58 ドラデモ的超移動について/商人は喚呼する、命を託して
ワタシの命を、熱が満たす。神の力が注がれている。
走る奔る。駆ける駈ける。流星のようにして。
◆◆◆
ピザが冷めたって、何さ。乾いたって腐ったって、何だってのさ。
シラちゃんが戦ってるんですよ。
ドラデモらしくむごたらしい戦場で、小さなシラちゃんがめっちゃ奮戦してるんですよ。ヴァンパイアを相手に戦い続けてるんですよ。
それを従僕ウィンドウで見ることしかできないとか、どういうことなの。
あ、ほら、危ない!!
おお、一刀両断! 炎の中から飛び出してきたヴァンパイアを剣で真っ二つ! この守護霊っぽいやつ、《アセプト・アーム》にしちゃ随分と存在感があります。なんかパンチのラッシュとか得意そうな強者ムーブ。
実際、シラちゃんは強いんです。なんたって従僕ですし。名無しヴァンパイアなんて圧倒できます。召喚魔法使えるし、お気に入りの剣も属性ボーナス付きだし。
でもそれは、一対一に限った話なんですよね。多対一は危険すぎ……ほらっ!?
お、おおお……ナイスアシストだ、NPCの兵士君。よくぞ槍を差し込んだよ。危うく、攻撃後の隙につかみかかられるところだった……は、ハラハラするう。
人間だもの。ドラデモ的な意味で人間なんだもの。
どんなにかステータスを上昇させたところで、ヴァンパイアの恵まれた身体能力には勝てません。特に、あっちの筋力とこっちの耐久力が釣り合ってないんです。
ましてやシラちゃんは小さな女の子……一撃で終わっちゃいますから。
回避。回避が最重要。
対ヴァンパイアの白兵戦は「蝶のように舞い蜂のように刺す」がセオリーです。それゆえ、攻略情報的にはエルフの風系魔法戦士によるアウトボクシング的なチクチク攻撃が推奨されてましたが。
いもでんぷんは、このDX版において新説を提唱しますよ。
人間の火系魔法戦士。これ。これ最適。
火属性の、ヴァンパイアへの特効はデカいです。大ダメージでドーンと押し切れます。先制攻撃かつ一撃必殺ってのを理想として、次点で敏捷性を上げての攻撃的なヒットアンドアウェイ。《内燃》でスタミナを底上げしてるとなお良し。
つまりはですね……クロイちゃんのスキル構成なんです。
クロイちゃんこそが、最強のヴァンパイアハンターなんですよ!
まあ、最初はそんなつもりもなかったんですけど……っていうか、火魔法なんて想像もしなかったわけですけど、途中からはハッキリバッチリ方向性を定めた育成をしてきました。《アセプト・ブレード》もかなり使い勝手がいいですしね。
事実、クロイちゃんは最強のヴァンパイアを倒しました。ヨッパラでんぷんだったせいでよく憶えてないんですけど、録画データを見るに有効性は一目瞭然。
ホント、よくぞ勝ったよなあ……『黄金』……倒すべき敵ではあったけど。
何だろ。この変なモヤモヤは。妙な収まりの悪さは。
やったぜ感の裏にペタリと張り付いたような……これは、負い目?
夢のせいかもしれない。まあ、他人の見た夢の話なんて、だから何だよってな面倒臭さ半端ないんですけども。『黄金』と『水底』には思うところがあったんで。
ゲームなのに、本気で憎んで、攻撃したかも。
ゲームは楽しくなきゃなのに、何でこんなに、心がざわめくんだろ。
今だって、シラちゃんが心配すぎて心配すぎて……吐き気まで。お腹減っただけかもですけど。でも、ピザ食べながらって気持ちにはなりませんよ。
だって、クロイちゃんも食べてない。飲食無しの超強行軍中なんです。
黄土新地から、単騎、《コール》した黒馬チョコようかん号で……うう何て名前をつけちまったんだヨダレ出る……とにかく猛ダッシュに次ぐ猛ダッシュですよ。潰れたら即再召喚という、えげつないにも程がある超長距離ダッシュですよ。
クロイちゃんの負担も、大きいです。消耗してます。《内燃》でフォローしちゃいますが、それにしたって限界があります……でも。それでも。
行け。行ってくれ、クロイちゃん。砦へ。シラちゃんのもとへ。一刻も早く。
また、夜が迫ってる。ヴァンパイアが本領を発揮する時間帯が。
シラちゃんを助けるんだ。絶対に……絶対に!
◆◆◆
何てこと。何てことなの。こうまで見事に攻めているというのに。
「アンゼ殿、お支度を」
化物だ。ヴァンパイアは本当に恐ろしい化物だ。こうも劣勢に立たされていて、まるで士気が落ちない。逃亡する一骨とてない。血に酔い、死を遊び、喜び喚いて戦い続けている。人を殺し、喰い、啜っている。
シラ。あんたはもう二日間も、そんな化物と戦っているのね。ほとんど休む間もなく、砦の軍の中心となって。敵味方の死に塗れて。
「バンドカン軍将閣下のご遺命です。敵を殲滅しえず今日の夕闇を迎えたのならば砦に火を放つべし……時は迫っています」
「ああも、あんなに倒していても、なのですか」
「勿論です。ヴァンパイアの十骨にでも侵入されただけで、砦は凄惨な戦場と化すでしょう。当然、離脱も危険になります。彼奴らは夜目も鼻も利きますゆえ」
「もう……もう、殲滅は叶わないと?」
「……お早く。馬へ荷は積んであります」
これがヴァンパイアと戦争をするということ。この理不尽さが。この無力感が。
空が暮れかかっている。夜が始まろうとしている。人間の幕引きを急ぐようじゃないか。超然とお綺麗なままに、音もなく、あたしらの死を見下ろしていて。
神様。どうしてさ。
どうして、世界はこんなにも残酷なのさ。
人は、ひとりきりじゃ生きていけなくて。誰かと寄り添うから、人間で。人間になるから、愛し愛されて。子を成して。守り育てて。
あたしらは、そうやって生きていくものなんだろう?
そうやって……死んでいくものなんだろう?
そんな生き死にが、幸せなんだろう?
けれど現実は。人間の実際は。愛する誰かを失って、それでも誰かを愛して、愛してくれた誰かを残して消えていく他ない……出会いと等量の別れ……刈り取るような死が多すぎやしないか。心を抉り取るような別れが多すぎやしないか。
人間は、悲しむために生まれてくるものなのかい?
違うと教えておくれよ。そうじゃないと示しておくれよ。人間の生と死は、そんなに惨めなものじゃないと……美しく素晴らしいものであると……どうか。
「アンゼ殿。もはやこれまでに。我らの志のためにも、どうか北へ」
「北……北?」
「はい。数日と駆ければ南下してくるウィロウ卿の軍勢との合流が叶いましょう。山中の兵糧のこと、どうかお忘れなきよう」
「ああ、来た……来たじゃないの……」
「ア、アンゼ殿?」
見えるよ。赤く染まり始めた空の下、荒野の先の地平から駆け来る、一騎。
何て速さ。何て力強さ。遠目にもわかる黒髪の荒ぶり。閃く火の眼光。
「門を! 門を開けるんだよ! 北から南へ、駆け抜けられるように!」
「いきなり何を……あ、あれは……あの騎影は!」
「来たんだよ! あの子が……使徒が! 死を超える黒馬にまたがって!」
「お、おお……おおお! 神よ! 神よお!!」
伝令兵が走り去った。興奮した声が連鎖していく。北と南の門が、開いていく。もどかしいような動き。だって、ほら、あの子が来るよ。もうそこまで。ほら。
駆け来て、砦を突き抜けて、駆け去る。
砦に残ったわずかな兵員たちの、叫ぶような歓声。あたしも叫ぶ。声であの子を押すように。命の力をあの子に託すように。叫ぶ。泣き叫ぶ。
これが答え。これが、神の啓示。
希望はある。ここに確かに存在している。何て尊いんだろうか。
クロイ。頼んだよ。あたしたちはあんたを通して神を知る。使徒ってのはそういうもので、あんたの人間としての幸せはどこにあるやもわからないけれど。
でもあんたは。だからあんたは。あたしたちの命を自由にしていい。何なら殺してくれたって構いやしないさ。それがあんたの力になるのなら、それが一等いい。あたしはあんたの力になりたい。
デ、アレカシ。あんたに勝利を。デ、アレカシ。




