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65 中弟は信頼する、先頭に立つ者を/ドラデモ的操作ミスについて

 神がいる。確かに、ワタシのそばにいる。わかる。

 そして……もう一柱もいる。感じる。敵が近くにいるのだと。



◆◆◆



 ああ……戦場だなあ。


 天地に見えない糸が張り巡らされたような、鋭さと冷たさ。土埃に混じるツンとした臭い。息を潜めたくなるような、空の広さと地の狭さ。馬の体から昇る湿気。帯が下腹を締めつけていて、固く、熱い。


 俺の場所だ。ウィロウ家の男が生きて、死ぬべき場所に来たんだ。


「全軍、布陣せよ」


 おう、いつだってアギアス兄者の軍令は特別だな。ピシャリと心を打つ。思い切らせてくれる。人間を軍人にしてくれる。そういう響きがある。


「司祭殿、義勇歩兵八千卒で右翼を固めよ。軍官殿、義勇騎兵三千騎を率いて最右翼へ。司魔殿は魔法部隊一千杖をもって中央に横陣を敷け。兵長、火防歩兵四千卒は眷属獣と共同して左翼に戦陣を。最左翼は、マリウスの擲弾騎兵二千騎」


 なるほど。正面からぶつかる気はないのか。


 右翼が分厚いように見えるけど、左翼にばかり精鋭を配置しているもんな。戦力を偏らせてでも部隊のまとまりを重視する。つまりは変化を大前提にした構えだ。軍の威容を示しつつ、機を窺い、どこかで隙をつくんだから……。


「オリジスの二千騎は予備兵力とする。中央後方にて待機せよ」


 そら来た。俺の役割こそまさにそれだ。


 一番後ろにいて、その実、一番速く動くべき部隊。アギアス兄者がこれと見定めたところへ、投げられた槍のように突っ込んでいくための戦力。


 つまり、騎兵が最も騎兵らしく駆けられる役割。


 これだよ。まさにこれがいい。だって、俺にはこれしかできないから。


 マリウスのように利口な頭をしていないし、柔軟な用兵も上手くない。アギアス兄者のように統率力はないし、軍学の深奥を極めちゃいない。芸事だって二人ほどの腕前じゃないし、そもそも詩吟も舞踊も好きじゃない。正直、恥ずかしいし。


 俺は将校止まりの器なんだ。自分でよくわかっている。


 ナザリス兄者のように政治や社交もできやしない。王都の腐臭にも耐えられなかった。国への忠誠心だって中途半端。父の覚悟を見習いもしないで。


 だからせめて、騎兵将校としては、誰よりも果敢でありたい。


 そうでないと……顔向けできないから。


 やるぞ。


 アギアス兄者の指差すところがどんな死地であれ、一切躊躇わず、勇猛に突っ込んでみせる。見事に戦ってみせる。俺は。


「私は一千騎で中央に位置し―――」


 アギアス兄者の役割は俺と比べるべくもない。


 開拓地どころか砦および砦以北の代表だし、今やウィロウ家の棟梁ともなった。最精鋭部隊の長でもあるし、回天の発起人のひとりでもある。この戦いの総指揮官ってだけでも責任重大なのに、背骨を折るような重責が幾つも圧し掛かっている。


 それでも威風堂々としていられるのが、アギアス兄者の凄みなんだよな。歌も踊りも訓練もそんな風だから、たまに呆れることもあるけど。


 何もかもを受け止めて揺るがない度量……それ、王の器ってことだろ?


 人間世界を滅茶苦茶にされた今、一番必要とされるものだろ?


 絶対に死なせちゃいけない人間だ、アギアス兄者は。それでいて先頭に立つ必要もある。俺たちの総意として、軍の象徴として、あの人に付き従うって姿勢を明らかにする必要が。


「―――クロイ様の後に続く」


 そう、クロイ様だ。


 回天も希望も、つまるところが、彼女という姿形をしている。


 凛々しいな。いつもの軍外套を今日はしまって、燃えるような赤色の戦外套がひるがえらせている。騎兵用の軽甲冑も相まって、見惚れるばかりの武者振りだ。


 とくと御覧じろってやつだ。


 神の使徒クロイ火兎守、北方辺境より人間世界を縦断す、だぞ。


 その身に剣を佩かず槍も携えず、不死の黒馬にまたがる人間最強の一騎。近衛として最精鋭の一千騎を侍らせ、二万からの勇敢を極めた軍勢を後ろに控えさせて、掲げる旗は火炎の軍旗。遠目にも心を熱くさせる、神の加護の体現者。


 さあ、どうする。


 どうするつもりなんだ。敵方にまわってしまった、あんたたちは。


 騎士団五千騎一万卒を主兵力として、王都や周辺都市から駆り出されたに違いない御貸し具足の槍兵は十万近く。大層な数を揃えているけどさ。


 ひどい有り様じゃないか。


 馬はいななき暴れるは、槍林は風が吹いたでもなしガチャガチャと揺れるは、ざわめきは止まないは隊伍は緩いは……落ち着きがないにも程がある。兵気がしなびていて、まるで全員して悪い水にでも当たったみたいだ。


 何ていうかさ……しっかりしろよ。


 王都を背に陣を構えるなんて、軍人の名誉だろ。王国の御旗を掲げるなんて、大いに奮起するべきところだろ。俺たちを反乱軍呼ばわりしたんだろ。


 やめてくれよ、そんな憐れな姿を晒すのは。


 そんな風に、ただの人間のままで。


 俺に、俺たちに……戦争をさせるなよ。頼むから。


 そら、こっちはもう陣構えが整った。いつだって攻めかかれる。まだ日も高い。夕暮れを待たずに決着をつけることだってできる。火魔法抜きでだぞ。それくらいそっちは隙だらけだ。ああ、もう、触れれば崩れそうじゃないか。


 あ、行く。クロイ様が進んでいくぞ。


 馬蹄を鳴らせて、ゆっくりとゆっくりと王都へと寄っていく。武器は出さない。赤黒い兵隊も呼ばない。黒髪と馬の尻尾が、ゆらゆらと揺れるような歩み。


「全軍そのまま」


 アギアス兄者の声。そう、そうだ。動いちゃダメだ。今のこれは、まだ戦いじゃない。急襲して打ち崩したところで、そんなもの、ただの同族討ちなんだから。


 俺たちの敵はヴァンパイアだ。どこだよ。どこにいる。


 ここには使徒がいるはずだろ。異名の通りのことをやってのけた『崩山』が。


 まさか王城の高みから見物でもしているのか。ありそうな話だ。人間同士を殺し合わせるつもりなのか。やつらならやりかねない。くそ、牙剥き出しの悦楽顔が浮かぶようだ。やつらは残虐を遊ぶ。


「魔法部隊、斉射用意」


 え、アギアス兄者、やるつもりなのか?

 

 クロイ様も止まらない。どこまで行くんだ。そういう、ゆっくり始まる単騎駆けなのか。そりゃ、クロイ様がその気になったなら、ただの人間が何千何万と束にかかろうが鎧袖一触だろうけどさ……いや、違う。違うな。


 二人が力の使い方を誤るはずがない。


 だって、クロイ様は人間の希望の象徴だ。アギアス兄者は、それを奉る人間の主席だ。人間を踏みにじることはしない。それがたとえ国と家族の仇でも。  


 希望は……素晴らしいそれは、誰かの絶望になっちゃいけないんだ。


 俺たち人間の希望は、弱者敗者にとって残酷なものじゃダメなんだ。


 貴族も軍人も民も区別なしに、結局、俺たちは皆してみじめだった。それで打ちひしがれたり、いじけたり、自棄になったり……誰かを大切にすることすらおぼつかなくて。何かに目をつぶり、何かを犠牲にして、必死に何かを求めて。


 そうやってたくさんの人間が死んだ。殺された。きっとこれからも死んでいく。


 もう、嫌だ。もう、たくさんだ。


 俺たちは力を合わせるべきだ。殺すためじゃなくて、人間をとりまく理不尽を打ち破るために戦うべきなんだ。希望の未来のために挑むべきなんだ。


 なあ、そうだろ?


 アギアス兄者……クロイ様…………神様。


 クロイ様が右手を真っ直ぐに掲げた。天へ伸ばしたような指先。見入る。きっと誰もが見入っている。もしかしたら、神様もそれを見ているのかもしれない。


 あれを前方へ振り下ろしたなら、それは、攻撃の合図になる。


 でも、そんなわけない。そんなことをするために、俺たちはここへ来ていない。


 ん、あれ? 手がすごすごと戻っていって……あ、また伸ばした。さっきよりも背伸びしたような挙手。グイグイ伸ばす。なんか一生懸命だ。これって。


「魔法部隊、斉射、天頂方向へ」


 火が昇る。一千本の《火線》が空へと上がって、俺たちを照らして熱して、火の粉を散らした。綺麗だ。太陽にだって負けやしない、届いてみせるぞって火炎柱。


 そうさ。そうだよ。さすがはクロイ様。アギアス兄者。あとオデッセンさん。


 見たかよ、あんたたち。感じてくれたかよ、神様の存在を。


 これが俺たちの心意気だ。あんたたちに伝えたかったものなんだよ。



◆◆◆



 ビ、ビックリした……ちょこっと操作ミスしたら味方が花火したんですけど。


 手袋型コントローラーからそっと右手を抜きます。いもでんぷんです。


 いや、あの、魔が差したの。超お高いVRマシンが手元にあったら、いじりたくなるってもんでしょ。人間だものゲーマーだもの。


 戦争イベント、行軍ばっかでぶっちゃけ超ヒマだったし、色々と説明書読んでたらワクワクしちゃって……ヘッドギアとかはともかく、実は密かに憧れていた手袋型コントローラーだけでも、なんて試したらこれですよ。


 はー、戦闘始まる前でよかった。やっぱり慣れないものはダメですね。ゲーミングコントローラーとキーボードの二刀流がいもでんぷん必勝スタイルですぜ。


 さても、モニター内はまさかまさかの人間軍同士の睨み合い。


 これ、どうしましょう。まあ戦略ゲームとかだと割とよくある状況ですけどね。全部無視して単騎城攻めとかしたら、空気読めてない感じになるんですかねえ。


 んふん? あれ? 相手の一部が逃げ出し始めた?


 わ、わ、どんどん混乱がエスカレート!


 逆にこっちに走ってくるのもいますよ。攻撃じゃないみたいですね。武器捨てて万歳降参スタイル。これはビックリな展開。ただしクロイちゃん目がけて殺到するのはやめいやめい。普通に怖いわ。おお、イケメン騎士たちナイスブロック。


 あっちもこっちもパニック状態に……いや、あっちはヒステリック状態ですね。うわ。妙に偉そうな一団が逃げる味方に攻撃加え始めましたよ。うわ、引くわあ。


 おや、一団の中から豪華な神輿が出てきましたよ? 旗大きいから総大将?


 それならこっちもクロイちゃんを……じゃなくてイケメン騎士がズズイと出ましたね。はいスミマセン。そういうイベントみたいです黙って見ときます。


 でも、ドラデモって日本語音声ないんですよね。文字列もダイジェストだし。


 ま、順番は前後したかもですけど、お互いに正当性を主張し合う的なやつなんでしょうね。話ができるなら戦わないで済ませられそうなもんですけどね……って。


 あれ? 画面脇のこれは……チャット?


 え? それってオンライン闘技場とかの、特別フィールド限定じゃあ……?


<荷物は到着したようですか?>


 は? ええと……はあ?


<なぜすべての機器を正しく接続しないのですか?>


 これ……これって……。


<バカじゃないの?>


 この、なんともいえない自動翻訳感! まさか……あいつか!


<返信してください。バカじゃないの?>


 変なメールやらメッセージカードやら、大変高価で素晴らしいものをプレゼントしていただいたかもしれない、でも腹も立つお前なのか!


 ルーマニアン!

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