で波風立てず恥かかずな生き方をする秘訣ですの。
ほら、モニターの中ではイケメン騎士も挨拶してますよ。
「ご覧の通りである! 我らは鬼神の加護を授かりし救世回天の軍勢! 砦以北は開拓の北地に現れたる使徒、これなるクロイ火兎守が、人間守護の聖なる証!」
馬上から朗々とのたまわっている感じがなまらクール。
多分、やあやあ我こそは的なこと言ってるんでしょうね。中世的戦争ってそんなイメージあります。百年戦争とか源平合戦とか。まあ、どっちもルールをガン無視した人が大活躍したっぽいですけど。ジャンヌダルクとか源義経とか。
「よまっ、世迷い事をぬかすな! 下郎!」
ほう、敵の総大将は化粧どぎつい系のおばさんですね。毒舌上等のご意見番ができそうなタイプ。神輿の上で日傘付きだし。
「そんな……そんな、火の手品がどうした! 小汚い小娘がいて、何だという! 神は二柱しかおられぬ! そんな、当たり前の、世界の摂理もわからぬでいて! ここへ、この王都王城へ、矛先を向けたというのか! この……逆賊どもめが!」
こういう人、敵に回すとめんどくさいんですよね。自分ルール絶対曲げないし、理屈通じないし……でも、味方にしちゃえば昼休みに甘いものとかくれます。
うん。どんな形でも、構ってもらえてると思えば嬉しいんですよね。
相手にされないのって……寂しいです。コメント数や再生数的に考えてもね!
<バカじゃないの?>
なんだとコノヤロウ。さっきっから。一体全体、元はどんな言葉から翻訳されてるんだい。返信するけども。
<よく仕事バカとは言われます。あなたはどちら様ですか?>
<あなたは本当にバカだよね? 実際、バカはしばしば驚くべきことをします>
会話にならないよコンチクショウ! なんなん? なんでバカ呼ばわりなん? 利口じゃないかもだけど、人様の迷惑にならないよう真っ当に生きてますよう! 社会の不条理にもみくちゃにされつつですけども!
「我らは国家に背く者にあらず! 我らは世界の理不尽に抗う者なり!」
「たわけたわけえ! 我は、我は、国王であるぞ! 人間の頂に君臨する者ぞ! その我を前にして、下馬すらせぬ者が、何を申すのか! 無礼者!」
「礼を知ればこそ、僭主にかしずかず!」
「我は! 我はヴァルキの血族ぞ! 正統ぞ! 人間の全ては我の支配するところのもの! 皆々、我を敬い奉仕すべし! すべからく! すべからく!」
「人間らしくあろうとする意志こそ、人の生の正当! 人間を喰い啜るヴァンパイアを迎え入れた罪……赦されざるものと知れ!」
「黙れ黙れえっ! エルフの尖兵に過ぎぬ、貴様らのごときが……!」
問答イベント長いなー。お偉いさんの話ってえてしてこういうものー。
<何か失礼をしてしまったでしょうか>
<日本人がこのような姿勢をとるのはとても不適切です>
せやかてルーマニアン。そんなこと言われても。
<メリットがない観客のあなたは、責任をとることができますか?>
<自動翻訳をお使いですよね? そのせいか、意味がよくわからないのですが>
<あなたは無能である可能性が高い>
おい。おい待て。さすがに失礼でしょ。
そりゃあ、いもでんぷんは雑魚実況者ですし、会社での立場も軽いもんですよ。引継ぎなしでも会社的にはノープロブレムな人間でしかないですよ。あれ涙が。
でも、少なくともルーマニア語圏に迷惑をかけたことはない。断言できるよ。
<いったい、あなたは異なる世界にどのような手段で介入できますか?>
いや、だからルーマニアなんて場所もよくわかんないですってば。ロシアよりも西でフランスよりも東な感じ? っていうか、名乗る気さらさらナッシング?
<あなたはルーマニアの方なのですか?>
<アメリカは知っている。しかしあなたは知らない。そう、あなたは不思議です>
<アメリカの方なのですか?>
<『もしおまえが、我とわが身を蝕むべく定められた人間なら、何をどうしようと、そのことを避けるすべはない』です>
うわあ、なんか本格的に訳わかんないこと言い出したぞ。このルーマニアン。
なんだろう、このモヤモヤとヒヤヒヤが混じった感じ。もしかしたら超絶高級VRマシンをプレゼントしてくれた人かも、というのがなければイライラですよ?
<格言とかことわざって面白いですよね>
<バカじゃないの?>
ああ! もう! このチャット邪魔! ゲームに集中したいから一旦ウィンドウを閉じて……閉じられないのかーい。うぇーい。おーしぇーい。
<そのように、あなたはいつまでもゲームの気分でいますから>
もう無視。気にしないー。モニターの一部は見えないってことになりましたー。
<これは目覚ましです、ジャガイモン>
ちょ、違っ、誰それ! いもでんぷんですから!
◆◆◆
いざとなれば、私かフェリポが出張るつもりでいたけど。
「エルフとは共闘関係にある! エウロゴンド共和国の名をもってする戦時軍事同盟を締結している! その目的は、魔神およびヴァンパイアの脅威への対抗!」
やるなあ、ウィロウ家次男坊殿。大いに気炎を吐くじゃないか。
伯爵家長男も王家七男も出る幕なしに、武門の男が王妹を言い負かす。いかにも象徴的なことさ。往々にして変革ってのは武断的なもんだ。これも回天の階だな。
「事実、エルフと協力して何百何千骨とヴァンパイアを討ってきた! エルフの使徒『万鐘』とも共闘した! そして、我らの使徒は『黄金』に勝利したぞ!」
おお。駆け引き無用の勢いがあって、まるで騎馬突撃みたいだなあ。
「そ、そんな……そんな……よよ世迷いごとばかりを……」
「知れ、現実を! そして思え、未来を! 最終戦争宣言が達成されてしまった世界においては、人間の尊厳など、尊重されるはずもなし!」
この熱さ。この真っ直ぐさ。威風すらある。それに比べてあっちは……ああもうダメだな。顔色、赤を通り越してどす黒くなっっちゃって。じきに泡吹くぞ。
まあ、丁度いい。そろそろ頃合いだ。
敵も味方も、だいたいの奴は両者の論じ合いに注目してる。軍事行為の大義を競う綱引きは、哀れなまでの実力差。見る間に敵方が減り味方が増える。そういう勝利が拡大してく。人間同士の決着は、割ともうすぐ。
で、本当の戦いが始まるんだ。前座の後の本番が。もう予兆は現れてるぞ。
クロイ様の様子が、おかしい。
さっきから微動だにしてないが……何人が気づいたかな。既にして両手には剣が握られてることを。王都の方角、恐らくは王城を睨みつけてることを。
何より、この気配。何だよこれは。
この、逃げ帰りたくなるような緊迫感は、何だ。
こっちの軍もあっちの軍も、兵気なんて散り散りになって、誰も彼もがひとりの人間として論戦に聞き入ってるのに……その論戦は一方的展開でしかないのに……大気が軋むみたいな、せめぎ合いを感じる。鳥肌が立つ。
フェリポは気づいてるな。オデッセンさんは……ああ、動揺してる動揺してる。次男坊殿も感じ取ってないわけがないか。それでガンガン攻めてるのか。
クロイ様……じゃない。これはどう考えても人間の域を超えてる。
うわ、耳鳴り。さすがに周りもざわつき始めたな。そりゃそうだ。異常なんだ。あの『黄金』との対決の時以上の、威圧的で暴力的で圧倒的な……これは。
これは……まさか……これが神気というものか。そうなのか、フェリポ。
クロイ様がいるんだから、片方は、人間の守護神。鬼神。
じゃあ、もう片方は?
いるのか。来ているのか、そこに。王城に。
うお、あれは。あれは何だ。王城から立ち上がった巨大な影。おいおい、待て。何て大きさだ。サイクロプスより何倍も大きいぞ。コウモリの翼で飛んで、王都の家々を踏み潰して、こっちへ来る。王都の大門越しにも顔が覗けてる。
凶暴さを煮固めたような、その、凄まじい造形。
デーモン。
デーモン。
あれが、聖典でいうところの、魔神の上位眷属! 滅びの悪魔!




