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57 商人は観戦する、見事な男たちを/童女は参戦する、熱く見守られて

 何もかもを捧げて。この命を燃やし尽くして。

 ワタシは世界へ表明する。憤怒を。目一杯のそれを。



◆◆◆



 握る拳が震えている。噛む唇がわなないている。


「アンゼ殿、椅子を使われては……」

「ここに立つことが、バンドカン軍将閣下より命ぜられたお役目にございます」

「体力を保つこともまた、お役目ですよ」

「座ろうとする力、座っていようとする力を、惜しみます」

「……馬の手入れを万全にしておきます」


 伝令兵の方へは一瞥もくれない。視線は南から動かさない。この展望塔の上からは一歩とて動かない。怖くて、怖くて、堪らない。


 何て戦だ。何て戦を、あたしは目撃しているんだ。


 まともにぶつかり合っては勝てない相手……バンドカン軍将はそう言っていたけれど、まさか、事の初めから死兵を用いるなんて。ヴァンパイアを挑発するためだけに、命ずる方も命ぜられる方も、ああも決然として。


 しかも、そうまでして引き寄せた敵を……怒れるヴァンパイアの猛攻を、歩兵の中央部隊だけで迎え撃つなんて。そこにはシラもいるのに。


 歩兵の左右部隊も、両翼の騎兵も、何をやっているんだい。


 中央を助けるでもなく退いて、散って……ああ、ほら。


 敵が集中するよ。もう、ほとんど包囲じゃないか。


 前からも横からも攻められて、盾ごと潰される兵が続出している。その穴はすぐにも別の兵が盾で塞ぐけれど、そら、敵は跳躍もしてくるんだ。ヴァンパイアの恐るべき身体能力。わかっていたろうに。


 盾を跳び越えた敵が暴れ……られない? 四方から盾で押し囲んで、火油を浴びせる。剣で斬り刻む。灰にする。そういう作戦ということ?


 いいや、違う。これは……これは!


 押されに押されて、押し込まれて……徐々に後退はしているけれど。


 崩れない。ひどく頑丈だ。理由がある頑丈さだ。わかるよ。盾の壁が欠ける端から塞がるのは、バンドカン軍将が直接に指揮しているからだね。連携が滞らないからなんだね。それでも、ああも押されていたら士気が落ちそうなものだけれど。


 シラがいる。兵たちはあの子を護るために固く団結している。背水の陣なんてもんじゃないね。何て壮絶さ。子のために奮起する親の力まで用いて。


 それでも兵は次々に死んでいく……ヴァンパイアを相手に互角に戦えるわけもないんだ……それなのに、そうだというのに、中央部隊は崩れない。むしろ隊列が密になっていく。何て戦術。敵が三方から押す力をも防御に利用している。


 こうも計算づくの戦いであるなら、この後退は、この後退の意味は。


 ああ……そういうことなのね。


 何て軍略。開拓軍将ヘルマン・バンドカン。硬骨の将とは聞いていたけれど。


 歩兵の中央部隊は後退に後退を重ねた。でもそれは、見方を変えれば、敵の攻勢を全て引き受けたということ。敵を引き込んだということ。


 罠へ。殲滅の罠へ。


 歩兵の左右部隊が、咆哮を上げて、それぞれに敵側面へぶつかっていく。騎兵の両翼が、喊声を上げて敵後方へ回り込んだ。機を見て敏な動き。


 包囲だ。完全に包囲したじゃないか。


 しかも、ヴァンパイアたちが立っている場所には、傷つき倒れた兵たちが散在している。どのひとりも、その身に()()を帯びているんだ。シラとの訓練で、使いこなすまでには至らなかったものの、魔力だけは籠められるようになった()()


 火瘤弾。砦以南で生産して、まだ開拓地へ輸送していなかったもの。


 命令が発せられた。太鼓が打ち鳴らされた。


 反撃の始まりだ。


 一斉に兵たちが攻めかかる。四方八方から槍が突き出される。騎兵が突撃する。油壺が放られる。火が巻き起こる。爆発が生じる。相討ち上等の猛攻。傷ついた兵の誰かが、火瘤弾を両手に握りしめて敵の只中へと走る。もう二人。次々に。


 火炎、轟音、衝撃。


 全てを投じて、全てを費やして、敵の全てを打ち砕かんとする戦い。


 泣くな、あたし。涙なんて流しちゃダメさ。こんなところから眺めているんだ。ただ真っ直ぐに、胸を張って、素晴らしい男たちを目に焼き付けるんだ。誇らしい大人たちを……その生き様死に様を、記憶するんだ。身命に刻み込むんだよ。


 神様。どうか彼らの魂に祝福を。


 人間の戦いに、どうか、神のご加護を。


 あたしたちの必死が、あたしたちの懸命が、どうか希望へとつながりますように。



◆◆◆



「うわっはっはあ! まんまと我が軍の術中であるぞ! ヴァンパイアめ!」


 兜の下がツルピカのおじさんの側で、シラ、戦争をしてるよ。


「攻めい! 攻めて立てえい! ここが命の燃やしどころぞ!!」


 シラは見てるよ。皆を見てるよ。まばたきもしないで。


「閣下! 長くお仕えいたしましたが、これにて失礼つかまつる!」

「おう! 行け! 行ってこい! 炎の先へ!」


 髭の兵隊さんが、火瘤弾を握りしめて、走ってったよ。おじさんはそれを笑顔で見送ったよ。爆発がしたら、あっぱれって叫んだよ。


「シラちゃん、生き残れよ! 閣下、そこのところお間違えなく!」

「わはは! 言われんでも! 後のことは全て任せい!」

「はい! お任せしました!」


 盾ごと腕を潰されちゃった兵隊さんが、残った手には槍をつかんで、口には火瘤弾を結わいた縄を噛んで、やっぱり走ってったよ。シラ、それを見送ったよ。


 皆、死んでく。どんどん死んでく。


 それでも戦うよ。だって、戦いが終わらないんだよ。


「閣下、今少しお下がりを! 敵の一部が突出してきます!」

「こうも囲まれてなお前へと突き進むか。ヴァンパイアめ。度し難き化物だ。滅ぶために在るような戦い振りよ……勢いを与えるわけにはいかん! 支えよ!」


 ヴァンパイア。褐色の肌と黄色の目。魔神を信じていて、人間を食べ物扱い。


 エルフとは、シラ、お話ができたよ。すごい音楽の『万鐘』さん。お茶とお菓子を持ってきてくれたんだ。とてもやさしかったよ。信じてる神様が違くたって、暮らし方とか考え方とかが違くたって、仲良くできるって思ったよ。


 どうして、ヴァンパイアとはダメなのかな。クロイ様と『黄金』さんはお話したっていうけど、仲良くはできないのかな。戦うしかないのかな。


 神様。ねえ、神様。


 神様たちは、どうして、戦ってるの?


 あ、石の壁。ヴァンパイアの魔法。高い。あれは倒れてくる。倒れるだけじゃなくて、橋みたいに使って攻めてくるって、シラは知ってるから。


「シラ殿!?」


 倒れてくる前に。誰かが死んじゃう前に。クロイ様みたいに。


 行って、お父さん!


 シラの抱きしめる剣を引き抜いて、赤い魔力をひらめかせて、お父さんが行く。石の壁を斬りつける。何かが破けたような音。石がボロボロ崩れてく。


「おお! 御見事! そら、敵は呆けておるぞ! 槍を馳走してやれ!」


 やった。やったね、お父さん。シラたちも戦えるよ。ほら、そっちにも石の壁。それも斬って。そうやって、皆を助けて。もっと。あっちのも。あれもお願い。


 強い強い。シラのお父さんは強いんだから……えっ、わっ。


「シラ殿、戦場においては油断大敵であるぞ?」


 ツルピカのおじさんだ。跳び込んできたヴァンパイアから、シラをかばってくれたんだ。兜が吹き飛んじゃって。血が流れて。


 あ……ああ。


 おじさんの左腕が……肩から、なくなっちゃった。


「子供は失敗をしてもよい。立派な大人になるためには、それも必要な道中」


 棍棒のヴァンパイアへ、おじさんは何もしない。シラの前から動かない。代わりに周りの兵隊さんたちが戦う。いっぱいの槍と剣と盾。でもヴァンパイアが強い。棍棒を振り回して何か叫んでる。雷の魔力。恐ろしい牙。


「だが大人は! ゆえに大人は! 立派で、カッコよくなきゃならん!」


 おじさんが右手で剣を投げた。血が飛び散った。剣は棍棒で弾かれたけど。


 雷を散らせてくれたから、隙ができたから、皆の槍が刺さったよ。


「うむうむ、よーし!」


 笑って、おじさんは一歩も動かない。歩けないんだ。シラをかばった時に、雷の魔力が乗った棍棒で叩かれたから。もう、おじさんは。もうすぐ、おじさんは。


「シラ殿。お父上の側にいなさい。それが一番安心だ」


 うん。お父さん戻ってきたよ。見て。剣が赤く灯ってる。神様の熱なんだよ。


「うむ。では行きたまえ生きたまえ。ワシはここで見ておるから」


 うん。征くよ。シラはお父さんと征くよ。カッコイイおじさんに見守られて、皆と一緒に征くんだよ。大丈夫。もう油断しないし、ちゃんとやれるよ。


 いつ始まったのか知らない、この終わらない戦いを終わらせるために。


 お別れしちゃった皆と、またいつか笑顔で出会うために。


 神様、シラは戦うよ。火の旗を掲げて。

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