59 ドラデモ的戦場について/中弟は予感する、死戦の時を
神の怒りが、悲しみが、ワタシの心を突き上げる。
ワタシが神から授かる力は、その全てが、神の思いの丈だ。
◆◆◆
混乱の戦場へ、時速七十キロくらいでダイナミックこんにちは!
今宵のいもでんぷんは普通に飢えてるぞ!
高速の突撃。馬上双剣に《火刃》を乗せて、敵をじゃなくて、敵陣を真っ二つに分断だ。寄らば灰だぞコノヤロウ。こちとらクロイちゃんだぞバカヤロウ。
止められやしないし、止まってもられない。
時間がないんだ。日が落ちそうってだけじゃない。色んな意味で時間がない。
クロイちゃんの体力は、もう、限界だ。魔力だってそう長くはもたない。そもそも火魔法自体が危うい……いつまでまともに使えるのか……《火刃》はともかく、《内燃》なしはヤバイ。気絶じゃすまないかもしれない。
無理をさせてる。明らかに無茶なプレイングをしてる。その自覚はある。
でも、間に合った。間に合ってくれた。あと少しの辛抱だから。
一気に勝負をかけるぞ、クロイちゃん!
来い来い、勇者たち! 《コール・エインヘリヤル》!
馬の影からバンバカ立ち現れろ! クロイちゃんが斬り開いた隙間を埋めろ! 敵勢のど真ん中にガッツリと戦陣を敷いちゃうんだ! 容赦無用だし常識無用! 後はもう、やりたい放題にオートでゴー! ガンガンやったれ!
遅い。遅いぞヴァンパイアーズ。そんな《土壁》、そんな《石盾》、崩すまでもなく避けられる。《石弾》も《電光》も撃ちようがないだろ。そういう速度さ。
うお、それでもジャンプ攻撃してくる。そこはさすがだけども。
ザシュっと丁寧に迎撃。ジャンプ攻撃への対策は基本中の基本。格闘ゲーム歴もそこそこあるの、いもでんぷん。美学持つくらいには。見てから対空余裕なの。
さあ、クロイちゃん! もっとだ! 戦場を斬り裂きまくれ!
こんな戦争、ズバズバッと、台無しにしちゃえ!
だって、ひどすぎる。
まるで地獄絵図じゃないか。焼け砕けた草原に、死体と灰が散らかって……ドラデモ的っちゃドラデモ的だけど……破滅的だ。勝ち負けの問題じゃなくなってて。最後のひとりはどっちだみたくなってて。
そんなの悲しいだろ。やりきれないだろ。
救いが、なさすぎるだろ?
突き抜けた。単騎で中央突破してやった。でも嬉しくない。腹が立つ。ものすごくムカムカする。吐き気すらしてきた……腹ペコからとかじゃなくて。
クロイちゃんを振り返らせれば、モニターには戦場の光景。
エインヘリヤルたちの攻撃は猛烈だ。夕暮れだからか、黒よりも赤が目立って、壮絶なくらい。ヴァンパイアの抵抗も凄まじいや。獣のような雄叫びを上げてさ。赤色の明滅は、声無きエインヘリヤルたちの感情表現。激情の表れ。
再突入の必要はなさそうだ。勝てる。このまま見ているだけでいいけども。
ああ……嬉しくないなあ。
そりゃあね? もとよりマゾゲーだし? これも、こういうイベントってだけの話かもしれないよ。実際、戦争ってこういうものかもだし、例によってリアリティが無駄にハイクオリティなだけなのかも。むしろ感心すべきところなのかも。
でも、嫌だ。こんなのは趣味じゃない。こんなのは認められない。
戦いは避けられないにしたって。
潰し合いがしたいんじゃないよ。
ハッピーエンドがさ、ほしいんだよ。陳腐でもやさしい結末が。
滅ぼし合うんじゃなく、皆が栄え合うような……そんな終わり方をしたいんだ。
だから、こんな、魔神の高笑いが聞こえてきそうな惨劇なんて……皆の必死が報われなさそうな悲劇なんて……全部が全部、ブッ飛ばしてやりたい!!
熱い。手に力が入る。コントローラーとキーボードがカタカタ鳴る。
だから、かな。クロイちゃんが勝手に動いてる。
鐙へ足をかけて立ち上がった。疲れきってるだろうに。スタミナのゲージを見ればわかるんだよ。何をするの。双剣を捨てて、両手でバランスをとるようにして、拳をグッと握って……大きく息を吸って。
吠えた。
え、何で? 何で吠えた?
魔力も体力も消費した。何? 何の技? 何の魔法?
いや、何にしたって勝手動作の謎現象なんだけど……この声、この叫び……どこかで聞いたことがある。いつだったか、受け止めた気がする。
クロイちゃんの咆哮。まるで、世界を怒鳴りつけるかのような。
お……おお?
戦闘が……止まった?
パ、パソコンがフリーズした……わけではないのか。ビックリさせないでよね。いや、でも、誰も動かないし。煙を見るに風もやんでるし。音も全くしないし。
エインヘリヤルたちが整列してる。剣や槍をカッコよく構えてるから、彫像みたいだ。ヴァンパイアたちは立ち尽くしたり、膝をついたり、座り込んだり。武器を持ってるやつはいない。戦意が感じられない。
戦場が……戦場じゃなくなった。
これって、つまり、勝ち負けが決まったってことじゃん。
は……あはは……すっげー。
すごいな、クロイちゃんは。すごく強くなった。だって、君の声は世界へ届く。届くどころか、言うことを聞かせた。いい加減にしろって、敗北を認めさせた。
そうだよ。こうでなきゃ。シラちゃんたちも、もう大丈夫だからね。言葉が通じる同士の争いは、どこかでちゃんと終わらせられるんだよ。そうじゃなきゃ馬鹿馬鹿しいよ。会話も、物語も、詩も歌も……ちゃんと意味があるんだよ。
今は力づくかもだけど、いいさ。それでも前進さ。
いつかきっと、皆で笑い合えるはず。
なんだろ、モニターがおかしいな……よく見えない……あ、これ、眠いのかも。だって身体に力が入らないもの。座ってもられないレベル。やべ、これ栄養足りてないからとかじゃないよね。うわ、ジワジワと視界が狭くなってくう。
ピザ。ピザまで行かなきゃ。食べとかなきゃ。うう寒気がする。
クロイちゃんも、何か食べといてね。観戦モード、オン。
まだ……まだまだ戦わなきゃなんだから……。
◆◆◆
馬を速歩させたまま、鞍の上、暮れなずむ空を仰いだ。
砦は、まだ砦として在るだろうか。駐屯軍は、まだ戦い続けているだろうか。率いているのが、あのバンドカン軍将だ。むざむざとやられるわけもないが。
クロイ様は、間に合ったろうか。
今、どの辺りだろうか。
擲弾騎兵五千騎による強行軍。ろくに斥候も出さず、隊も分けずの一目散。人間のための休憩なんてなく、水場に備蓄してある秣を消費して、急ぎに急いで。
それでも、追いつけないんだからなあ。
「どうしたの、オリジス兄上。ため息なんてついて」
「ん? ああ、露払いにもなれないと思ってさ」
「それは……うん……そうだね」
らしくもない憂い顔だな、マリウス。この程度の軍行動で疲れるわけもなし、やっぱり黄土新地での戦いが尾を引いているのかもしれない。
マリウスは戦果を上げた。新地軍は敵将を捕縛する快勝をおさめた。
だが、小さな計略こそ看破したものの大きな軍略を見破れなかったから、人間の今の苦境がある。別にマリウスひとりの失態じゃないし、それはわかっているはずだけど……戦ったこと自体が罠だったなんていうのは、苦々しいよな。
「それにしても、開拓地から砦へ向けて進軍するなんてなあ。まるで噂通りみたいじゃないか」
「……ああ、あれ。ウィロウ家の内訌話。そういうのもあったっけ」
「パインの話じゃ、砦でも一応の対策が練られたそうだ」
「対策って……大げさってこともないか。アギアス兄上は人望があるから」
「そもそもバンドカン軍将がこっち派だからなあ」
嫡子争いから開拓地へと追放されたアギアス兄者が、俺とマリウスを抱き込んで本家へと反逆するという噂……根も葉もないってわけじゃない。
王家への忠節しか考えない父と、貴族社会の腐敗に染まった長兄。ウィロウ家軍の指揮を執るのはいつもアギアス兄者だった。それで、魔物討伐に東奔西走することを軍費の乱用と罰せられて。誰に抗議するでも相談するでもなく、出奔して。
そのくせ突然、妙に元気な手紙を寄越すんだからな。実のところ、俺も決起止む無しのつもりだったよ。だからこそマリウスを誘ったんだ。
「……今にして思えば、暢気な話だ。内訌なんて」
「ふふ、大人物の言葉だね。アギアス兄上のこと変態呼ばわりしたくせに」
「あれは仕方ないだろ。剣を抜かなかっただけ俺は冷静だった。それに、マリウスだって一緒に戦ったんだぞ」
「ぼくは兄上たちと調練がしたかったんだよ。理由は何でもいいからさ」
「道理で俺を止めなかったわけだ……恐ろしいやつ」
笑い合って、どちらともなく先頭を見やる。
アギアス兄者は真直ぐに南を見据えている。歩兵をフェリポ司祭に任せ、俺たち騎兵だけを率いて先を急いでいる。焦った様子はない。
「間に合う……かな?」
マリウスの問いは、はたして俺たちのことなのかクロイ様のことなのか。間に合えば何が救えるのか。間に合わなかったら、何が失われてしまうのか。
少しの余裕もない戦争……アギアス兄者の動じない様が、心強い。
「間に合うだろ。クロイ様は」
祈りを込めて、言う。心細くなったところでどうしようもないからな。
「それにさ、今のクロイ様にとって単騎駆けは多勢に無勢ってことにもならない。一騎当軍だからな。砦さえ健在なら、何とかしてくれそうな気がしないか?」
「無茶苦茶な期待だけれど……うん、そうかも」
「だろ?」
「でも、クロイ様だって消耗しないわけじゃないよ?」
「当たり前だ。俺どころか、アギアス兄者よりも体力あるけどな」
「うん。加護もあるだろうけれど、やっぱり日々の訓練の賜物だよね」
「ああ、あれな……最近は夜でも焚火囲んでやるからな……」
よかった。すっかりいつものマリウスだ。頬に赤みまで差して。
遠く、地平の空を望む。予感があるんだ。死と別れの予感が。軍人の伴侶とも言うべきものが差し迫っている……そんな気がしてならない。
アギアス兄者の号令を聞く。次の水場まで駆けるという。まさに望むところだ。
駆けよう。無心に。駆けられるところまで、ただ無心に。




